~卑劣! 知識の墓場~
学園長がいた樹。
校舎の中央に位置する樹。
そこでサチと別れた俺たちは、ひとまず校舎から出るために来た道を戻っていた。
先ほどと風景は同じだが、そこにいる人たちと様相はガラっと変わっている。さっきまで寝ていた人はさすがに同じだが、起こっている騒ぎはまったくの別物になっていた。
少し目を離すと別の事件が発生している。
これもまた学園の特徴でもあった。
「うわぁ……師匠、見てください」
「なんだ?」
「水が浮いています」
「ホントだ」
空中に水の球が浮遊していた。攻撃魔法で水を槍やトゲのようにして対象にぶつけるものがあったけど、それの超スローバージョンなのかもしれない。
シャボン玉に見えなくもないが、ふにょふにょと水の球が空中を歪に形を変えながら移動していた。
ちなみに管理者は見当たらない。
どう考えても触らない方がいいだろう。
実験や実証を邪魔するという意味ではなく、自分の身を守るという意味で。
「師匠、あっち」
「今度はなんだ?」
「人が天井に落ちて行ってます」
「うわ、こわっ!?」
吹き抜けの天井まで落ちるって考えると、逆に天井から地上に落ちるようなものだ。
あの人たちは無事なんだろうか。
怖い。
「恐ろしい場所です……サチ、大丈夫かな」
「まぁ、そのために学園長に預けたっていう意味もあるからな。常人では耐えられるとは思えない」
「あっ」
「今度はなんだ? 植物がしゃべってたか?」
「いえ、壁に向かって話してる人はいましたけど違います。そうじゃなくって、サチは普通じゃなかったから。だったら大丈夫かなぁ~って思いました」
「あぁ……確かに」
なんというか、変な子だった。
学園に合わせて言うのならば『適合』していた、というべきだろうか。
うん。
なんとなく、学園都市の雰囲気をかもし出してたような気はしないでもない。
寡黙かと思ったらそうでもなく、なにかを考えてから話をする仕草とか。学者然とした雰囲気は確かにあった。
「ま、ここが彼女の目的地だったんだ。俺たちが心配するのは、彼女が困ってからでいい」
「……また会えますよね?」
俺は振り返り、パルの顔を見た。
ちょっぴり不安そうで、ちょっとだけ寂しそうな表情だ。
「あぁ。いつだって会いに来ればいいさ。気分転換は必要だろ?」
そう言って、パルの頭を撫でてやる。
パルの表情は、それだけでパッと明るくなった。
「はい!」
分かりやすいヤツ……というよりも、かわいいと言うべきだな。うん。間違いなく、俺の弟子はイイ子であり、素晴らしく可愛い美少女だ。
勇者に自慢したいもんだ。
そっちはババァにモテモテみたいだけど、俺は美少女にモテモテだぞ。
はっはっは、パーティを追放されて良かったぜ。
と。
笑いながら殴り掛かってくる勇者の姿が目に浮かぶな。
そんなことを思いながら校舎をようやく脱出すると、視線がひとつ。
「あっ、見つけた!」
という声と共にひとりの生徒が近づいてきた。
そいつは俺ではなく、パルに駆け寄ると手に持っていた串を一本差し出す。
「お嬢ちゃん! さっき試食してくれたお嬢さん、いや、お嬢様!」
「うわぁ、びっくりした!?」
串を突き付けてくる話しかけてくるのは、そりゃもう敵以外のナニモノでもないので、驚くのも無理はない。敵意とか殺気が無いので余計に怖いかもしれない。
「是非、是非ともこれも食べてもらいたいのです!」
「これ?」
串には、なにやら巻きつくように赤黒いというか、紫色とも表現するべきか、判断の困るような物が刺さっており、こんがりと焼かれているようだ。
「なんですか、これ?」
「ポーピィプスです」
「……?」
パルが俺を見た。
残念ながら、俺も知らない。
だが、串に刺さっている物の形状は、なにかを思い出す。こう、丸い物がいっぱい並んでいて、段々と先端に向かって細くなっているような感じで。
「それは……もしかして、タコじゃないのか?」
「あぁ、最近では共通語でそう呼ばれているところもあります。これも義の倭の国で食べられているんです! 是非、是非ともお嬢様に食べてもらいたい」
まぁ、この生徒が必至になるのも無理はない。
生きてるタコを見たことがあるだろうか?
