~卑劣! 手こずらない事件~
イークエスには取引を持ちかけた。
「協力してくれれば、処刑はしない。協力しないのであれば拷問にかけ、口を割らせた後に処刑する。どっちを選ぶ?」
と、三つ子の真ん中であるイアが小さいままのイークエスに笑顔で迫れば、そりゃもう答えは一択だ。
もとより人生を諦めた感があるイークエスにとっては、今さら隠したところで苦しくなるだけ。粘る素振りすら見せず、素直に情報を暴露した。
「これで人が小さくなるとは、驚きです」
「試してみましょう」
イアがイークエスから情報を引き出している間、俺は事件に使用されたアーティファクトであるハンマーを説明した。
正式名称は何だったっけ?
まぁ、名前なんかどうでもいいのでハンマーでいいか。
三つ子の右担当のイウスがハンマーを持ち、左担当がシニスが全てを話し終えたイークエスをつまみあげる。そのままシニスは投げるようにイークエスを放ると、イウスがハンマーで叩いた。
おそろしく雑な扱いだが……まぁ、罪人の扱いを丁寧にやる必要はどこにもないか。
血も涙も無い、卑劣な集団。
これこそ盗賊ギルドのイメージ通りとも言える光景だ。
「うぐっ」
空中で大きくなったイークエスはそのまま床に落ちた。もちろん全裸なので、あらあら、とワザとらしく右と左のギルドマスターが笑う。
「「粗末なこと」」
と、感情も動かない瞳で見下ろされれば、男であれば誰だって落ち込んでしまうだろう。
恐ろしい。
イークエスは無気力な表情ながらも、身を縮こませた。
同情はしないが……かわいそうだと思ってしまうのは俺が男だから、だろうか。
もっとも――
この世には、上から目線で全裸を見下されることに無上の喜びを見い出すマゾもいるので、注意が必要だ。
痛めつけているつもりが実は相手を喜ばしていた、なんて事例はときどきあったりする。
「よぅし、情報はそろった。問題は無いし、定石通りにいこう。エラントはどうする?」
参加の有無ではなく、どのポジションを選ぶか。
そういう意味でイアは聞いてきた。
「イークエスが逃げないように監視役にまわるよ。パル、せっかくだからオトリ役を続けるか?」
「はーい、やります」
あとひとりオトリが欲しいな、というイアの言葉でさっきの甘いタバコを作ってきた有翼種の少女が抜擢された。
「イアがオトリ役にはならないのか?」
と俺は聞いてみたのだが――
「アタシは面が割れてる可能性があるからな。監視役に徹するよ。突撃時は任せとけ」
「「イアは裸に自信が無いので」」
「おまえらアタシといっしょの身体だからな!? なんなら今ここで脱いでやろうか!」
という一幕に俺は苦笑しておく。
いわゆる、三つ子ジョーク、というやつだろうか。どうして真ん中担当のイアだけがこんなにも性格が違うのか。とも思ったが……
「ツッコミ役になってしまっては、そりゃそうなるよな」
「誰がツッコミ役だ!」
語るに落ちるとはこの事か。
いやいや、彼女たちなりのユーモアだと思っておこう。
というわけで、少数精鋭で作戦に当たる。
テキパキと準備が整えよう。
まずパルとタバコ少女をハンマーで小さくする。
「お~、すごい。巨人の国に来たみたいだ」
「巨人の国なんてあるんですか?」
「さぁ?」
「えー」
みたいな会話をしているパルとタバコ少女をイークエスが入っていた箱に入れる。
ふたりの服は俺が預かっておき、箱はイークエスに持たせた。
「逃げたら殺す。逃げる素振りを見せても殺す。余計なことを話したら殺す。視線をこちらに向けても殺す。分かったか?」
「……分かった」
簡素な服を着させられ、しっかりと箱を持たされたイークエスの背中に少しだけ影縫い用の針を刺した。
「痛っ」
「いいな、イークエス」
言葉だけでなく、容赦なく実行するぞ、というところを見せておかないといけない。
