~卑劣! 人を活かすも殺すも酒次第~
その日は夕食を宿の近くの食堂で済ませた。
ちなみにメニューは、パルがハンバーグでサチはオムライス。
俺はサンドイッチにしておいた。
「よくやったじゃないか、パル」
今日、何があったのかパルに聞いて、公衆浴場での活躍を褒めた。食事中のマナーとしてはあまりよろしくないが、パルの頭を撫でておく。
「えへへ~。サチも活躍したんだよ」
「ほう」
もちろんパルだけでなくサチも褒める必要がある。
サチは弟子ではないけれど、やっぱり助けてくれたり活躍した若い者を褒めるのは年長者の勤めだ。
もちろん調子に乗って先輩風を吹かせないようにしないといけないが。
訳知り顔で語る大人には成りたくないものだ。
気を付けないといけない。
「サチもよくやった。パルを助けてくれてありがとう。しかし、マインドダウンしたのか。あまり無茶はするなよ。もしも魔物との戦闘だったら、真っ先に狙われる可能性があるからな」
「……はい。気を付けます」
マインドダウン。
いわゆる魔力切れ、精神力切れであり、魔法を使い過ぎると動けなくなったり、場合によっては意識を失う。
そうなっては動けなくなる者が『ふたり』だ。
マインドダウンした者を放置できないので、必ず誰かが守りに入る。そうなると、パーティ内でふたりの欠員が出てしまうのと同義だ。
なので、できるだけマインドダウンは防がなくてはならない。マインド・ポーションを複数携帯しておきたいが……さすがに風呂場に持ち込むのは難しいか。
「しかし神官魔法で気絶までいってしまうとは……神さまも相当に頑張ったんだろう。今日のお祈りはいつもより丁寧にしたほうがいいかもしれないな」
「……そうですね。そうします」
サチは少しだけ嬉しそうにうなづいて、オムライスをちょっとづつスプーンで崩しながら食べていく。
それに比べて我が弟子よ。
「ふひひひ」
大口を開けてハンバーグを食べるパル。
いや、まぁ、小食アピールして小動物系をよそおう年上の女より遥かにマシな姿ではあるのだが。
それでも対照的なサチがいるので、なんともアレな気分になってくる。
いいんだけどね。
いっぱい食べる君が好き、というのは間違いでもなんでもないので。
「ほら、口の端にソースが付いてるぞパル。レディには程遠いな、まったく」
「あうあう」
親指でパルの口元をぬぐってやり、そのソースをペロリと舐める。
ふむふむ、なかなか美味しいじゃないか。
次に来た時は俺もハンバーグを食べてみようかな。
「どうしたサチ?」
「……なんでもないです」
なんか半眼で見られてたので怖かったです。
「んぐ。ぷはぁ。そういえば師匠ってお酒は飲まないんですか?」
「ん? 酒かぁ」
周囲のほとんどのテーブルではお酒が飲まれている。色付きの液体を見るにワインだろうか。
大人と言えば夕食にはお酒を飲んでるイメージが確かにある。
冒険者ならば尚更だろうか。
「問題なく飲めるんだが……実は美味しいと思ったことがない」
俺は肩をすくめながら本音を言った。
弱いという訳ではないのだが、なんというかアルコールの独特な感じが苦手ではないのだが、美味しいと思ったことはない。ワインよりはブドウジュースの方が美味しいと思ってしまうぐらいの味覚だ。
「美味しくなんですか?」
「いや、美味い人にとっては美味いんだろう」
勇者パーティにいた頃は……戦士なんかガバガバ飲んでたし。
それでいて酔わないのだから相当に強かったんだろう。アレこそ、お酒を楽しんでいる真の姿なのかもしれない。
「俺はあんまり美味しいと思えなくてな。あと盗賊職っていうこともあってか、あんまり酔いたくなかった」
「夜の心配?」
そうだ、と俺はうなづく。
「いつ襲われても問題なく対処できるように。いつどこで問題が起こっても対処できるように。まぁ、飲まない言い訳みたいなものだったのかもしれないなぁ」
酔うと気が大きくなる。
気が大きくなると、普段言えないような事を言ってしまう。
不平不満など、あまり口に出して良いものではない。
ましてや命を預ける仲間たちへの不満などを言ってしまえば最後。もう二度と信頼を得られない可能性もある。
それを考えれば……飲まなくて正解だろ。
勇者ご一行の邪魔者。
というか、勇者を守る俺が邪魔だった賢者と神官。
あのふたりの文句が、俺の口からデロデロとこぼれてしまった日には、きっと勇者を困らせたし、戦士に笑われただろうし、なにより本人たちに後ろから刺されただろう。
まぁ、後衛職である賢者と神官に刺されるほどマヌケな盗賊ではないが。
それでも酔いつぶれて爆睡している状態ならば、簡単に殺されてしまう。
「あたしも飲まない方がいいですか?」
パルがオレンジジュースを飲みながら聞いてきた。
「盗賊以前に子どもにはおススメできないな。健康に影響が出るらしく、最悪だと死んでしまうそうだ」
「死んじゃうんだ……」
「身体がしっかり成長してからじゃないとダメってことだ。まぁ逆に言うと、いくら大人でも飲みすぎたりすると死ぬ」
「え~……そんなのをみんな飲んでいるんですか?」
パルは周囲を見渡す。
どのテーブルにもワインがあって、それを美味しそうに飲む大人たちの姿ばかりだ。とても毒を飲用しているようには見えない。
当たり前だけど。
「あくまで飲み過ぎればな。あとはフワフワして気持ちよくなるから、娼館で出されたりするかな」
「へ~。だから師匠は飲まないんですね」
「……たぶん、それ違う」
サチがツッコミを入れてくれた。
うん。
パルの中でなにがどう繋がって俺が酒を飲まないことに帰結したのか知りたいところではあるのだが、聞かなかったことにしよう。
「ひとつ覚えておいて良いことは、酒で人を簡単に壊せるってことだ。拷問に使ってもいいが、この場合は殺す前程だな。大量に飲ませて脳を破壊する。そういう意味では、パルも少しは酒に慣れておいた方がいいか」
「へ?」
「もしもイークエスがおまえ達の捕まってた瓶の中にワインを流し込んでいたらどうなっていたか? 酔い潰れてまともな思考が出来なかっただろう。そういう酒の使い方もある。盗賊としては貴族のパーティに潜入することもあるからな。お酒を飲まなくてはならない時もある。そういう時のために自分の限界を知っておくことも大事だ」
経験だけでなく、と俺は付け足した。
酒の味を知るのも大事だが、自分がお酒にどれぐらい強いのか、どこまで飲むとヤバイのか。それを知っておくことは重要だ。
「というわけでパル。飲んでおくか?」
「いやぁ、あたしハンバーグでお腹いっぱいだなぁ~。うんうん。師匠、またにします!」
「そうか。ならば仕方がない」
と、俺はワザとらしく肩をすくめた。
隣でサチもくすくすと笑っている。
「ま、そのうちな。おまえが大人になる頃には、いっしょにお酒を楽しめる日が来るといいんだけど」
俺はそう言いつつきゅうりのサンドイッチを食べる。
まぁ、そこそこ美味しい夕食だった。
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