~卑劣! 旅は道連れ世は情け~

 学園都市まで行くことが決定した。

 やはり一番最初にするべきこと――

 それは黄金の鐘亭の巨乳看板娘リンリーに、しばらく留守にすると伝えることだ。


「えー!? またパルちゃんいなくなるんですかぁ!?」


 ガッカリと目に見えてリンリー嬢は肩を落とした。


「うぅ……エラントさんの人でなしぃ……」

「人でなしとは酷い」

「昆虫以下野郎」

「えぇ~……」

「師匠はイイ人ですよ、リンリーさん」


 弟子のフォローが嬉しかった。


「うぅ、パルちゃんが一番イイ子だよぉ~」


 と、リンリー嬢はパルを抱きしめる。

 抱きしめたかったのは俺の方なのだが……まぁ、しばらく会えなくなるということでリンリー嬢に譲っておこう。


「エラントさんにイジメられたら、いつでも帰ってきてね」

「あはは……」


 まぁ、パルも苦笑するしかないよな。

 しかし――

 なぜか周囲の若い商人たちはガッツポーズをしていたりするのだが……

 いやいや、俺は別にリンリー嬢を狙っているわけでも、そこまで仲が良いわけでもないので誤解して欲しくないものだ。

 宿屋の跡継ぎ?

 冗談ぽんぽんこりん、ってやつだ。

 残念ながら俺には商売根性っていうものがない。理性ではなく感情で動いてしまうことが多々あるので、商人には向いていないのだ。

 曰く、『商人は感情ではなく金で動く』ものらしい。

 人間の命と貨幣を天秤の上に乗せるなど、俺には無理な話だ。

 あと、リンリー嬢が懇意にしているのは俺ではなくパルの方だろう。

 おそらく、小さい頃から商人の男ばっかりを相手してきた人生だ。年が離れているとは言えパルみたいな少女との交流が少なかったと考えるのが普通だ。なにせ街一番の宿のひとり娘だしな。

