~卑劣! 幼女にゃまだまだ早い大人のアレ~

 扉の先に待っていたのは、先ほどの店とは打って変わった石造りの空間だった。

 石壁に囲われた広い空間にはテーブルがあり、まるでレストランの様相になっている。それらのテーブルには盗賊と思わしき人たちが何人かいてタバコの煙をくゆらせていた。

 そう。

 テーブルに座っている全員が口元にほのかな赤い光を灯していた。

 ともすれば異常な光景だ。

 天井付近にただよう紫煙は、不気味にも色濃く見える。

 甘い香りが混ざっているところを見ると……おそらく、ただのタバコではあるまい。気分が高揚するクスリを使っている可能性があるな。


「パル、あまり煙は吸うな」

「は、はい」


 パルはあわてて口を両手でおさえる。

 そんな弟子の様子を見て、テーブルに座る男たちはクスクスと笑った。


「よう、旦那とお嬢ちゃん。ここは初めてかい?」

「……」


 声をかけてきた獣耳種の男を無視して俺はギルドマスターを探そうと足を進めたが――


「まぁまぁ、待ってくれよ旦那。なにか勘違いしちゃいないか?」

「なんだ?」

「これだよ、これ」


 と、犬型の尖った耳を少しばかり揺らしながら、男はタバコを俺に見せた。


「いま新しいフレーバーの試飲……じゃないな、試吸? しきゅう? ま、いいや。お試し中でよ。そんな危ない煙じゃないから大丈夫だぜ。もっともお嬢ちゃんにはケムたいかもしれないけど」

「……そうなのか?」

「問題ないよな、みんな?」


 と、犬耳男がその場の全員に言うと、みんなが一斉にウンウンとうなづいた。


「甘いタバコを作りたいっていうヤツがいてよ。テスト品を試しているところなのさ」

「はいはい、アタシですアタシ! アタシが作りました!」


 と、制作者が自己主張した。

 ちょっと可愛い系の有翼種の女の子だった。ファンシーと言うべきか、ピンク色とオレンジ色の混ざった色に染められた髪に、短くふんわりと広がったスカート。そこから伸びる生足は残念ながら少ししか見えず、ニーハイソックスとドロワーズが肌を隠している。しかし、それはそれで可愛らしい。


「師匠」

「なんだ?」


 やべぇ。

 あの子をちょっとでも可愛いとか思ったの、パルにバレちゃった?

 怒られちゃう、俺?


