~卑劣! 布石の石は宝石の石~

 パルの『成長するブーツ』を作ってもらった際。

 余った宝石と材料で作ってもらったのが、いま俺が装備している腕輪だ。

 シンプルなデザイン……というよりも、少しのっぺりとした不格好な銀の腕輪。安物の装飾品としか思われないような物だったが……長く装備し続けたおかげで分かったことがある。

 いや、効果が出てきた、というべきか。

 この腕輪。

 恐ろしいほどに魔力が馴染んでいる。

 ニュアンス的には、身体の一部になったよう、と表現できるだろうか。もっとも、それは魔力的な意味合いであり、実際に皮膚の一部として感覚があるわけではない。

 それは『成長する武器』や『成長する防具』とは少し違った。

 言ってしまえば、成長する武具は形状を変化させる。剣が得意であれば、成長に合わせてより長さが伸びたりするものだ。防具であれば、身体の成長や用途に合わせて大きさや分厚さを変えてくれるのだろう。

 それらとは違い、この腕輪が変化しているのは『魔力』だろうか。武器でもなく、防具でもない装飾品。両者の特徴ではない部分が顕著となり、魔力に特化していったような感じだ。

 ただし――


「役立たずだ」


 試しに腕輪から魔力糸を顕現させようとしたが不可能だった。銀の腕輪に魔力は通るものの、そこから変化は起こらない。魔力を魔力糸に変換することができなかった。

 あくまで魔力が馴染んでいるだけ。

 言ってしまえば、魔力を保存できる装置にも使えるかと思ったが……大した貯蔵量は期待できないだろう。

 加えて――


「パル、これを付けてみてくれるか?」


 と、パルに装備してもらったこともあるが……


「う~ん。なんにも感じないです。師匠の体温で生ぬるい……気持ち悪い……」


 妙に不評だった。

 これは俺が嫌われているのではなく、おそらく魔力が合わないから、と推測される。

 成長する武器が、その本人専用となるように。この『空白の腕輪』は俺の魔力に馴染んでいるせいで、他人が装備しても不快感を与えるだけのようだ。

 そう!

 あくまで!

 あくまで、だ。

 あくまで腕輪のせいで、パルに嫌われているわけではない。

 うん。


「もうちょっとしたら、師匠といっしょに寝るのは嫌です、とか言われちゃうのかなぁ。あ~、やだなぁ~。ぜったい泣いちゃう」


 思わず弱気が言葉に出てしまうのも仕方がない。仕方がないんだ。

 だが、待って欲しい。

 その頃には、パルも立派な大人のレディになっているはずだ。

 つまり、そんな彼女はロリコンの俺からしたらストライクゾーンの外側。クリティカルヒットなんかするはずもないので、そんなレディに嫌われたところで平気へっちゃら。

 に、違いない。

 たぶん。

 でもやっぱり泣いちゃうと思う。

 うぅ……


「どうしたんだ兄ちゃん。そんなしけた面して」


 しまった。

 どうやら表情に出てたらしい。屋台のおっちゃんに心配そうに声をかけられた。


「いや、なんでもない」

「いやいや、元気ない時に無理はいけねぇぜ。ほら、こんな時は美味い物でも喰うべきだ。どうだい、一本」


 そう言っておっちゃんが串を一本差し出してくる。

 焼き鳥か。香ばしいにおいがして美味そうなのは間違いない。


「商売上手だな、おっちゃん。一本もらうよ」


 がははは、と笑うおっちゃんにお金を渡して焼き鳥を一本もらう。

 はむ、と食べると少しばかりカリカリになった表面の触感が良く、さらに塩気がすぐに味わえて美味い。なによりあつあつの焼き立てがイイ。

 はふはふと食べ終わり、俺は串を屋台に備えてある瓶の中に入れた。


「どうだい、元気になったか?」

「あぁ、もう大丈夫だ。そのついでに聞きたいんだが、いいかい?」

「なんだ? 女房と仲直りしたいんだったら、宝石じゃなくて花束をおススメするぜ」


 ……以外とロマンチストらしいな、このおっちゃん。


「いやいや、俺は独身だ。花を贈る相手は女性よりも墓の方が多くてね。それより聞きたいのは宝石店の場所だ……って、ホントに独身だからな。サーゲッシュ・メルカトラって人の店に行きたいんだが、知ってるかい?」

「おいおい兄ちゃん。サーゲッシュって言ったら超有名店だぞ。むしろ知らないのかい?」

「そうなのか? あいにくと旅人なものでね」


 俺は肩をすくめた。

 サーゲッシュ・メルカトラは、ジックス街一番の宿『黄金の鐘亭』で宝石を買い取ってもらった人だ。なにやら珍しい宝石だったらしく、高額で買い取ってもらえたおかげで随分と楽ができている。

