~可憐! ぱんつはぱんつでも下着の方のぱんつ~

 ジックス家に行った翌日。


「師匠!」


 あたしは朝起きて、服を着たらすぐに師匠の部屋に突撃した。


「あれ?」


 でも、師匠の部屋には誰もいなくて、ベッドは空っぽ。布団はちょっと乱れてる状態で、テーブルの上にイークエスの箱と荷物が置いてあるだけ。

 師匠、どこかに行ったのかな?


「なんだ、パルか」

「わぁ!?」


 はぁ、というため息と共に師匠が天井から降って来た。

 部屋の角っこ、天井あたりに潜んでたみたい。

 びっくりしたぁ。


「ノックも無しに勇ましく入ってくるから、敵か何かと思ったじゃないか」


 と、師匠は手に持っていた投げナイフを服の中にしまった。

 もしかしてあたし、ちょっと危なかった?


「あう。ごめんなさい」

「いや、大丈夫だ。この程度のことで怒らないが……俺の気配を読み取れなかったことは残念だな」

「うっ……」

「ベッドを確認、荷物を確認。その後にすべき事はなんだ?」

「え、え~っと……警戒?」

「正解」


 と、師匠は頭を撫でてくれた。


「俺の姿が見えなくなってるということは、何かが起こった可能性がある。ということは、部屋の中に敵が潜んでいてもおかしくはない。もしくは、罠が仕掛けられている可能性もある。ということだな」

「で、でもでも、師匠が負けちゃうような敵だった場合、あたしじゃ対処できませんよ?」

「そのための警戒だ。逃げる準備をするのも、戦うと決めるのも、警戒という段階を踏んでおけば判断は早くなる」


 あ、そっか。

 なにも敵と戦うだけが対処方法じゃないもんね。

 でも――


「むぅ~。でもやっぱり難しいです」

「ま、そのうちな」


 ぽんぽん、と師匠は頭を叩くように撫でてくれた。


「で、なんの用事だパル。朝ごはんに食べたい物でもあるのか?」

「あ、そうでした」


 師匠!

 と、あたしは再び師匠の名前を呼ぶ。


「ぱんつ!」

「は?」

「ぱんつ買ってくれるって約束だったじゃないですか」

「あぁ! そういえばそんな事を言ってたな」


 師匠はポンと手を打った。


「……ということは、おまえ。昨日のメイド服の下はノーパンだったのか?」

「あ、サチに借りました。ノーパンでいいよって言ったんだけど、サチが履けっていうから」


 何故だか知らないけど、師匠は胸に手を当てて、良かったぁ、と息を吐いてる。

 心底安堵してる感じ。


「どうしたんです、師匠?」

「いや、なんでもない。そうだな、この先も変装する機会があるし……スカートを履くこともあるだろうし……そう考えると確かに必要か」

「わーい、やった!」


 と、あたしはバンザイしたら師匠がちょっと驚いたような、申し訳ないような感じであたしを見た。


「も、もしかしてずっと不便に思ってたのか? そうだとしたら悪い……」


 あれ?

 ちょっと師匠を困らせちゃった?


「あはは、違いますよぅ。師匠にぱんつ買ってもらえるのが嬉しいだけです。欲しかったんじゃなくて、師匠からのプレゼントが嬉しい。みたいな感じですので」


 えへへ~、とあたしが笑うと師匠も笑ってくれた。


「そっか。それなら良かった。でも、欲しい物があったら遠慮なく言ってくれよ?」

「はい! というか自分で買えますよ? あたしもお金持ってますし」

「そういえばそうか」


 うんうん、とあたしはうなづく。

 師匠にもらった分もあるし、この前のイークエス事件を解決した時に、盗賊ギルドからいっぱいもらえた。

 あと、冒険者をやってたのも合わせてそこそこお金はある。

 あたしお金持ち!

