~卑劣! 学園都市の盗賊ギルドマスター~
「「ようこそいらっしゃいました」」
と、声をそろえて挨拶してきたのは、双子の女性だった。
黒く長い髪に茶色い瞳。盗賊らしいかと問われれば、まったく『らしくない』と言えるゆったりとした服装。
どちらかというと学生が着る制服に似せたデザインだ。
もしかすると、普段は生徒として学園にまぎれているのかもしれない。
双子は俺とパルを見ると、無表情ながらも柔らかい雰囲気の視線を送ってきた。
赤いラインを目の縁に引いた化粧が特徴的ではあるが、その化粧ラインですらふたりで寸分狂うことなく引かれているところを見ると、もしかしたらイレズミの類なのかもしれない。
もっとも――そんな場所にイレズミを入れる勇気など俺にはまったく無いので、やはり化粧ではあると思うが……
「わたくしはギルドマスターのイウストラム(右)と申します。イウスとお呼びください」
俺から見て左側にいるふたごが『右』だと名乗る。
「わたくしはギルドマスターのシニストラム(左)と申します。シニスとお呼びください」
そして、反対側――つまり、右側にいるほうが『左』と名乗った。
ややこしい!
嫌がらせのようにややこしい。
「すごいすごい、そっくりだ」
パルは喜んでいるようだ。もしかしたら双子を見るのが初めてなのかもしれない。
「「ふふ、良く言われますわ」」
イウスとシニスはそう言って頬に手を当てて笑った。
仕草までそっくりだし、なんなら声も同じだ。寸分の狂いなくやってみせるのは、訓練の賜物か、はたまた双子ゆえの能力なのか。
見分ける方法は、それこそふたりが立つ位置で覚えるしかない。
右と左。
イウスとシニス。
と、思っていたが――
「「さて問題です」」
双子が縦に並んだ。
そして、前に立っていた方がくるりと後ろを振り返ると――ふたりは腕を組んでぐるぐるとまわり始める。
せまいカウンターの中で、双子は器用にも素早くその場でまわり続けた。
さすが盗賊、と褒めるべきか。
それとも、なにをやっているんだこいつらは、と呆れるべきか。
「「どっちがどっちでしょう」」
回転をやめ、腕を組んだままふたりはこちらへ向き直った。
もうすでにどっちがどっちだったか、分かりようが無い。ヒントがゼロの酷い問題もあったものだ。
「えー!?」
パルが悲鳴に似た声をあげる。
俺も似たような感想だ。
分からん。
皆目皆式分からん。
記憶に優れるパルでさえ分からないのであれば、初動を見逃してしまった俺に答えられるはずがない。
「「ふふふ」」
と、双子たちはドヤ顔を浮かべている。
すまし顔で感情が薄いタイプかと思ったら、それなりに面白い人生を歩んでいるようだ。
まぁ、普通に考えれば、俺より若いと思われる年齢で盗賊ギルドのギルドマスターになるような人間種だ。
たぶん愉快な人生を送ってきてると思う。
まぁ、なにはともあれ――
理由は天井に隠れているようだ。
パルは気付いてないらしく、一生懸命に双子を見比べている。
「え、えっと、えっと、こっちがイウスさんでこっちがシニスさん!」
パルは当てずっぽうで応えた。
しかし――
「ざんねーん」
「ハズレです」
答えは逆だったようだ。
外したところでなんだが……別に当てる必要もなかったし、同じギルドマスターなんだから、どっちがどっちでも別にどうでもいい、という感想を持ってしまった。
たぶん言ったら酷い顔をされそうだし怒られそうなのでやめておく。
俺は女の子に優しいんだ。
うん。
「あう、二択で外した……師匠は分かりました?」
「残念ながら俺にも分からん。だが、ひとつ確実なことが言えるぞ」
と、俺は人差し指を一本立てた。
「確実なこと?」
「あぁ、このふたりは双子じゃない」
「え、ウソ?」
パルはイウスとシニスをよ~く見るが、やはりその差異も分からないらしく、ぐぬぬ、とお手上げの声をあげた。
「師匠~、分かりません」
「よく見ろ、パル。ヒントはそっちじゃなくて、こっちにあるぞ」
「師匠に?」
俺はさっきから人差し指を立てたままだ。
つまり、これがヒント。
「人差し指? イチ? 一本……ひとり……? んあ~、分かんない」
仕方のない弟子だなぁ。
俺はもうひとつヒントをやる。
少しだけ視線を上へと向けた。
「ん? うえ? 天井――ぎゃあああああああああ!?」
パルが上を向いた瞬間、それは天井から降って来た。
もちろん、虫とか動物とかではなく、ちゃんとした人間が、だ。
そう、イウスとシニスとまったく同じ顔と姿と化粧をした三人目のギルドマスター。
「気配遮断には自信があったんだけどなぁ。でも、この子には勝てた」
