~可憐! 女風呂での決着と犯人の正体~

 師匠に教わったことがある。

 夜、寝る前。

 ベッドの上で師匠が話してくれる、いろいろなお話。

 その中のひとつを、あたしは思い出す。


「パル。なにもしないで、相手を追い詰めることはできるか?」

「なにもしないで……手は出さないってことですか?」


 そうだ、と師匠はうなづいた。


「えっと……毒殺!」

「手ぇ出してるじゃねーか」

「あぁ……じゃ、じゃぁえっと、呪い?」


 くくく、と師匠は肩を揺らして笑った。


「呪いもまぁ正解っちゃぁ正解だけど。準備が大変だし、失敗したらこっちが呪われてしまう。専門家じゃない限り、呪いには手を出さないのが賢明だ。テーマが『手を出さない』な、だけに」


 さすが師匠、話が上手い!

 って、あたしが褒めたら師匠にチョップを入れられた。ぜんぜん痛くなかった。


「話がフワっとし過ぎてたか。もうちょっと限定しておこう。たとえば、俺と魔物が戦っている時。パルも何か手伝いと思うだろう?」

「はい、あたしも役に立ちたいです」

「だが余計なことをすると、逆に魔物がパルに向かっていったり、投げナイフが俺に当たってしまう可能性がある。ヘイト管理っつってな、余計なことをすると戦場が荒れる。そうなったら邪魔なだけじゃなくて足手まといだ。だからこそ、手を出さないで相手を殺す方法が必要になる」

「なるほど」


 あたしはうなづいた。

 その状況だったら、なんとなく想像できる。

 あたしなんかが太刀打ちできないほど強い魔物と師匠が戦ってる。そんな時に、あたしに何が出来るか、っていう話だ。


「えっと……助けを呼ぶ? うーん、違うなぁ。えっと、師匠はぜったいに負けないから安心して見守る!」

「いや、まぁ、信用してくれるのは嬉しいけど、答えは間違ってるぞ」

「答えはなんですか?」

「プレッシャーだ」


 あたしはオウム返しに、プレッシャー? と聞き返した。


「そう。圧をかける。具体的に示すなら俺の射線に入らない位置で、相手を挟むような形を維持しておけ。もちろん立っているだけではダメだぞ。投げナイフでもいいし、なんならスリングで石を回転させているだけでもいい。攻撃をしかけるぞ、というフェイントをかけ続けるんだ」

「フェイントでいいんですか?」

「あぁ。パルが後ろに立っているだけで、挟み撃ちの形になる。それだけで相手からしてみれば不利な事この上ない。背後のパルを気にしつつ俺と戦わないといけないからな。つまり、一対一である状況を、何もしないにも関わらず戦う能力が無くても二体一にしてしまうっていうことだ。これが、手を出さずに相手を殺す、という方法だ」

「師匠。でもそれって、戦闘状況の限られた一面じゃないですか。普段から使えるんですか?」

「あぁ、使えるぜ。四六時中、対象を尾行して背後から殺気をプレゼントしてやればいい。簡単に壊れてくれるよ」

「殺気……ですか。こう?」


 あたしは師匠に殺気を送ってみる。


「ふむ。可愛い」

「えへへ~。って、師匠ぉ。むぅ~、殺気ってどうやって送るんですか~?」


 って最後は師匠とじゃれ合って、そのまま寝ちゃったのを思い出した。

 でも、師匠が言ってたことを実行するのは今だ!

 それと合わせて、赤毛お姉さんの言ってた言葉!


「視線に感情を乗せる」


 きっとこれが『殺気』の正体だ。

 あたしは黄色髪の犯人少女をにらみつけた。

 そこに乗せる感情は『おまえなんか大っ嫌い!』にしておく。なんていうのかな、まだ人を殺すっていう気には、あんまりなれない。だから、あたしの『殺すゾ』っていう感情は、きっとたぶんウソになってしまう。

 ウソの感情だと、きっとそれは殺気にならない。

 でも。

 大っ嫌いだ、っていう感情はあたしには良く知っていた。

 思い出したくもない孤児院で。

 名前と顔を記憶から消してやった男の子たち。

 思い出したくもない路地裏で。

 名前も知らない大人たち。

 それらに向ける感情を、あの犯人少女にぶつければいい。


「むん」


 と、あたしはにらみながらお姉さんと反対方向に位置を取った。

 泡が消え去って丸裸になった犯人少女。今まで良く見えていなかったけど指輪をふたつ装備している。

 なにか攻撃の仕掛けがあるかもしれない。

 注意しなきゃ。

 水しぶきをあげながら、赤毛お姉さんが突撃する。ばるんばるんと巨乳が跳ねるけど、それ以上に速い。まるで床を這うような勢いのまま犯人少女に突撃しつつ、分銅を投げつける。

 あたしはそれに当たらないような位置取りをしながら魔力糸を見えるように太めに顕現した。

 いかにも何かあるぞって思わせるためだ。

 あと、わざとパシャリと音を立てて、犯人少女の意識をこっちに向ける。

 でもそれだけ。

 もう一歩でも足を進めると、たぶん犯人少女の間合いに入っちゃう。なんだか背中が寒くなるギリギリの範囲が今いる場所だ。

 レベルが違い過ぎて手は出せない。

 でも、注意を引くことは可能だ。

 赤毛お姉さんと犯人少女の攻防は、凄かった。それでもお姉さんの方が有利に立ち回っていると思う。その一旦をあたしが担っていると思うと、ちょっと責任重大だ。


「くそが!」


 およそ少女からとは思えない低い声の悪態が泡風呂の部屋内に響き渡る。それと同時に、お姉さんが走り込んだ。


「あっ」


 犯人少女が飛んだ。

 大きく後方へ退くために――お姉さんから少しでも距離を取るために、ジャンプして避けた。

 でもこれって――

 チャンスだ!


