~卑劣! 罰として師弟の仲良しを見せつけよう~

 即席で作られた木の箱を持って、俺は乗り合い馬車の停留所までやってきた。

 乗り合い馬車とは、複数人が運賃を払うので割安で移動できる馬車だ。基本的に旅人や冒険者が利用することは少なく、商人や一般人が利用しているイメージがある。

 貴族なんかは自前の馬車を持っているので、まず利用することはないだろう。

 なので――


「リエッタ?」


 乗り合い馬車停留所にメイド服姿の美人……領主さまに仕えるメイド長リリエンタール・マーマルドの姿は非常に目立った。

 ただでさえ停留所でメイド服姿は目立つというのに、それを塗りつぶしてしまう程の美人。

 ちょっとした場違いにも感じられるほど、リエッタの存在が浮彫になってしまっている。


「お待ちしておりました、エラントさま」


 リエッタは俺を見つけると慇懃に頭を下げた。

 周囲の客たちは、ドヨドヨと俺に注目するように自然と取り囲むような輪が出来てしまう。


「師匠」

「あぁ、パル。お待たせ」


 パルとサチもそのどよめきで俺に気付いたらしく、パルだけが俺の元へやってきた。普通に考えれば注目されてる中で近寄ってくるっていうのも恐ろしいはずだが。

 我が弟子のメンタルはこの程度では揺らがないらしい。

 年相応の反応を示しているサチの方が盗賊的には正解なんだがなぁ……


「それで、リエッタ。何か伝言か?」


 はい、と美人メイドはうなづく。


「領主さまより伝言です。よろしく頼む、だそうです」

「それだけか?」

「はい。それだけです」

「リエッタは、その意味は分かるのか?」


 俺の質問にリエッタは初めて言葉の意味を理解するように思考を巡らせた。主人の言いつけだけを忠実に守るメイドらしい反応といえばそれまでだが、逆に人間味の無い反応とも言える。

 まぁ、俺の質問にちゃんと答えてくれるようなので問題はないが。

 しかし……


「いえ、私には分かりません」


 キッパリとリエッタは答えた。


「分かった。それならば理解した」


 つまり、外では言えない内容に加えて、リエッタすら知らされていない事をよろしく頼む、という話だ。

 娘さま――ルーシュカ・ジックスの様子も見ておけ、という意味に違いない。

 もっとも、


「最初からそのつもりだった。と、領主さまに伝えて頂ければ幸いです」

「了解しました。では、そのまま伝えますね。これは依頼料です」


 リエッタは周囲から見えないように、俺の手を包み込むようにして硬貨を渡してきた。

 ザワ、と周囲がざわめく。

 まぁ恋人同士が別れるシーンに見えなくもない。

 会話が聞こえていなければ尚更だ。


「むぅ」


 と、パルがくちびるを尖らせたので、余計に恋人同士っぽい雰囲気に見えたのかもしれない。

 まぁ、その場合はパルが俺に恋をしている風なので、ちょっとむず痒い気がするが。


「ご心配なさらないでください、パルヴァスさま。エラントさまに好意など一切ありませんわ」

「あ、そうなんだ。良かった」


 パルはにっこりと笑った。


「真面目な顔をして酷いことを言う……」


 それはそれで酷い話なので、俺的にはなんとなくショックな話でもある。


「冗談ではありませんよ?」

「せめて冗句(ジョーク)にして欲しいものだ」

「では、こう言い変えましょう」


 こほん、と美人メイドはわざとらしく咳払いをした。


「パルヴァスさまには敵いませんので、私は身を引きますわ」

「「素晴らしい」」


 と、俺とパルは拍手した。

 少し離れた場所にいるサチが半眼で、バカ師弟、と俺たちを評価した気がするが……

 まぁ、気のせいにしておこう。


「それではよろしくお願いします」


 と、リエッタは丁寧に頭を下げて颯爽と去って行った。カツカツカツと早足で去っていく姿は急いでる事情があるのを滲ませている。それでも最大限の優雅さを保っているあたり、さすが領主さまのメイドだ。

 領主さまだけでなくリエッタも忙しかったのかもしれない。

 この街もやること、やるべきこと、やらないといけないことがまだまだ多そうだ。

 しかしまぁ、どこから俺の情報が漏れたのやら。

 十中八九、盗賊ギルドからだろうが……

 俺の情報値段っていくらぐらいなんだろう?

