~卑劣! ぶっちゃけ全て『良し』~
恋する天使。
そう名付けられた店に俺は弟子とその友人に背中を押されて入ることになった。
ひとりは私利私欲から。
もうひとりは嫌がらせで。
俺は下着専門店に入ることになってしまったのだ。
しかも女性専門だった。
中は、主に白系統の下着が多く、なんというか、ふんわりしたような雰囲気がある。端々に目をやれば、もちろん色付きの下着もあるが、やはり白や薄い色の下着が多かった。
それらは棚に飾られるように展示してある。
全面に出ているのは大人用だろうか。ツヤツヤとした生地は、なるほど高級さが伺える。触らずとも質感が分かる感じだ。貴族のドレスにも使用されている布を使用しているのかもしれない。
もっと十把一絡げというか、まとめて置いてあるような店を想像していたのだが、思った以上に高級志向っぽい。
しかし――目のやり場に困る。
俺はおっさんだ。
まだ二十代ではあるが、人間種の中の人間としての年齢では『おっさん』と呼ばれてもおかしくない年齢である。
さすがにそのあたりのでっぷりとした貴族とは違って、中肉中背では無く、ちゃんとした健康体ではある。
ではあるのだが、だからといって下着専門店にふさわしい見た目をしているかと言われればそれはノーだ。
この店にふさわしいのは、それこそ女性であり、俺みたいな男がほいほいと入る店ではない。
いくらパルとサチがいっしょとは言え……
いや、だからこそだろうか。
少女ふたりといっしょに下着専門店に入ってきた怪しい男、に見える気がしてならない。
だが――
それにも関わらず、店員の女性はにこやかに俺に挨拶をした。
「いらっしゃいませ」
いらっしゃいませ――だと?
果たして本当に、俺は歓迎されているのだろうか?
甘栗色の長い髪を後ろで結った素朴な感じの女性だが、どことなく品の良さを感じる。制服は大胆にも胸元が開いたタイプの服であり、わざとらしく下着の端が見えていた。
たぶん、アレだ。
商品紹介的なことを兼ねていると共に『誘惑』スキルを発動させていると思う。
男ならば、思わず視線を送ってしまう。
そんな呪いにも似たパッシブスキルを店員のお姉さんが発動させていた。
俺は疑った。
盗賊の基本である。
他人を信用するな、他人を疑え。その言葉にある裏を考えろ。人間の行動とは、すなわち自分に利益にある。理由がなければ人は動かない。
そう。
だからこそ俺は店員のお姉さんを疑った。
盗賊スキル『みやぶる』。
魔物の弱点などを看破するスキルだが、経験則から人間にも有効だ。
得に俺の場合、相手の視線により好意か悪意、害意、嘘をついている、などなど。そういう感情を読み取ることができる。
女性のそういった視線を常日頃から向けられてきたからな!
ありがとう、賢者。
ありがとう、神官。
そしてごめんな、勇者。
俺は、こんなところで弟子のぱんつを選ぶハメになってるよ!
「あのぉ、どうかしました?」
「……いや、なんでもない」
お姉さんを看破したところ――負の感情を読み取れなかった。
バカな。
本当に歓迎されているだと!?
そんなはずが無い。
だってここは女性しか訪れる必要がないような場所で、貴族のおっさんが来るかもしれないが、俺の姿はどう見ても貴族ではなく、旅人風だ。悪く見積もれば浮浪者にも見えるかもしれん。
加えて少女ふたりと伴って入店してきたんだぞ?
もうロリコンにしか見えないんじゃないかな!?
そんな俺が歓迎されるはずが無い――
「もう、師匠っ!」
店員さんの魂胆を見破ろうと頑張っていたが、弟子に手を引っ張られた。
「――なんだ、パル?」
「ぶぅ。師匠が店のお姉さんと見つめ合ってるから」
「見つめ合って……いや、三秒も見てないと思うけど。しかも見ていたのではなく――」
「谷間がいいんだ。師匠の嘘つき」
なんだと?
「は? バカを言うなよ、バカ弟子。俺がいつ胸の谷間が素晴らしいと言った? 訂正を要求する。君は俺をバカにしたな?」
「あ、すいませんごめんなさい、師匠マジで目が怖いッス、すいませんすいませんすいません」
「分かればよろしい」
「……バカ師弟」
バカ弟子と話してたら横からサチに俺までバカと言われた。
何故だ……
「ねぇ~師匠~。師匠はどんなぱんつが好きですか?」
「どんなって言われてもなぁ」
そもそもぱんつに好き嫌いってあるのか?
むしろ嫌いなぱんつって言うのは何だろうか?
