~卑劣! おとぎ話の真実~

「よろしい、サチ。君の入学を認めよう。そうだな、神学、神秘学、両方に関わる権威を紹介しようではないか。なに信頼のおける人物に心当たりがあるのでね」


 見た目的にはサチと学園長に年齢差は感じられない。

 それでも、やはり威厳というべきか、もしくはハイ・エルフたる種族の宿命か。

 学園長の方が年長者に見えるのは、やはり年齢を重ねただけの意義と意味がそこにあるのかもしれない。


「……ありがとうございます、サッピー」


 サチは学園長に頭を下げる。

 サッピー呼びなのは、ほんとに正しいのかどうか。

 今の俺には判断できない。うん。


「うんうん、よろしい。その代わり、君がなにを求め、なにを学び、なにを得たのか。しっかりと私に報告してくれよ。あぁ、もちろん君と君の信仰する神さまだけの秘密は言わなくてもいいからね。私には知識と場所と機会しか提供できないが、君には無限の可能性がある。なので、お返しは知識でもいいし、結果でもいい。それがどんなにつまらない事でも、私は怒らないし、文句も言わない。だから、嘘だけはつかないでおくれよ。情報や真実が濁ってしまうと、あとあと大変なことになってしまうのでねぇ」


 経験のありそうな学園長の表情に俺は苦笑する。

 膨大な知識を得たがために、ひとつひとつの情報は強固に別の情報と結び付いているのだろう。そこにひとつでも『ウソ』が混じってしまうと、途端に他の情報にも影響を及ぼしてしまう。

 情報の精査は特に重要だ。

 でも、学園長というポジションだと、ひとつひとつ潰していくヒマもない。

 だからこそ、信用と信頼を売っているのかもしれない。


「……はい、分かりました」

「つまんなくてもいいんだ」


 パルが、へぇ~、という感じでつぶやく。

 それに対して学園長は苦笑しつつ答えた。


「頑張って調べてみたら、大したことなかった、なんて話はいっぱいあるんだよパルヴァスくん。そうだな、最近であった例を言うと……新しく開発した魔法があってね」


 くすくす、と学園長は笑う。

 別にそれはバカにしているとかそういう事ではなく、普通に楽しむように、会話が楽しいと思えるような笑い方だった。


「一生懸命に作り出した魔法だったんだけど、実は同じ魔法がすでにあったんだ。作り出す意味が無かった」

「あらら。無駄になっちゃったんだ」

「うん。でも、結果は無駄になってしまったが、過程は無駄ではない。新しく魔法を作り出すという経験は、実際に作らないと得られないものだ。机の前で腕を組んでるだけじゃ無理だったし、過去の文献をあさって魔法を覚えることでも得られないものをその子は得られた。それだけでも素晴らしいじゃないか」


 なるほどぉ、とパルはうなづいた。

 この世の全ては無駄じゃない。無駄な物なんてひとつだって無い。

 以前、勇者と共に学園都市に来た時、彼女から言われた言葉だ。

 確かにその通りだと俺も思う。

 けど――

 それだと魔王や魔物すら容認してしまう事になるので、あまり強く肯定はできなかった。もちろん、彼女はそれも織り込み済みで語ったのだと思うけど。

 この世の全ては無駄ではない。

 魔王すらも必要悪だ。

 そう頑なに学園長が提言するのなら、おそらく賢者は仲間になってなかっただろう。

 この街で出会った彼女は、言ってしまえば勇者に惚れて付いてきた訳で。自分の研究や知識欲よりも恋愛感情を優先した賢者を、果たして学園長はどう思っているのだろうか。


「ん? なにか言いたげだねぇ、盗賊クン」

「いや」


 なんでもないさ、と俺は肩をすくめた。


「そうかい? 私で良ければ話を聞くよ。それがどんな下世話な話であろうとも私は喜んで聞くし、他人の悪口や陰口であろうともそれは変わらない。ただし、君の価値が著しく堕ちてしまうので注意したまえよ」

「それが分かっているから言わないんだ」

「はっはっは。ま、盗賊クンが語りたければいつでも歓迎するよ。酒の席でも構わないし、気だるい午後を楽しく過ごすスパイスでもいい。盗賊クンなら、ピロートークだって大歓迎さ」

