~可憐! 浮気調査は盗賊ギルドへ~
「え、えっと……逆さまにしたエールと殻に裂け目ができなかったピスタチオが欲しいんですけど……」
あたしは、お店の中に入っておずおずと店員さんにそう告げた。
そういえば、ひとりで盗賊ギルドに来るのって初めてだ。ジックス街でも師匠といっしょだったし、符丁を合わせるのって、ちょっとドキドキ。
しかも、あたしみたいな子どもが飲み屋にくるのって、なんていうか場違いな感じがして、妙に不安だった。
ホントにあたしが言っても、ちゃんと相手してくれるのかな、って。
なんか笑われて適当にあしらわれそうな気がして、ちょっぴり怖かった。
「あーん、お嬢ちゃん。ここは大人の遊び場なんだ。なぞなぞで遊ぶのは卒業しちまってるのさ。ほれ、そっちの扉から出てママにミルクでも作ってもらうんだな」
「あぅ」
店主さんがシッシッっておたまを振るう。
あと言い方が乱暴。
そんな店主さんの言葉にケラケラと笑うお客さんもいたので、あたしは落ち込む様子を演じながら案内された奥の扉をくぐった。
「はぁ~……緊張したぁ……」
良かったぁ、通してもらえた。
店主さんって、来た人とか状況によって言い方とか変えてるんだね。子どもの遊びに付き合ってられるかっていう演出だけど、本当のところはちゃんとこうして通してくれるんだから、優しい。
あたしはホッと胸を撫でおろしてから、盗賊ギルドの入口である棚の隣にある分かりにくいドアを開けて、中に入った。
真夜中だからかな、昼間に来た時よりギルドの中にいる人数は減っている。
奥にギルドマスターのイウスさんとシニスさんがいるのが見えたけど、イアさんの姿は見当たらなかった。
「上?」
また天井にいるのかなぁ、と思って見上げたけど、誰もいなかったので本当に留守っぽい。
イークエスの事件の後始末をしてるのかも?
「お~、パルパルだ。なにしてんの~?」
「あっ――」
いっしょに人質のフリをしてくれたタバコの新作を作ってる有翼種の先輩が声をかけてきた。
「師匠の浮気相手の先輩!」
と、あたしが言った瞬間に――
「ほほう」
「なんだって」
「それは新しい情報だ」
「いくらで売る、その情報」
「俺は3出そう。足りないのであれば5だ」
「いやいや、待て待て。情報は正確さが命。まずは――」
大盛り上がりになってしまった。
「ちがうちがうちがーう! わたしは浮気なんてしてまっせん! ちょっとパルパル、変なこと言わないでよ! ほれ、訂正して訂正して」
先輩に抱きしめられながら、そう言われた。
仲良しアピールかな?
ちょっと嬉しい。
「でも、師匠とベッドの上で名前を聞かせてくれって言ってたし」
「困った子ちゃんね、パルパル。よし、分かった。わたしをここまで追い詰めるなんて商売敵以外ではパルパルが初めてよ。この美少女顔の運命を終わりにしてあげるわ」
「あぅあぅあぶぶぶぶぶ」
ほっぺたを両側から押しつぶされた。くちびるを強制的に尖らせられちゃう。
あぁ、今のあたしの顔はぜったい不細工になっているに違いない。
師匠がいなくて良かったぁ。
「はい、わたしはパルパルの師匠と浮気なんてしてないわよね。だって、ほら、今、ここに、ひとりでいるんだから。それが何よりの証拠でしょ!?」
うんうんうん、とあたしはうなづいた。
結果――
「なんだ、つまらん」
「盗賊同士の浮気は、高度な心理戦の上に最大級の暗殺が待ってるからなぁ。わくわくなのに」
「おもしろイベントが消えた。はぁ、期待した分だけ落とされるのは辛い。精神的苦痛を味わっている気分だ」
「もういっそ浮気してしまえよ」
「で、その子に後ろから刺されちまえ。この世で一番情けないバックスタブだ」
そんな風に言いながら、盗賊の皆さんはゲラゲラ笑いつつ解散してテーブル席に戻った。
ヒマなのかな?
たぶん、ヒマなんだろうなぁ。
って思いました。
「好き放題言ってくれて、まったくもう!」
ようやく誤解も解けたのか、先輩は大きく息は吐いた。背中の羽も、ちょっぴりしおれてる感じがして、ちょっと面白い。
有翼種の人って背中に羽があるんだけど、それで空を飛べるわけじゃない。だから種族として人間とそんなに変わらない。
同じように、獣耳種の人の耳は、どんなタイプの耳であろうとも聴力は人間とそんなに変わらないっぽい。エルフの尖った耳が頭の上に移動しただけって感じかな。しっぽは生えてるけどね。
ハーフリングはちょっと身長の低い人間、っていう種族特徴と同じで、有翼種は背中に羽の生えてる人間。鳥っぽい羽の人もいればコウモリみたいな羽の人もいるので、そこも色々だ。
先輩の羽は真っ白な鳥の羽。
隠密活動には、ちょっと向いてないかも?
