~卑劣! 騙して脅して物乞いを人身売買する詐欺師の話~

 表情を変えた彼女たち。

 それはメイドであるルーシャと主人であるルーシュカさまの両方だ。

 しかも同じ類の表情を浮かべ、ふたりとも消した。

 なるほど。

 これはそう苦労せずとも、上手くいく流れになるのかもしれない。


「それはどういう……?」


 濁した言葉でルーシュカさまは聞いてくる。

 だから俺は肩をすくめつつ、ごくごく当たり前のように言った。


「教育が終わった、とでも言いましょうか。むしろわたくしとしては、教育費が尽きた、というべきなのかもしれません。あ、いえいえ、心配の必要はありません。あくまで諸経費の問題ですので、生活には及んでおりませんのであしからず。さて話を戻しますが、ルーシャの教育にと金貨を支払わせて頂きましたが……その金額分の教育が終わったと考えております」


 ルーシャを預かってもらう際に教育費としてお金を支払った。

 金貨一枚という値段。

 それは人間ひとりを教育する上では、充分に見合った金額ではあるが、果たして貴族の館で実戦形式でメイド教育を受ける、という意味で妥当かどうかは疑問になるところだ。

 ましてやそこに期限は切られて無かった。

 言い変えれば、教育期間が無限にも近い有限となっていた。なにせ契約していなかったのだ。

 商人の世界では有り得ない話だろうが、残念ながら俺は商人ではない。

 盗賊だ。

 つまり、詐欺師なわけで。

 卑劣な手段を、遠慮なく使ってしまえる類の人間だ。

 もちろん、悪意は無いけどね。


「つまり、これ以上の教育を受ける金額をお支払いできませんので、ルーシャを引き取りに来ました。言葉は悪いですが、あくまでルーシャはウチの商品ですから。いつまでも不良在庫を抱えるわけにはいきません。良い取引相手を見つけておりますので。あぁ、安心してくださいルーシャ。ルーシュカさまと同じく、新しいご主人様は優しいお方ですから」