男ならどんな物でも好きなんじゃないか、ぱんつであれば。
「パルはどんなのが好きなんだ?」
「う~ん、履いてないから分かんない。サチはどんなの履いてたっけ?」
そう言ってパルはサチの神官服を手に掴んだ。
嫌な予感がしたので、俺はパルの手をその上から掴む。ちなみにサチも手を伸ばしてきたので三人で手を取り合ってる形になった。
「どうしたの、みんな?」
「おまえ、いま確認しようとしただろう」
「あ、はい。サチのぱんつ、どんなのかなぁ~って。あんまりジロジロ見てないから、素材とか覚えてないよ」
「……今めくったら、わたしパルヴァスのこと嫌いになるから」
「え~。じゃぁ、いつならいいの?」
「……こっち来て」
まぁ、見せてしまうのが一番だろう。
パルの手を引いてサチは店の端っこまで移動する。そこで自分で神官服の裾を持ち上げてパルに自分のぱんつを見せた。
う~む。
なんかこう、もにゅもにゅする光景だなぁ。
女の子が自分でたくし上げて女の子に自分のぱんつを見せている。
アレだ、アレ。
ドワーフ国の宮廷彫刻家ララ・スペークラが諸手を上げて賛同しつつこの瞬間を形に残したいとか何とか言って彫刻にしてしまい、尚且つ絵画にすら描き残してしまいそうな光景だ。
うん。
そう思いました。
「うふふ。仲がいいですね、お兄さん」
「そうかな?」
俺たちのやり取りを見ていた店員のお姉さんが声をかけてくる。にっこりと笑いながら俺のすぐ後ろに立つのは、どうにも不気味な感じがしないでもない。
しかし、その理由が判別できた。
俺を嫌うでもなく、また歓迎する理由でもある。
そう。
人の行動には、感情と理由が必ず付きまとうのだが……それもこれも一言で解決する。
彼女は『商人』だ。
つまるところ、その一言で全て説明がついてしまうのだ。
そしてもうひとつ。
彼女が商人だけでなく、また別の属性が付与されている可能性もある。
「違ったら申し訳ないのだが……もしかして、これらの下着はあなたが作ったのでは?」
「はい、わたしが制作しております。ひとつひとつ丁寧作らせて頂いてますので、品質は保証しますよ」
「なるほど」
やはりそうだったか。
わざと見せるように胸元の開いた服に下着のチラ見せ。
それは『誘惑』ではなく『自慢』だったようだ。
もっとも――
エロティックな意味ではなく、あくまで服と合わせて見えていても違和感なく栄える下着、という意味でもある。
下着を含めたコーディネートを提案しているに過ぎない。
という感じかな。
「わたし、常々思っていたんです。下着も可愛いのがあってもいいんじゃないか、と。味気ない白いだけの下着では、女の子の可愛さがもったいない。あ、いえ、もちろんドロワーズも素晴らしいと思いますが、やはりぱんつには敵いません。あの白く無邪気な布一枚は、全てを受け入れる前の純白さにも通じるところですよね! もちろん無色が完全などとは言いませんよ。ひとつリボンを付けてあげるだけで変わります。真っ白に赤のアクセントがひとつあるだけで、少女はひとつだけレディへと変わるのです。あぁ~、素晴らしい。下着には、そんな力があるとわたしは思っていますので! あと、これ! これ持ってくださいよお兄さん」
お姉さんは近くに展示してあった一枚のぱんつを俺に手渡した。
……ぱんつの単位って『枚』でいいんだっけ? それとも一着二着の着?
まぁ、一枚でいいや。
「あ、はい……へぇ、やわらかい」
「そう! そうなんです! ぱんつって大切なところを守るものじゃないですか。特にですよ、特にあの子のような小さな女の子なら尚更です。分かりますか、分かりますよね。お兄さん、どちらかというとわたしよりあの子たちの方が好みでしょうから、分かってもらえると思えるんですけど」
あぁ。
やべぇ。
この子、アレだわ。
商人じゃなかったわ。
もっとも厄介なタイプの『職人』だった。
ときどきいるんだよね、ドワーフの鍛冶職人に。こう、自分の作る物に盲目的に魂を込めちゃうタイプ。
そういった職人は天才タイプでもなく秀才でも努力でもない、独自の物を作り出してしまうことがある。
時にそれは時代を進めるキッカケでもあるが。最先端をひとつ先に進めてしまう可能性を秘めてはいるが。
相応にして独特過ぎて受け入れられないっていうのが世の常だろうか。
しかし、まぁ……
どうしてこのお姉さんは下着にそれを発揮してしまったのか。
ぱんつに人生を捧げようと思ったのか。
気になるところではあるが、それとは別として、もうひとつ気になること。
それは――
「しかし、どうして俺がロリコンだと……」
「ふふ。だいたいの男性はわたしに視線を送ったあと、チラチラと見てきます。視線が胸へ向きますから分かりやすいですよね、男性って。ところがです。小さい子ども用の下着を求める男性は、わたしに全く興味がありません。確かに一度、わたしの胸を見ます。でも、それまでで二度目はありません。簡単です。谷間があるからです」
「あ、はい」
世の男性よ。
ロリコンをバレたくなかったら、普通に視線を送ろうね。
スケベはロリコンを救う。
オールラウンダーを目指そうぜ!