「ピロートーク? 師匠、ピローってなんですか?」


 おい、どうするんだ学園長。

 無邪気な少女が疑問を持ってしまったぞ。赤ちゃんがどこから来るのか、上手く説明するが如く、なんとかしてくれ。


「ピローとは枕のことだよ、パルヴァスくん。愛を確かめあった恋人同士が眠りに落ちるまでのしあわせな時間を表した言葉さ」

「ほへ~……って、ダメですサッピー。師匠といっしょに寝るのはあたしですぅ」

「はっはっは、先約済みかぁ。案外とモテるじゃないか、盗賊クン。彼女も、こんな風に仲良くなれれば良かったのにねぇ~」

「そいつはタチの悪い冗談だ」

「おや、上手い」


 いやいや、そんなつもりは無かったけど。『タチ』にはいろいろな同音異義語があるからなぁ。性質が悪いのか、それとも勃――いやなんでもない。

 まぁ、なんにせよ――

 もうこの時点で賢者に関しての文句を言い終わったようなものだ。

 俺が勇者とは別行動をしていて、且つ、勇者の話題を出さない。

 そして、賢者の文句を言いたい、と宣言したようなもの。

 これだけの材料があれば学園長なら察してくれるだろう。

 俺がどうなったのか、を。

 パーティから追放されてしまったことを、暗に察してくれているだろう。


「ま、詮索はしないさ。本人から語られる言葉が全てだからねぇ。さてさて、これぐらいかな? まだ私に用事はあるかい?」

「あぁ。申し訳ないが、まだ本題に入っていない」


 俺の言葉に、なんと!? と、学園長は嬉しそうに答えた。


「まだまだ私と会話してくれるというのかい。嬉しいね、ありがたいね。最近は知識を求めてくれる人が少なくてねぇ。私に知識を披露する方が多くて、まぁそれはそれで嬉しいのだが。それで、なにかな?」

「この街の盗賊ギルドの場所を教えてくれ」


 と、俺が聞いた瞬間――

 がっくり、と学園長は目に見えて肩を落とした。ついでに首も落としかねない勢いだ。


「期待した私が愚かだったよ。がっかりだ。楽しく知識を披露する機会を与えられたと有頂天になっていたというのに……そうだ、やはりサピエンティスという名は私にふさわしくない。返上しよう。やはり私のことは愚者と呼びたまえ、盗賊クン」

「凡庸な質問で悪かったよ」


 俺が肩をすくめながら言うと、学園長は長くおも~い息を吐いた。


「分かった。分かったよ。サチ君という素晴らしい存在を差し引いてゼロにしよう。これオマケだぞ。はっはっは、良かったねぇ盗賊クン。ゼロ概念が発明されていて。そうでなければ、君は今ごろ私の失望に触れているぞ」

「悪かったって言ってるじゃないか」


 ぶぅ、と子どもみたいにくちびるを尖らせる学園長に俺は呆れるように言った。

 この語りたがりめ。

 賢者でも愚者でもなく、ただの『ルクイトール(おしゃべり)』じゃないか。

 ハイ・エルフの高貴なる姿が台無しだ。どこかのゲラゲラエルフを思い出す。

 まったく。

 せめてどこかの王族か皇族であれば良かったのにな。

 もっとも――ハイ・エルフが貴族ともなると、その土地の全ての情報を把握してそうなので便利だけど。たぶん、聞けば先祖のことを教えてくれるに違いない。いや、でも貴族がそこまでフレンドリーな訳がないか。

 やっぱり偉そうなんだろうな、ハイ・エルフ貴族は。


「ほらほら、対価だ。早く私に対価をよこしなよ盗賊ゥ。私は対価無しでは知識を与えないことで有名な傲慢なハイ・エルフさまだぞーぅ」

「さっきまで『サマ』を付けるな、君と私は対等だ、と言っていたハイ・エルフさまはどこに行ったんだよ」

「盗賊なんて生き物は卑劣で人の風上にも置けない卑怯なヤツばかり……おや、どうした。私が悪かったよ、そんな顔をしないでおくれ。謝るからさ」

「事実だ。謝らなくていいよ」


 俺はそう言いながら銀貨を一枚、親指で弾いて渡す。

 それを受け取ったハイ・エルフさまは、本当に大丈夫かい? とちょっぴり不安そうに盗賊ギルドの場所を教えてくれた。


「街の東に『知識の墓場』という飲み屋がある。いろいろな食材を扱っている珍しい店でね。珍味を味わいたけでばそこに行けばいい。そこで『逆さまにしたエールと殻に裂け目ができなかったピスタチオ』を注文すれば、あとは案内してくれるよ」

