~可憐! 神さまだって頑張ってる!~
温度が下がった気がした。
さっきまではポカポカと丁度良い温度で、裸でもぜんぜん寒さとかそういうのを感じなかったけど。
冷たい空気が刺さるような。
空気が重く、飲み込めないような。
そんな気がした。
それは泡風呂にいる誰もが感じているのか、みんな壁際に立ってシンと静まり返る。
不気味な空気っていうのかな。
不穏な空気っていうのかな。
とにかく、そう。
空気が重い……
「いっちょまえに殺気を出すじゃないか」
あたしの隣でお姉さんがつぶやく。
殺気。
そうか。
これが、同じ人間種から受ける殺気なのか。
魔物とは違うものを感じる。
むしろ、同じ種族だからこそより一層と感じるのかもしれない。
相手を殺そうという感情。
それが視線に乗って、あたしに届いているってことだ。
路地裏で感じていた死の恐怖とは違っている。あっちは、まるで後ろからズリズリと這いずってくるような気配だけど。
いま感じているのは、真正面から針で刺してくるような――ナイフで刺してくるような金属のにおいが混じったような痛み……
「――くるぞ!」
お姉さんが叫ぶと同時に、泡が動いた。
見えない泡の中を犯人少女が高速で移動している。それは真っ直ぐではなく、カーブを描くように動いて近づいてきた。
「うっ」
そのカーブの方角はあたし側。つまり、あたしが狙われている。
腰を落として身構えるけど――
「ひゃっ!」
攻撃が来たのは真正面からではなく、右側から。泡の中を進む動きはフェイントで、最後の最後に犯人少女が右側へ移動していた。
思いっきり足をすくわれて、あたしの身体が一瞬だけ宙を浮く。
尻もちを付く手前で、泡の中から手が現れた。小さくても、その勢いと正確さは確かなものであり、あたしの首を容赦なく掴んだ。
しまった――
このまま、床に頭から叩きつけられる!?
「させないよ!」
あたしの視線が泡の中に沈んじゃう前に、赤毛お姉さんの蹴りが犯人のお腹を蹴り上げた。
まるでお湯と泡を縦に斬り裂いちゃうみたいな鋭い威力。
チラリと見えたのは犯人が自分のお腹に手を添えてガードしてたこと。天井近くまで吹っ飛ばされながらもダメージが入ったようには見えなかった。
すごい!
お姉さんも凄いけど、あの犯人も凄い。どう考えても、あたしとかサチのレベルじゃ太刀打ちできない。
超足手まといになっちゃってる。
「ぷはぁ!」
泡の中に倒れたあたしは、慌てて顔を出した。
すでにお姉さんと犯人の戦いは次のステップに移行している。お姉さんは分銅付きの魔力糸で追撃したみたいだ。
分銅がお姉さんのメイン武器なのかもしれない。
あたしもナイフがあれば、ちょっとは手伝えたかもしれないけど。残念ながら、ほんと裸なので。聖骸布も装備してないし……あたし、めちゃくちゃ弱い状態だ。
師匠が言ってたっけ。
自分に有利な環境にもちこむと簡単に倒せることもある、って。
逆に言うと、ほとんどの魔物は自分に有利な環境に存在しているので、それを看破する必要もある、ってことも師匠が言ってた。
「むぅ~」
今は、あの犯人少女が有利な状況なんだ。
素早く動けて、小さいから泡の中に身を隠せる。
逆に、あたし達は泡と足首まで張られたお湯が動きと視認性を鈍らせている。残念だけど、あたしのレベルでは、同じような身長だけど同じような動きはまだまだ出来ない。
せめて。
せめて泡だけでも消せたら。
「お湯をかけたら消えるんじゃないかな」
お姉さんが犯人と戦っている間に、あたしは足元のお湯をすくって泡にかけてみた。
「消える。消えるけど……」
焼石に水って言葉を聞いたことがあった。
それってさっきのサウナの作り方だったのか、なんて一瞬思ったけど、結局は無意味っていう意味だよね、と思い出す。
「うぅ、水を発生させる魔法はチューズが使ってたけど」
この部屋の泡を全て消せるほどの大容量の水は、チューズじゃ無理だと思う。魔力切れをお越して倒れちゃうし、チューズはえっちだから女風呂には入れないよね。
あたしは泡の中を泳ぐようにサチの隣まで移動した。できるだけ姿を隠しつつ、犯人少女に狙われないように移動する。
残念だけど、あたしにできることはない。
下手に手を出したらお姉さんの邪魔になっちゃうし、それ以上に犯人少女がひょこひょこと泡の中に消えるので手が出せない。
「どうしようサチ。あたし役立たず……」
「……なにか補助魔法で出来ることがあるかしら?」
サチが使える補助魔法は攻撃アップ、防御アップ、素早さアップぐらいだっけ。
一番使えそうなのは素早さアップだけど……いまのあたしの素早さがちょっと上がったところでお姉さんと犯人の戦いに付いていけそうにない。
残念だけど――
「サチ、あたしはイイから、お姉さんの援護をしてあげて」
「……もうやった」
「あう」
そうよね、そうですよね、そうなるよね。
サチはあたしと違って優秀だもんね。
うぅ。
「なにか。なにかできること」
泡が邪魔。
泡を消す方法。
綺麗にするはずの泡が邪魔だなんて、ちょっとした矛盾だ。
泡で綺麗にするんじゃなくて。
泡を綺麗さっぱり無くしたい。
泡を――
サッパリ――
さっぱり?