「あたしもタバコ、吸ってみたいです」

「あ、そっち?」

「え?」

「あ、いや、なんでもない。あんまりオススメしないが、まぁ経験してみるのもいいだろう」


 というわけで有翼種の女の子からタバコを二本もらってみる。

 テスト品とはいっても、しっかりと作られているようで。

 想像していたタバコよりも細く、巻紙は黒。そのせいで怪しい雰囲気が出てしまうのだが、オシャレな感じもしなくもない。


「タバコは吸いながら火をつけるんだ。ちょっと古い時代の人は『タバコを呑む』と表現する人がいるように、口の中に煙を集めて肺に入れる感じかな」

「ほへ~」


 パルは試しとばかりにタバコをくわえてみせる。

 美少女がタバコをくわえている姿は――ふむ、なるほど、悪くない。

 いや、むしろ良いかもしれない。

 なんというのかな、アンバランスさ、と表現するべきか。もしくは、禁忌に触れているようなイメージか。

 小さな少女が大きくて武骨な剣を持っている感覚に似ているかもしれない。

 もっとも――

 あまり健康にはよろしく無いらしいので、ほどほどにする必要がある。


「はい、お嬢ちゃん」


 と、制作者の有翼種少女が指先に炎を灯した。どうやら魔法が使える盗賊のようだ。

 しかし、この街で盗賊をやっていることを鑑みれば……おそらくタバコに火をつける為だけに覚えたような気がしないでもない。


「ありがとうございます。んっ」


 パルはタバコを人差し指で親指に挟んで、タバコに火をつける。ポっと赤く点灯するようにタバコに火がついて、パルは煙を吸い込んだ。


「おぉ~、あま――げっほ!? ケホッケホッ、あう、ケホケホ……だ、だめ、ケッホケホ、うああああ、ゲホゲホ!」


 ふむ。

 予想通りせき込んだ。

 かわいい。


「あっはっは。いやぁ、期待通りだよ、お嬢ちゃん。あっはっは!」


 獣耳種の男を始め、その場にいた全員がパルがせき込むのを見て笑っている。

 まぁ、若い子にタバコを吸わせるのは、この光景が見たいから、という理由もあるように思えた。

 なにせ、かわいい。


「けほ、けほ。お、大人はこんなの吸ってるなんて、おかしい……けほ、けほ、でも甘い……ケホっ。うぅ、なんか苦い気もしてきたぁ、タバコきらいかも~。けほ、けほっ」

「ま、美味しくないなら無理に吸う必要もないだろ」

「うぅ~、分かりましたぁ」


 渋い顔をしてパルはタバコを持つ。もったいないので、捨てはしないようだ。


「はい、旦那もどうぞ」

「ありがとう」


 俺も少女の魔法火をもらってタバコに火をつける。ちなみに俺は人差し指と中指の間に挟んで、口元を隠すように吸った。

 そのほうが、なんかカッコいいから。


「おぉ~」


 パルが俺を見て、瞳をキラキラとさせてくれた。

 あれかな。

 これからタバコ、吸ってみようかな。

 あ、でもにおいが嫌いとか言われちゃうかもしれないよな。

 ときどき。

 うん、ときどきでいいから吸ってみよう。


「どうどう? どんな感じ?」

「ふむ……甘い……」

「ふむふむ。どう、旦那はこれ、売れると思う?」

「商売に関しては分からないが……そうだな、女性向けに売れるんじゃないか? パルみたいな子どもには売れないだろうけど、吸ってみたい女の子は潜在的には多い気がする。甘さだけでなくミントのようなスッキリするのを加えたらどうだ? そうすれば女性向けとして売れるんじゃないかな?」

「ほほぉ! なるほどなるほどぉ~。女性向けは考えたことなかったよ。旦那ァ、実はモテるでしょ。今まで何人の女の子と夜明けのタバコを吸ってきたのさ」

「ゼロ人だ」

「またまた~」

「いや、ホントに」

「え、マジで」

「うん」

「師匠はロ――げほっ!? な、なにするんですか、師匠! ケムいです! けほ、けほ、あ、でも師匠の息が目に見えてる! あたし、師匠の吐いた息で生きてる! げほ、げほ、でもケムい!?」


 余計なことを言う前に煙でだまらせてやった。

 これが経験というものだ。


「すまない、弟子がバカで」

「なんとなく分かった。立候補しようと思ったけど、アタシじゃ年齢制限に引っかかるか。上の方で」


 ケラケラと有翼種少女が笑った。

 さすが盗賊。

 察しが良すぎる。


「ところでギルドマスターに用事があるんだが、どこにいるんだ?」

「ギルマスならあっちで仕事してるよ」

「分かった。タバコも含めて、ありがとう」

「けほ、けほ。ありがとうございました。けほ、けほ。うぅ、師匠。あたしタバコはしばらく吸わなくていいです」

「うん。味覚が鈍るとも言われてるしな。美味しい食べ物がマズくなるのは、本位じゃないだろう」

「マジで!? あたし、一生吸わない!」


 そんなパルの言葉に俺を含めて全員が笑う。

 なんだかんだ言って、気の許せるヤツらだったようだ。

 最初の雰囲気は何だったんだろうな……嫌がらせ?

 まぁ、新参者を警戒するのは当たり前の話か。

 さて、俺とパルは最奥へ移動する。そこはバーのカウンター席のようになっていて、ひとりの先客がギルドマスターと話をしていたようだ。

 それが丁度終わったらしい。

 先客は軽く手をあげてその場を去っていった。


「すまない、パーロナ国のジックス領から来たエラントだ。仕事の件で来た」


 そう声をかけた相手は――


「ようこそいらっしゃいました」

「ようこそいらっしゃいました」


 慇懃に頭を下げるふたりの女性。

 寸分の狂いもなく声と動作を合わせて、俺とパルを同じタイミングで見る。

 そう。

 学園都市の盗賊ギルドマスターは――

 双子だった。

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