と、双子ではなく実は『三つ子』のギルドマスター、最後のひとりはパルを後ろから抱きかかえて、勝利宣言をした。
「アタシはギルドマスターのイア(中)。よろしくね!」
「右と左と中か。イアだけは、なんとか区別が付きそうだ」
イウスとシニスは静かなイメージというか、感情を表に出さないタイプだが、イアはそれとは違って少しだけ活発な感じがする。
しかし、あくまでイメージであって、三人で並んですまし顔をされるとやっぱり分からないと思う。
三人でひとり、というか、三人で活動しているからこそギルドマスターまで昇り詰めることができたのだろう。
それこそ、やりたい放題だろうな。
完全に意思疎通ができる自分と同じ姿と考えの人間が自分と合わせて三人もいるのなら、組織のひとつくらいは簡単に掌握できるだろう。
なにより、この学園都市という知識と研究が第一と考えられている街では、あまり盗賊の価値は無い。
だからこそ、彼女が選ばれているのかもしれない。
もっとも――能力があるのは、確かな上での話だが。
「ふっふっふ、アタシはギルドマスターの実働担当だよ。で、イウスとシニスは業務? 雑務? 外交とか、なんかそっちの方をやってもらってる。こういうのを適材適所って言うから、覚えておくんだぞ、ちっこいの!」
「わ、分かったらおろして、おろしてくださいぃ~」
「ダメだ。アタシが天井に張り付いているのに気付かなかった罰だ。うりうり~」
イアはパルのほっぺたに自分の頬をつけてスリスリする。
「ふぎゃ~! 師匠、助けて」
「う~む」
三つ子はそれなりの美人だからな。
美少女なパルと仲良くしてる姿を見るのは、悪くない。
むしろ女の子同士が仲良くしている姿は、どうしてこうも良いものがあるんだろうか。
それを邪魔するなんて、とんでもない。
だがしかし――
「いつまでも見ていたい気分だが、話が進まないんでな。そろそろ離してやってくれ」
「この子はおまえの物か?」
「あぁ、俺の弟子だ」
「しょうがない。特別だぞ」
と、ようやくパルは解放されて、胸を撫でおろしている。別に痛いことをされている訳ではないので、問題ないと思うけどなぁ。
あれかな?
同姓にやられてるってことは、俺にしてみれば筋骨隆々の屈強な男に頬をスリスリされているようなイメージか?
いや、違うか。
美少年にスリスリされている気分だろうか。
だったら、まぁいいんじゃないか?
と、思わなくもない。
「ジックス街から来たエラントだ。こっちはパルヴァス。例の事件、あっちでは解決したから、その報告に来た」
「例の事件……冒険者の失踪と、こちらの街で働いてる娼婦ですね」
イウス、もしくはシニスの言葉に俺はうなづいた。
そして持っていたイークエスの箱をカウンター席に置く。
「で、こいつが犯人であり、黒幕だ」
箱のフタを外すと、そこには小さなイークエスがいる。そろそろ刑期が近づいてきたせいか、青い顔をして箱のすみっこに座っていた。
「これは……どういうことだ、エラント」
イアが興味深く箱を覗き込む。
ちょっとした人形か玩具にも見えるが、やはり本物だと分かると顔をしかめた。どう考えても趣味の良いものではなく、うすら寒いものを感じたんだろう。
三つ子の中で唯一、表情が分かりやすいイアが顔をしかめている。
「こいつを利用していたようだ。人を人形のように小さくできるアーティファクトだ」
そう言って、俺は古代遺産であるハンマーを見せて、事の経緯を説明した。
「こいつ超悪いヤツだな」
全てを聞き終えたイアはイークエスをつまみあげる。
イークエスは反論もせず、ただただされるがままにダランと手足を投げ打っている。すでにいろいろと気力が尽きている状態だ。
まぁ、無理もない。
永遠とも思える暗い箱の中の生活と、段々と近づいてくる自分の処分。不安とあきらめの感情が今や最高値に達しているのだろう。
「ふん」
そんな無気力なイークエスの態度も気に入らないのか、イアは乱暴に箱の中に落とした。
「よし、さっさと冒険者を助けるぞ。まだ夕方まで時間がある。娼婦の仕事前に片を付けよう。こいつの仲間も一網打尽にしてやる」
「分かりました。準備しますね」
「参加できる者を集めましょう」
ギルドマスターの呼びかけに部屋の中にいた者が、いけるよ、と参加してくれた。
よし。
さっさと事件を終わらせてしまおうじゃないか。
いつまでも、文字通り『小さい男』にこだわっている場合じゃないのだから。
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