 温かいごはんをいつでも食べられる余裕があるのって、すごいしあわせだよね。

 でもまぁ、師匠には負けるけど。

 宝石とかいっぱい持ってたし。


「サチはどうした?」

「着替えてたよ。呼んでくるね」


 あたしは自分の部屋に戻って、眠そうにあくびをしているサチに声をかけた。神官服は着替え終わってるみたいだけど、ベッドに座ってぼ~っとしてた。

 ちょっと眠そう。

 いっしょの時間に眠ったはずなのになぁ。

 夜中になにかしてたのかも?

 お祈りとか?


「ねぇねぇサチ、ぱんつ買いに行こっ!」

「……は?」

「師匠が買ってくれるって言ってたじゃない。あれあれ。サチもいっしょに行こうよぅ。ぱんつ欲しいよね!」

「……わたしは寝てるわ」


 なぜか神官服のままサチが布団の中に入ろうとした。


「ええええ! いっしょにぱんつ買おうよぅ」

「……引っ張らないで。なんでそんなぱんつなんて……下着なんて何でもいいでしょ」

「え~、サチとおそろいがいいの」

「……普通、アクセサリーとか、そういうのがおそろいって言うんじゃないの?」

「そうなの?」


 うんうん、とサチが素早くうなづいた。

 いつもちょっと間が空いちゃうサチにしては、即答だった。

 むぅ。


「行こうよぅ。いっしょに買ってもらおうよぅ~」


 と、あたしはサチの神官服を引っ張る。


「……分かった、分かったから引っ張らないで。神官服が伸びちゃうから……あ~、もう、分かった。分かりました。……行くから、いっしょの買うから」

「わ~い! あ、師匠。サチも行くって」

「ひぃ!?」


 いつの間にか師匠が部屋の中にいて、それに気付いたサチが悲鳴をあげてた。


「あ、すまん。なにかモメてるみたいなので気になってな」


 これがノックをせずに入ることの恐怖だ、みたいな感じで師匠はあたしに視線を送った。

 納得。


「次からノックします」

「よろしい」


 うんうん、とうなづいて師匠は頭を撫でてくれた。そんなあたし達を見て、サチは頭の上にはてなマークを浮かべてる。


「あ、師匠ししょう。サチも行くって。えへへ~、おそろいの買ってください」

「分かった分かった。それじゃぁ行くぞ」

「はーい」

「……はぁ」


 なぜかサチがため息をついてたけど、とりあえずいっしょに行ってくれるみたいなので良かった良かった。

 師匠とサチとあたしはそのまま宿のエントランスに移動する。朝でもそれなりに人は多いみたいで、そこそこにぎわってた。

 昨日はメイド服を着てたからジロジロ見られたけど、今日は大丈夫っぽい。視線も安全な物だけで、敵意が無いのが分かる。

 師匠は従業員に聞き込みをするのか、すまない、と声をかけた。

 でも、そこでピタっと止まる。

 どうしたんだろう?

 くるり、と反転して、師匠はあたしに言った。


「よしパル。おまえが聞き込みをしてくれ」

「ほえ? どうしたんですか、急に」

「うむ。よく考えたらヤバイ人間になるところだった」


 どういう意味だろう?

 ま、いいや。

 これも訓練のひとつって事だよね?

 聞き込み訓練。

 頑張ります!


「すいません、ちょっと教えてもらっていいですか?」

「はい、なんでしょう」


 従業員の人は、師匠に声をかけられたこともあってずっと待ってたみたい。それなのに、 丁寧にあたしに応えてくれる。

 優しそうなお兄さんだ。きっとイイ人に違いない。


「王都でぱんつが買える場所ってどこですか?」

「……はい?」


 あれ?

 聞こえなかった?


