~可憐! 巨乳、その視線の意味と種類~

 ようやくサチが元に戻ったので、改めて伝えてみた。


「……わたしは常に正常よ」

「あ、はい」


 サチはいつだって正常らしい。

 あ、いやいや、そうじゃなくって――


「あそこの壁にいる人、盗賊だよ」

「……それってホント?」


 サチがちょっと疑っちゃうのも理解できる。

 だってほら、さっき乗り合い馬車を降りた時に師匠から出された問題。

 馬車の中に盗賊は何人いたでしょーか?

 答えはゼロ人。

 っていう問題を見事に間違ってしまったのが、このあたしだ。

 イジワル問題だったけどさ!

 師匠のイジワル! って、思うけどさ。

 でも、必要な問題だったっていうのが分かる。あの問題を意識したからこそ、見えてきたっていうか感じるものっていうのか。

 きっと言葉にできないから、言語化っていうんだっけ、そういうのが出来ないから本当の意味では理解できてないんだろうし、まだまだダメダメなんだろうけど。

 でも。

 普通の人と盗賊の違いは分かる、ようになった、気がする、たぶん、うん。

 なんだろう……雰囲気っていうかオーラっていうか、視線の違いっていうのかな。

 そんな感じ。

 盗賊の人たちは見てるんじゃなくて、観察してるっていうのかな。ただ普通にモノを見てるんじゃなくって、見る視点そのものが違う気がする。

 だから分かる。

 あの赤毛で巨乳のお姉さんは、盗賊だ。

 っていうのをサチに説明したら――


「……じゃぁ、パルヴァスも盗賊っていうことがバレてるってこと?」

「あ、そうなるのか。でもでも、ほら、あたしってまだまだ半人前だから。気付かれてないのかもしれないよ」


 今は聖骸布も外しちゃってるし、ブーツも履いてない。

 ので。

 実力はほんと、サチと変わらないところまで下がってるはず。

 あの赤毛巨乳のお姉さんは、あたしを気にしている様子はない。泡風呂を楽しんでいるように壁にもたれて、ゆっくりとまどろんでいる――ように見えるだけ。

 お姉さんは何かを観察してた。

 それが何かは、ちょっと分からないけど。


「もしかしたらスリの目標を探してるのかも?」


 みんな手首に鍵を装備している。

 それを盗むのは、あたしにとっては至難の業だ。でも、師匠と同じような空気感を持ったあのお姉さんなら、盗めちゃうのかもしれない。

 気付かれないように、手首から鍵を盗むくらい、簡単にできちゃうのかもしれない。


「……どうするのパルヴァス?」

「ほえ?」

「……捕まえる? それとも無視する? ……言っておくけど、別に仕事を頼まれたわけじゃないし、依頼でもない。……スリを捕まえたところでお金ももらえないわよ」

「あぁ~、そんなつもりないよ。ただサチに報告したかっただけ」

「……そうなの?」


 うんうん、とあたしはうなづく。


「誰がスリなのか分かっていればサチでも警戒できるじゃない? だから教えておいた方がいいって思ったの。でも、あの人が本当にスリなのか分かんないから。もしかしたら、盗賊ってだけで普通に泡風呂を楽しんでるだけなのかもしれないし」

「……そういえば、そうね」


 そう、それだけ。

 盗賊だからといってみんながみんなスリをしている訳ではない。師匠だって、盗賊だけどスリはやってないし。亜空間を使ったすっごいスキルを持ってたけど、女の子のぱんつぐらいしか盗まない、って言ってたし!

 だからそこまで警戒する必要も気にする必要もない。

 と、思ったんだけど……

 やっぱり赤毛のお姉さんが気になるので見ちゃうよね。あたしだけじゃなく、サチもお姉さんを見ていたんだと思う。

 こう、チラチラと。

 ぐるぐると泡風呂の中をみんなでまわりながら、やっぱりチラチラと。

 サチの背中を洗ったり、洗ってもらったりしながらチラチラと。

 お姉さんを見てたものだから――


「ちょっとあんた達」

「ひぇ!?」


 と、いつの間にか後ろに立ってたお姉さんに耳を引っ張られた。


「あいたっ!? え、いたい、いたいです、お、お姉さん、え、お姉さん!?」

「な、な、なにをするんですか!? パルヴァスを離してください」

「いいからこっち来なさい!」


 と、あたしは耳を引っ張られて強制的に廊下に出された。もちろん心配してサチも付いてくるんだけど、オロオロとするだけで、まぁ助けられないよね。

 今あたしの手を引っ張られると、たぶん耳がちぎれる。

 そんな気がした。

 耳を引っ張られたまま、あたしは廊下を進み、真ん中の普通のお風呂まで移動させられる。おろおろとサチも付いてきてくれた。


「とりあえず泡を落とすわよ」


 と、お姉さんに頭からお湯をかけられた。


「あぶぶぶぶぶ、ぷはぁ!? い、いきなり何するのさ」

「ほら、そっちのあんたも」

「わひゃぁ!?」


 サチも頭からお湯をかけられて泡を落とす。

 で、そのまま手を引っ張られて広い湯舟の中に入った。あったかくて、ちょうど良い温度だ。泡風呂も気持ちよくて楽しかったけど、こっちは正統派に気持ちいい。


「はふぅ」

「落ち着いてるんじゃないわよ」


 と、あたしはまた耳を引っ張られた。


「あいたー!?」


 あれ!? おかしい!

