~卑劣! 未来の豊かさは夢と空想と金儲けから始まる~

 豪商サーゲッシュ・メルカトラ。

 俺の言葉を聞いた瞬間――

 彼が、ただの気のいいおじさんから、名のある豪商の姿に変わった。

 俺が聖骸布を口に当ててスイッチを入れるような感覚だろうか。好機を逃さず、また手に入れた情報をいかに上手く使いこなすか。

 豪商の豪商たる所以を、目の当たりにできた気分だ。

 これだけでも価値があるというもの。

 もっとも――

 ここから先、彼を満足させられる情報であるかどうかは運任せになってくるのだが。


「本命の情報に入る前にひとつ」


 いきなり本題もどうかと思うので、ひとつジャブを打っておく。

 なにせメイドさんの飲み物も到着してないからね。

 話の腰を折られると、上手く乗っていた話の流れもどこかへ霧散してしまうかもしれない。

 戦闘にも流れがあるように、話にも流れがある。

 商人に必要なテクニックだろうが、盗賊にも同じく必要だ。

 盗賊スキル『口車』、もしくは『言いくるめ』ってところだろうか。

 嘘も方便という格言かことわざを聞いたことがあるが、まさしく盗賊にふさわしい言葉だと言える。

 きっと過去の大盗賊が言った含蓄ある言葉なのだろう。


「ジックス街で計画されてた橋ですが、上手くいきますよ」

「ほほう。橋の再建設が始まっている情報は掴んでおりましたが。商人の間でも意見が別れている話でしてな……その根拠は?」

「俺がドワーフ国から職人を連れてきました。ジックス領主に確認してもらっても構いません」

「なるほど、ドワーフ国!」


 メルカトラ氏はポンと手を打った。


「ドワーフが中心となっているとは聞いておりましたが、ドワーフ国となれば話は別ですな。あの暴れ川をどう攻略するのか、楽しみです」


 ふむふむ、とメルカトラ氏はあごの下に手を沿えるように思考を巡らせている。

 なにか商売につなげるつもりか、はたまた別の思惑か。


「それでですね。俺はしばらく学園都市に行かないといけなくなったので、黄金の鐘亭の部屋はまたメルカトラさんが使ってください。この情報があれば、またジックス街に来る用事もあるでしょうから」

「ほう。なるほど、明確な情報ですからな。いろいろと先手を打つこともできましょう。出て行った商人も多くいますから、手広くやることも可能ですな」


 ありがとう、とメルカトラ氏が頭を下げたところでドアがノックされた。


「失礼します」


 と、メイドさんが飲み物を持ってきてくれた。


「どうぞ、紅茶です」


 透明なカップに紅いお茶。その鮮やかな色は、普段見ている紅茶とはちょっとレベルが違うようにも思えた。

 たぶん高いお茶なんだろうなぁ。

 なんて思いつつ、メイドさんに頭を下げる。


「どうぞごゆっくり」


 と、メイドさんはにっこり笑って退出していった。

 それにしても――


「メルカトラさん。あのメイド服は?」

「あぁ、あれはウチで仕立てている特注品です。違いが分かりましたか?」

「えぇ……なんというか、気品があります」


 正直に言えば、めちゃくちゃ高そう、だ。


「はっはっは。メイドである彼女たちには、いろいろとお世話になっておりますからな。毎日着る物ですし、せめて動きやすさと肌ざわりは良い物にしようと。褒めていただけるならば光栄ですな」

