~卑劣! 崇高にして対等たる人間種~
白というよりも銀色に見える長い髪を払い、その少女のような容姿をした彼女は読んでいた本をパタンと閉じる。
しおりを挟むことなく本を閉じたということは、気まぐれに本を読んでいたのか。
もしくはホンモノの賢者らしく、全ての内容を把握しているのか。
なんにしても彼女の興味は手元の本から俺たちに移ったことだけは確かだ。
なにせ、こちらを見てニヤリと笑っているのだから。
ハイ・エルフ。
純粋にして純潔にして純血の最古の森人と呼ばれる彼女は、ゆっくりと立ち上がり声をかけてきた。
「やぁ、盗賊クンじゃないか。なにか忘れ物かな?」
ん?
と可愛らしく彼女は小首をかしげる。
少女のような見た目であり、少女のような仕草だが――彼女は『少女』ではない。
パルに語ってあげたおとぎ話。
樹のそばで、ずっと本の謎を解明し続けた賢者。
数々の訪ね人に食べ物と交換に知識と知恵を与えた者。
それが、いま目の前にいる彼女だ。
学園の中心人物にして、『賢者』であり『学園長』であり、現在確認されている唯一の『ハイ・エルフ』でもある。
「お久しぶりです、学園長」
「ん? んんぅ?」
俺の言葉を聞いた彼女は、少しばかり眉根を寄せた。
丁寧に挨拶をしたつもりだが……なにか気になるところでもあったか? ご機嫌な様子で迎え入れてもらえたと思ったんだけどな。
「盗賊クン」
「なんですか?」
「前に会ったのは一週間ほど前ではなかったか。それで久しぶりとは、随分と他人行儀じゃぁないか。私はそこそこ君と仲良くなっていたつもりなのだが、それは私の一方的な勘違いというやつだったのかな」
「……」
パルがいぶかしげに俺を見た。
そりゃそうだ。
一週間前っていうと、確実に俺は馬車の中にいて、隣にはサチがいる。
つまり、学園都市に向かって移動中だった。
会ってる訳がないし、会える訳がない。
にも関わらず、堂々とハイ・エルフがそう語るものだから、パルは混乱してしまったのだろう。賢者という名前が聞いて呆れるほどの間違いを、学園長は犯してしまっている。
「すいません、学園長」
「なんだ?」
「前に会ったのは、七年ほど前です」
「……ウソぉ?」
「ホントです」
あれ~、と彼女は腕を組んで小首を反対方向に傾げた。
見た感じ、とても可愛いのだが……気を付けなければならない。
あくまで彼女は数千年を生きる純粋なるエルフ。
カテゴライズするのならば、彼女の属性は『ロリババァ』だ。間違ってもロリコンたる少女好きと同じ系列で語ってはいけない。
ロリとは、『少女』を重要視する。あどけなさ、幼さ、無邪気さ。そういった物があってこそ好きになるのがロリコンだ。
対して、ロリババァはまったく違う。
そこにあるのは知性と豊富な経験、そしてなにより『年上』ということ。
時々、こんなことを言う酔っ払いに出会ったことはないだろうか?
「あぁ~、年上の妹が欲しい」
と。
何をバカなことを言ってるんだ、と思われるかもしれないが、その感覚は間違いでもないし、なんていうか、こう、理解できることもある。
そう。
年上の妹に甘えたい、なんて思うことは稀に良くあると思う。
同時に――
年下の姉に叱られたい、と思うこともあるのだが、これはまた別の属性なので割愛する。
ん?
話がどこかへ飛んで行ってしまったな。
まぁ、とにかく。
学園長に惚れるのはロリコンではない!
それは、ロリババァ好きだ!
似て非なるものだからいっしょにしないでもらいたい!
というのを、はっきりと宣言しておこう。
そう。
あくまで俺はロリコンなのだ。
パルと学園長ならば、間違いなくパルを選ぶ。うん。
「七年……もう七年が経ったっていうのかい?」
「はい」
「えぇ……すると、そこにいる子は盗賊クンの娘ってことか。はぁー、可愛らしいお子様じゃないか。君のお嫁さんはさぞかし美人だな。間違っても君の仲間になった彼女たちではないのが見て分かる。あっはっは! ――んぅ、しかしどう見てもそっちの娘は十歳を越えているな。妹さんのほうは八歳か九歳ぐらいに見えるのだが……なんだなんだ、私の知らない内に人間っていうのは成長が速くなったのか!?」
なんてことだ~、と叫びながら学園長は裸足でペタペタと近づいてきた。
「違いますよ。俺の弟子です。あと、いらんこと言わないでください」
「なんだ弟子か。びっくりしたぁ……」
「は、はじめまして。師匠の弟子のパルヴァスです。こっちは友達のサチアルドーティス」
「……よ、よろしくお願いします」
ふたりは丁寧に頭を下げる。
相手がハイ・エルフということもあるが……本質的には驚きと緊張だろうか。
近くで見ると尚更に思うことがある。
学園長は、恐ろしいほど『綺麗』なのだ。
それこそ空想で描く最高の美少女の姿、と考えれば良い。まるで人形のような透き通った白い肌に、銀色に近くサラサラの長い髪。
ほんのり薄い桃色の頬とくちびるに、吸い込まれそうな銀色の瞳。
頭の先からつま先まで、どこを切り取ったとしても一流の芸術品にも思える少女が、目の前で自分を見ているのだ。
緊張しない方がおかしい。
ましてや、それが『賢者』であり、古くから生きる『ハイ・エルフ』でもある。
普通に考えれば会えるはずがない存在――
話をすることすら恐れ多い――
それこそ神さまにもっとも違い人類種、と言えるだろう。
もしくは、伝説の白龍に近いのかもしれない。
「ほう、パルヴァス(小さい)というのか、君は。ほうほう、なるほど。盗賊クンが好きそうなタイプじゃないか。ふむふむ」
