~可憐! ぽかぽか陽気に誘われて妄想~

 王都から旅に出て、もう何日経ったのか数えるのをやめた頃。

 あたしは乗り合い馬車の天井にいた。

 つまり、屋根の上。

 普段はお客さんの荷物を乗せるスペースだけど、今日は荷物が少なかったので御者さんにお願いして乗せてもらったのだ。


「くぁ~」


 と、あたしはあくびをする。

 のどかな日差しっていうのかな。ガタゴトガタゴトとぽかぽか陽気の中を走る馬車っていうのは、なんとも眠気を誘ってくる。

 でもでも。

 居眠りする訳にはいかない。

 集中力を保つのも、盗賊の能力のひとつだ。

 パーティのみんながのんびり休める時間を守る役目でもあるし、警戒心を怠らず、養うっていう意味もあると思う。

 なにより、どんなに強い人間でも奇襲されれば死ぬ時は死ぬ、って師匠が言っていた。


「たとえ歴戦の戦士であろうと、お風呂に入っているところを襲われれば武器も鎧も無く、抵抗する術は無い。その点、盗賊は素っ裸だろうが戦えるからな。奇襲において、一番に動けるのが盗賊であり、一番動かないといけないのが盗賊だ」

「分かりました! ところで、師匠は暗器とか持ってないんですか?」


 王都で出会った赤毛のお姉さんは暗器使いだった。

 それこそ裸の状態でも武器である分銅を隠し持ってたので、すごい。それをいつの間にか取り出して魔力糸と合わせて武器にしてたのもすごい。

 あたしもあれくらい巨乳だったら、おっぱいの間に隠すくらいはマネできると思うけど!


「残念ながら俺の暗器とも言えるのは、この投げナイフだけだなぁ。さすがに裸の状態では持ち込めない。タオルの持ち込みが可能であれば、なんとかなるかもしれんが」


 と、師匠は何も無いところから取り出すように投げナイフを見せてくれた。


「え~、どうやったんですか?」

「普通にここから取り出しただけだぞ」


 師匠はそう言って、手甲の間に投げナイフを収納してみせる。


「あたしも、あたしも隠したいです!」

「う~ん……パルの場合はブーツかな。いや、動きに支障が出る場合があるか……う~ん、素直にポケットに入れとくか」

「なんか、太ももに刺さりそう」

「だよな。ま、おいおい見つけていこう」

「はい!」


 なんて会話をした後、あたしは元の話題に戻して聞いてみた。


「もしも師匠がお風呂で襲われたらどうするんですか?」

「逃げる。それが不可能なら、魔力糸でなんとかするしかないだろうな。魔力糸を使った戦いを一戦、やってみるか?」

「やります! 頑張ろうね、サチ」

「……え、なんでわたしまで?」


 武器有りサチの支援有りで戦ったけど――

 負けた。


「うぎぎぎ」

「……なんでわたしまで」


 あたしとサチは、師匠の魔力糸でガンジガラメにされて転がされた。

 ナイフで斬りかかったはずなのに両手が縛られて、すぐにナイフを奪われた。で、両脚が結ばれて転ばされる。そのままサチが狙われて同じように転ばされたあと、ふたり合わせてグルグルと魔力糸で結ばれてしまった。

 盗賊スキル『捕縛』。

 やっぱり師匠って。

 めちゃくちゃ強い……


「このように、相手の武器を奪うことを第一に行動するとスムーズに立場を逆転できる。相手を殺していいのなら、魔力糸で両手を縛り安全にナイフを奪った時点でパルの首を切る。そのままサチに投擲して終了だ」


 パチンと師匠が指を鳴らすと魔力糸が解除された。

 カッコいい。


「うぅ。相手が武器を持っていない時はどうするんですか?」

「それがさっきの捕縛だ。魔法使いには気を付けろ。拘束しても魔法を使ってくるパターンもある。さっさと首を潰すか、布を口の中に突っ込んで縛っておけばいい。いわゆる『猿ぐつわ』だな。呪文が唱えられないし、舌を噛み切られて自殺される心配もない」

「……師匠。それって人間が襲ってきた時の話ですか?」


 あたしの質問に師匠は首を横に振った。


「魔物でも同じだ。魔法を使ってくる魔物もいる。なんなら人間の姿を取る魔物もいる。まぁ、自殺する魔物なんていないけど」

「あ、魔物辞典で見ました。オーガ種の一部の魔物でしたっけ」


 食べた人間と同じ姿になれる魔物。

 それがお風呂に入っている時に襲い掛かってくる可能性は、確かにあるのかも。


「そうだ。だから人間と魔物の対策はそう変わらない。そうだな……学園都市に行けばあらゆる種族がいる。珍しい種族もいるから手合わせしておいた方がいいかもしれんな」


 なんて師匠が言っていたのを――

 あたしはガタゴト揺られる馬車の屋根上で思い出した。

 人間って言われる種族は、基本的に『人間』を襲わない友好的な種族がいっしょに暮らしている。だから、別の国に行くと見たこともないような種族の人もいるみたいだ。

 あたしが初めて見て驚いたのは、三つ目の種族。おでこにもうひとつ目があって、なんていうかちょっと神秘的な感じがした。

 あとは義と倭の国の人かなぁ、やっぱり。

 なんか特徴的だよね。

 言葉遣いとか、立ち振る舞いとか。仁義を切ったり、義を果たすために命を差し出したり。

 姿は同じでも考え方とか文化がまったく違う。


「怖いから近づきたくないかも」


 なんて思ってしまったりする。

 と――

 ガコン! と、馬車が揺れた。

 石でも踏んじゃったのかもしれない。


「――とと、すまないねお嬢ちゃん、大丈夫かい!」


 と、御者席のおじさんが慌てて話しかけてくれた。


「大丈夫ですっ!」


 あたしはすぐに答える。


「はぁ……すごいね、お嬢ちゃん。盗賊の修行だっけ? 大道芸でも食べていけそうじゃないか」

「あはは、じゃぁ最初のお客さんはおじさんだ」

「おや、さっそくのおひねりの要求かい?」

「おひねり?」


 それってなんだっけ?