サッパリすると言えば……
浄化……
「サチ!」
「うわぁ、びっくりしたぁ! ……な、なに?」
思わずサチの両腕をつかんじゃったので、サチはびくりと身体を震わせた。
「浄化魔法だよ、浄化魔法」
「……それがどうしたの?」
「浄化魔法を使って、泡を消して!」
身体を綺麗にする魔法があるってサチは言ってた。
それって身体に付いてる物を消し去るっていう意味だよね。
だったら、このお風呂にその魔法をかけたら、余計な物ってことで泡が全て消えてくれるんじゃないかな?
「……そんな使い方……で、でも、本当に出来たとしても……わたしはまだ浄化魔法使えないし」
「今すぐ、今すぐ神さまにお願いして!」
「えー」
嫌そうな返事じゃなくって、そんなバカな、みたいなニュアンスでサチが口を開いた。
「ダメモトでいいから。お願いします、サチ! あとサチの神さま!」
声が届いているかどうか分かんないけど、あたしも祈ってみる。
あぁ、こんなことならサチに正式なお祈り方法を教えてもらうんだった!
とりあえずあたしは手を合わせて上を見上げた。
天井しか見えないけど。
でも、神さまがいる世界って空の上だから仕方がない。
「……分かった。聞いてみるね」
「お願い!」
あたしもサチの隣で目を閉じて神さまに祈る。名前も知らない神さまだけど、怒られたりもしたけれど、でもお願いしてみた。
お願いします神さま。
どうか、サチに――サチアルドーティスに浄化魔法を使わせてください!
「……うそ」
「ど、どうしたの? どうだった?」
「……もらえたわ」
「え?」
「……使ってもいいって」
「ホント!? やったぁ!」
ありがとう!
さすがサチの神さま!
話が分かるぅ!
「……そのかわり、相当な覚悟をしなさいよ。って言われた」
「ど、どど、どういうこと?」
「……無理やり使うわ。あとはお願いね」
「え? 待って待って!」
あたしが、どういうこと!? と聞く前に。
サチの周囲に魔法陣が展開された。
足元が光り、泡のせいで乱反射が起こる。
そこまでは同じだった。
でも――
「……くっ」
明らかにサチの身体に汗が浮いて出ていた。
表情に苦悶がにじむ。
もしかして――
あたしはとんでもない無茶なことをサチと神さまに願ったのかもしれない。
でも。
それでも。
「分かった! あとは任せて、サチ」
あたしは謝らなかった。
ごめんなさいって言うよりも。
頑張って、と応援するほうをあたしは選んだ。
だって。
サチが覚悟を決めたんだから。
あたしも覚悟を決めないといけない。
だから――
「いけぇ、サチ!」
あたしは叫ぶように、応援した。
果たしてそれに、サチは応えてくれた。
「ミィノース!」
短い魔法の言葉。
でも、その短さとは裏腹に魔法の威力はぶわっと広がって部屋全体を光りが疾走する。
浄化魔法。
ほんとは身体の汚れとか、そういうのを綺麗にする魔法。
だから、本来の効果と比べて。
規模が段違いだった。
部屋全体を身体と見立てて、そこにある泡を汚れとみなすイレギュラーな魔法を行使。
サチの精神に負担が掛かって当然だった。
たぶんだけど、神さまだって無茶をしてくれている。
無茶苦茶な使い方だから、サチや神さまの範疇を越えているのは当たり前だった。
神官魔法は神さまの奇跡の代理だから。
だからこそ。
この結果は、サチと神さまが相当に頑張ってくれたものだ。
「――パル……」
と、サチはあたしの名前を呼ぼうとして。
そのまま意識を失った。
あたしはサチを抱える。
そして、ゆっくりと壁沿いに座らせてあげた。
だって。
もう泡なんて、ひとつも部屋の中に残っていないんだから。
「よくやった! お嬢ちゃん達!」
「くそがぁ!」
赤毛お姉さんは喜び、犯人は悪態をつく。
化けの皮が剥がれるって、こういう事を言うのかな。
あせるような表情を犯人少女は浮かべていた。
得意な環境から、普通に引き戻された。
そう。
これであたし達と犯人の、環境の差が埋まった。
「行くぞぉ! サチの弔い合戦だ!」
「死んでないよ!」
サチの神さまからツッコミが入った気がしたけど……気のせいだった。
うん。
気のせいにしておこう。
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