魔物以上に魔物のような姿をしている、なんかにゅるにゅるして、ぬるぬるして、ずりゅずりゅと移動していく骨の無い奇妙な生き物だ。
昆虫の方がまだ生きていると理解できる。
なんで骨が無いのに生きてられるんだ? そもそも足が八本って何? なんで黒い墨を吐くの? なんで吸盤が足に付いてるの?
そもそもおまえ、生きてるの?
顔と身体の位置関係、おかしくない?
「いただきまーす!」
躊躇なくいったー!?
「あーむ、んぐんぐ……」
すごいな、パル。師匠は君を尊敬します。
「ん? んぐ、んぎぎ、硬い……あ、でも、美味しい? ん~、コリコリしてるけど、これ自体に味は無いのかも?」
串から噛みちぎるのにちょっと苦労したものの、パルは平気で食べていった。
「なるほど。もう自分で食べ過ぎちゃって、美味しいのか普通なのか分かんなくなってきちゃったので」
そういうものなのか……
あと、マズイという選択肢が無いのがさすがというべきか、自信満々と捉えるべきか。
しかし、美味しいと言われても、やはり食べるとなると躊躇してしまうよなぁ。
生前の見た目が悪い。
そう思う。
「ありがとうございます、お嬢様。またよろしくお願いします!」
また別の物を喰わせる気か、パルに……
と、立ち去ろうとする生徒に、待った、とかけた。
「なにか? というか、あなた誰です?」
……さすが学園の生徒だ。
視野狭窄は学問において致命傷だぞ。
というアドバイスはムカついたのでしてやらない。
「そこのお嬢様の保護者だよ。すまないが、『知識の墓場』という酒場の場所を教えてくれ」
「あぁ、それでしたら――」
と、生徒に詳細な位置を教えてもらった。食材を卸しているらしい。さすが知識の墓場だ。知性を捨て去るような食べ物も提供しているらしい。
「美味しいですよ、師匠?」
「う~む、どうにも見た目がなぁ……よく食べられるな、パル」
「ゴミとか虫とかよりマシですから」
「――なるほど」
俺、恵まれてたんだなぁ……
なんて思った。
孤児院ではお腹いっぱい食べられた記憶は無かったけど、それでもパンやスープっていう料理された物ではあったのだから、まだマシだった訳だ。
なんて考えつつ、生徒に教えてもらった通りに移動していくと簡素な看板に『知識の墓場』と書かれている店を発見した。
見た目は普通の店と変わらず木造の建物であり、そこそこ大きい。
なぜか窓にガラスは無く、開きっぱなしになっているのは、割れたのを放置しているのか、デザインなのかは分からない。
そんな窓から覗いてみると――さすがにまだ日が高く夕方でもないので客はいない。活気もなにも無いガランとした店内が見えた。
「ふむ」
それでも人の気配はあるので、店員はいるようだ。
「行くぞ、パル」
「は、はい」
少し緊張気味なパルといっしょに店内に入る。
すると――
「まだ営業前だよ、旅人さん。すまないが、夜に来てくれ」
どうやらカウンター奥に厨房があるらしい。
そこから活気良くおじさんが声をかけてきた。どうやら仕込みの最中のようだ。
「そうか。ここなら少々変わった物が食べられると聞いてね」
「はははは、それがウチの自慢だからねぇ。魔物以外なら、なんでもあるぜ」
なるほど。
あの生徒が一枚噛んでそうなのは間違いない。
もっとも、今は盗賊ギルドに用事があるので奇妙な食べ物はまた今度だ。
「逆さまにしたエールと殻に裂け目ができなかったピスタチオが欲しいんだが、頼めるかい?」
「お安い御用さ。だが、営業時間外に贔屓したとあっちゃ常連に悪いからよ。そこの扉の中でこっそり食べていってくんな。ナイショだぜ、旅人さんと可愛いお嬢ちゃん」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
俺とパルはおじさんに礼を言って、案内された通りの扉を抜ける。そこはどうやら食糧庫になっているようで、酒や肉、くだものが置いてあった。
なんだかんだ言って、タコとか奇妙な食材は見当たらない。
隠してあるんだろうか?
「ここがギルドなんでしょうか、師匠」
「いや、もうひとつ扉があるぞ」
奥に目立たないながらも扉があった。光が届かず、また棚のすぐ隣にあるということで隠れがちになっている。
注意力が並では見逃してしまう位置だ。それこそ盗賊ギルドの入口らしいとも言える。
食材の間を通りながら扉まで移動し、ドアノブをまわす。
ガチャリ、と音がして開いた先には――
「うわぁ」
「ふむ」
ジックス街の盗賊ギルドとはまた違った空間が広がっていた。
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