「えぇ、素人の俺でも分かります」


 そう言って、俺は紅茶に手を伸ばす。少しばかり湯気を払うように息を吹きかけ、一口だけ口に含んだ。

 うーむ。

 実は紅茶の良し悪しなんて良く分からん。

 それでも、俺が飲んできた紅茶とはまた違った味というか風味というか、渋みといっていいのかどうかも分からんけど、そういうのを感じた。

 きっと、これが美味い紅茶の味なんだろう。

 そう学習しておく。


「それではエラントさん。本題を聞かせていただけますかな?」


 お互いに紅茶を飲んで一息入れたところでメルカトラ氏は少し前のめりになって聞いてきた。


「メルカトラさんは宝石商でしたよね」

「それだけではないのですが、一番力を入れているのが宝石ですな。趣味ということもありますが、宝石が一番わかりやすい」

「その仕入れは原石からでしょうか? それとも加工済み?」

「もちろん原石からですよ」


 それはなにより、と俺は満足そうにうなづいた。

 宝石は主に地中から取れる。場合によっては川底からでも取れるんだったか。その原理は良く知らないのだが、岩の一部に宝石が収まっているイメージだろうか。

 鉄も金も銀も言ってしまえば宝石の一種と言えるかもしれない。もしくは、鉱石の一部というのが正解だろうか。

 あまり詳しくないが、そういうイメージが俺にはある。

 まぁ、だからといって適当に岩を砕いたり川底の石を拾ってみたところで何も取れないのが一般的だ。

 鉱物資源というか、金属や宝石は取れる場所がある程度決まっているらしい。

 素人には見つけられるものではなく、一攫千金を狙うのなら冒険者をやっている方が圧倒的に確率が高い。

 もちろん、それはドワーフも含まれている。

 土と火の妖精と言われる彼らだが、早々と金の鉱脈を見つけられれば苦労はない。もしそうならば、貴族は全てドワーフたちに頭が上がらないはずだ。

 それはともかく。

 ここからが本題中の本題だ。


「原石から取り出される宝石は、大きい物ばかりですよね」

「ふむ。その口ぶりから察するに……欠片の話ですかな?」


 さすが豪商。

 俺の言いたいことを先回りで理解してくれる。


「えぇ。実はですね――」


 と、俺は腕輪を外してメルカトラ氏に渡した。


「これは?」

「『成長する武器』と同じ方法で作られた腕輪です。パっと見れば、ただの銀の腕輪に見えるでしょうけど」

「少々いいですかな?」


 どうぞ、と俺がうながすとメルカトラ氏は腕輪を観察し始める。あらゆる角度から見たり、叩いてみたり、試しに自分で装備してみたり。

 いわゆる商人スキル『鑑定』というやつだろうか。


「これはまた奇妙な腕輪ですな。なんというか、言葉は悪いですが……『気持ち悪い』感じがしますな」


 それでこれが? という疑問と共に俺は腕輪を受け取り装備しなおす。


「これ、おそらくですがマジックアイテムにできると思うんです」

「ほう!」


 俺の言葉にメルカトラ氏が食いついた。


「メルカトラさんが気持ち悪いと感じた部分は、おそらく俺の魔力のせいです。この腕輪の作り方が『成長する武器』と同じ方法だったので、俺専用になっていると思います。で、ここには何も無い。無の状態です」

「えぇ、言われてみれば確かにマジックアイテムと同じような『におい』がありました。ですが、少し違う。言葉にできなかった理由は、エラントさん専用だからでしょう。なるほど、もしもこの腕輪に何か加工ができれば。それは立派なマジックアイテムになる、という考えですな」


 そうです、と俺はうなづいた。


「もしや学園都市に行く理由もそれですかな?」

「えぇ。別件もありまして、行く理由が強固になった、というべきですけど」

「ふぅむ。して、宝石との関係は?」


 おっと本題の中心がまだだったな。


「これを作る際……というか、成長する武器を作るには大量の宝石が必要でした。あ、この情報は秘匿されていた訳ではなく、ドワーフの共通技術でもありそうです。残念ながら需要と材料の関係で日の目を見てない技術でしょうか。俺自身、制作現場は見ていないのですが……結果であるこの腕輪を見ると、宝石の面影はどこにも無い。つまり、宝石の良し悪しは関係ないと思われます」

「そうですな。昔から宝石には魔力を貯蔵できると魔法使いの方々に重宝されておりますからな。そこに種類は関係なく、大きさが重要でした。それを鑑みるに、おそらく量でまかなえる、ということでしょうな」


