~卑劣! 学園都市の日常風景~

 学園都市。

 前に訪れたのは……およそ七年前だったか。それとも五年前だったか。

 世界の最南端に位置するこの街で、賢者が仲間になったのを思い出す。

 まぁ、言ってしまえば苦い思い出に変わってしまった場所というのだろうか。別に悪い思い出があった場所ではないが、イメージがマイナスになってしまったのは仕方がないのかもしれない。

 もっとも――

 個人の行いで街ひとつの評判を落とすことができるのは、それこそ領主くらいなものだろうか。

 俺がどれだけ吠えたところで、この学園都市の評判は落ちることはないだろうし、賢者の地位も揺るがないだろう。

 なにせ正論だし。

 あの勇者が肯定した、という事実もあるんだし。


「はぁ」


 というため息は弟子とその友人に聞かれないようにこっそりと。手に持っているイークエスの箱には、俺の息が当たってしまったかもしれない。

 幸いにも、後ろのふたりには街の様相に気を取られていて俺のため息には気付いていないようだ。


「ねぇねぇ、師匠」

「なんだ?」


 と、キョロキョロしていたパルから話しかけられた。


「今日ってお祭りですか?」

「いや、これが日常だ」

「えー!?」


 パルが驚くのも無理はない。

 隣にいたサチもびっくりした表情を浮かべている。

 なにせ、街の中は人々の往来が激しく、出店のような物がかなり有る。屋台とは違って簡易的な物であり、簡素な作りになっていた。木の箱を並べただけのような物まであるし、なんなら地面に布を敷いただけの場所もある。

 更に大通りには多くの人が立っており、熱心に何かを語っているのだ。

 お祭りか、なにかしらのイベントがやっているように見えても不思議ではない。

 しかし――


「これが学園都市のいつもの姿だ。いつでもどこでも、研究発表もしくは実験が行われている。そして、あれが学園都市の『学生』だ。研究者、学者、賢者、または生徒。この学園都市に所属している者は、あの白いローブを着ている」


 俺はパルとサチに説明してやる。

 サチのような神官服に似たデザインの白いローブと黒いベルトを装備しているのが学園都市で学ぶ者、もしくは研究する者の姿だ。

 いわゆる制服であり、外部の人間と内部の人間を見分けるのに使われている目印にもなっている。

 もちろん、制服を着ていないからといって生徒では無いとは言い切れないので、あくまで前程ではあるが。


「し、師匠……じゃ、じゃぁあの人たちも?」

「ん?」


 パルが視線で示した先には……筋骨隆々の筋肉自慢をしているような男たちの集まりだった。

 ほぼ裸に近いのだが、申し訳程度に白ローブを羽織っている。

 しかし大きさは合わないのかパッツンパッツンに膨れ上がり、袖はすでに破り捨てられていた。黒ベルトなんかどこにも見当たらない。ちぎれてしまったのだろうか。

 学生や研究者というよりも、屈強な戦士に見える集団。

 やはりあれも――


「うん。間違いなく生徒だ。彼らは有名だぞ。その名も『筋肉研究会』だ。パワーをあげれば速度が落ちる。速度を上げればパワーは足りない。その永遠のテーマに挑む知識の戦士たちであり、筋肉に魅了された集団でもある」