「了解。しかし、なんというか酷い名前の酒場だな」

「あははは、そりゃぁこの街で酒を飲んで酔っ払いたいなんて思う者は、一時的にも頭の中を捨ててるわけだ。酩酊したいこともある。一度死んでみるのも一興だぞ」


 俺は苦笑しておく。

 実質的には勇者パーティから追放された時点で一度死んでるようなものだ。

 今さら酔っ払ったところで第三の人生が歩めるわけでもないし、パルを置き去る気もさらさら無い。

 知識の墓場に行くが、人生までは捨てたくない。

 そういうものだろう。


「さて、今度こそ最後かな――おや、パルヴァスくん。なにか知りたいことでも? いいとも、大歓迎さ」

「うんうん! サッピーって、おとぎ話の賢者なんでしょ」

「あぁ、学園都市物語か。そうだね、あそこに出てくる賢者とは、恥ずかしながら私のことだよ」

「最初に出てきた落ちてた本って、なんだったの?」

「ほう! それに興味を持ってくれるとは、いい子じゃないか。盗賊クン、君のお嫁さんは素晴らしいぞ」

「いや、弟子だ。嫁じゃない」


 えぇ~、とパルが抗議の声をあげるが……まぁ、ありがたい言葉だと思っておこう。


「実際の本を見せてあげよう。ちょっと待っていてくれ」


 そう言うと学園長はとことこと歩いていく。その方角は樹の裏側だろうか。そこからすぐに一冊の本を持って戻ってきた。


「これだよ、パルヴァスくん」


 パルは本を受け取ると、さっそく開いてみる。

 横からサチも覗き込んで、内容を確認した。


「これって……」

「……もしかして」

「サチ君とパルヴァスくんのお察しの通りだ。それは、子どものラクガキだったのさ」


 本の形を取っているにも関わらず、きっちりと製本されているにも関わらず、その内容は無意味に線を走らせた子どものラクガキだった。

 絵とも思える部分もあるし、一生懸命に文字をかたどった部分もあった。

 それでも――

 誰がどう見ても、それは子どもの無意味なラクガキにしか見えなかった。

 いや、意味はあったのだろう。

 子どもが子どもらしい理由で自由に『なにか』を描いたはずだ。本質的には無意味ではなく、なにかを模しているに違いない。

 だが、それを理解するのは不可能だ。

 本人以外には解読不能な一冊となっているし、おそらく、描いた本人ですら理解できない物になっているだろう。


「私にはひとつも理解できなかった。暗号かと思った。未知の言語だとも思った。魔法の一種かと疑ったし、新しい呪いかもしれないと解呪してみたこともあった。でも、そのどれでも無かったんだよ。全ての物には意味がある、そう信じ込んでいた賢者には理解できなかったんだ。知識だけを追い求めて感情を置き去りにしてしまった賢者には、分からなかったんだ」


 そう言って学園長は苦笑した。

 もう何度も何度も語ってきた自分の失敗を。

 何千年と語り継がれる自分の間違いを。

 今も尚、それを恥だと思えるように。

 初心を忘れない少女のように。

 彼女は語る。


「まさか自分の子どもが描いたラクガキを本の形にしようとする者がいるなんて、想像もできなかったのさ。それは、言ってしまえば無駄な行為だ。無駄遣いとも言える。無意味であると断言しても良い。でも、そこには愛があるし、愛情もある。記念でもあるし、思い出でもある。その程度のことを賢者は理解できなかったんだよ。きっと当時の私は説明されても理解しなかっただろうね。そんな訳が無い、と逆に笑っただろう。相手をバカにしたかもしれない。自分こそが、この世全ての知識を持った者こそが、正しいと言っただろう」


 ふふ、と学園長は笑った。


「そうはならないように、ね。パルヴァス君。気を付けるんだよ、サチ君」

「はい!」

「……はい」


 パルとサチはうなづく。

 そんなふたりの頭を学園長は、よろしい、と撫でた。


「では、サチ君は付いてきたまえ。さっそく神学と神秘学の権威を紹介しよう。あぁ、パルヴァスくんの質問の対価は取らないよ。盗賊クンの質問がつまらなかったので、それと合わせた対価を受け取ったことにしておく。その方が私の気分もいいからね。私利私欲とは悪い言葉だけど、こういう時に使うと良いことをしたように思えるので実は良い言葉なんじゃないか。今度、つまらない貴族連中に提言してみることにするよ」


 あっはっは、と笑いながら学園長は歩いていく。


「……あ、い、行ってきます」

「はーい、頑張ってねサチ」

「俺らはイークエスの件を片付けておく。こっちは気にしないでいいから。あと、これが報酬だ。入学費用に使ってくれ」


 俺はサチに革袋を渡す。思いっきり色を付けた金額だが……まぁ、俺はロリコンなのでこれくらいのオマケは許してくれるだろう。

 少女に優しくして怒られる人生ならば、勇者と共に世界を救おうなんて思わなかっただろう。

 まぁ、誰に反対される訳でもないので言い訳なんてする必要もないけどね。


「……はい! ありがとうございました師匠さん」


 よしよし。

 サチは中身を確認することなく、先を進み続ける学園長に追いつくべく走っていった。

 それを見届けて、俺とパルは顔を見合わせる。


「よし、行くぞパル」

「はい、師匠」


 まずは盗賊ギルドに行って、イークエスの件を片付けるとしよう。

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