 俺はことさら優しく笑顔をルーシャに向けた。

 これは、ルーシャにとっては判断できない話だと思う。

 彼女は俺に拾われて、そのままこの館に放り込まれた。ルーシャにしてみれば目を白黒とさせるヒマもないほどの話だっただろう。

 加えて、俺の真の目論見すら伝えていない。

 そういう意味では、被害者だ。

 詐欺の片棒を無理やり担がされた被害者だと言える。

 しかし、ルーシャは知っている。

 俺が謎のメイド売り商人ではないことを。

 これは演技であり、俺がニセモノであるのを知っている。

 だからこそ、ルーシャは浮かべたのだろう。

 不安な顔を。

 せっかく安寧を手に入れたというのに、ここから引き離されてしまう不安を。

 しあわせを知ってしまったがゆえに、それを手放してしまう不安を。

 彼女は感じて、表情に出してしまったのだ。

 それを隠したのは、俺への不義理になってしまうと感じたからなのかもしれない。

 それとも、ルーシュカさまの教育の賜物だったかもしれない。

 少しばかりネコ耳がへにょりと垂れていて感情が漏れているのが可愛らしいとも思えるけれど。

 ルーシャという人間は、とても心の優しい少女だというのが分かった。

 そして――


「そ、そうですか」


 ルーシュカ・ジックスもまた、ルーシャと同じ表情を浮かべた。

 不安。

 いや、この場合は『不満』に近い不安だろうか。

 好きな物を取り上げられる子ども、に近いのかもしれないが、そこはさすがに大人の女性だ。

 しっかりと表情を消した。

 これはむしろ貴族的とも言える。

 彼らは体裁を一番に気にする種族だ。不安なことを気取られれば最後、どんな攻撃が加えられるのか分かったものではない。

 弱みは見せず、相手の弱みに攻め入る。

 それが貴族社会というもの。

 ルーシュカさまはそんな世界に参加はしていないのだろうが、それでも貴族らしい血が流れていると考えても良い。

 もっとも――

 だからこそ、やりやすい、と言えるのだが。


「えぇ。短い期間でしたがルーシャのことを見ていただきありがとうございます。さぁ、ルーシャ。こっちへ来なさい」

「――はい」


 ルーシャは少しばかり逡巡したが……ルーシュカさまのソファの後ろから俺の方へと歩き出す。

 静かになった部屋の中で、彼女が踏み鳴らす靴音だけが響いた。

 一歩。

 二歩。

 コツン、コツン、と。

 なぜか悲しくも感じる靴音が響く。

 そして――

 三歩……のところで、ルーシュカさまが声をあげた。


「ちょ、ちょっと待って頂いてよろしいですか、ピンシェルさま」

「はいどうしました?」


 ルーシャが立ち止まる。

 それは、俺とルーシュカさまの間。

 ふたりを挟むテーブルと同じ位置で、ルーシャは立ち止まって振り返った。

 そう。

 ルーシャの心は、俺よりも……ルーシュカさまに向いているのだ。

 それは、彼女にしてみれば裏切りかもしれない。

 だが。

 俺にしてみれば、それは嬉しい誤算であった。

 願ってもない状況だ。

 ひとりの少女が救われようとする姿。

 それは――パルが、俺を尾行してきた姿に似ている。

 自分の運命を変えようとする……なにかにすがりついてでも這い上がろうとする姿に、似ているんだ。


「私が言うのもなんですが、ルーシャはまだメイドとして、その、完全ではありません」

「ほう。教育が不十分だ、と」

「え、えぇ。えぇ、その通りです。いえ、これはルーシャが悪いのではなくて、教育者としての私の未熟です。なにせメイドの教育は初めてですし、あ、いえ、言い訳はよろしくありませんわね。と、とにかくルーシャはよくやっていますが、それでもまだ足りないところがあるので――」

「あぁ、ご安心ください。教育者としてジックス家の名誉が傷つくのを気にしてらっしゃるのでしょう。ルーシャはこちらで完璧に仕上げますので、どうぞルーシュカさまは気になさる必要はありませんよ?」

「い、いいえ。気にしますわ。私、これでも完璧主義者です。中途半端にルーシャを放り出すのは私の主義に反しますの」

「ふ~む、困りましたなぁ」


 俺は仰々しくソファにもたれかかり、顎に手をやって考えるフリをする。

 そのままちらりと後ろを振り返ってメイドに扮しているパールとサーティを見た。

 サーティはすまし顔で立っているが、パールはこちらを見てにっこりと笑った。

 うむ。

 可愛い。

 そしてバカっぽい。

 俺はひとつ仰々しくもため息を吐いて、ルーシュカさまに向きなおった。


「申し訳ありませんが、こちらも商売ですのでねぇ。商品を作るばかりで売らなければお金になりません。先ほども言ったように、わたくしもそこまで余裕がありませんので」

「で、ですが――」

「しかし」


 と、俺はルーシュカさまの言葉をさえぎった。


「今はパールという問題児を抱えておりますので、再教育の余裕もないのも事実。さりとて、ルーシュカさまに追加で教育金を出すというのも難しい状態なのです」

「そ、それだったら無料で引き受けます」

「ダメです」


 俺は首を横に振った。


「それだけはダメですよ、ルーシュカさま。お金とは『信用』の意味です。古くはただの貝殻から始まった物とお聞きしていますが、真実はどうあれお金とは『信用』を形にしているもの。物々交換の代替品として始まったこの概念の根底は信用です。しかし、そのお金が介在しない取引は、申し訳ないですが取引とは言えません。つまり、無料とは『信用無し』という意味です」

「……えぇ、それは確かに」


 ルーシュカさまはうなづいた。

 さすが貴族さまだ。

 通貨の成り立ちとその意味を理解していないはずが無いか。

 なにせ、領民からの税で生きているのだから。


「もちろんルーシュカさまを信用していない訳ではありません。ですが、わたくしは腐っても商人。そこにお金が発生しない依頼など、頼むことができないのです」


 俺は、残念ですが、と言いつつ息を吐いた。


「申し訳ありませんルーシュカさま。言葉は悪いですがルーシャは『売り物』なのです。商品なのです。誰かに買ってもらわないといけないのです。お金に意地汚いわけではありませんが、わたくしもお金無しで生きていけるようなエルフでもなく、神さまのご厚意で生きていける神官でもありません。ただの商人なのです」


