~卑劣! 盗賊スキル『変装』(かわいい)~

 翌朝。

 朝食を手近な屋台で済ませ、パルとサチに着替えるようにとメイド服を渡した。


「おぉ~、可愛い……」

「……うん」


 メイド服を見たパルとサチの感想は、おおむね良さそうだ。


「サイズは合いそうか?」

「あたしは大丈夫そうです。サチは?」

「……着れる、と思う」

「もし大きかったら言ってくれよパル。予定を変更して仕立屋に移動する」

「はい。って、なんであたしだけに言うんですか!」

「ふむ。もし小さかったら言ってくれサチ」

「……ぷふ」

「なんであたしとセリフが変わってるんですか師匠! サチも笑うなー!」


 と、元気な弟子の頭を撫でておいた。

 ふたりが着替えている間に俺も、前回買った執事服に身を包む。

 髪を適当に整え、鏡でチェック。


「ふむ……ヒゲは剃らないとダメか」


 貴族邸を訪ねるのに無精ヒゲはさすがにマズイ。まぁ、商人は娼婦と並んで顔が命だからな。覚えてもらう必要があるが、それはマイナス面で悪目立ちしては意味がない。

 不衛生さを感じる無精ヒゲは剃っておかないと印象が悪くなるので、作戦の成功率にも関わる問題だ。なにより、無精ヒゲの印象は悪人につきまとうのでよろしくない。

 あまりヒゲは濃くないのだが、普段は首回りに聖骸布を装備しているのであまり目立つことがなかった。しかし、執事服ではさすがに目立つ。


「師匠、着替え終わりました!」

「ん。ちょっと待っててくれ」


 ノックも無しに入ってくる弟子に少しばかり呆れるが、ちらりと見えたメイド服はなかなかに似合っている。

 質も良いし、なにより可愛らしい。


「……ふふ」


 パルといっしょに入ってきたサチもこころなしか上機嫌になっているのだから、パルのテンションが上がってしまっているのも無理はないか。


「んお、師匠。なにやってるんです?」

「ヒゲ剃りだ。男ってのは、時に面倒なことがあるよなぁ。ま、女性に比べたらマシか」


 やたらとトイレとか長いのは女性の方だ。

 冒険中でも、神官とか賢者とか、いろいろと待たされた記憶がある。

 それは仕方がないことなので、追放された件で文句を言うのとは別の話。まぁ、一番大変な種族はエルフだろうけどね。

 なんでも定期的に動物でいうところの発情期みたいなのがあるそうだ。その時期はなにかと体調が悪いらしく、男女問わず調子は悪そうだ。落ち込む者もいればハイテンションになってしまう者もいて、十人十色らしい。まぁ、エルフを十人いっしょに見たことは無いが。

 で、その発情期的なタイミングでしか子どもが出来ないとか何とか。

 だから長命にも関わらずエルフが少ないんだなぁ、なんて思ったことがある。

 エルフによっては冒険にも出られないほどに重くなる人もいるらしいので、人間の男で良かった、と無責任ながらに思ってしまうものだ。


「おぉ~」

「……は~」

「ん、どうした?」


 ジョリジョリと洗面台でナイフを使ってヒゲを剃っていると、それを覗き込むようにしてパルとサチが見ていた。


「なんだろう……なんていうのかな……」

「……うん。わかんないけど、なんか、イイです」

「そうなのか?」


 他人にやってもらうヒゲ剃りは気持ちいいのは知っているが、それを見ていても感じるものなんだろうか。


「おまえらはヒゲが生えないから、この感覚は分からんと思ってたんだがなぁ」


 男しか味わえない快感。

 床屋でそんな優越感を覚えたこともあったが――


「いえ、そうじゃないです」

「ん?」


 どういうことだ?


「えっと、カッコいいです。師匠」

「え? そうなの?」


 俺は泡だらけの顔のまま振り返る。

 ちょっとしたマヌケな顔なんだけどなぁ。泡だらけだし。

 ふたりは、うんうん、とうなづいていた。というか、サチまでうなづくなんて、相当なものだと思うんだけど?


