~卑劣! 純粋にして純潔にして純血の~

 学園と呼ばれる存在。

 それはひとつの大きな建物である。いつからか人が集まり、いつからかそこに建てられ、いつからか学び舎となった。

 いつしか、そこは校舎とも呼ばれている。

 その巨大に膨れ上がった建築物は、まさに混沌と言って良いほどに外側から見ても無秩序であった。

 なにせ好き放題に増築していった結果、その時代のその都度の最新建築技術が使われているために、デザインから素材からがまるで異なっており、ツギハギのように思わせる外観になっていた。

 良く言えばパッチワーク。

 悪く言えば混沌。

 巨大な樹木を中心としてイビツに広がっていく様は、過去から見届けている者からすると不気味に思えるかもしれない。

 もっとも――内部にいる人間にしてみれば外見など些細な違いでしか無いのかもしれないが。


「うわぁ~、変なの」

「……すごい建物」


 パルの驚きもサチの感嘆も間違いではない。

 近づいてみれば、尚のこと訳の分からない建物に見える。加えて、凄いことも確かだ。

 だが、それはあくまで外観の話だ。

 大きく開かれっぱなしになっている入口の観音開きの扉をくぐると、更なるカオスが待っている。


「――うわ」


 と、声を漏らしたのはパルだろうか、それともサチだっただろうか。

 学園校舎の中は、巨大な吹き抜け構造になっており、あちこちに階段が張り巡らされている。無秩序に階段があり、更にはハシゴがそこら中にあって、各階を移動する人々でにぎわっていた。

 巨大なエントランスで輪切りにされたかのように、壁の無い広大な空間が広がっている。

 天井は遥かに高く、場所によっては穴が開いていて空ではなく中心にある樹の枝葉が見えていた。その隙間からわずかな太陽光が差し込んでいるのだが、残念ながら一階の俺たちがいる場所までは届かない。

 そこかしこで人口の光が揺らめているのはドワーフ国でも見た魔石による光だ。それに加えて、ときおりどこかで激しい光と共に煙が上がるが……誰も気にした様子がない。

 情報の圧力、というべきだろうか。

 忙しなく動き回る白い制服を着た生徒たちの話し声がノイズとなって耳に届き、それを選別することが不可能なくらいに混ざり合っている。その中には笑い声もあるし怒号もあるし、悲しみも楽しみもあるだろう。

 手すりから危うく落ちかけた生徒を助けるドワーフもいたし、階段の途中で寝こけているエルフもいた。有翼種の少女がはしごを飛び降りているし、獣耳種の少年が大荷物を背負って廊下を走っている。

 湾曲した世界の中に、全てが詰め込まれているような錯覚にも陥りそうになるが……


「これが学園だ」


 と、俺はパルとサチに苦笑交じりに紹介した。

 圧倒されたふたりはポカンと口を開けたまま斜め上を見渡している。

 もちろん、そこに何かあるわけでもない。

 ただ、一番見やすい角度だっただけだ。一階にだって多くの人はいるし、最上階付近は高すぎて何をやっているのか分からない。

 そんな感じで視線が斜めになったのだと思う。


「師匠」

「なんだ?」

「これ、みんな何かを勉強したり研究したりしてるんですか?」

「そうだな」

「ほへ~。この世界って、そんなに分かんないことだらけなんですか?」

「ふむ……」


 パルの言ったことを受けて、俺は魔力糸を顕現させてみた。


「これは何だ?」

「え? えっと、魔力糸です」

「では、魔力糸を説明してくれ」

「え~っと、魔力を糸に変換して顕現させたもの……?」

「では、糸ではなく液体に変換できないのは何故だ?」

「液体……水?」


 物は試し、とばかりにパルは魔力糸を顕現させるように人差し指を立てて見せて……


「むぐぐ」


 と、魔力を集中させてみる。

 だが、指から出てきたのはやっぱり魔力糸だった。しかも毛糸状のもふもふ状態。かなり精度の悪い物になってしまっている。


「師匠。魔力は水に変換できません。だから、出来ないんじゃないですか?」

「うん。糸という状態に変換できても、水という流動的な物には変換できない。それは感覚的に理解できる。でも、理由は分かってないだろ? 言葉で説明はできない」

「あ、はい。なんとなくでしか……」

「世の中には、その理由が気になって気になって仕方がないヤツがいるのさ。どうして地面に立っていられるのか、どうして水の上には立てないのか。魔法とはなんだ。神さまはどこにいて、なにをしてくれているのか。美味しいお菓子を作りたい。そんな感じで、この世には無限の疑問があるのさ」