 俺は仰々しくもそう言った。

 そう。

 殊更に『商品』や『買って』を強調しておく。

 このヒントに気付いてくれれば問題なし。

 じゃなかったら、ちょっと困るので、もうドストレートに伝えるしかないが……

 果たして――


「で、でしたら買います! 私がルーシャを買いますわ!」

「ほう!」


 それはいいアイデアだ、とばかりに俺は手をポンと売った。

 うん。

 自然に演技ができてると思う。パールも笑ってないし。

 ここですんなりと受け入れても良いけど……


「いや、しかし先ほどルーシュカさまが仰ったようにルーシャの教育はまだまだ不十分だと。つまり未完成品となります。そんなメイドを貴族さまにお売りするのもどうかと……後ろの控えておりますサーティがもうすぐ教育を終えますので、ルーシュカさまにはそちらを買って頂ければ……」


 もう根本的な話は反れてるけど、ルーシュカさまの頭の中はルーシャを手に入れることでいっぱいになっている。

 そう。

 なんだかんだ言ってルーシュカさまはルーシャが気に入っているのだ。

 この少年っぽい少女を。

 もちろん、ルーシュカさまの性癖があってこその話なんだろうとは思う。ショタコンというどうあがいても世間様から認められない上、一回やらかして王都に幽閉されている彼女だ。

 そんなルーシュカさまに仕えたルーシャ。

 本当に、マジメにルーシャをゼロから教育したに違いない。なにせ物乞いだったのをそのまま連れてきただけだ。一般的な常識すら危うかった可能性もある。

 ルーシャの立場を考えてみても、物乞いをするよりマシだろう、と思っていた。

 例えどんな目に合わされても――貴族的な折檻を受けたとしても、路地裏で生きていくよりかはマシだろうとも思った。

 それでも。

 ルーシュカは、ルーシャをマジメに教育してくれたらしい。

 その証拠に、ルーシャはここを離れるのを嫌がった。

 ここにいたい、と表情をあらわにした。

 お買い物に行く姿が目撃されている。その表情に陰りはなく、普通の物だと情報屋が語った。

 つまり、そういうことだ。

 ルーシャは楽しく普通にメイドをやれている。

 それはつまり――

 ルーシャという少女はしあわせを手に入れて。

 ルーシュカという女性は、生き方を手に入れたということだ。


「いいえ、いいえピンシェルさま。私、ルーシャがいいのです。ルーシャでなければならないのです。この子を教育して理解しました。メイドとして一人前にする、そう決めてから、私は理解しました。なんのために生きているのか分からなくなっていたんです。日々を、ただただ壁の内側で過ごす毎日でした。でも、ルーシャを教育するようになって分かったんです。人と接することは楽しいことだったのだと。誰かと会話するのは楽しいことであったんだと。そしてなにより、人に物事を教える喜びに気付きました。正直に言います。私は、ダメな女です。心の衝動を抑えられなかった、酷く愚かな女です。ですが、ルーシャを前にして、その欲望が酷く愚かと思えたのです。酷く下劣だった私の感情が、段々と無くなっていくのに気付きました。今なら、私……外を歩けます。ルーシャがいてくれるのなら、もっと世界を広げることができます。もう衝動に負けることはありません。ですから、ですから」