 拠点ができたし、広い宿に泊まれるのも彼のおかげだ。

 そんな彼にちょっと用件があったので訪ねたいと思っていた。

 そこそこやり手の商人となれば十中八九、王都に居を構えているはず。

 ついでに会っておこうと思っていたのだが……おっちゃんの反応を見るに想像以上の人物なのかもしれない。

 確か宝石店を経営してると聞いたはずなのだが――


「サーゲッシュの店っつってもいっぱいあってな。兄ちゃんが目的なのは宝石かい? それともサーゲッシュ本人か?」


 どうやら宝石店以外にも店を経営しているようだな。

 ふむ、と俺は少し逡巡する。


「本人だな。ちょっとした縁があってね」

「そうかい。だったら――」


 と、おっちゃんにサーゲッシュ・メルカトラ邸の位置を教えてもらった。

 王都はジックス街とは違って明確な区分けがされていない。貴族も一般民も商店も神殿も、多種多様に入り交じっている。

 それでも王様が住む城の周囲は明確に小綺麗な邸宅が多かった。貴族の屋敷も多いし、ジックス家の館も近くにある。

 サーゲッシュ・メルカトラ氏の家も、そのひとつだった。


「……貴族でもないのに凄いな」


 ジックス街の領主さまの館に匹敵するほどの家。

 いや、もう家っていうレベルじゃなくて館と言ってしまった良いな。そんな大きな家がお城の近くにどーんと建っていた。下手をすれば貴族の館より大きい。

 もちろん門もあって、警備の人間がいて、おいそれと訪ねていける雰囲気ではない。

 あの時は普通の商人だと思っていたんだけどなぁ……

 盗賊スキル『みやぶる』を、ちゃんと使っていれば――いや、それでもこのレベルだと見抜けた可能性は低い。どう考えても、ただの宝石商、みたいなイメージだった。


「あー、すまない」


 俺は警戒されないように両手をあげながら門番に近づいた。


「はい、なんでしょうか?」

「サーゲッシュ・メルカトラ氏に会いに来たんだが……在宅だろうか?」

「本日、サーゲッシュは休日です。仕事の話は通すな、と言われておりますので。後日、改めてもらいたい」

「いや、仕事の話じゃない。ただお世話になったのでお礼が言いたいだけなんだ。ジックス街の黄金の鐘亭でお世話になった者、と伝えてくれないか?」

「……分かりました。少々お待ちください」

「ありがとう」


 さすがに豪商に仕えている門番に『ワイロ』は効かないだろう。なので、紳士的に対応するしかない。

 門番は館の中に入ると、すぐに戻ってきた。

 いや、早すぎない?

 もしかしてダメだった?


「問題無いそうです。どうぞ」

「はやくない!?」

「はい?」

「あ、いや、なんでもない。ありがとう」


 門番にお礼を言って、俺は敷地内に入る。っていうか、付いてこなくていいんだ、門番の人。

 信用というか、なんというか……


「おぉ、久しぶりですな!」


 と思ってたらメルカトラ氏がわざわざ出てきた。本当に休日だったらしく、なんていうか凄くラフな恰好をしており、手には布が一枚。


「お久しぶりです。突然の訪問、申し訳ない」

「いやいや、ちょうど休みの日で良かった。さぁ、どうぞ立ち話もなんですから」


 そう言って、メルカトラ氏に案内されて館に入る。

 中はもう、そりゃ豪華絢爛と言うべきか、それ以上と言うべきか。壁にかけられている絵画や飾られている彫像のどれもが一級品と見て取れる物ばかりだ。

 なにより床に敷かれている布なんかも、恐ろしいほど良いものなんだろうなぁ。

 なんて思っていると、メイドさんがやってきた。


「お飲み物、用意しましょうか?」

「あぁ、お願いします。なにか苦手な飲み物はありますかな?」

「ただの水でも美味しく飲めそうです」


 と、冗談を言っておいた。


「ふふ。それではお部屋にお持ちしますね」

「お願いします」


 と、メルカトラ氏はメイドさんに丁寧に頭を下げた。

 なんていうか、人が出来てる、と表現するべきなのかなぁ。

 間違いなくイイ人だ。


「そうそう、旅人殿。あまりに興奮していて聞きそびれていたのですが」

「はい?」

「旅人殿の名前を聞き忘れておりましてな。今さらですが、名前を教えて頂いても?」

「そういえば名乗ってませんでしたっけ。エラントと申します」

「エラント(彼らはさまよう)。ほぅ、それは稀有な名前をしておりますね」

「ふふ。お察しの通り、偽名です。でも、今はこれが俺の本名ですので、気にしないでもらえれば幸いです」


 なるほど、とメルカトラ氏は苦笑した。

 そのまま館の中を歩いていき、庭に面したそこそこ広い部屋に案内された。そこにも絵画や調度品が飾ってあり、部屋の中央にはテーブルとソファが置いてある。

 応接室、と言ったところかな。


「どうぞ座ってください。あっと、そう言えばこんな姿で申し訳ない」

「なにか作業中で?」

「えぇ。部屋の掃除中でしてな。こればっかりはメイドさんに任せる訳にもいかなくて」

「何か大事な物でも?」

「いえいえ。ちょっとした趣味みたいなものですよ」


 掃除が趣味?


「綺麗な物が好きでしてなぁ。それとは別に、汚れた物を綺麗にするというのも好きなのです。小さい頃から拾ってきた物を磨いて綺麗にするのが趣味みたいな感じで。いまも落ちていたボロボロの剣を磨いていたところです」


 なるほど。

 それで布を持っていたわけか。

 なんにしても、やっぱり良い人っぽいなぁ。逆に言うと、商人らしくもない、と言えるかもしれない。

 これは相当な『運』と『目利き』があったに違いない。

 なればこそ――

 俺の『情報』を上手く使ってくれるだろう。


「それで、今日はどういった用件で?」

「メルカトラさん。宿のお礼と言っては何ですが……ひとつ情報を持ってきました」


 好々爺然としたメルカトラ氏。

 彼の瞳が少しばかり輝くのを、俺は見逃さなかった。

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