「大道芸に払う見物料みたいなもんかな。ほら、帽子を前に差し出した時にみんなお金を入れてたろ。他にも箱を前に置いてたりして、お金をもらうんだ。それをおひねりって言うのさ」

「へぇ~」

「まぁ、お嬢ちゃんの見物料は別の意味がありそうだがなぁ」


 と、おじさんは肩をすくめるような感じで言った。

 どういうことだろう?


「別の意味って?」

「眼福ってこった」


 がんぷく……目がしあわせ?

 このポーズに意味とかあるのかな?

 もしかしたら、祈りの姿だったり?


「そんな訳ないか」


 と、あたしは上げていた右足を下ろして、今度は左足を上げる。

 いわゆる『Y字ポーズ』っていうらしい。

 片足立ちでのバランスはマスターしたので、今はY字ポーズで修行中だ。更に難易度をあげて、馬車の上でポーズを取り続けている。

 最初はフラフラとしてしょっちゅう落ちそうになったり、実際に馬車から転がり落ちちゃったりしたけど、今ではかなり余裕が出てきた。

 さっきみたいに、ガッコンと石を踏んで揺れても落ちたりしないもんね。

 でもでも。

 いいな~、サチは。

 今ごろ、師匠といっしょに楽しくのんびり馬車の旅をしてるんだろうなぁ。

 うらやましい!

 いいもんいいもん。休憩時間は、あたしもたっぷり師匠に甘えるんだ。太ももとかマッサージしてもらいたい。

 あと師匠の膝の上とかにも座りたい。うん。


「んぁっ!」


 もしかして、こんなぽかぽか陽気だから眠くなっちゃうのか確実だし、サチってば師匠の肩に持たれて眠ってたりするのかもしれない!

 でも師匠は優しいしロリコンだから、そんなサチを起こしたりせず、ちゃんと肩を貸してあげてると思う。

 ズルい!

 そんな可愛いことされたら、師匠がサチのことを好きになっちゃう!

 でもでも、サチは大人になるのを戒律で禁止されてるから、師匠には恋愛感情とかぜんぜん無くって。でも、師匠はその想いを我慢できなくなって、ついに告白しちゃうんですよ、たぶん!


「そして、そして――」


 ダメです師匠さん、パルヴァスが見てる。

 あいつはお腹いっぱいで寝てるさ。さぁおいでサチ。いや、サチアルドーティス。

 あ、ダメです。そんな、師匠さん。

 エラントだ。俺のことはエラントと呼べ。

 はい、エラント。あぁ、エラント、エラント!

 サチアルドーティス!

 エラント!

 ぶちゅうぅ~~~~!


「く~~~、なんちゃってなんちゃってー!」

「どうかしたかい、お嬢ちゃん?」

「あ、いえ、なんでもないッス!」


 いけないいけない。

 ぜんぜん集中力が無い証拠だなぁ。

 師匠に怒られちゃう。

 しっかりと、バランスの訓練中でも集中力を保たないといけない。

 つまらない訓練中こそ、基礎的な訓練中だからこそ、集中力を付けるチャンスだ。

 って、師匠も言ってたし。

 それと合わせて、あたしが今いるのは馬車の上。

 高いところにいるんだから、それこそ監視の意味も含まれている。誰よりも一番早く魔物や障害に気付かないといけない場所だ。

 もしも師匠よりも後に魔物を発見なんてことになったら、注意力不足でお仕置きが待ってるかも?

 どうしよう、イークエスに向けてやったみたいに師匠とサチの仲良し風景を見せつけられたりしたら!

 あたし泣いちゃうよぅ。


「むっ。よし、しっかりしよう」


 あたし頑張る!

 というわけで、Y字バランスをしながら集中力を持って周囲を監視する。

 そんな訓練をぽかぽか陽気の中で頑張った。

 お陰で――


「おじさん!」

「ど、どうしたお嬢ちゃん」

「止まって止まって! 前に魔物がいる!」

「わ、分かった」


 馬車が止まったと思ったら――


「どうした、パル」

「うわぁ!?」


 もう隣に師匠が立っていた。

 早いし速いよぅ!


「し、師匠。魔物です」


 あたしが前方を指差して確認する。


「ふむ。御者さん、俺たちで対処するからそのまま待機していてくれ」

「わ、分かった。大丈夫なのかい?」

「はい! 師匠は強いですから」


 あたしはそう答えて、ジャンプして荷物台から降りた。ブーツのお陰で音もなく着地できる。

 師匠はそんなブーツも持ってないのに音がしなかったから、やっぱり凄い。


「サチ、後衛を頼む」

「……分かりました」


 他の乗客は少し不安そうにあたし達を見た。

 だから、にこやかに手を振っておく。


「行くぞパル、サチ」

「はい、師匠!」

「……はい!」


 よし、戦闘だ。

 がんばるぞー!

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