「それで、パルパルは何をしに来たの? わたしをおちょくりに来たんだったら、ケンカはばっちり買うわよ」
ふっふっふ、と先輩は怖い顔を浮かべた。
それに対して、あたしはブンブンブンと顔を横に振る。
「し、師匠からの訓練で……こ、これ見てください」
「ん?」
あたしは慌てて師匠のメモを取り出して、先輩に渡した。
「なるほど。探索と情報収集の訓練か」
「師匠が先輩と話してたのを思い出したので、もしかして、と思ってギルドに来ました。師匠は来てませんか?」
「残念ながら来てないわよ。でも、それにしてはそっけないメモねぇ。こういう場合、暗号を疑う場合と、メモ用紙にヒントが残されてる場合があるわ」
「メモに?」
あたしはメモを受け取って、もう一度よ~く見てみる。けれど、やっぱり文字が書いてあるだけで、表も裏も他にはなんの情報も見当たらなかった。
暗号も何も、本当に共通語の文字だけなので情報はそれ以上増えそうにない。
「う~ん、分かりません。何もありませんよ?」
「あぶり出しよ、あぶり出し」
「?」
あたしは首を傾げる。
あぶりだし?
油で作った出汁?
それとも出汁をかけて炙った食べ物?
美味しそう!
「違うわよ! 食べ物じゃなーい。ていうか、食いしん坊なのねパルパル。よだれよだれ」
「はっ」
危ない危ない。
想像した食べ物でよだれを垂らすところだった。
「あぶり出しっていうのは、火にかけると浮かんでくる文字のことよ。レモンやミカンの果汁、あとは砂糖水とかで簡単に作れるから、昔から秘密の手紙に使われたりする技術よ。まぁ、子ども騙し程度だから、あんまり使われることはないけど。でも、覚えておいて損は無いわ。実際にやってみるのがいいわね」
そういうと、先輩はテーブルの下から自分のカバンを取り出して、中から一枚の紙と瓶を取り出した。
「先輩せんぱい、その瓶は何ですか?」
「ただの果物の果汁を集めただけ。柑橘類をブレンドしたもので、タバコの香りづけに作っておいたものよ。ちょうどいいからこれを使って、と」
先輩はカバンから筆も取り出して、紙に透明の液体をつけて文字を書いた。
なんでも入ってるカバンだ。
タバコ作りに筆なんて必要あるのかな?
「これを乾かして……よしよし。これで、火で燃えない程度に紙を炙ると文字を書いた部分だけが先にこげるので、文字になって見えるようになるって方法よ」
「ほへ~」
「というわけで、やってみましょう」
先輩はタバコに火をつけた時のように指に魔法の炎を灯した。
そして紙の裏から火を当てて、燃えない程度に火を近づける。
すると――
「わ、ホントだ! 文字が浮かんできた……って、ちょっと先輩!」
浮かんできた文字は、『パルパルのエッチ』だった。
あたし、エッチじゃなーい!
「にひひ。ま、ちょっとした仕返しよ仕返し。よくも浮気する女にしてくれたわね」
そう言うと先輩は紙から手を離す。
紙は一気にボワっと燃え尽きて、空中に消えてしまった。
え~、凄い。
どうやったんだろう……
「では本番ね。火をつけるから、パルパルがあぶってみて」
「あ、はい」
あたしは師匠のメモを手に持って、先輩が灯す火の上に慎重に近づけてみた。
すると――
「おぉ……」
黒くこげた部分が出てきたんだけど――
「あれ?」
これ、どう見ても普通にこげてるだけなんじゃ……?
「ふむ」
それを見た先輩は、なにやら神妙な顔でうなづいた。
「これ、あぶり出しでは無いわね」
「えー!? あぁ、燃えちゃう! 師匠のメモが、メモがー!?」
あたしは慌ててメモを回収して、ポンポンと軽く叩いた。
ただのメモかもしれないけど、なにか重要なヒントがあったら困るので大切にしないと。
「ふぅ~~……ふ~~~……あ、良かった。燃えなかった。もう先輩ッ!」
「あはは、ごめんごめん。でもヒントが無かったってことは、答えは確定した感じかな」
「ほえ、そうなんですか?」
うんうん、と先輩はうなづく。
「この学園都市で、人を探す場所っていったらひとつしか無いじゃない? というか、この学園で用事がある場所っていうのもひとつだわ」
「……あぁ!」
あたしは手をポンと合わせた。
学園都市に用事がある人間が行く場所なんて、ひとつしか無い。
「学園校舎だ!」
「そのとおり」
そう言えば、師匠がなんか用事あるみたいなこと言ってたしなぁ。最初に学園長に挨拶に行ったのも、サチの用件だけじゃなかったような気がする。
「さっそく学園校舎に行ってきます! 先輩、ありがとうございます!」
「うんうん、行ってらっしゃい。ところで、わたしの名前を覚えてる?」
「タバ子先輩ですよね!」
「違うぞ、このバカ師弟!」
うひゃぅ、とあたしは慌てて盗賊ギルドから飛び出した。
そういえば先輩って、ちゃんと名前を名乗ってないような……あたしだけ自己紹介して、先輩はちゃんと自己紹介してなかったよ?
あたしも師匠も悪くなーい!
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