 なのでパルと仲良しになったのが嬉しいんだと思う。

 それを考えると、最近はほとんどパルがいなかったし、それに加えてしばらく留守にするともなると肩を落とすのもうなづけるのだが……

 ここまで他人に情報を渡してしまうとは、看板娘という存在も危うい。

 リンリー・アウレウム。

 巨乳看板娘の弱点は仲良くしてくれる『少女』。

 リンリー嬢を狙う若商人たちにそういった情報という名の武器を渡すようなものだ。

 もしも彼女を狙うのなら、まずは若い娘を連れてきてリンリーを懐柔してしまえば良い。そうすれば娘をダシにして一撃で彼女を堕とせ……いや、本末転倒か。

 そもそも若い娘を連れてくるのが難しいか。

 それができれば苦労はしない、という話かねぇ。

 まったく。

 イロコイ沙汰に巻き込まれるのは勘弁してもらいたい。

 勇者パーティの件を思い出してしまう。

 追放されるなんて人生で一度でも経験したら充分だ。


「早々と帰ってこないので、あの部屋に客を入れてもらっても構わないよ。なんなら宝石商のサーゲッシュさんに使ってもらった方がいいのかな」


 もともとはサーゲッシュさんが契約してる部屋だったし。

 しかし、有効活用するには自由に客を入れて、使ってもらった方がいいか。

 まぁ、そのあたりは宿の店主に任せるべきだろう。姿は何度か見かけているが、一度も話したことがないので、なんとも言えないが。


「うぅ~。そうですか……パルちゃん、早く帰ってきてね」

「はい! と言っても師匠次第ですけど……」


 パルは俺を見上げた。

 まぁ、リンリーにはお世話になっているし、それなりの情報を明け渡しても大丈夫だろう。

 悪用されるような情報でもないし、盗賊ギルドに聞けばすぐに漏れるような情報だ。


「学園都市まで行ってくる。滞在時間は分からないが、まぁそれなりだ」

「超遠いじゃないですかー、やだー!」


 リンリー嬢は頭を抱えた。

 その動きで巨乳がブルンと上下運動する。

 まったくもって、邪魔そうな肉の塊だ。これを良しとする感性が分からん。


「おみやげ買ってくるからね~」

「待ってるぅ、うぅ、う、うぅ、う」


 どっちが年上だかさっぱり分からない状況でリンリー嬢に挨拶を済ませると、今度は冒険者ギルドに立ち寄った。

 パルがお世話になっていたパーティに挨拶も無しに旅立つのは、ちょっと後ろめたい。

 俺も関わった手前、挨拶しておきたいし。


「パルヴァス、と師匠さん!」


 ギルドに入ると、赤毛の魔法使いの少年……チューズだったか。彼が元気に声をあげてきた。そこには戦士のガイスと、新しい神官服に身を包んだサチもいた。

 冒険に出られる状況ではないのでギルドに居るとは思ったが、思った以上に精神的ダメージは負っていそうにない。

 仲間が途中で死ぬことも多い冒険者という職業柄だが、仲間に裏切られるっていうのはそこそこレアな状況かとも思う。それでも平静を装える程度には大丈夫のようだ。

 あぁ、まったくもって――

 強いな――

 金塊を背負ってフラフラと背を向けて歩き去った俺とは大違いだ。

 自嘲しそうになるのを我慢して、俺は彼らに声をかけた。


「すまんな、パルをオトリに使って」


 状況はすでに聞いているだろう。

 パルの目的も聞かされたはずなので、俺は少年たちに頭を下げた。


「いえ、大丈夫です。それに、パルヴァスがいなかったらオレたちは死んでいたかもしれません。助けてもらえたのは、パルヴァスがいたからです」


 戦士ガイスはそう言って頭を下げた。


「そうそう。それにイークエスが悪いことしてたっていうのを見抜けてなかったオレたちも悪いしなぁ。思い返せば、ってことがいろいろあってさ。用事があるって言ってちょこちょこギルドを抜けてたんだよなぁ、あいつ。騎士の家系だから何かあるんだろって思ってたけど、まさか……ね」


 チューズは苦笑しながら肩をすくめた。

 イークエスは上手くやっていたんだろう。それこそ、完璧な策だったとも言える。

 パルをオトリにしていなければ、これから先もぬくぬくとルーキーを騙し捕らえ、娼館で働かせたり、好き放題にしていたはずだ。


「じゃぁな、パルヴァス。またいっしょに冒険できたらしよう」


 ガイスはパルに右手を差し出した。


「うん! ガイスは強くて頼りになったよ。またあたしを守ってね」


 パルは遠慮なく握手する。

 ガイスはちょっと照れくさそうだ。


「あ、オレもオレも」


 しかし、チューズが差し出した右手をパルはじ~っと見つめた。


「イークエスから聞いたんだけど。チューズはあたしで抜いていたって」

「なっ!? ば、ちょ!? ぱ、パルヴァス、パルヴァスさん!?」


 チューズが大慌てでわちゃわちゃと両手を動かした。

 気持ちは分かる……

 うん……

 というか、何を言い出すんだこのバカ弟子は……


「おい、パル。そういうのは黙っててあげるものだ。もう二度と会わない訳じゃないから、今度会ってもチューズが声をかけてくれなくなるぞ」


 少年の心にダメージが入ってみろ。

 もうパルとは話せなくなっちゃうぞ。


「だって師匠、右手を見ちゃうとツイ……」


 それを言っちゃうと、ある程度の年齢以上の男の右手は漏れなくそういう訳だから、忘れてくれると師匠としても大変ありがたいんですけどね!?

 俺の右手もそうですからね!?


「……ほれ、ちゃんと握手しろパル。チューズ、すまない。気持ちは分かる。すげぇ分かる。だから落ち込むな。な? それは当たり前のことだから、気にすんな。みんなやってるから。おまえだけじゃないから。な? こいつがちょっとおかしいんだ。大丈夫だから」


 俺は所在なさげにワチャワチャと手を動かしているチューズの肩を強めに叩いて肩を組んでやった。

 俺とおまえは友達だから!