「なんだ、服の違いか? それとも髪型か?」


 それなりに整っていれば、俺ってモテるのかねぇ。

 いや、そんな訳がない。

 分かってる。

 わきまえている。

 俺はモテる訳がない。

 うん。自分で言っててなんだけど、それが事実だ。客観的な視点ってやつだ。それが出来ないやつから死んでいくんだ。きっとたぶん。

 そうじゃなかったら、今頃はパーティを追放されてないだろうしなぁ。

 まぁ、神官にも賢者にも言い寄られるのはごめんだが。

 俺は勇者でなくて良かったよ、はっはっは。


「……男を感じる。……ヒゲを剃る仕草がカッコいい」

「あ、それそれ。ヒゲ剃りってカッコいい!」

「なんだ」


 それはつまり、俺じゃなくてもイイってことだ。仕草がカッコいいのであって、俺は基準の外側の道具みたいなものだった。

 あぁ、ちょっとでも期待してしまった自分が恥ずかしい。

 だってサチまで褒めてくれたんだもん。


「あはは、師匠がガッカリしてる」

「笑うなよ、弟子。師匠だってガッカリするさ」

「じゃぁ弟子のメイド服はどうですか? 弟子の友達もいますよ」


 パルはスカートの裾を持ち上げて見せてくれる。

 金髪ポニーテールにメイドカチューシャを装備した小さなメイドさん。


「かわいい。めちゃくちゃかわいい。俺の予想以上にかわいい。想像をはるかに越えたかわいさだ。今すぐ抱きしめたいが、泡が付くので我慢してる」

「んふふ~」


 鏡越しに満足そうに笑うパルを見て、俺は苦笑しつつさっさとヒゲ剃りを終わらせた。


「よし、行くぞ。準備はいいか、パール、サーティ」

「了解です、師匠……じゃなくて、ピンシェルナールムさま!」

「よろしい」


 と、俺は偽名をパールとした弟子の頭を撫でた。

 サチの偽名はサーティ。

 ふたりには付いてくるだけで一切しゃべらなくていいと伝えてある。もちろん、領主さまの言いつけを守らないといけないので、詳しい事情はひとつも話していない。

 俺はふたりのメイド少女をつれて宿を出た。

 ふむ。

 意外と目を引くのは……やはりパールのせいかな。そりゃもともと美少女の彼女が、可愛くて質の良いメイド服に身を包めば嫌でも目を引く存在になる。


「問題ありませんか、パール?」

「は、はい! 大丈夫です」


 敵と思われる視線は無い――と。

 もちろん、俺には嫉妬の類の視線はあるにはあるが、まぁ因縁を付けられるレベルのそれではないので気にする必要はないだろう。


「サーティも?」

「……」


 こくんとうなづくサーティ。

 そばかすとメガネが目立つ彼女だが、それなりのメイド服を着せれば可愛くなるのは必然か。

 美少女とまではいかないが、それでもイークエスあたりならコロっと心を奪われる程度には可愛いと思う。

 いや、それは俺がロリコンだから、だろうか。

 客観的な視点を持て、という自分の言葉がむなしくなってくるな。


「それでは行きますよ」

「はい!」

「……はい」


 とりあえず、視線の主たちに問題は無さそうだ。こういう時に限ってよからぬ輩が湧いてくる可能性もあったので警戒していたが、その心配も無さそうなのでなにより。

 さすがに他人が受ける視線の種類まで把握するのは不可能なので、パールとサーティの感覚を頼るしかない。

 ついでに言うと、俺にはほとんど視線は送られてこないので、なんていうか一安心なような残念なような感じだ。

 ふたりを連れて王都を歩いていき、やがて貴族の館が目立つ区域にやってきた。ここまで来るとお城も近いので、パールはそっちばかり見ているようだ。

 まぁ、訓練中のメイドという設定だからな。

 それぐらいが丁度良いだろう。


「着きました。ここが目的地のお屋敷です。いいですか、ふたりとも。決して粗相の無いように。よろしいですか、パール。静かにしているのですよ? サーティも」

「はい、お任せください! ししょ――ピンシェルしゃま! さま!」