ジロジロと学園長はパルを見ながらその周囲をまわる。すっかりと俺の性癖がバレてしまっているのは、勇者が悪い、とだけ言っておこう。俺は悪くない。あいつが悪い。うん。
「よし、分かった」
それだけ言うと、今度はサチに向かった。
「君はサチアルドーティス(神官)か。ふむふむ……ん? もしかして変わった神さまに仕えていないかい?」
「わ、分かるんですか!」
珍しくサチが声をあげた。
というか、サチの名前のニュアンスがちょっと違ったような……
「学園長。サチの名前には意味があるんですか?」
「ん? サチアルドーティスかい? もう使われていない言葉になるのかなぁ。そっちのパルヴァスと同じ系列の言語だが、サチアルドーティスとは『神官』という意味がある。神官という共通語が広まったので、こっちはすっかりと遺失になったようだな。ふむ、これは興味深い。言葉は新しく生まれて死ぬのが通りだが、ここで新しく復活することもあると。死んだ言葉は蘇らないと思っていたのだが……サチとやら」
「は、はい」
「その名前、もしや神から与えられたか?」
サチは興奮するように三度もうなづいた。
「そうだったんだ!? サチって本名じゃなかったんだ!」
パルは驚くような声をあげた。
まぁ、俺も知らなかったんだけどな。
エラント(彼らはさまよう)やパルヴァス(小さい)というのは、古い時代の言葉で、現代ではほとんど使われていない。サチアルドーティスというのも、その言葉のひとつだったようだが……
まさか神官というそのままの意味があったとは、思いもよらなかった。
「……ごめんなさい、何か騙してたみたいで」
「ん~ん、大丈夫! あたしも名前を変えたし、いっしょで嬉しい!」
いっしょいっしょ、とパルはサチの手を取ってブンブンと振っている。
「あ、そういえば学園長さんの名前はなんていうんですか?」
「私か?」
学園長は指で自分の顔を指し示した。
「それがだね……賢者とかハイ・エルフとか学園長と呼ばれている内に親からもらった名前を忘れてしまってんだ。自分の名前を忘れるなんて、いったいそれのどこが賢者なんだ、と自分で笑っていたらそのうち誰も気にしなくなった。私のことは遠慮なく『アージヌス』とでも呼んでくれれば良い」
アージヌス。
古い言葉で『愚者』という意味だ。
「よ、呼べないよぅ。せめてサピエンティス(賢者)にしてください……サッピーとか?」
サッピー。
なんとも軽い愛称だなぁ。
「サッピーか。あっはっは! それはいい! では、しばらくはサッピーと名乗るとしよう」
学園長は気に入ったらしくサッピーサッピーサッピーと三度唱えて、その言葉を飲み込むようなジェスチャーを見せた。
「よし、覚えたぞ。それでサッチー」
「……サチです」
「失礼、サチ。どうにも覚えることが多くて。短期記憶がボロボロなんだ。許してくれよ」
長く生きてる弊害というヤツかなぁ。
エルフでも聞いたことがない症状だ。
もっとも――ただの冗談かもしれないが。
「サチ。君に興味が湧いた。神から直接名前を与えられるなど、稀有も稀有。レア中のレアだ。是非とも、私と神について語り合わないかね? もちろんお礼はするよ。私の知識でもいいし、私の私物でもいいし、しばらくの宿でも構わない。どうかな?」
「……ぜ、是非! あ、あの、お願いがあります」
「ふむ、なんだい? 私にできることならなんでもしてあげるよ。知識が所望かな、それとも知恵のほうかな」
サチは、すがるような表情を学園長に向けた。
「……わたしは、学園に入学したいです。そこで神学か神秘学を学んで、えっと、神さまを助けたいんです。お願いします学園長さま――」
と、サチが言ったところで白く細い指が彼女の口に当てられた。
「そこまでだ、サチ。私を呼ぶのに『サマ』はいらない。さっきも言った通りサッピーでいいよ。サマだなんて神さまみたいな風に私を見てくれるな。ハイ・エルフであろうとも、私は人間種なんだ。人の上に立ちたくないのでね。君と私は対等なのさ」
「……分かりました、サッピー」
「よろしい。これで私とサチは親友(マブ)だ。どうする、パルヴァス?」
マブとは古い。
旧いのではなく、古い。
それ、俺たちの上の世代が使っていた言葉だろうに。今の子に通用するのか怪しいぞ。ちなみにマブの上に激親友(ゲキマブ)っていうのもあるのだが、あまり使われることなく死んだ言葉なのは間違いない。
「はいはい! わたしもわたしも親友になります!」
「ふふ。よろしい」
学園長はパルとサチの手を取って、バンザイをした。
「今日から私たちは親友だ」
「はーい!」
「……はい!」
少女たちが笑い合う。
そう。
これが、学園都市ができた理由でもある。成り立っている答えでもある。
彼女――
学園長は、気さくなのだ。
賢者と呼ばれ、ハイ・エルフとして崇められ、人々からその知識を求められた、この街の中心になっている人物である。
でも――
でも、飾らない。
偉そうに振る舞わない。
浮つきもしない。
だからこそ、どこの国に所属することなく学園都市が維持されているのだろう。
誰にも屈することなく。
誰にも膝をつかない。
かといって、誰にも命令せず、誰の上にも立たない。
おとぎ話の主人公である、この美しい少女は――
そう。
とても『人が良い』のだ。
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