~卑劣! そして事件は解決した~
奥の部屋へ進むと、床の一部が開いていた。一応は隠し階段にしてあったようだが、イアが発見したようだ。
もしくは、最初から開いていた可能性もある。
先ほど殺してしまった男の油断を考えると、あまり厳密に隠していた様子はないのかもしれない。
良い意味で他人に興味を抱きにくい学園都市だ。防音の魔法だけで充分に隠蔽できていた可能性もある。
「ふっ」
だからといって、こちらも油断する必要はない。
短く息を吐き、集中力を戻してから階段へ足を踏み入れる。
罠は無さそうだ。
地下へと続く階段をそのまま降りていくと……めそめそと少女の泣き声が聞こえてきた。
ということは――
「制圧済みか」
俺が階段を降りる頃には、イアが全て終わらせていたようだ。
床には太ももから血を流す男が倒れており、気絶している。死んではいないようだが、このまま放っておくと出血が原因で死ぬだろう。
部屋の中にはふたりの少女がいた。
全裸で拘束されていたのか、足に鎖がつながっている。
足や首に少しばかり赤くこすれたような跡が残っているが、他に怪我らしい場所は見当たらない。
あまりジロジロと全裸少女を観察する訳にもいかないが……まぁ、ポーションは必要ないだろう。
「エラント、鍵を探してくれ」
「あぁ」
イアは少女たちを抱きしめている。
今はなにより救われたことを喜ぶ方がいい。そんな少女たちを引き剥がすほど卑劣ではないので、俺は素直に倒れている男の身体を調べた。
「あったぞ」
ポケットから鍵を見つけてイアに放り投げる。これで少女たちをつないでいる鎖が解けるはずだ。
あとは近くにあったロープをみつくろって男の足を縛って止血しておく。ついでに腕を後ろにまわして縛っておいた。
これで目が覚めて暴れたとしても問題はない。
「師匠、なにか手伝えますか?」
と、階段から降りてきたパルが声をかけてきた。
「パルか。あの子たちの着る物か毛布を探して……いや、俺が探してくる。おまえはこの部屋の中を探っておけ。罠には気を付けろ」
「分かりました」
パルと入れ替わりに俺は地下から出る。
あまり裸の少女がいる部屋で男の俺がウロウロとするわけにはいくまい。娼婦という仕事をさせられていたのだから、男に対してはあまり良い目をしない可能性もある。
そういう意味では女性だけで解決するべき作戦だったかもしれない。
まぁ、派遣されてきた責任という意味では、俺が不参加という訳にもいかないが。
「タバ子、ちょっと服をみつくろってくる。その子とイークエスの箱を頼んだぞ」
「ちょ、ちょっとちょっと、妙な名前で呼ばないでよ!」
というタバコ製作少女の抗議を聞きつつ、俺は外へ出て近くの店を探した。
時間的に夜が近づいているせいで店じまいをしている店が多い。また営業中のパン屋があったので、適当に売れ残りを買いつつ店主に情報をもらうことにした。
「この辺で布を売ってる店はないか? もしくは服屋でもいいんだが」
「それでしたら、裏手にありますよ」
「ありがとう」
パンを受け取りつつ代金を払って、言われた通りに店の裏手にまわる。
「ローブ専門……神官服か」
学生服や神官服を専門にあつかう店のようで、中はすっかりと暗い。店じまい寸前の様子なので、すまない、と声をかけつつ中に入った。
「大き目のローブをもらえるか。三着欲しいのだが」
「男性用で?」
「あ、いや女性用だ。シンプルな物でいい」
という感じで安物のローブを三着購入し、再び犯人たちのアジトに戻ってきた。
「あ、戻ってきた。ちょっとちょっとホントに名前――」
「これを彼女に着せてやってくれ。パンも食べられるようなら。あ、水でふやかした方がいいか。ポーションを使ってくれ」
「あ、うん。分かったわ」
一番ひどく凌辱されていた少女はタバ子に任せて大丈夫だろう。
逆に、あまりパルには見せてやりたくない。
まぁ、パルはパルで路地裏で生きてたから、見慣れてる可能性も無くは無いだろうが。
あまり気分の良いものでは無いはずだし。
男によって好き放題にされた少女の姿っていうのは、少し間違えばパルの姿でもあったわけだ。路地裏で生きていくひとつの方法ではあるが……それは最後の手段であり、死と隣り合わせの方法とも言える。
そういう意味では……パルに対して冗談や冗句で『抱く』という言葉が使えるのは、しあわせなことなのかもしれないな。
「あ、師匠。おかえりなさい」