 安心しろ、仲間だぞ!

 みたいな感じで。


「は、はい……うぅ、パルヴァスの師匠が優しい人で良かった……ぶっ飛ばされるかと思った……」


 良し、思春期の少年の心は守れたぞ!

 こじれずに、これからも普通にスケベなままでいて欲しい。

 それがおじさんの願いだ。

 うんうん。


「……あの」


 と、少年たちとわちゃわちゃしていると真っ白な神官服のサチが声をかけてきた。


「……お願いがあります」

「なんだい?」


 眠たげな目がメガネの奥から見て取れたが、それでも視線はしっかりとしている。

 相当な覚悟があるような気がしたので、俺は少しばかり視線を下げて聞いた。


「……学園都市に行くんですよね。聞きました。そっちにまだイークエスの仲間がいるって。あの……わたしも……わたしも学園都市に連れて行ってください!」

「君を学園都市に?」


 俺はパルの顔を見た。

 なんにも聞いてないよ、とパルは首をふるふると振った。

 逆に少年たちは話を聞いていたらしく、俺へ懇願するような表情を浮かべている。


「理由を聞いていいか?」

「……もともと、学園都市に行くために冒険者になりました。あそこでは神秘学が研究されてるって。神さまの研究がされているって聞いて。わたしも、学園に入りたくて。……でもお金がなくて、だから早くお金を稼ぐには冒険者がいいって。……お、お金はぜったいに返します。だからわたしも連れて行ってください」


 お願いします、とサチは頭を下げた。


「ふむ」


 なるほど。

 あの神さま……黒い影のような、それでいて小さな少女のような神さまは、サチとの縁が確実に結び付いている。

 理由は単純なる布教ではないだろう。

 もしかしたら、あの神さまを助けるため――みたいな理由があるのかもしれない。


「分かった。言ってしまえば、俺とパルは君たちを騙していた立場でもある。文句を言われてもおかしくない立場だ。だから、君のお願いはきっちり受け入れさせてもらう」

「……ほ、ほんとですか! ありがとうございます!」


 サチは嬉しそうに笑った。

 少しばかり暗い印象のある少女だと思っていたが……

 なんだ、可愛いじゃないか。

 パルとは違った方向で、少女らしいといえば『らしい』感じがする。


「少年たちにも迷惑をかけたな。これは詫びと思って受け取ってくれ」


 と、ガイスとチューズに銀貨を渡した。100アルジェンティ銀貨一枚で、まぁ充分だろう。装備を再び整えて、仲間を探す間をギルドで泊まり続けるには充分な金額だ。


「う、うわぁ、こんなに!?」


 少年たちがあたふたしてるが……ベテランともなればすぐに稼げる金額でもある。

 今の気持ちを忘れずに立派な冒険者になってもらいたいものだ。


「サチの分はまた後で払うよ。あぁ、安心してくれ。旅の代金とは別だ」

「……そ、そうなんですか?」

「任せておけ」


 ポンと俺は胸を叩くが、その後ろでパルが悪い顔をしながら言った。


「サチ、気を付けて。師匠ってばロリコンだから」


 何を言い出すんだこの弟子は!?


「……知ってる」


 知られていた!?


「え~、あぁ~、うん。よし、出発するか。準備はいいか、サチ? パルも問題ないな?」

「……はい!」

「あ、イークエス忘れてるよ、師匠」


 あ。

 盗賊ギルドに置きっぱなしだった。


「取ってくるから、ふたりは乗り合い馬車の停留所で待っててくれ」

「はーい」

「……分かりました」


 少女ふたりと学園都市までの移動か。

 まぁ……

 しばらくは、楽しい旅になりそうだ。

 俺がロリコンだから、とか、かわいい少女ふたりと旅行だ、とか、そういう感情は純粋に抜きで!

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