~卑劣! やおよろずの売り物~

 八百屋とは、主に青果を売る商売人を指す言葉である。

 本来は青果屋と呼ばれていたそうだが、多くの品を扱うこともあり、いつしか八百屋と呼ばれるようになったとか。

 これも義の倭の国からもたらされた言葉だそうだが、そんなことを気にして今晩の食材を買う主婦はいないだろう。

 彼女たちの意識は八百屋という名前よりも、旦那と子どもが喜んで食べてくれるメニューに向いているはずなのだから。


「いらっしゃい、旅人の旦那。なにか買っていくかい? 今日はトマトがおススメだよ。そのままでも食べられるからね」


 店主がにこやかに店頭に立ち、呼び込みをしている。

 そんな彼に俺は少しばかり声のトーンを落として聞いた。


「すまない。きゅうりの花は売っているかい?」

「なんだって?」


 俺の言葉に八百屋の主人は怪訝な顔をした。

 ごもっともな話ではある。

 きゅうりは、あの緑色の細長い部分を食べる食材であるため、誰も花なんか食べようとも思わない。

 いくら八百屋と言えども、たとえ八百という品数を名乗っていても。

 きゅうりの花なんて置いてあるはずもない。

 それでも――


「きゅうりの花だ。置いてないかな?」


 俺は再び店主にそう聞いた。


「きゅうりの花なんて置いてあるわけがないだろう、兄ちゃん。それとも何か? 兄ちゃんは団子より花ってタイプなのかい?」

「花を愛でる心はあるがな。それで、あんたの店にはきゅうりの花は置いてないのか。残念だな」

「ふん。バカいっちゃいけねぇな旅人の兄ちゃん。旅の途中にそんな稀有な店でもあったってのなら話は別だが、世の中どこの八百屋を探しても、そんなもん置いてないぜ。きゅうりの花だって? あるわけないだろう。ほれ、なんなら店の中を探してもらっても構わないぞ。見つからないと思うがな」


 がはははは、と店主は俺をバカにするように笑った。

 そんな侮蔑的な嘲笑を向けられては俺も苦笑するしかない。


「だったら、そうさせてもらおう」

「好きにしな」


 肩をすくめる店主に対して、俺も肩をすくめつつ店の中に入る。青菜などが並べられていた店先とは違って、店内には果物が多く置いてあった。

 それを適当に見ながら更に奥の扉を開けて中に入ると、カウンターがある。

 薄暗い倉庫のようにも思えるが、カウンター奥に座っていた男であろう人物が静かに声をかけてきた。


「なにが欲しい?」


 男の声は若いとも年老いたとも言い難い、微妙な声。さりとて、三十代や四十代かと問われれば違うと言い切れる。

 そんな声が薄暗くこじんまりとした空間に静かに響く。

 目深くフードをかぶっており、まるで埃が積もっていそうな男に、俺は告げた。


「ジックス家についての情報が欲しい。特に娘のルーシュカ・ジックスについての情報だ」


 俺はそう言いながらカウンター席に銀貨を一枚置く。

 10アルジェンティ銀貨だ。

 男はそれを手に取り確認すると、すぐさま手を引っ込めた。残念ながら手には革グローブが装備されており、年齢を特定することは無理だった。

 さすが『情報屋』ということか。

 盗賊ギルドとはまた違った情報網を駆使し、表の情報から裏の情報を売買している。その記憶力はすさまじい事もあり、一切の記録を残さない。自分の脳内にだけ情報を維持しているので、厄介な存在に狙われることも多々あるだろう。

 身の安全を考えて、正体不明を努めている。

 盗賊ギルドにとっては商売敵でもあるのだが、利用すると便利なので仕方がないといえば、仕方がない。

 持ちつ持たれつ、でいいじゃないか。


「ふむ、ルーシュカ・ジックスの情報か。そいつはなかなか珍しい」

「珍しい? それはどういう意味だ」

「かかかかか。そのままだよ、盗賊さん。引きこもりのお嬢様は、誰にも影響を与えない。外に出ない、舞踏会にも参加しない、お茶会も遠慮する。そんなお嬢様は、誰も興味がないのさ」