「ただいまパル。イア、これを着せてやってくれ。食料も持ってきた」
とりあえずイアにローブとパンを渡して、パルを連れて上の階に移動する。
まだ探索していない別の部屋があるので、そこをふたりで捜索しつつパルから地下室の報告を聞いた。
「地下はえっちな道具ばっかりでした。なんか、こういう形をした棒状のヤツです」
「えぇ……あ、そう」
失敗した……
タバ子と逆だったか。
いや、でも、うん。俺の選択に間違いはない。と、信じたい。ベストではなかったが、ベターではあるはず。うん。
「鎖とかロープとかばっかりで、他には何も――あ、師匠ししょう」
「何かあったか?」
「アーティファクトっぽいです」
机を探索していたパルだが、その引き出しから大きな一枚のお皿を発見した。
お皿といっても、形がお皿なだけで用途は違うと思われる。
周囲にハンマーと似たような文字が刻まれており、それがぐるりと円形に取り囲んでいる。へこんでいる部分は何の装飾もなく、色は鈍い鉄色と言ったら良いだろうか。
明らかにマジックアイテムか、もしくはアーティファクトと思わせるアイテムだった。
「ふむ……まぁイークエスに聞くのが早いか。パル、箱を取ってきてくれ」
「はーい」
パルに箱を取ってきてもらう間に部屋を探索したが……めぼしい物は謎の皿ぐらいなもので、あとはお金や装飾品だけだった。
武器すら用意していないっていうのが、まぁ、なんというか余裕で犯行を繰り返していたとも取れる。
「舐められたものだなぁ」
もっとも――
そのおかげで、余裕で対処できたのだが。
ガチガチに用心されていては、イークエスを使っていても難儀したかもしれない。最悪、少女の何人かは殺されてしまう覚悟をしないといけなかった。
「持ってきました、師匠」
「よし、拷問だ。イークエスに情報を吐かせるぞ」
なにせ、この道具に関しては何も言ってなかったからな。しゃべらない可能性もあるので、さっさと情報を吐いてもらおう。
「おぉ、拷問ですか。わくわく。どうするんですか?」
「箱をベッドの上に投げればいいだろう。三回くらいで口を割ってくれるさ」
と、箱の中に聞こえるようにつぶやけば充分だろう。
さすがパル。
脅しというものが分かってるじゃぁないか。
素晴らしい弟子だ。
「ま、待て、まってくれ! なんでも話すから!」
と、慌てたイークエスの叫び声が聞こえた。
よしよし、ブラフでも言っておいて損はしない。
「ちぇ」
パルが舌打ちした。
もしかして、本気でした?
「これは、ベルム・スペクルムアクア……全ての効果を打ち消すことができる古代遺産だ。そのお皿の部分に水を張り、魔力を通せば発動する。その水に姿を映した者にかかる呪いや魔法を打ち消す効果がある」
なるほど。
これでハンマーで小さくしていた少女を元の大きさに戻した訳か。もうひとつハンマーがあるのかと思っていたが、そうではないようだ。
もちろん、少女たちにとっては関係のない恐怖を与えられただろう。
ジックス街から学園都市まで、小さな人形のような扱いを受けたまま輸送されたのだ。その恐怖を考えると、逆らう気力を奪われてしまう。
特に、ジックス街にいた犯人たちの性癖は歪んでいた。
人形性愛。
そんな様子を見せられれば、小さくなるのを恐れるあまり、その方法にまで頭がまわらないのかもしれない。
もしくは――
「救いがあると思わせたのかな」
「救い?」
イークエスを箱にしまいながらパルが聞いてきた。
「小さくされて学園都市まで連れて来られた。仲間は同じく小さくされて殺されている。こっちに来て元の大きさに戻してもらったが、いつまた小さくされるか分からない。加えて、そっちの部屋で女の子が酷い目にあっているのを目の当たりにする。そんな状況だパル。お金を稼いできたら解放してやると言われたら、おまえならどうする?」
「……が、がんばってお金を稼ぐかも?」
「そう。ある程度のお金を稼いできたら、命と自由の保証がされている。そういうことかもしれないな」
どうして逃げなかったのか。
どうして娼婦を続けていたのか。
どうして助けを求めなかったのか。
疑問はある。
でも、なにかを喋った途端に今ある自由と命の保証が消え去るかもしれない。
裏切る行為を見せた瞬間に、また小さくされるかもしれない。
下手をすれば凌辱されて殺される可能性だってある。
身体を売って、お金を稼いでいる間は大丈夫。