だいたいの人間種は、自分が死ぬ直前まで殺されるなんて夢にも思っていないことが多いので。
わからせる必要は充分過ぎるくらいに有る。
「わ、分かっている。今さら逃げられるなんて思っていないし、あんたに勝てるとも思っていない」
「よし、いけ」
盗賊ギルドから出て、偽装している飲み屋の中を通り、俺たちは外へ出る。
外は、そろそろ夕方とも言える時間帯だった。
空はオレンジ色に染まりつつあるのを確認した後、イークエスのそばから離れる。同時にイアからも離れて、二重の監視体制を取った。
このあたりは事前に打合せもなくやってのけるのは、さすがのギルドマスターっていうところか。
右のイウスと左のシニスは、ジックス街でいうところのゲラゲラエルフたるルクス・ヴィリディのポジションなんだろう。
「……」
イークエスが歩き出したのを見て、俺たちも移動し始める。
ごく自然に、何事もなく歩くように。
視線をボヤかし、曖昧に。
さりとて、ターゲットであるイークエスは見逃さないように、イアとの連携を意識しながら歩いていく。
そのまま学園都市を歩いていく。多種多様な人間が多く、また変人の多い街だ。
俺もイアも、ましてや謎の箱を持つイークエスでさえ目立たない。
そういう意味では、犯人たちもやりやすかっただろう。
怪しい人物だらけのこの街では、本来の『怪しい』という感覚は無視されてしまう。
まったくもって、頭の良い男だ。
「ふん」
と、俺は鼻を鳴らしつつ、イークエスの監視を続ける。
そんなイークエスが歩いて行った先は――
「色街……いや、この場合は『色通り』と言うべきか」
ある程度の規模がある街なら、必ず存在するのが娼館だ。それは学園都市でさえ変わらない。
むしろ、そっち方面の技術さえ研究されている可能性だってある。
さすがに他の街に比べては規模は小さく、ひとつの通りに並んでいるだけの数しかない。
加えて、この学園都市に住むような人間は、性欲よりも知識欲が上回っているタイプがほとんどだ。
なので、娼館の数はあまり多くない。
それでも冒険者はいるし、性欲を持て余した若い人間もいるので、やはり需要はゼロではなく、必要不可欠であるとも言えた。
そんな娼館が並ぶ通りを歩いていくイークエスは、路地に入っていく。
「ふむ」
娼館ではなく、ただの通り道だっただけか……はたまた……
そう考えていた矢先、近くの家の前で止まった。
娼館や店ではなく、ごくごく普通のただの家。大きくもなく、それといって小さいわけでもない、普通の家のドアをノックした。
どうやら、あそこが学園都市における犯人たちの本拠地らしい。
いわゆるアジトというやつか。
ちらりとイアの顔を覗き見れば――
「ふ~ん」
という表情。
見逃していたではなく、あくまで犯人たちの活動が細く発見できていなかった、と考えられるか。
まぁ、詳しい状況とか犯人の動向や情報がまったくやり取りできてなかった状態だからなぁ。
仕方がないといえば仕方がないし、ジックス街でも被害はあくまでも不定期で、しかも頻度は少ない。
運よく発見できた事件としては、これくらいの扱いになって当然か。
後回しにされていた可能性もある。
イークエスがパルに興味を示さなければ、まだまだ真相が分からなかった事件だからなぁ。
なんて考えている間に家の中から男が出てきた。
イークエスを見て驚いている様子だったが、親しそうに話してそのまま家の中に入っていく。
「よし」
俺とイアは視線を合わせて素早く家の前に移動。
「周囲警戒。聞き耳を」
「分かった」
イアが周囲を警戒している間に俺は扉に耳を当て、中の音と気配を探る。
「足音2」
おそらく、イークエスと先ほど顔を見せた男のみ。
「了解。カウントダウン、3、2、1――」
