~卑劣! 学園都市物語~

 むかし、むかし。

 あるところに、ひとりの賢者がいました。

 と、俺はパルに語る。


「師匠、師匠。ところで学園都市ってなんていう国の、なんていう街なんですか? みんな学園都市って呼んでて、なんとなくあたしもそう呼んでるんですけど……ホントの名前とか実はぜんぜん知らなくて……」


 そろそろ学園都市に近づいてきた乗り合い馬車の中で、パルはおずおずと聞いてきたのだ。

 学園都市とは何なのか、と。

 そんなパルの質問に、周囲で聞いていた乗客の何人かがくすくすと笑う。


「あう。も、もしかして恥ずかしい質問でしたか?」

「いーや、問題ないぞパル。その質問は、誰もが通る質問なんだ。もちろん、俺も分からなかったので聞いてみたことがある。聞かずに知った気でいるのが一番問題だから、えらいぞ」


 と、俺はパルの頭を撫でながら学園都市が生まれたおとぎ話をしてやった。


「むかしむかし、あるところにひとりの賢者がいました。賢者はこの世の全てを知り、この世の全ての知識を得るために旅をしていました」


 長く長く語られてきた物語を。

 学園都市物語と銘打たれたおとぎ話を、俺はパルにしてやる。

 賢者が歩いていると、大きな大きな樹がありました。賢者がその樹に近づくと、その根本に一冊の本が落ちているのに気付きます。

 本の中を見てみると、いろいろな物が描かれていました。

 しかし、賢者にはそれが何かひとつも分かりませんでした。

 この世の全ての知識を持っているというのに、この世の全てを知っているというのに、賢者には本の内容がひとつも分からなかったのです。


「なんてことだ。まだ私に分からないことがあったのか」


 賢者は樹に座り、その本を研究しました。

 何日も何日も、本を読み、本を眺め、本に没頭し、本を調べました。

 ある日、そこへ旅人が訪れました。


「やぁ、賢者さま。ひとつ教えてはくれまいか。私はどっちへ旅をしたらいいと思う?」

「教えてあげましょう。ただし、食べ物を分けてくれないか。お腹がすいているんだ」


 食べ物と交換で賢者は旅人に知識を与えました。

 旅人はパンと交換に、ステキな景色のある場所を教えてもらいました。

 今度は貴族がやってきました。


「やぁ、賢者さま。ひとつ教えてくれまいか。私は領民をしあわせにしたいのだ」

「教えてあげましょう。ただし、食べ物を分けてくれないか」


 食べ物と交換で賢者は貴族に領民がしあわせに暮らせる知識を与えました。

 そうやって、賢者は食べ物と交換で訪ねてくる者に知識を与えていきました。

 旅人が貴族に教え、貴族が王となり、王が臣民に教え、国の伝説となり、噂が噂を呼びます。

 気が付けば、賢者の樹の周囲にはいつも人々が溢れるようになりました。

 知識を持つ者同士が集まり、やがてそれは集落となり、村となり、そしてついに街が出来ていったのです。


「とまぁ、こんな感じのおとぎ話が学園都市にはあるんだ」

「師匠ししょー。学園都市ができた理由は分かったんですけど……肝心の国とか、街の名前が分からないままなんですけど」

「あぁ、まだ勘違いしているな、パル」

「ほえ? どういうことです?」

「つまり、学園都市はどこの国にも属してなくて、街の名前なんて付いてないんだよ。街の成り立ちがそもそも賢者に知識を与えて欲しくて、まわりに集まった人たちで出来ていった街だから、厳密には街ですら無いんだ。ただ人が集まっているだけの場所、というのが正しい」

「えー!? そんなのいいんですか?」


 良いも悪いも無い、と俺は肩をすくめる。


「実際にそこに街があって、今も知識を求める人と研究を進める人が集まる場所になってるんだ。もちろん、その街を取り込もうとした国もあっただろうが……上手くいかなかったんだろうな。今も名前が無いのがその証拠だ」