 ルーシュカさまは。

 自分の胸元を握りしめながら。

 高貴なるドレスに皺がよってしまうことも気にせず。

 俺へ、想いを吐露した。


「お願いします。私には、ルーシャが必要です。ルーシャを、私に売ってください」


 ルーシュカさまは覚悟を決めたように。

 頭を下げた。

 貴族が、ただの商人に。

 頭を下げたのだ。


「……分かりました。頭を上げてください、ルーシュカさま」

「で、でしたら!」

「えぇ。ただし、未完成品を売ることに違いはありません。心苦しいですが、このことは口外無用でお願いします。それを守って頂けるのであればルーシャをお売りしましょう」

「は、はい! 決して言いませんわ。ルーシャも、私が拾ってきたことにしましょう。確か、物乞い……でしたわよね」


 ルーシュカの視線に、ルーシャはこくこくとうなづいた。

 その瞳はすでに濡れていて。

 涙がこぼれ落ちそうなほどに溢れている。

 物乞いを思い出したのではなく。

 ただただルーシュカさまが自分を必要としてくれるのが嬉しいのだろう。

 誰かに必要とされる喜びは理解できる。

 なにせ、必要とされずパーティを追放された俺だから。

 ルーシャの涙の理由は、考えなくても理解できたし。

 ちょっと泣きそうになった。

 なので、眉間と目に気合いを入れて涙を引っ込める。


「そうですね、未完成品ですので金額も安くしましょう。教育費と差額を考えれば赤字ですが、追加でマイナスを出すよりよっぽどマシでしょう。銀貨500枚。500アルジェンティでどうでしょうか?」

「そんな! 金貨二枚払いますわ。それではピンシェルさまが損をするだけになります」

「ふむ。しかしわたくしにとってはルーシャは不良在庫でしたからなぁ。それこそ不当な値段になります。先ほども言ったようにお金とは信用です。不当に多くもらっても、それは信用の上乗せではありません。ただの重荷です。どうぞ気にせず500アルジェンティで手を売っていただけませんか?」

「……あなたは、それでいいのですか?」


 もちろん、と俺はうなづいた。

 金貨二枚だと、アレだ。さすがにちょっと多すぎて怖い。マジもんの人身売買の値段じゃん。ちょっと怖くなっちゃうので、俺が損するだけが心理的に良い。うん。

 物乞いだった少女をたった500アルジェンティで救えるのだ。

 人をひとり、救う値段としては安いもんだろう。


「それでは、その値段で払わせていただきます。ルーシャ、私の部屋からお金を取ってきてくださる?」

「は、はい!」


 涙をぐしぐしとぬぐって、ルーシャは部屋から出て行った。もちろん、丁寧に頭を下げて。

 教育は完璧なようだ。

 しかも金銭管理まで任されているとは、相当な信頼度だな。

 まったく。

 ショタコンであるのを上手く利用しただけのつもりだったが……人生を変えてしまうほど、ふたりの相性は良かったらしい。

 運命っていうのは、分からないものだなぁ。


「ふぅ」


 とルーシュカさまはソファにもたれる。

 満足そうな表情に、俺は少しだけ苦笑した。


「そうそうルーシュカさま。わたくし、しばらくは別の国に行こうと思っております。この国では少々仕事が難しいようですので」

「あら。そうなんですの?」


 えぇ、とうなづいておく。


「ところでルーシュカさまはわたくし以上にメイドの教育が上手そうですな。どうですかな、そういう施設を作られては」

「施設……?」

「えぇ。孤児や物乞いの少年少女を教育する施設です。メイド、もしくは執事に教育して職を斡旋してみる。そんな施設があれば、少しは街が平和になると思いますがね」

「……この国での仕事が難しいとは、そういう意味でしょうか?」


 ははは!

 さすが腐っても貴族だ。

 話が早い。

 でも、俺は肩をすくめておいた。 

 皆まで語る必要ない。実際に、孤児や物乞いが影響しているのかどうかは知らない。なにせ俺はニセモノだから。

 それでも。

 王都にいる不幸な少年少女が助かるのならば、それは良いことだ。

 全員を助けることはできない。

 不適合者もいるだろう。

 拾い上げる価値の無い少年だっているし、助けるに値しない少女もいる。

 でも。

 せめて助けられる者だけでも、助けられれば。

 ひとりでも多く、笑顔になってくれるのならば。

 それは、あいつが目指した――

 勇者が夢見た平和な世界に、ほんのちょっとだけ近づけるはずだ。

 魔王領を取り戻したところで、世界はすぐに平和にならない。

 魔物を多く倒したところで、世界はすぐに平和にならない。

 魔王を倒したところで、世界はすぐに平和にならない。

 今度は魔王以外の問題が起きるはずだ。

 それをほんのちょっとでも助けることができたら。

 俺はそれだけで満足できる。


「あなた、怪しいけれど……イイ人なんですね」


 ルーシュカ・ジックスの苦笑交じりのその言葉に。

 俺は、果たして肩をすくめるのだった。

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