男に抱かれるだけで、我慢していれば問題ない。
殺されない。
乱暴に犯されもしない。
あんな少女みたいに、ボロボロの扱いはされたくない。
そう思わせた可能性が高い。
「一階にいた子は、見せしめ……ですか」
「だろうな」
俺は肩をすくめる。
「どうする、パル。今ならその箱の中に諸悪の根源がいるぞ。取引をしたが、なにも約束を守る必要はない。なにせ俺たちは、卑劣な盗賊だからな」
「……」
パルはイークエスが入っている箱を見下ろした。
その箱を乱暴に蹴り上げるだけで、イークエスには相当なダメージが入るだろう。
その箱を乱暴に揺らすだけで、イークエスを殺せる可能性だってある。
それすらも必要なく、ただ単純にイークエスをつまみあげ床に叩きつければいい。
それだけで。
悪いヤツらのボスを。
簡単に殺すことができる。
「や、やめてくれ! 悪かった、オレが悪かったから、お願いだパルヴァス! い、いや、パルヴァスさん。頼む、頼む……お願いします……まだ、まだ死にたくない……!」
箱の中から聞こえてくる声。
懇願する情けない声。
命乞いをする男の声が、くぐもりながらも聞こえてきた。
「これは、あたしがやっちゃダメです師匠」
それを聞いて、パルが言った。
「せめて、せめてあの女の子たちが手を下さないとダメです。この気持ちは、あたしの持った怒ってるみたいな感情は、あたしの物だけど。でもホントはあたしのじゃない。あの女の子たちの怒りです。だから、えっと、上手く言えないんですけど、あたしが殺しちゃダメです。そんな気がします」
「もしも、彼女たちが殺されていたら?」
俺は……
試しにそんなことを聞いてみた。
「……それだったら、あたしがやっちゃうかもしれません。イークエスは仲間だったけど、いい人だと思ってたけど、でも裏切ったし。悪い人だったから、みんなの代わりにあたしが殺したかもしれない。あ~、う~、で、でも、やっぱりできるかどうか」
パルは自分の両手を見る。
その手は、まだ人間の血では汚れていない。
同族殺しでは、無い。
「……師匠は、人を殺したいと思ったことがありますか?」
「無い」
俺は即答した。
そこは胸を張って言えることでもある。
俺は――
「人間種を殺したいと思ったことはない。確かにこの手は同族殺しで汚れている。それでも。それでも、だ。光の精霊女王ラビアンさまに誓って、俺は人を殺したいと、そう憎むような相手は今まで出会ってこなかったよ、パル」
脳裏に。
俺のことをせせら笑う賢者と神官の顔が浮かんだけれど。
それでも、彼女たちを殺したいかと問われれば俺は頭を横に振る。
そんなことをしたらあいつが困るし、悲しむだろう。
だから。
だから、俺はあのふたりを殺したいとも思わないし、恨んでもいない。
憎んではいるけどね。
「……分かりました」
パルは自分の手をギュっとにぎる。
「あたしは、師匠の弟子ですから。師匠を越えるのは、まだ早いです」
「下手くそな言い訳だな」
俺は苦笑する。
素直に、こわい、と言ってもいいのだが。
パルは気丈にもそう言葉にした。
俺はパルの頭を撫でてやる。
優しくて弱虫で強がりな、俺に似た少女の頭を撫でてやった。
「よし、金目の物は見つけたな」
「はい、財布にお金がたっぷりありました。宝石とかもありましたよ」
「ナイスだ、パル。盗賊らしく、そいつをもらって一件落着だ」
「にひひ。師匠、美味しい物が食べたいです」
「いいね~」
俺とパルは、わざとらしく笑っておく。
悲しい話ではある。
人が死んだ事件でもある。
仲間に裏切られた話でもある。
それでも。
俺たちは明日も生きていかないといけないわけで。
悲しみに引っ張られる場合ではない。
それだと、残りの人生がもったいないのだ。
たとえ裏切られても。
悲しい目にあったとしても。
それでも、楽しいことを見つけた方が良い。
そう思うし、そうありたい。
だから、笑っておこう。
いいことをしておこう。
できれば、パルにもそうやって生きていって欲しい。
なによりみんなが笑顔になれる世界を作ることこそ――
「あいつの目的なのだから」
パルを勇者の仲間にできるまで。
悲しみに曇らせたりはしたくないよな。
そう思いながら、イアたちと合流して少女たちを無事に救い出したのだった。
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