~可憐! 泡風呂で犯人を探そう~

 あたしとサチ、それから赤毛巨乳のお姉さんは再び泡風呂へ戻ってきた。

 というのも――


「あたしは盗賊ギルドからの依頼でスリを探してる。ここでスリをやってんのは、いわゆるモグリだ。好き勝手に盗賊の真似事をされちゃ本職が困るっていう話ってわけさ」


 そうお姉さんは語る。

 師匠も、その件でクラッスウスから因縁をつけられた。盗賊ギルドって、無許可で活動することを極端に嫌がってる感じだよね。

 でも、ちゃんとギルドに所属したらスリとか悪いことをしても問題なし。

 どうしても、変なの~、って思っちゃうよね。


「……歯止め、かしらね」


 そんな話をしたら、サチはちょっとだけ考えてから言った。

 いま、あたしとサチは再び泡風呂の中をぐるぐるとみんなに合わせてまわっている。

 あたし達がお姉さんから与えられた役目は怪しい人を探すこと。


「小さいお嬢ちゃん。あんたの目はイイ。だから、お嬢ちゃんが怪しいって思った人物を発見しておくれ」


 今日一日でいいから頼むよ。

 と、お姉さんに言われたので、あたしとサチは了承した。他に予定も無かったし、お風呂に入ってごはん食べるだけ。あとは宿屋で休むつもりだったので、これぐらいならお手伝いできる。

 赤毛お姉さんはさっきと同じような感じで壁にもたれて監視をしていた。あたしとお姉さんのふたりで見張る感じかな。


「歯止め?」


 あたしはサチにこっそりと聞き返す。

 あんまり目立たないようにしないといけないけど、黙っているのも変だし。


「……うん。盗賊が好き放題やったら街一個が消えちゃう」

「さすがにそこまではいかないと思うけど」

「……でも、どんどん悪い街になっちゃうと思う。そうしたら他の悪い人が来て、イイ人は出ていっちゃうわ。……治安が悪くなる、っていうのかしら」

「あぁ、なるほど。節度を持って悪いことをしましょう。そんな感じ?」


 そうね、とサチは苦笑しながらうなづいた。


「……あとは調子に乗らないように、こうやってモグリを見つけて見せしめにすることかしらね」

「見せしめか~」


 それの意味は分かる。

 逆らうとどうなってしまうのか。それを見せておくことによって、あんな目に合うくらいだったらやらないでおこう、みたいな感じにする。

 路地裏で生きていたから分かる。

 売り物を盗んで、それがバレた人がどうなったか。

 それを知ってしまったからには、おいそれと盗めなくなったことが、あたしにもある。


「よし、頑張ってスリを見つけてボコボコにしよう!」

「……物騒ね、パルヴァス」


 だって、見つけないと赤毛お姉さんに怒られそうだし。

 というわけで、サチの身体を洗ったり、サチに洗ってもらうフリをしながら泡風呂の中のお客さんを監視する。

 こういう類のお風呂なので、大人よりも子どもの方が多い。小さい子はきゃっきゃと騒いでいるけど、大人は少しだけ楽しんで、あとは壁の近くで身体を洗ったり、すぐに退出したりしている。

 そういう意味では、監視はお姉さんよりあたし達の方が向いてるのかもしれない。

 なにせ、赤毛お姉さん。

 巨乳のせいで、そこそこ目立ってるし。あと、大人だからあんまり長いこと泡風呂にいるのも変に思われるかも。

 人材ミスじゃないのかな、盗賊ギルド。

 なんて思っていると――


「ん?」


 ひとりの少女の視線が気になった。

 泡風呂では、泡がいっぱいあって足元が見えない。だから、みんな下を向いて歩くことが多いんだけど、慣れてくると泡を見たり、手のひらですくった泡を見たりしてる。

 つまり、視線は自然と下に向けられるのが普通だ。

 でも――


「サチ」


 あたしはこっそりとサチに合図した。

 身長の低い、黄色く短い髪の少女。

 その子の視線は、下っていうよりは『人』を見ていることが多かった。


「……わかった」


 たぶんサチには判断できないと思う。

 あくまで、そうかもしれない、と伝える程度でしかない。

 後は、赤毛お姉さんに視線で伝えた。

 上手く伝わるかどうか分からなかったけど、お姉さんは一度深くうなづいて周回する流れに乗ってゆっくりと歩き始めた。

 あたし達はそのままのペースで歩いて、やがてお姉さんに追いつく。


「オーケー。お嬢ちゃんたちは入口付近で待機だ。逃げないように頼んだよ」


 返事はいらない。

 あたしとサチはそのまま壁沿いに移動すると、入口近くの壁あたりに待機した。


「……どうするんだろう?」

「分かんない。けど、見てたら怪しまれるからサチの身体洗っててあげる」

「……うん」


 相手はスリ。

 モグリだっていうけど、その実力が高ければサチの視線でバレちゃう可能性がある。だから、サチには入口の方を見ててもらって、あたしは背中を洗ってあげることにした。


「……どう?」

「ん~、まだかな~。もしかしたら相手が動いてから動くのかも」


 赤毛お姉さんは黄色い髪の少女の後ろに位置している。ずっと死角を維持している感じかな。あれもすっごい技術だけど、なんとなくお姉さんの気配が希薄になってきたような気がしないでもない。

 師匠もやってた気配を断つっていうスキルなのかな。

 と――


「動いた」


 あたしは短くサチに伝えた。

 それは黄色い少女の姿が消えたから分かったこと。たぶん、泡の中に潜ったんだ。

 同時にお姉さんも動いた。

 間髪入れず、って感じかな。


「そこまでだ!」


 と、お姉さんの声が響く。と、同時にお姉さんが黄色髪の少女の腕を掴んで、泡から引きずり上げたような状況だ。

 その持ち上げられた少女の手には鍵。

 おそらく、たったいま盗んだ鍵に違いない。


「ちっ!」


 少女は舌打ちし、右足でお姉さんの脇腹を蹴り上げる。その威力は強く、思わずお姉さんが手を離してしまった。

 お姉さんは転びはしなかったけど、泡とお湯を跳ねさせながら体勢を整える。

 その間にも黄色髪の少女はこちらへと駆けだしてきた。


「サチ!」

「うん!」


 こっちに逃げてくる犯人少女。

 あたしとサチは、その子を捕まえるために――


「戦闘準備!」


 騒然となる泡風呂の中で。

 戦闘開始の合図を送った!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る