~卑劣! ぬるま湯につかったような修行~
王都に向かう乗り合い馬車の中。
せっかくの時間とスペースがあるので、俺はひとつパルへの修行を課した。
「パル、片足で立つ修行だ。バランス力を鍛えよう」
「片足ですか?」
うむ、と俺は見本を見せる。
といっても、本当に片足で立つだけなので見本もなにも無い。あと、天井は低いので俺ではあまり参考にならない。妙に猫背の姿勢になるしね。
「馬車は不安定に揺れるだろ。不規則な動きに柔軟に対応する訓練になる。盗賊の修行ってよりは基礎訓練の一種だな。極めると、こういう事もできる」
と、俺は膝を折り曲げつつ逆立ちしてみせた。
不安定な馬車の中でバランスを取りつつの逆立ち。そこそこのバランス力と腕の筋力が必要となってくる。
「おぉ~。師匠、すごいです」
「……道化師みたい」
パルが褒めてくれたのは嬉しいがサチの言葉は微妙だった。
道化師。
つまり、ピエロ。
大道芸人という枠組みの職業であり、道化を演じながらパフォーマンスを披露する仕事だ。
そのほとんどがバランスに偏った演目ということもあり、よく逆立ちしているのを思い出す。
そういう意味では、彼らはバランスのエキスパートとも言えるだろう。
「ふむ。ピエロだったら、これくらいは出来るだろうな」
と、俺は逆立ちしている手を右手だけにする。更に手のひらではなく指をすぼめていく。
いわゆる指だけで立っている状態だ。
更にそこから――指を段々と減らしていき、最後は人差し指一本だけで立ってみせた。
「えー、師匠すごい!」
「……うんうん! これはピエロでも出来ないです」
「はっはっは。これで感動してるようでは甘いな。特にパル、注意力が足りないぞ。ほれ、俺の足を見ろ」
と、俺は種明かし。
実は魔力糸で天井と足を結んで、支えていたのだ。
「……ズルい」
と、サチは言うがパルは感心しているようだ。
よしよし。
盗賊の本質が良く分かっているじゃないか。
「師匠、いつの間に結んだのですか?」
「実は最初から魔力糸を足に結んでいたのさ。細く細く強度の高い魔力糸を顕現しておいて、あらかじめ自分の足に結んでおく。そして逆立ちする時に、こう、両手をあげただろ? その時に天井の骨組みに通したんだ。あとは引っ張るだけでバランスが取れるし、頑張れば自分の体重を支えることもできる。ちょっとした手品みたいなもんだ」
注意して見ていれば、俺の手の動きは怪しかったし、極細といっても目で見えるレベルなので看破できたはず。
ホンモノの手品師から見れば、これは手品以下と言われるかもしれない。
それでもパルは感心してくれたようで、なによりだ。
「なるほど……むん」
と、パルは細く魔力糸を顕現してみせる。まぁ、まだまだ普通に目で見えるレベルではあるが毛糸だった頃と比べれば充分に細い。
「これをブーツに結んで、天井の骨組みに通す。よっ、と。で、逆立ち」
パルは骨組みに魔力糸を通して、逆立ちしてみせる。糸の張りを保つように調整しながらも、なんとか逆立ちのバランスを保った。
しかし、気になるところがある。
「……パルヴァス、おっぱい見えそう」
そう。
サチが指摘したとおり、服がめくれあがったせいで、お腹が丸見えになっていた。もうちょっとで胸まで見えそうなほどにきわどい。
「ふへへ、ふぎゃ!?」
と、笑ってしまったパルはそのままぐにゃりと倒れた。
まだまだ片手の力だけで自分の体重を支えることは無理みたいだな。
「もうサチぃ~、笑わせないでよぉ」
「……ふふ。ごめんなさい」
う~む。
仲良しな女の子ふたりを眺めるっていうのも、悪くない。
「よし。まずは基本的な片足からだな。左右両方バランス良く鍛えろよ。それが充分に出来るようになってから逆立ちだ」
「はーい」
パルは右足から片足立ちを始めた。
まぁ、もちろんある程度は大丈夫なので、気長というか徐々にというか、そんなペースでやっていく訓練だ。
今すぐ洞窟の崖に掛けられたロープ一本を綱渡りする仕事なんて無いからなぁ。
「……師匠さん。わたしもやっていいですか?」
「サチもか。いいけど、転んで怪我をしないようにね」
「……はい」
と、サチも片足立ちを始めたのだが――
「ちょっとちょっと師匠! サチだけ優しいのズルい!」
我が愛すべき弟子は不満があったようだ。
「おまえがこの程度の訓練で転んでいるようでは、この先やっていけないぞ」
「あたしも心配して欲しいぃ~」
「あぁ、そっち? ちゃんと捕まった時に助けてやっただろ。俺はいつだってパルのことを心配しているよ」
「ぶぅ」
「なんだ、不満があるのか?」
「あれあれ、師匠の奥義! 目を閉じろって言われてたから実はあたし見てないんですぅ! でもサチはちゃんと見てたっていうからさぁ。師匠はあたしよりサチの方が大事なんだ~って思っちゃうもん!」
そういえば、そうか。
「よし、見せてやろう。いくぞー」
と、俺は気軽に『完璧強奪』を見せてやる。
ちなみに取ったのは、パルの腰に装備してあるはずのシャイン・ダガーだ。
それをパルのお腹に手を当てるようにして奪い取ってみせた。
「えぇ~、凄い。財布盗みたい放題だ……」
「そんな使い方はしない」
「じゃ、なにを盗むんですか師匠?」
「幼女のぱんつぐらいじゃないか。こんなもん、使いどころが全く無いよ」
「あたしのぱんつは?」
「おまえ履いてないじゃねーか」
「王都でぱんつ買ってください! あ、サチとおそろいがいいです!」
「……わたしは嫌」
「えー!?」
と、パルが叫んだところで馬車が石を踏んだらしく、ガッコンと大きく跳ねた。
「ふぎゃ!?」
で、タイミングが悪かったらしく、パルがひっくり返ってしまった。サチは両脚でなんとか立っていることができたようで、椅子に手を付いて息を吐く。
「あははは、大丈夫かパル」
と、俺はゲラゲラと笑った。
まったく。
平和な旅になりそうだ。
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