「……はい」


 若干パールに不安が残るが……まぁ、いいか。訓練中の新人メイドってことにしておこう。

 元気だけが取柄です、みたいなキャラはきっとどこにでもいるはずだ。

 ふぅ、とひとつ息を吐いて。

 俺はジックス家の敷地に入る。

 では前回と同じく突撃といこうか。


「どちらさまでしょうか――あら、あなたは」

「えぇ、お久しぶりでございます。加えて、貴族さまに仕えるメイドさまに覚えて頂けているとはなんたる光栄か。突然の訪問を失礼します、メイド訪問販売業のピンシェルナールムでございます」


 俺は仰々しく名乗り、ワザとらしい振る舞いで礼をした。

 それを見て、後ろのふたりも頭を下げた気配がする。よしよし、不慣れなメイドっぽく見えていることだろう。


「どうぞピンシェルと呼んでくださいませ。今回も素晴らしきメイドたるあなたに挨拶できることを、心より喜びの言葉を述べさせて頂きたい所存ではあるのですが。時間も限られているでしょう。割愛させてもらってもよろしいでしょうか?」

「は、はぁ……」


 メイドさんは苦笑した。

 まぁ、当たり前か。


「えっと、本日はどのような用件でしょうか?」

「はい。お嬢様にお話がありまして。日々を忙しく過ごされてる貴族さまへの突然の訪問を失礼かと思っておりますが、平民たるわたくしには他に方法がありませんので、約束もなく訪れる次第となりました。申し訳なく思っておりますことを念頭に、取り次ぎ、できますかな?」

「はい、少々お待ちください」


 メイドさんは丁寧に頭を下げて扉を締めた。

 よしよし、追い出されることも締め出されることもなかったな。

 これはルーシャのお陰と考えてもいいだろう。

 彼女が立派にメイド業をこなしているからこそ、俺――ピンシェルの評価も高いというわけだ。

 まぁ、殊更に怪しい雰囲気を演じているので俺の評価は最低値でギリギリの可能性もあるが。

 追い出されない程度の評価は最低でも受けているので問題ないはず。


「師匠」

「パール」

「あ、はい。ピンシェルさま」

「なんですか、パール」

「ぜったい怪しい人じゃないですか」

「私もそう思います。ですが、貴族には個性が強い人間が多いのは事実。このような者は掃いて捨てるほどいらっしゃいますからな。つまりは能力よりも記憶。忘れられるより、よっぽど良いのです。名声こそ至上の世界ですから」

「……良く分かんないです」

「あとで再教育決定です。サーティはよろしいか?」

「問題ありません、ピンシェルさま」

「よろしい」


 と、思わずサーティの頭を撫でてしまった。


「ズルい、あたしも撫でてください」

「あたしじゃなくて、わたし、です。ダメなメイドですね、パールは。お仕置きも追加しましょうか?」

「えへ」


 なぜそこで喜ぶ!?

 俺は、はぁ~、と肩をすくめつつ、やれやれ、と頭を振った。

 というか演技しろ演技!

 メイドごっこをやってるんじゃないぞ、パル!

 いや、せめてメイドごっこをやってくれよ。

 サチを見習えよ、ホントに!

 今晩、本当にお仕置きしてやろうかな、この弟子に!

 とりあえぜ縄で縛って天井から吊るしてやろう。

 そこから足の裏でもくすぐり続けてやろうか、はたまた脇腹がいいか……


「お待たせしました、ピンシェルさま……どうか、されました?」

「いえ、なんでもありません。新人メイドの教育に苦労しているもので。あなた様みたいな優秀な者はなかなか見つかりませんなぁ」

「えへへ~」

「ほら、笑わない。叱っているのですよ、パール」


 と、頭を抑えておいた。


「ふふ。わたしも初めはそんなものでしたよ。どうぞ、お入りくださいませ」

「ありがとうございます」


 慇懃に頭を下げ。

 俺たちは貴族の館。

 ジックス家の別宅に招き入れられた。

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