 ほへ~、とパルは理解したような良く分かってないような、そんな返事をする。

 まぁ分からなくもない。

 実際のところ、きな臭い政治の話はあったと思う。

 知識とは武器だ。情報と同じく武器になる。

 加えて、最先端の研究が集まる場所でもあるので、新しい武器や魔法、農作物から料理、はたまた神さま達の住む世界への干渉まで、千差万別だ。

 それらが余すことなく一か所に集まっているとなると――

 狙われない理由がない。

 むしろ手に入れることが出来れば世界の覇権を握れるも当然だ。

 だからこそ、だろうか。

 どこにも所属しないのは、それゆえ、かもしれない。

 もしくは、政治利用されることを嫌った賢者たちの抗争があった可能性もある。自分たちの好きにやってる研究を邪魔されたくなかった可能性は多いに考えられた。

 なにせあの、俺を勇者パーティから追放した『賢者』がいた場所だ。同じ賢者たちでも、彼女はまぁタイプが違った可能性は否めないが、それでも分かるだろう。

 好きなことをやるために、手段は厭わない。

 そんな集まりなのだ。

 学園都市とは。


「分かったような、分からないような……う~ん。あ、ねぇねぇ師匠。最初に見つけた本の内容って、結局なんだったんですか?」

「それか」


 おとぎ話には、本の内容は伝わっていない。

 あくまで学園都市の成り立ちがおとぎ話になっているだけで、本の内容には一切触れられていないのだ。


「本人に聞いてみるといい」

「ほへ?」


 パルの言葉に、周囲のお客さんたちは一様にうなづいた。

 分かる、とでも言いたげな顔だ。


「も、もしかしてその賢者さんって、まだ生きてるんですか?」

「あぁ――おっと、見えてきたぞパル。学園都市だ」


 乗り合い馬車の窓から見えてきたのは、まばらな建物だ。


「おぉ~、ホントだ。街が見えて――え、あれ、壁とか無いんですか? えぇ、ホントに!?」

「……ホントだ」


 驚くパルだが、サチも同じようにびっくりして窓を見ていた。

 街っていうのは、基本的に壁に覆われている。村や集落でさえ、そこそこの壁や柵みたいな物で覆われているものだ。

 それは魔物からの脅威に対策するためであり、領主の命令で作成されるのがほとんどである。

 なにせ貴族や騎士っていうのは、普段は領民からの税で生きており、有事の際に戦ったり対処したりするのがお仕事なわけで。領民が魔物の襲撃によって怪我をしたり死んだりしてしまったら、責任や面倒を見るのは領主の役目だ。

 そういうこともあって、基本的には街の外からの脅威に対抗するために大きな壁を作る。

 逆に言うと、領主がいるからこそ壁が出来る、と考えてもいい。

 加えて――


「ここが世界の最南端に位置している。つまり魔王領から一番遠い場所なんだ。魔物の数は極端に少なくなるので、壁の必要があまり無いんだ。といってもゼロじゃないからやっぱり冒険者はいるんだけどね」


 草原の道をガタゴトと走っていた馬車の車輪の音が変わる。

 石畳の上になり、段々と建物が近づいてきた。


「ようこそ、学園都市へ」


 御者台のおじさんがそう声をかけて乗り合い馬車をストップさせた。

 ようやく目的地に辿りつけたらしい。

 門や壁などは無く、曖昧ながらもこの場所が学園都市の入口のようだ。


「さぁ、降りるぞパル、サチ」

「はい師匠!」

「……はい!」


 パルもそうだが、サチのテンションも上がっている。

 サチの目的は、そもそも冒険者ではなく学園都市を目指すことだったらしい。研究者になるのが夢だったのか、はたまた何か用事があるのか。

 それは分からないが――

 人生目標のひとつが叶ったんだ。

 テンションが上がるのも無理はない。


「……うん」


 なにかを決意するようにうなづく彼女の背中を見つめ。

 俺は少しばかりほほ笑むと同時に。


「ちょっと寂しくなるか」


 と、つぶやいてしまうのだった。

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