「へ~……うわっ」


 パルがジロジロ見ていたので視線に気付いたらしい。

 筋肉たちが真っ白な歯をぴっかりと光らせて、パルとサチに向かって謎のポージングを始めた。

 はっきり言おう。

 怖い。

 いい笑顔なのが、尚更怖い。

 あとなんか光が見える。筋肉たちが光って見えるんだけど。

 こわっ。

 サチなんか俺の後ろに隠れてしまったじゃないか。


「師匠、夢に見そうです」

「俺もだ。あれが魔物じゃなくて良かった」


 筋肉を見せつけながら笑顔で襲ってくる魔物。しかも光ってるのだ。

 いないとは言い切れないが、できれば存在して欲しくない魔物だ。一刻もはやく魔王を倒さないといけない。

 世界が危ない。

 夢の世界も危ないかもしれない。


「とりあえず学園に行くぞ。サチもいいのか?」

「……はい。あ、あの」

「どうした?」

「……神学、もしくは神秘学を学びたいのです。にゅ、入学するには、どうすれば……」


 おずおずとサチは語った。

 そんな彼女に対して、俺はゆっくりと確実にうなづいてみせる。


「分かった。それなら尚更付いてきてくれた方がいい。サチ、君にはお世話になったから、最大限の努力をしてみよう」

「……あ、ありがとうございます」


 サチは頭を下げた。


「良かったね、サチ」

「……うん」


 パルは気付いているのかな。

 ここで、サチとはお別れになることを。

 いや、分かっていないはずが無いか。別れを惜しんでいるのではなく、悲しむわけでもなく、ましてや想像していない訳でもない。

 ただ応援しているだけなんだ。

 サチという少女の希望を、ただただ背中を押してるだけ。

 きっとそれが――

 正しい仲間との別れ方なんだ。

 あの時、勇者が俺に見せた背中のように。


「よし、行くか」

「学園ってどこの事なんですか、師匠。ここって、学園都市ですよね。全部が全部、学園ってことじゃないんですか?」


 パルの質問に、俺は指を差して答える。


「あそこだ。あれが学園都市の中心である、そのものズバリの『学園』だよ」


 学園。

 そこは文字通り学園都市の中心であり、物理的にも精神的な意味合いでも『中心』である場所。

 大きな大きな樹木が屋根の上を覆うように生えており、その周囲を高層な建物が覆っていた。

 無秩序に。

 無遠慮に。

 樹を取り囲むようにして、巨大な建物が学園都市の中央を陣取っている。

 パっと見れば十階はあるだろうか。中を知っている俺からしてみれば、十階どころではないのを知っている。

 なにせ中は無茶苦茶だ。

 好き放題に区画が分けられ、更には部屋を上下に分けたりもする勝手な改造と改築が重ねられた結果、見た目より遥かに複雑な構造になっていた。


「……いや、しかし……デカくなってるな」


 意気揚々と指をさしてみた俺だが、以前に来た時より確実に学園が大きくなっていた。

 というのも、上には樹の枝葉が邪魔をするせいで限度があったらしく、今度は横に広がりだしている。

 生徒たちの宿舎でもあった隣の建物を確実に飲み込んでいるよな、あれ……


「師匠、もしかしてあの樹って」

「……おとぎ話に出てきた樹ですか?」

「あぁ、そうだ。あの樹に賢者がいて、それを中心にして街が生まれた。だから今でも、あの樹は学園都市のシンボルになっている。まぁ……扱いはゾンザイだけどな」


 なにせ樹を取り囲むように建物を建築しているので、樹にしてみれば良い迷惑だろう。あの樹に精霊でも宿っていたら、今ごろ学園都市は崩壊しているかもしれない。

 もしくは、あの樹の精霊も、知識にご執心かのどちらかだ。


「あそこに行けば――あれ、パルはどこ行った?」

「……あそこです」


 むぅ。

 気配を消したっていうより素早く移動した、という感じか。

 やるじゃないか、我が弟子よ。

 たとえブーツのお陰だったとしても、この俺から逃げられるとは大したものだ。


「なんだ、あれ」

「……食べ物っぽいですね」

「いつもの『食いしん坊』かねぇ」


 もうスキルレベルなんじゃないかな、パルの食べたがりは。