「おおおりゃああああぁ!」


 全力全開!

 あたしは一気に足を踏み込み、思いっきり走って犯人少女の着地地点を狙った。まだワザとか技術とか、そういうのは何にもできない。

 だから。

 あたしにできるのは単純な攻撃だけ!


「くらええええ!」


 って、思いっきり体当たりした。

 背中からドンって押す感じ。


「しまっ――」


 赤毛お姉さんが強すぎて、あたしが弱すぎたっていうのが幸いしたんだと思う。最初は挟み撃ちの効果が出てたんだけど、あたしが余りにも攻撃しないせいで後回しになったんだと思う。

 あたしがいるんだけど、あたしが何もできないって前提になってて。

 あたしを忘れてしまったような、そんなミスをしたんだと思う。

 でも。

 あたしだって、体当たりくらいはできるもん!

 あんな隙だらけの背中を見せられたら、あたしにだって攻撃はできる!

 どうだ、とあたしが転びながらも顔をあげた時――

 部屋の中に甲高いガツンという音が響いた。

 赤毛お姉さんの分銅が、犯人少女の額に直撃した音だった。

 頭蓋骨が砕けたんじゃないかって音にびっくりしたんだけど、さすがに頭はむちゃくちゃになっていなかったので一安心。

 ばっしゃーん、と仰向けに倒れる犯人少女。


「おぉ~」

「ほら、ボサっとしてないで魔力糸で縛って! すぐ目を覚ますぞ!」

「は、はい!」


 あたしは慌てて犯人少女に近づくと、丈夫な魔力糸を顕現する。

 慌てて顕現したから毛糸みたいになっちゃった。


「う……ま、まぁいいや」


 でも、今回の目的は『頑丈さ』だから大丈夫だいじょうぶ。

 何も考えないで犯人少女をぐるぐる巻きにしてしまう。手も足も全部巻いちゃって、ようやくあたしは息をついた。


「よくやった嬢ちゃん。はぁ~……」


 どうやら赤毛お姉さんは限界だったようで、お湯の中に座り込んで安堵の息をついてる。汗をぬぐうように、ウェーブがかった髪を後ろへとかきあげていた。

 う~ん、かっこいい。

 一仕事終えた女の姿~って感じ。

 まぁなんにしても――


「はぁ~……良かったぁ。役に立てたし、捕まえられた。あ、そうだ」


 確か犯人は指輪をしてたはず。

 逃げるための道具だったらマズいので、あたしは犯人少女の指からふたつの指輪を外した。

 すると――


「え?」


 みるみる犯人の姿が変わる。

 いや、変わってたんじゃなくて、真実の姿が見えるようになった感じ?

 黄色い髪の長さとか、身長とか体格とかはそんなに変わらない。

 でも、徹底的に違ったのがひとつ。


「男ぉ!?」


 犯人少女ではなく、犯人少年だった!

 あ、でも、少年でもないかも。この人ハーフリングの男の人だ。小人族で、大人でも小さい姿をしていてイタズラ好きな種族。

 盗賊に適正のある種族っていうけど力は弱かったはず。

 それを考えると……


「この指輪、姿を偽装するのと力をアップさせる指輪なんだ。へ~、すごい。マジックアイテムだ」


 きらりと輝く宝石をマジマジと見ていると。

 なんだか周囲の雰囲気が変わっているのに気付いた。


「おとこ……? 男だって?」

「スリだけじゃなく、のぞき見してたってこと?」

「ゆるせない……いいえ、ゆるさないわ」


 壁沿いに立って、おびえるように見守っていた女の人たちが集まってきた。その周囲は、なんとなく怒りによってゆらゆらと揺れている気がした。


「怖い……」


 あたしは少しだけ後ろに下がると、入れ替わるように女の人たちがハーフリングの周囲を取り囲むようにして集まってきた。

 ちょっとしたハーレム状態にも見えた。

 実際はぜんぜん違うけど。

 そして、犯人のハーフリングが目を覚ました。


「いててて……くそ、くそが! 離しやが……れ……? ハッ! お、おいそこのガキ、指輪を返せ! あ、あ、まて、まって、話を、まってくださ――」


 女の人たちが足を踏み下ろした。

 うん。

 これが自業自得っていうやつなのかな。

 それとも、女は怖い、っていうやつなのかも?


「お疲れ様。ちっちゃい方のお嬢ちゃん。相方は大丈夫かい?」


 赤毛お姉さんに言われて、あたしは慌ててサチの方を見た。


「サチは……あ、良かった。まだ気絶してて」

「気絶してた方が良かったのかい?」

「あはは……」


 と、あたしはごまかすように笑う。

 だってねぇ。

 異性に肌は見せないし、口の中すら嫌だって言ってたサチ。

 全裸をばっちり見られたことを知ったら何をするか分かってしまう。


「サチが犯人を殺しちゃう」

「?」


 とりあえず。

 スリを捕まえることができて、良かった良かった!

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