 俺はうなづく。


「というわけでメルカトラさん。もしかしたら今まで捨てていたような宝石の欠片、もしくは傷物になって価値の無い宝石、更には加工しようにも小さ過ぎていた物が、今後売れるようになるかもしれません」

「なるほどー!」


 と、メルカトラ氏は大きくうなづき、身体をソファに預けた。

 俺もそれに習って、ソファにもたれかかる。

 ふっかふかのソファで座り心地は抜群だ。


「ふむふむ、なるほど。まだ確証のある話ではないが……それでも価値のある話ですな」

「えぇ。もしかしたら何十年後かの話かもしれません。下手をすれば百年先に完成する技術かもしれない。けれど、成功したらマジックアイテムを作れるようになるし、売れるようにもなります。今は冒険者の物ですけど、そのうち各家庭に一個、炎のマジックアイテムが完備。なんて話も有り得るかもしれません」

「水を生み出すマジックアイテムがあれば、飛ぶように売れますなぁ。井戸を掘らずとも新しい街が作れるかもしれない。あぁ、あぁあぁあぁ、これは素晴らしい。これは夢が、夢が広がっていく」


 メルカトラ氏は目を閉じ、腕を広げた。

 どこか空想にひたっているらしい。

 でも、それは商人らしい嫌らしい笑みではなく、どこかしあわせに満ちた表情だ。

 豪商の顔とそれ以外の顔。

 そのどちらもステキとなると……さぞかしモテたんだろうなぁ。お金もうなるほど持ってるし。うらやましい話だ。


「エラントさん」


 おっと。

 紅茶を飲みつつメルカトラ氏の人生を羨ましいとねたんでいると、本人から声が掛かって少しばかり驚いた。


「あっと、失礼。こぼしましたか?」

「いえいえ、大丈夫です。ギリギリセーフ」


 床に敷いてあるカーペットとかに紅茶をこぼしてみろ。たぶん、大丈夫だって笑ってくれるけど、俺が後悔する。あと、掃除するメイドさんに申し訳がない。


「エラントさん、貴重な情報をありがとうございます。ジックス街の橋だけでなく、まだ見ぬ新技術の話までしてもらえるとは、嬉しい限りです」

「いえいえ。無料で宿に泊まらせてもらってますから、これぐらいで恩返しになるかどうか。それにまだ上手くいくと決まっている話ではありませんからね」

「それでも、面白い未来を夢見ることはできそうです。世の中には『投資』という方法もありますからなぁ。それこそ、学園都市に投資する明確な意思が見えてきました」


 なるほど。

 そういう方法もあるのか。


「どうぞ、エラントさん。学園都市で上手くいきましたら、また訪ねてもらえますかな?」

「もちろん。ということは……」

「えぇ。投資の用意がある、と『学園長』にお伝えください」


 学園長か。

 そうだな……彼女に話すのが一番だろう。手っ取り早く答えが出るかもしれない。

 イエスかノーか。


「分かりました。そのつもりで話を進めてみます」


 俺は紅茶を一気に飲み干すと、立ち上がった。


「おや、もう帰られるので?」

「お休みの日はゆっくりされるのが一番です。よそ者の俺がいたんじゃ、奥様も嫌がるんじゃないですか?」

「はっはっは。そこまで愛されていれば良いですが。エラントさんも忙しいでしょう。ここは大人しく引き下がりますが……次に来てくださった時にはぜひ夕食を共にしてください」

「えぇ、それは楽しみにしております」


 と、俺はメルカトラ氏と握手した。

 さて帰ろうか、と思った時にひとつだけ思いついたことがあったので。

 ダメでもともとだ、とメルカトラ氏に伝えてみる。


「メルカトラさん、ひとつお願いしてもいいですか?」

「えぇ、なんでしょうか?」

「子ども用のメイド服を二着、売ってください」


 俺がそう言った時のメルカトラ氏の顔。

 すっとんきょう、という言葉がそのまま似合うような。

 そんな表情で彼は俺を見るのだった。

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