「あたし、そんなこと気にもしてませんでした……」

「そりゃそうさ。地面に立っていられる理由を知らずとも、俺たちは地面に立てる。神さまがなにをしているのか知らなくても、お祈りをすれば神さまは応えてくれる。なんとなくで成り立っているそれをそれを言語化したい。情報化して、誰でも理解できて分かるようにしたい。ここで研究したり勉強したりしてるのは、そんなことを想ったり、考えたり、新しく作り出したりしてる、よっぽどの変人だ」

「変人……」


 パルは隣を見た。

 サチは自分を指差していた。


「……変人?」

「師匠! サチは変人じゃないです」

「あ、うん。ごめんなさい。一部の変人と大多数の崇高な知識探究者です」


 ……こくこく、とサチはうなづいた。

 良かった、怒ってない。


「よし、ここから先は迷子になると二度と出会えない気がするので。もしもはぐれた場合の対策を話そう」

「あ、はい」

「……わかりました」


 うむ、とふたりを見て俺はうなづく。


「もしも迷子になったら、学園校舎の外に出ろ。そして、この場所に戻ってくること。オーケー?」

「オーケーです!」

「……はい」


 単純に集合場所を決めておくこと。

 簡単なことだが、意外と忘れがちだったりする。


「よし。はぐれないように、迷子にならないように付いてきてくれ」


 さすがに手を繋いで歩くのは、ちょっと恥ずかしいので。俺はできるだけゆっくりと歩いていく。もちろん、後ろに続くパルとサチの気配を捉えながら。

 目的地は幸いながら一階だ。

 これが上階だったら迷うこと必至だったが、一階ならば早々と迷うことはない。

 忙しなく行き交う生徒たちの間を抜け、本棚が並ぶ天井の低い場所を越え、なぜか屋内に設置されている大きな噴水を左回りに抜けると――


「おぉ、すごい。師匠、根っこが見えてます。これって、あの中心の樹の根っこですよね」

「あぁ。すっかりと利用されてるけどな」


 床からはみ出るように巨大な根が地面を這っていた。

 それはベンチのように利用されており、生徒たちが座っていたり、ベッド代わりに使われていたりと様々だが、中心が近いことを示している。

 表層のにぎやかな場所とは違って、中心部に近づくほど段々と静かになっていく校舎の中を進んでいくと、太陽の光も届かない薄暗い空間になっていった。

 あれほど喧噪が漂っていたというのに、嘘のように静まり返っていく。まるで地面の奥深くにもぐっていくような錯覚さえ感じてしまう。

 そんな静かさを利用してか、読書をしている生徒の姿がちらほらとあるが……その姿もやがて減っていき、ついには誰もいなくなった。

 薄暗く、天井の低い廊下を歩く。

 すでに壁ではなく、巨大な樹木の根の間か、もしくは根の中を歩いているような感じだった。

 そして――


「ふわぁ……おっきぃ……」

「……すごい」


 広い空間に出た。

 真っ暗な中で、その中心には巨大樹の幹が見えた。

 そこはもう外側の光が完全に届かなくなった中心部。幾重にもかさなる天井のせいで、ランタンやろうそくの炎だけがゆらゆらと揺れる不思議な空間だった。

 炎のオレンジ色の光に照らされた樹の幹は、壁と変わらないほどに巨大だ。

 千年ではおさまらない、万年という年月をかけて大きくなった樹木は、すでに樹という概念ではおさまらない程に巨大で桁外れな見た目をしていた。

 うねるような根に置かれたランタンが、その空間を照らし出しているのは根に置かれた本と紙の束ばかりだった。

 無秩序に本が詰まれ、無作為に紙束が無秩序に存在している。

 本来、相性最悪なはずの木と紙とランタンの炎だが、今はそれが不気味にも栄えていた。人間の持つ知識としての炎の光が知恵の集合体としての本を照らしているのかもしれない。

 そんな神秘的といえる空間に、ひとつ白いモノがある。


「あっ」

「……もしかして」


 真っ白なモノは、木の根元に寄りかかるようにして座っていた。

 ランタンの明かりを吸っても尚、白を保つその肌の色。伏し目がちだった瞳すらも白くあり、下手をすれば濁っているようにも見える。

 そんな少女がひとり―― 

 木の根元で本を読んでいた。

 足を投げ出し、真っ白なワンピースから伸びている太ももは細く、儚げにも見える。


「ん?」


 そんな少女が俺たちの来訪に気付いたらしい。

 うつむき加減だった顔をあげた。


「エルフ?」


 パルが言った。

 少女の耳がエルフの特徴である尖った物だったからだろう。

 だが、隣にいたサチが首を横に振った。


「……いいえ、違う。あれは――」


 そう。

 彼女はエルフではない。

 あれは――


「……ハイ・エルフ」


 純粋にして純潔にして純血の最古の森人。

 上位の名を冠するエルフ。

 ハイ・エルフ。

 旧神話時代から生き続ける少女は、俺たちを見て――

 ニヤリと笑うのだった。

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