「お兄さんお兄さん。あと、これなんかどうですか?」
「これは……紐じゃないのか?」
手渡されたのは、布面積がほとんど無いような物だった。
「いえ、ぱんつです。一応、隠れますよ?」
「一応だろう……」
なにが隠れるのかは言わずもがな。
「では、こちらはどうですか?」
「……いや、透けてるじゃないか。これでは無意味なのでは?」
「いいえ、いいえですともお兄さん。良く考えてみてください。ぱんつとは隠すものではありません。あくまで下着です。大切な部分を隠すのではなく守るものです。つまり、透けているとは言え布は一枚あるのですから、用途の意味は全て成されています」
「理論は分かった。だが、俺の感情が納得しない」
「えー!?」
えー、じゃねーよ、えーじゃ。
「おかしいな……めっちゃえっちに作ったんだけどなぁ……」
「おいこら、聞こえてるぞ。俺に何をススめるつもりなんだ?」
「え? そういう物をお探しではないのですか? 子どもサイズも必要かと思って作ってあるんですよ。なかなか在庫が減りませんが」
減ってたまるか!
イエス・ロリ、ノー・タッチの原則だ!
俺は首を全力で横に振った。
「違う違う。普通の下着でいい。あまり大声で言いたくないんだが、あのホットパンツを履いてる方が俺の弟子なんだが……実はノーパンなんだ。それで買ってやるって話でここに来ただけだ」
「あぁ、それは失礼しました。てっきり夜用の下着が必要かと」
違う違う、と俺が否定する前に弟子が口を挟んだ。
「夜用? なんです、それ?」
見ればキラキラした瞳。
好奇心の塊のような輝きをパルはお姉さんに向けていた。
パルの話題を出したせいで、こっちが気になったのだろう。余計な会話に参入してしまった。
ので、俺は肩をすくめてサチの隣へと移動する。
「……否定しなくていいんですか?」
「止めても無駄だし、後で俺の口から説明するのが嫌だ。ここはお姉さんに全力で語ってもらうことにする。手間が省ける、というやつだ。これもひとつの性教育だろう」
「……横着です」
「そう言ってくれるな、我が弟子の友人よ。君は選ばなくていいのか? 欲しい物があったら、ついでに買うぞ。その方がパルも喜ぶだろうし」
「……言いたいことは分かるのですが。いえ、理解しませんけど。……あと、男性に下着をプレゼントされるっていうと、その……そういう意味にしか取れませんので」
確かになぁ~、と俺はため息交じりで答えた。
「……でもせっかくですから買ってもらうことにします。やわらかくてちょっと欲しいです」
「そういうものか?」
「……心地良いですよ。品質はホンモノです」
「なるほど」
それでも、俺は展示してあるぱんつを触ってまわる勇気も根性も無い。
こういう時、勇者ならどういう反応を示したんだろうか?
堂々と選ぶような感じじゃなくて、やっぱり俺と同じく店のすみっこで肩身の狭い思いをしながらジっと下を見て照れているに違いない。
それこそ、正しい反応というやつなのかなぁ。
俺は少しだけスレてしまったのかも?
「あはは、師匠ししょう、見てみてこれ!」
「なんだ?」
「あそこの部分だけ穴が開いてます! 無意味なぱんつだ、あはははは!」
ゲラゲラと笑う弟子。
どういう用途で穴が開いてるのか、理解している俺は汚れてしまっているのか、はたまた弟子がバカなだけか。
「……あうあう」
サチは理解しているようだ。
やはり、弟子がバカなだけだった。
「ほれ、遊んでないでちゃんと選べ。そこのしましまのヤツとか、水玉模様とかでいいじゃないか」
「ほほ~。師匠はこういうのが好み?」
「面と向かって聞いてくれるな」
「んふふ~」
なんともご機嫌な弟子だ。
その後、サチといっしょにパルはぱんつを選ぶ。落ち着いたデザインというか、よくある普通のぱんつだ。
大人用と違って、子ども向けはなんていうかモコモコしてる感じ。やわらかそう。いい。
「う~ん……師匠、ひとつに選べないよぅ」
「じゃぁ三つまでにしろ。それぐらいは必要だしな」
「やった!」
というわけで、白く赤いリボンが付いてるヤツ、みずたま、しましまの三枚のぱんつを、サチの分と合わせて合計六枚買いました。
「ありがとうございました。胸が大きくなってきた際は、是非ともまた『恋する天使』でお買い求めくださいませ。ばっちり測って、ばっちりな大きさのブラを提供します。ぜひ! ぜひとも!」
店員のお姉さんは、ひたすら嬉しそうだった。
なにが恋する天使だ。
ただの偏執的下着制作者。
正しくは『下着に恋するわたし』でいいのではないだろうか。
「ふむ……」
「どうしました、師匠?」
「いや、俺にセンスは無いな、と思ってな……」
「師匠が選んでくれたぱんつ可愛いですよ」
「いや……あぁ、まぁいいか」
「はい。えへへ~」
とりあえず、パルが嬉しそうなのでいっか。
「履いたら見せに行きますね、師匠」
「おう。楽しみにしてる」
「ふひひひ」
「……エロ師弟」
なぜだかサチに、ぱんつを大切にしろ、と怒られました。
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