 まぁ、気持ちは分かる。

 いや、本当のところは理解できてないのかもしれないな。

 俺は孤児だったが、路地裏では生きていない。孤児院で貧しいながらも勇者と共に生きていた。

 しあわせだったとは思わないし、余裕があったとも思えない。

 でも、パルはそんな孤児院すらも地獄と感じ、路地裏でひとりで生きていた。

 俺とどっちが食に満たされていたか、なんて比べるまでもない。

 食べられるチャンスがあるのなら食べる。

 それが、パルにとっての当たり前なのかもしれない。

 もっとも――

 だからといって、迷子になるのは勘弁して欲しいものだが。


「なにやってんだパル。勝手にどっか行くとはぐれてしまうぞ」

「あ、師匠。試食会だそうです!」


 パルが吸い寄せられたのは、湯気の立つ一角だった。屋台風の建物には共通語で『新料理研究会』という文字が掲げられている。


「新料理……? うっ!?」


 パルの前に置かれたお皿の上には、ほかほかと湯気を立てる白い粒々の物体。それがドロドロの液体に浸されていた。

 ひとつひとつが楕円形の球体のような、長細い棒状の真ん中がふくらんでいるような物と説明していいのか。

 なんと言っていいのか分からないが……

 見た目だけで判断させてもらうと……

 どう見ても虫の卵を大量に茹でた物、にしか見えなかった。


「なんだ、それ?」

「プルティクラという食べ物だそうです。タダで食べていいって」


 俺はマジか、という視線を新料理研究会の生徒へ向けた。もしかしたら研究生かもしれないが、そのあたりはまぁ変わりない。


「はい、義の倭の国で主に食べられているものです。是非とも食べていってください!」


 異様に瞳がキラキラしていて、期待を込められた視線が俺に向かっていた。

 アレか……

 たぶんだが、誰も食べてくれなかったんじゃないかな……どう見ても、虫の卵だし。いや、虫の卵は言い過ぎかもしれないけど……なんていうか、こう、不気味に思える……ドロドロだし……においとか、そういうのは全然感じられないけど。


「いや、俺は遠慮しておくよ」

「……わたしも」


 そんな俺とサチを気にもしないで、パルは大口を開けてプルティクラとやらをスプーンですくって口に入れた。


「ん、んぐんぐ。おぉ~、美味しい!」

「でしょ! 美味しいですよね、プルティクラ!」

「うんうん! もっちもっちしてる感じで、噛んでると甘味が出る感じ。あ~、でもちょっとしょっぱい物が欲しいかも。でもでも柔らかいし、いっぱい食べられそうだよ!」

「分かる? お嬢さん、分かってもらえる!?」

「分かる分かる! これ美味しいよ!」

「あはははーん! 良かったぁ、やっと食べてもらえたぁ! 美味しいって証明してもらえる、これで、これでまだ戦える! あはははあぁぁ~ん!」


 美味しいのか……プルティクラ。

 しかも、甘いのか……プルティクラ。

 やはり、なんていうか、こう、卵っぽい気がするなぁ……プルティクラ。

 申し訳ないが、食欲は湧かない……


「お嬢さん、共に新しい料理を研究していきましょう! あなたなら、あたななら食の未来を切り開けるはず! 誰もが飢えることのない、新しい明日へ!」

「うんうん! あたし頑張る!」

「そっちに頑張るな!」


 俺はパルの頭をガッシリと掴んだ。


「行くぞ、パル。誰も飢えない世界は素晴らしいが、料理の未来はあいつらに任せておけ」

「えー、師匠! もうちょっと、もうちょっと食べたいです。ほら、まだラィス・クラストゥラムっていう料理が――!」

「あぁ、お嬢さん! 必ず、必ず迎えに行きますからぁ!」


 と、パルの襟首を持ってズルズルと引きずる俺と、屋台で叫ぶ料理研究会の生徒。

 なんだろう。

 俺、凄く悪役の気分。

 悪いことはしてないはずなんだけどなぁ……

 まぁ、とにかく。

 まずは学園長に挨拶をしないといけない。

 イークエスの件もあるし、自由に動くのはまだまだ早い。

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