俺が扉を開き、イアが突っ込む。家の中はまず廊下になっており、そこを進むイークエスと男の背中が見えた。
「ふっ」
と、短い呼気を吐き、イアが男へと突撃する。後ろから容赦なく男の背中に飛び乗ると、そのまま首を締めて意識を落とした。
速い。
なにより無駄もなく、女性ならではの身軽さだ。俺が同じ行動をすると体重の関係で首を閉める前に男を床にねじ伏せることになる。
つまり――一手早い。
男が倒れる頃には、イアは男から離れることができた。
しかし、ドタンと倒れる音がしたのをキッカケに奥の扉から顔を覗かせた男。
そいつの首を狙って、俺は投げナイフを投擲する。
「ぐがっ……」
短く悲鳴をあげて暴れる男にイアはトドメを刺すようにナイフで首を薙いだ。血しぶきが噴き出し、廊下を一筋の赤黒い血が跡を残す。
「間が悪い男もいたものね」
そんな返り血を浴びるのはゴメンだとばかりにイアは後退し、絶命する男を見つめた。
「こればっかりは仕方がない」
と、俺は肩をすくめる。
部屋の中で大人しくしていれば今すぐ死ぬことは無かったかもしれない。
まぁ、後で処刑されるのは確実だろうが。
なにせ――
「汚い死体だねぇ、やだやだ」
素っ裸で股間丸出しだ。いま、誰に何をやっていたのか考えるまでもない。
「これだけか、イークエス」
「……あとひとりいる」
「どこだ?」
「地下がある。奥の部屋に階段があって、そこにもうひとりいるはずだ」
「アタシがいくよ。エラントは元の大きさに戻しておいて。一階の探索は任せるわ」
「了解」
イアの背中を見送り、俺はイークエスをハンマーで叩く。小さくなった彼と入れ替えるようにパルとタバコ少女を箱から出してやって、ハンマーで元の大きさに戻した。
「いやん、エラントさんに裸を見られちゃったぁ~」
「あ、そういうのいらないんで」
「なによぅ、面白味の無い男ね。こういう時は、今晩の宿を教えるものよ。レディの扱いがなってない男ね」
「タバコを吸う女は嫌いなんだ」
「むきぃ! ちょっとパルパル、あんたの師匠冷たいよ」
「師匠はあたしにメロメロなんです!」
「むきぃ! ちょっとエラント、あんたの弟子ひどいよ!」
「どうしろって言うんだ……」
とりあえずパルとタバコ女に服を着てもらっている間に、男の死体を片付けようと部屋の中を見た。
「うっ」
思わず、俺は顔をしかめてしまう。
そこにはひとりの少女がいた。
凌辱の限りを尽くされた、とも言うべきか。
それとも、まだ生きてるだけ救いがあった、とも言うべきか。
間に合ったことを喜ぶべきなのかもしれない。
が、それでも――
目をそむけたくなる凄惨な部屋だった。
「大丈夫か……くそ、ご丁寧に防音の結界か、これ」
自分の声に違和感がある。
おそらく、防音効果のある何かが施されているのだろう。耳の穴に布を突っ込まれたような違和感があった。
ひとまず死体を片付けるより先に少女を助け出さないといけない。
「しっかりしろ、もう大丈夫だからな」
「……あ、……ぅ」
意識はハッキリしていないが、それでも返事があった。
今は、それを良かったと思おう。
じゃないと、そこで物と成り下がった死体に余計な傷が増えそうだ。
汚濁に沈んだ少女を救い出し、部屋の中に有ったできるだけ清潔な毛布でくるんでやる。
意識はあるけど、救われたことに喜ぶ気力も失っている様子だった。
こうなってくると、男である俺は離れた方がいいのかもしれない。
「パルと、タバコの君、この子を頼む。俺は地下へ行く」
「は、はい!」
「タバコの君って……名前ぐらい覚えてよ!」
「後でベッドの上で聞かせてもらうよ」
そう言い残して俺は地下へと移動するのだった。
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