 ちょっと気になる。


「領主さまの用事は何だったんですか、師匠」

「詳しくは言えないが、王都に寄ってから行く必要がある。その時のちょっとした用事だよ」

「王都に行くんですか! やったー!」


 遊びじゃないぞ、と一応は言っておく。

 どっちにしろ、乗り合い馬車で学園都市まで直通で行くことは出来ない。乗り継ぐことを考えると王都に行くのが一番の近道でもある。

 急がば回れ、だったかな。

 義の倭の国の言葉だ。

 その言葉に従って行こうじゃないか。

 と、言うわけで俺とパルとサチの三人は、王都行きの乗り合い馬車に乗ったのだが……


「……貸し切りですね、師匠さん」

「妙に目立ったからなぁ。まぁ、これはこれでいいじゃないか」


 馬車の中は俺たちだけだった。

 どうにもリエッタの挨拶が変に響いたらしい。貴族の関係者と思われたか、それとも要人と勘違いされたか……

 いっしょの馬車に乗って失礼でもしたら首が物理的に離れる、とか思ったのかもしれない。


「うわぁ、すごいすごい」


 パルはご機嫌に馬車の中と窓から外の様子を見ているので、まぁそこそこ賑やか。他の客に迷惑になったり、狭くてぎゅうぎゅうに詰め込まれた馬車より遥かにマシなのは言うまでもない。


「……その箱」


 と、馬車が出発したところでサチが聞いてきた。


「あぁ。イークエスが入っている。狭い瓶の中じゃ気が狂うだろう。学園都市までの間に自殺されてはかなわんからな。ある程度の自由にさせてやってるよ」


 と、俺は箱のフタを開けてみせた。

 フタの下はガラスに覆われており、まるでオモチャの人形を遊ばせる部屋のようになっている。もちろん、そこまでファンシーな物ではなく、ただ木の板で区切られただけの部屋になっているが、一応は寝室とトイレと一般的な部屋に分けられていた。

 まぁ、トイレは上からも丸見えだし、気まぐれに箱をひっくり返せばどうなるか分かっているので、あまり良い物ではないが。


「あ、イークエスだ。元気?」


 無邪気に声をかけるパル。

 いやぁ……悪気が無さ過ぎて、むしろ邪気が溢れているようにしか見えんな。

 イークエス少年も凄い表情でパルを見上げてるし……


「よし」


 イイことを思いついた。


「パル、こっち来い」

「なんですか?」

「ほら、俺の膝の上に座れ」

「はーい」


 パルは遠慮なく俺の膝の上に座った。俺はそんなパルのお腹の前に手を回し、彼女を後ろから抱きしめてやる。


「んふっ。師匠、くすぐったい」

「我慢しろ。しばらく別々に行動していたからな。ちょっとした弟子分の補給だよ」

「弟子分ですか。じゃ、あたしは師匠分の補給だ」

「おう、存分に補給してくれ。俺も思いっきり補給する」


 と、パルを抱きしめて頬と頬をくっつけた。

 やわらかい。

 素晴らしく、やわらかい。

 あと、骨と皮だけだったパルの身体も普通の女の子みたいにふっくらとしてきた。それでも、パルは小さいままなので、もともとあまり大きくなるタイプじゃなかったのかもしれない。

 もしくは、大事な時期に栄養が取れなかったせいで、成長するチャンスを失ったのかも。

 そのあたりは良く分からない。

 栄養不足が、人間種の成長にどんな影響を与えてしまうのかは知らない。

 それでも。

 良い影響があるはずもなく、パルが食いしん坊で食べ過ぎる傾向があったとしても、彼女が小さいままっていうのが、なによりの証拠だろうか。


「ふふん」


 俺は、箱の中でこちらを複雑な表情でにらみつけてくるイークエスに、挑発するような感じで笑った。

 少年には罰を与えなければいけない。

 他人をおとしいれた罪を、背負わせないといけない。

 ならば。

 おまえの失敗であり、おまえが好きなものであり、おまえが手に入れたかったものを、目の前で俺が手を付けてみせる。

 その悔しさとやるせなさを、存分に味わうがいい。


「……卑劣ですね」


 サチがメガネの奥から半眼でにらみつけてくる。

 ちょっと怖い。

 あと卑劣って言わないで欲しい。

 傷ついちゃうので。


「まぁ、これが勝者の特権ってやつだ。ほれ、パル。次はサチと抱き合ってこい」

「はい、師匠!」

「……わたしも抱いていいんだ」


 おっさんと少女が抱き合うのとは訳が違う、少女と少女が仲良しに抱き合ってるところ。


「おまえには見せないがな」


 と、俺はイークエスボックスのふたを締めてやった。

 これで、仲良し少女が抱き合ってるところが見えなくなる。


「あはは! サチ、そんなとこ触らないで、くすぐったいよぉ!」

「……じゃぁ、ここは?」

「ふみゅん!? あ、や、え、そんなとこ触るのさっちん!?」

「さっちんて言うな」

「あ、ごめ――ひゃうん!?」


 いやぁ。

 これが見えないなんて、人生を損したなぁ少年!

 音声だけとは、もったいない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る