「ぱんつが欲しいんですけど、どこに行ったら買えますか? ぱんつです、ぱんつ」


 あたしはホットパンツを指し示そうと思ったけど、これだと下着の方じゃなくてズボンとかのパンツと誤解しちゃうかもしれない。

 というわけで、ホットパンツのチャックを少しだけ下ろして、あたしは履いてないよアピールしようとしたところで――

 スパーン! と、後ろから師匠があたしの頭を叩いて。

 がばぁ~っとサチがあたしのことを押し倒すように抱き着いてきた。


「なんでー!?」

「「こっちのセリフ!」」


 師匠とサチの言葉が同じだった。

 うぅ。

 仲良しっぽくてうらやましい。

 というわけで、あたしに変わって師匠がやっぱり聞き込みすることになった。


「すまない。このバカに履かせる下着を買いたいのだが、いい店はあるか?」

「あはは……びっくりしました。危うくお嬢さんの婿入りを決意するところでした……あ、いえ、なんでもありません。下着でしたら、近くに専門店がありますね。あまり男の口から説明するのもアレなんですが、かわいい店ですよ。よく貴族の方もプレゼントを買われているそうで」


 専門店なんてあるんだ。

 すごーい。


「ほう。王都にはいろいろあるんだな。子どもサイズも売ってるのか?」

「あぁ~、どうなんでしょう? 私は行ったことがないので分からないですが。でも専門店を謳っているくらいですから、売ってるんじゃないでしょうかね?」


 なるほど、と師匠は肩をすくめた。

 そしてお兄さんから下着専門店の場所を教えてもらう。

 ここからそんなに遠くない場所なので、大丈夫そう。もしも王都の反対側とかだったら、ちょっと馬車とか乗らないといけない可能性もある。

 王都って広いよねぇ。

 というわけで、あたし達は出発した。

 朝ごはんはまだなので、師匠に屋台でおごってもらう。

 食べながら移動できるのが屋台料理のいいところだ。

 今日の朝ごはんは……クレープ?

 ガレット?

 なんかこう薄い生地に具材をはさんで撒いて食べる料理。

 師匠は野菜とかハムとか。サチはトマトとかチーズとか。


「おいひぃ~」


 あたしのはハムとたまごとチーズと鶏肉のぜいたくなヤツ!

 にひひ。美味しい!


「……ほらパルヴァス。ほっぺたに付いてる」

「んっ」

「ソースが付いてるじゃないか」

「ん~」


 サチに取ってもらったり、師匠に口を拭いてもらったりしながら食べ終わって。

 ちょうど下着専門店に着いた。


「おぉ~、着いた~」

「……かわいい店」

「うんうん、なんか可愛い感じ!」


 真っ白な建物で、別に装飾品とかがあるわけじゃない。でも、なんか雰囲気が可愛い感じがするのは、看板のせいかな?


「『恋する天使』……ほへ~」


 看板の共通語は、可愛い感じの丸い文字で描かれていて、赤いリボンがあしらってあるようなデザインがしてあった。

 あまり大きい店じゃないけど、ステキなお店っていうのは分かる。

 ほんわかしてる感じ。


「師匠、入りましょう!」

「……これ、俺が入るのはマズくないか? 想像以上だ」

「どうしたんです?」

「いや、こんな可愛らしい店だと思ってなくてな。場違い感が凄い。貴族っていうのは凄いな。こんな店に入っていけるのか……俺はここで待ってるから、おまえらだけで行ってきてくれ。財布も渡すよ。好きなの買っていいから」

「えぇ~、いっしょに入りましょうよぅ。師匠が選んでください!」

「俺が!?」

「はい!」

「遠慮するよ。恥ずかしいし」

「恥ずかしくありません。ぱんつ買うだけですよ?」

「それが恥ずかしいんだが?」

「いいからいいから!」


 と言いながらあたしは師匠の背中を押す。

 でも、ビクともしなかった。

 なにこれ凄い……

 あ、盗賊スキル『影縫い』を使ってるんだ!

 ズルい!

 そのスキルのやり方、あたしまだ教えてもらってないんだよね~。盗賊御用達の針も、まだもらってない。

 でも!

 今はそれより、ぱんつだ!


「むぅ。サチ手伝って!」

「……えぇ、分かったわ」


 あたしとサチはいっしょに師匠の背中を押した。

 でも、やっぱり動かない。


「おいおい、サチ。なんで君まで俺を押すんだ?」

「……嫌がらせ」

「えぇ~……」


 サチの一言で師匠は陥落した。

 なんだか知らないけど、がっくりと肩を落とした師匠はするすると押せて、下着専門店『恋する天使』に入っていくのだった。

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