~卑劣! 全力全開盗賊バトル~
姿は見えない。
だが、そこには確実にいる。
「――ッ」
短く息を吸い込み、俺は意識を集中させた。
聖骸布を使用し、身体能力をマックスまで引き上げている。その状態から更に集中力を引き上げた。
スキル『無音』。
もしくは、勇者命名『オーベル・コミュンプティス』。
もともと勇者が使っていたスキルを俺にも享受してもらった。名前が長いので、俺は無音と呼んでいる。
言ってしまえば、ただの過集中状態になるスキルだ。意図的に意識狭窄状態を作り出し、音を除外する。聴覚が働かなくなった分だけ、視覚を高めるスキルだ。
このスキルには更に色すらも除外する上位スキルがあるのだが、残念ながら勇者しか使えない。俺では会得できなかった。
やっぱり勇者っていうのは神さまからの加護があるだけにすげぇんだなぁ、なんて思う。
もっとも――この薄暗い空間で色覚情報を消すのは逆に命取りとなる。
スキルの取捨選択は、状況に応じて使い分けなくてはならない。強いからといってなんでもかんでも通用すると思うのは間違いだ。
思わぬところで足元をすくわれてしまう。
「――!」
視覚がブーストされた状態で俺は『敵』を見た。
真っ白い少女だった。
黒いドレスを着た青白い顔の少女。貴族よりも、王族よりも整った顔立ちは、皇族を思わせる姿だった。肩を出した黒いドレスは、曖昧で判然としない。それでも、質の良い布だと判断できる。
そんな黒の中に、白い肌が際立つ。
不健康の領域に片足を入れたかのような白い肌は、それでも綺麗な素肌と言えた。
白い顔色と正反対のような黒く長い髪。
それが、闇に溶け込むように境界が曖昧になっている。
ただ、その中で――
瞳だけが赤く、紅く、あかく――
「くっ!?」
途端に無音のスキルが解除された。
視界がボヤける。
おそらく、あの瞳はなんらかの能力持ちだ。直視してはいけない類の、いわゆる魔力の伴った視線。
魔眼――!
視線を合わせてはいけない類の、固有スキル!
「ちっ!」
しかし、止まる訳にはいかない。
より影に溶けるようになってしまった少女を狙って俺は突撃する。
「おおおおおお!」
強い。
目の前の生き物は、どう考えても俺より強い。
そこにいるだけで理解できてしまうぐらいに、それに向かっていくだけで足が震えてしまいそうなくらいに、俺よりも格上の存在だった。
おそらく。
何一つとして通用するワザは無い。
おそらく。
万にひとつの勝ち筋も無い。
それでも。
学園長が逃げる時間だけは稼がないといけなかった。
ひとつのフェイントを入れて、俺は投げナイフを二本投げ込む。おぼろげな黒少女の真ん中を狙うしかない。
しかし――
ナイフは当たる前に消滅した。
どうなっているのか分からない。どうやったのかも理解できない。おそらく、それを解読するヒマなんて与えてもらえないと思う。
だから間髪入れず俺は肉薄した。
本来ならば盗賊がやってはいけない行為である『ヘイトを集める』というもの。
盾持ちの騎士や壁役の戦士が受け持つ行動だ。
魔物の注意を自分に集め、自分を狙わせることで仲間を動きやすくする行為。
無論、一対一ならば気にする必要のない物だが、現状では学園長を逃がすために必要なものだ。できるだけ黒少女の注意を俺に引きつけ、他を気にする意識を奪わなくてはならない。
「おおお!」
投げナイフを両手に持ち、それを普通のナイフのように振る。威力は低い。致命傷など与えられない。黒少女の薄皮すら斬ることはできない。
小指の爪を削るのが、せいぜいだろう。
だが。
それでも。
それでも、だ。
やらなくちゃぁいけない!
「――あ」
そう聞こえたのは黒少女からだった。
肉薄し、目の前に迫ったからこそ聞き取れたほど小さな声。無音のスキルが切れてるお陰で聞き取れたのが災いした。
声?
声だって?
俺の中に疑問が溢れる。
距離を取りたい。だが、距離を取ると危険になる。だからこそ、この曖昧な状態で俺はスキルを使用した。
盗賊スキル『影走り』。
魔力糸を生成し、針に通して足元の樹の根に刺す。そのまま黒少女の脇を高速で駆け抜け反転、糸を引っ張り強制的に体を制動させた。
高速で黒少女の後ろへと回り込む!