 旅人を装っているが、盗賊とバレているようだ。

 もしかすると俺の情報すら持っているのかもしれないな、この情報屋は。


「なるほどね。それでも何か情報はあるかい?」

「あるぞ」


 ほう、と俺は声を低くして返答した。


「聞かせてくれ」

「引きこもりのお嬢様だが、どうやら最近メイドを雇ったらしい」


 続けて、と俺はうながす。

 もちろん、その情報は知っている。

 知っているが、知らないフリをしておいた。


「なにやら熱心にメイドを教育しているそうだ。何がキッカケかは知らんが」

「教育か。その教育されているメイドの情報はあるか?」

「ん、ごほっごほっ……あぁ、どうだったかな。あったような、無かったような」


 俺は苦笑しつつ銀貨をもう一枚、カウンターに置いた。


「あぁ、あったあった。思い出したよ、しししししし」


 男はワザとらしく笑って、銀貨を手に取る。

 笑い方を変えているあたり、徹底してるなぁ。

 きっと外で出会ったとしても、この情報屋とは一切気づけないんだろうなぁ。もしかしたら女の可能性だってある。

 正体を探るだけ徒労に終わりそうだ。


「教育を受けているメイドは獣耳種だ。ただしシッポが確認されていない。服の中に隠しているのか、それとも切られたか。その情報はさすがにオレでも手に入れられなかったよ」

「乙女のプライバシーには配慮するのか」

「ゲスな情報が欲しければ、追加料金を払ってもらおうか。しっぽの有無だけじゃなく、ほくろの位置すらも調べてくるぜ。もちろん、夜伽の有無は含まれているから安心しな」

「遠慮する。俺は紳士なんだ」


 残念だ、と男は肩をすくめた。


「そのメイドは買い物を任されて、ちょくちょく街に出掛けているな。お昼過ぎにジックス家の近くの店に行けば会えるだろう」


 外に出してもらっているのか。

 なるほど、そいつは重畳だ。


「ふむ。で、そのメイドの様子はどうだ? 笑っているのか、つらそうなのか苦しそうなのか、それとも無感情なのか」

「さすがに他人の感情までは情報化はできないが……まぁ、普通じゃないかねぇ。もしもマイナスの感情が見えるのなら――そいつは金になる。メイドの顔が曇りがちとなれば、そこに意味がある。それだけでひとつの売り物になるものさ。だが、オレのところにそれが来てないってことは、そのメイドは日々を普通、もしくは笑ってるってことだな。少なくとも、マイナスではないことは確実だ」

「なるほどな」


 概ね、問題は無い……か。


「他にジックス家で面白い情報は無いか?」

「最初にも言ったが、引きこもりのお嬢様だ。外に出ないお嬢様の情報なんて、こんなものさ」

「そうか。ありがとう」

「また頼むぜ、盗賊」


 俺は適当に手をあげて挨拶すると、そのまま八百屋から出ていく。


「よう、兄ちゃん。きゅうりの花なんて無かっただろ?」

「迷惑をかけたな」

「今度はトマトを買っていってくれよ」


 という店主に適当に返事しつつ、俺は八百屋を後にした。

 さてさて――


「裏の情報でもバレてないのか……」


 逆に凄いな、ジックス家。

 俺が抱えてしまった娘さまの情報価値って物凄いんだろうな。売る気なんて一切無いけど。というか、いま売ったら確実に犯人は俺ってバレる状況じゃないか。

 だからこそ領主さまが話したってことも考えられるか。

 信頼しているのと、血祭にあげやすいのと。


「まぁ、問題ないだろう」


 メイドとして送り込んでおいたルーシャも大丈夫そうだ。虐待されているのなら、手を打っておかないといけなかったが……そんな様子も無さそうだし。

 あとは様子を少し見ておくか。

 情報だけを鵜呑みにするわけにもいくまい。


「百聞は一見に如かず、だったかな」


 義の倭の国の言葉は『言い得て妙』というやつだ。分かりやすく的確に短く物事を表現してくれている。

 まぁルーシャは問題ないだろう。

 全員を救えるわけではないが、それでも関わってしまった者の人生くらい助けてあげたい。

 それが俺に出来る精一杯だ。

 なにせ俺は盗賊だ。世界を救う勇者パーティから追放された、何もできなかった卑劣な男。

 これぐらいが俺の精一杯なんだろう。

 もしも勇者だったら――


「いや、あいつはこんなところで子ども達を助けてる場合じゃないよな」


 魔王を倒して世界を根本的に平和に導いてもらわないと困る。

 だから。

 後ろなんか振り返らずに、真っ直ぐに進んでいって欲しい。

 そう。

 俺なんか気にしないでいいのだから。


「さて――」


 情報収集が出来たことだし、また別件に手を付けようではないか。

 個人的な布石を打つことにしよう。

 世話になった恩返しも含めて。

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