 避けたはずなのに避けられなかった!?


「あんた盗賊だね」

「う、うん……」


 耳元でお姉さんが話してくる。それが不思議なほど小さい声なのに、明確に聞き取れた。

 すごい。

 盗賊スキル『妖精の歌声』だ。あたしには聞こえてるけどサチには届いていない。この距離でしか聞こえない言葉なのにハッキリと聞き取ることができた。

 やっぱりこのお姉さんは盗賊だったんだ。

 でもなんで、耳を引っ張られてここまで連れてこられたんだろう?


「いいかい、お嬢ちゃん。そんなにチラチラ見られたら、こっちの行動がバレちまう。何の恨みがあるのか知らないけど、いい迷惑さ。あんたギルドには所属してんのかい?」


 こくこく、とあたしは首を縦にふった。


「ジックス街の盗賊ギルドに所属してます。あ、サチは冒険者の仲間だから大丈夫」


 そうかい、とお姉さんはサチの肩に腕をまわす。


「ひゃう!? ……な、なんですか?」

「いいから聞きな」


 その後、あたしの肩にも腕をまわして、両脇に挟むようにあたしとサチを抱きとめた。


「いいかい、お嬢ちゃんたち。あたしはギルドから依頼されて調査してんだ。誰から聞いたか分かんないけど、あたしの邪魔をしてくれるな」

「スリの調査ですか?」


 あぁ、とお姉さんはうなづく。


「……入口で聞きました。スリがいるって。……だから気を付けろって」


 サチの言葉を聞いてお姉さんが怪訝な表情を浮かべる。


「誰があたしのことを言ったんだ?」

「え?」

「ん?」


 なんか話が噛み合ってない……気がする。


「お姉さんの話は、誰も言ってないですけど?」

「うん? じゃぁなんでお嬢ちゃん達はあたしのこと見てたんだ?」

「えっと……盗賊だから?」


 スリかもしれないって、疑ってたって言ったら怒られそうなので、あたしはちょっと言葉を濁した。


「どうしてあたしが盗賊って分かった?」

「え? どうしてって……」

「頼む。教えてくれ」


 お姉さんの言葉のニュアンスが柔らかくなった。

 さっきまでは上から叱るような感じだったけど。

 今はちょっと違う感じ。


「あたしの師匠と同じ空気がしたから……です。なんとなくですけど」

「そっちのサチってお嬢ちゃんも分かったのか?」


 そう聞かれたサチは首をブンブンと横に振った。


「……分かりませんでした。パルヴァスに言われてそうなのかなって思ったけど。……わたしには視線とか、そういうのはまったく分からなかったです」


 それを聞いてお姉さんは安堵の息を吐いた。


「良かった。とんだヘマをしてたのかと思ったよ。ちょっとだけ引退の文字が浮かんだじゃないか。ただお嬢ちゃんが良い眼を持っていただけね」

「え、そうなの? えへへ」

「だが、その後は大問題だけどねぇ」


 と、頭をガッシリと鷲掴みにされた。


「いだだだだだ!?」

「パルヴァス(小さい)嬢ちゃん。その名の通り身長も胸も小さいお嬢ちゃん。あれだけ視線を送ってしまえば素人でも気付かれるよ。あんたも盗賊だったら、視線の種類を変えな」

「しゅ、しゅるい?」

「人に視線を送るのに感情を乗せるのさ。そうさね、あたしを見るんだったら羨望や憧れがイイ。お嬢ちゃんには持ってない物を持ってるから」

「むぅ! だったら憎しみでも良くない?」


 その言葉にお姉さんは、あっはっは、と笑った。


「それでも問題ないな。なんにしてもおチビちゃん。あんたが送ってた視線の意味は『疑い』だ。そういったマイナス感情の視線は相手に良く届いてしまうから気を付けな。あんた尾行はしたことないだろ」

「あ、あるもん」


 師匠と初めて出会った時は、あたしはちゃんと尾行して、ずっと追いかけてた。

 見逃さなかったもん!


「それ、バレてただろ」

「うっ……はい。すぐバレてました」

「まぁいい。せっかくだ、お嬢ちゃんたち。パルヴァスとサチって言ったか」

「はい?」

「……なんですか?」


 お姉さんはにっこりと笑う。

 でも、その笑顔はちょっと怖かった。


「あたしの仕事を邪魔してくれた罰だ。ちょっと手伝ってもらうよ!」


 そう言って。

 お姉さんは巨乳をぶるんと揺らしながら胸を張るのだった。

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