「くっ」
最高速からの瞬間停止に足の筋肉と糸を引っ張る指の筋肉が断裂したかのように悲鳴をあげた。
だが、その悲鳴が全身に届く前に――
「おおおおおおお!」
黒少女の背中に渾身の一撃を叩き込む。
バックスタブとしては下も下、声をあげるなど盗賊としては言語道断。
しかし、声は力となる。
一時的にリミッターを外し、潜在能力を上げる効果がある。
俺は力は弱い。
勇者パーティの足でまといとして、追放されたくらいに弱い。
荷物持ちにすら成れないくらいに弱い。
ましてや現状では、武器も投げナイフという粗悪品だ。
だからこそ、全身全霊をもって――
全力全開の力で、ナイフを少女の背中に突き立てた。
が――
しかし――
「なっ!?」
まるで見えない壁にナイフを突き立てたような奇妙な感覚。いや、見えない壁ではない。これは知っている感覚だった。
刺さらない布。
と表現すれば良いだろうか。なめした革製品に近いかもしれない。
俺は確かに黒少女の背中を取った。
スキル『影走り』はそれなりに自信のあるもので、相手の死角に回り込む方法としては一番の得意技でもある。あの勇者の背中だって取ったこともあるんだ。
正々堂々と正面から不意を打つ。
いや、正面から行くからこそ、不意を打てる。
なのに――
黒少女はこちらを見ていた。
背中ではなかった。
そして、ナイフの先端は人差し指で止められていた。
「――ねぇ」
声。
いや、言葉だった。
黒少女から――少女の形をした魔物から、言葉が発せられた。
そんなはずはない。そんなこと、あるわけがない。
魔物が言葉を、人間種の言葉を話すなんて、有り得るはずがない。ましてやエルフ語でもなくドワーフ語でもなく、神代言語でもなく、旧神話言語でもない。
共通語。
人間種が今、現在、共通で使っている言語を話すわけが――
「あ、あなた様のお名前を教えてくださいませんか?」
「――は?」
魔物が俺の名前を聞いてくるだと?
それも、丁寧な言葉遣いで。
そんな訳がない。
そんな状況、有り得るわけがない。
俺は混乱する頭を振り払うようにナイフを振るう。
右手は紅い瞳を狙って。
左手は白い首を狙って。
左右から段違いで斬りかかるその両のナイフは最速だ。絶命を狙ったのではなく、あくまで二者択一を選択させる攻撃。
目を守るか、首を守るか。
ここまで肉薄していないと使えないものであり、相手からの攻撃が無いからこそ出来たもの。
だがそれでも――
「ダメでしょうか?」
黒少女はナイフを止めた。
左右の人差し指で、刃を止めている。
「名前を教えて頂けないのであれば、その、なんと呼べばいいのでしょう?」
「……あぁ、なるほど」
攻撃がまったく通じない。
にも関わらず、黒少女からの攻撃が無い。
俺は距離を取りつつ息を吐いた。先ほどの影走りの制動で指がプルプルと震えているが、それを確かめるように握ると伸ばすを繰り返す。
そして投げナイフをしっかりと握りなおした。
「理解した。これは夢魔の類か。一度戦ったことがある。精神攻撃とは厄介だ」
夢魔。
インキュバス、サキュバスと呼ばれるタイプの魔物だ。人間の精神に影響を及ぼし、その者にとってしあわせな幻を見せ、その間に精神力を奪い取る。
かなり厄介な魔物だ。
なにせ、本人にとってはしあわせな光景を見せてくれているのだから。とりわけ、えっちなのが多いっていうのが、こう、童貞には辛いところだ。
なにせ――
なにせ以前に戦った時、俺は幼女に囲まれた!
魔王を倒した世界で幼女たちとしあわせに暮らす夢を見た!
めっちゃ覚えてる!
あれ、凄かった!
だが、しかし――
しあわせ過ぎたのだ。
途中で我に返ってしまうほどに。
だって俺がそんな幼女にモテモテになるはずないもん。幼女が俺の周囲に集まって、いっぱい褒めてくれたり、抱きしめてくれたり、そんなのぜったいある訳がないもん!
だから分かる!
いま、黒少女が青白い頬をほんの少しだけ紅く染めて、俺の名前を聞いてくる状況。
これが夢でなくて、何だというのだ?
はっはっは!
バカめ!
「これが経験値の差だぁ!」
と、俺は自分の太ももをナイフで刺した。
「いっッッッ!」
太ももから跳ね返ってくるように頭の上まで突き抜ける痛み。まるで足の中に熱湯を注がれたような感覚に、目頭が熱くなる。
だが!
この痛みこそが!
夢魔の精神攻撃をもっとも簡単に破る方法!
あとは正体を見せた夢魔に投げナイフを投擲するだけで終わる――
「……あれ?」
しかし……
夢魔はどこにもいなかった。
それどころか、黒少女は消えておらず……なぜかオロオロとした感じで俺を見てる。
「あれ?」
周囲を確認すれば学園長はまだ逃げてなかった。
「おやぁ?」
どうなってるんだ?
なにか、俺、間違ってました?
「なにをやっているんだ盗賊クン!?」
学園長がわたわたと近づいてくると同時に、黒少女もいっしょに近づいてきました。
「えぇ?」
訳が分からないよ……
助けて、勇者。
助けて、神さま。
助けて、パルぅ。
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