~卑劣! スピード解決スピード決断~
盗賊ギルドから連絡があったのは、翌々日のことだった。
犯人たちを引き渡したのがほとんど朝だったということを考えると、口を割る速度が尋常ではなく早い。
まぁ、そこまで覚悟を持って『悪』を成していたわけではないのだろう。加えて、小規模な関係性ということもあり、グループのボスがイークエスという少年なだけに、黙って拷問を受けるメリットもない。
義理立てする相手もいなければ、唯一の相手がイークエスとあっては、喋る喋らないの選択肢すら無いのだろう。
さっさと喋ってしまった方が楽になれる速度も早い、というものだ。
もっとも――
楽になれる、というのは人生を終える意味かもしれないが。
「行くぞ、パル」
「はい、師匠」
昨日は久しぶりのふたりで過ごす休日となったので、のんびりと過ごした。宿屋の巨乳看板娘リンリーも休みを取ったらしく、パルといっしょに街で遊んできたようだ。
どうにもリンリーはパルのことが気に入っているらしい。
あれか?
初日にいっしょにお風呂に入って綺麗にしたこともあってか母性みたいなものが働いているのかもしれない。
胸も大きいし。
なんて言ったらリンリー嬢に怒られそうなので黙っているが。
「ふふふ~ん。パルちゃんといっぱい遊んできちゃいました」
「そいつは良かった。なにをしてきたんだ?」
「食べ歩きです! 甘い物をいっぱい食べて、ストレスもぜ~んぶ吹っ飛ばしちゃいましたよ」
と、リンリーはぶるんぶるんと胸を揺らしながら身体を揺らした。
危険だ。
まったくもって危ない。
俺の不快度指数が上がっていく。
こうも目の前でバルンバルンと揺らされると気持ち悪くなってくるな。
まぁ、そんな感じでリンリーが満足していたので良しとしよう。
肝心のパルも、オトリという仕事を終えて気が抜けてダラけてしまっているのではないか、と危惧したが。
「師匠?」
俺が不意に気配を消すと、しっかりと感知しているらしく振り向いた。
残念ながら、方向は逆だったけど。俺は左側へ気配を消して移動したのだが、パルが見たのは右後方だった。
まぁ、一歩足りないが……悪くない反応だ。
「こっちだ、パル」
「あれ? むぅ……」
「まだまだ修行が足りん、っていうやつだな。同時尾行では注意しろよ。俺もパルも気配をゼロにさせるタイミングがあるかもしれん。その時、俺を見失う可能性もあるから、ある程度の当たりを付ける必要がある」
「む、難しそう……」
「まぁ、その時は俺がフォローにまわる。いずれ出来るようになるさ」
はーい、と返事をするパルの頭を撫でつつ盗賊ギルドへ向かう。
いつものように符丁を合わせて地下へ行くと、刺青だらけのゲラゲラエルフ、ルクス・ヴィリディが片手をあげた。
「待ってたよ、おふたりさん。早くも呼び出して悪いね」
「問題ないさ。一日休めたし」
「事件解決したって伝えたらドーミネが楽しみにしてたぞ」
「うっ……」
しばらくは色街に近づかないでおこう……
「ドーミネ(娼婦)?」
パルが気になったように俺の顔を見上げるが、俺は視線を外すように反対方向の天井を見上げた。
うーむ、蜘蛛の巣ひとつ無い。
意外としっかり掃除が行き届いているようだ。
「盗賊ギルドが運営してる娼館の女主人だよ。良かったらパルちゃんも働く? だいぶ肉付きが良くなってきたし、客もギリギリで取れるんじゃないかなぁ。顔は申し分ないけど、おっぱいがなぁ」
「ぺったんこじゃ仕事できないの?」
「需要が無い。そこの師匠と違って、普通の男はぺったんこより膨らんでる方が好きなのさ。ほれ、パルちゃんが泊まってる宿の娘。あれだったら一番人気だ」
「ふ~ん。じゃぁ、あたしと同じでルクスちゃんも働けないね」
「よし、パルちゃんの今回の報酬はゼロだ」
「なんでー!?」
いやいやいや。
パルは本当のことを言っただけなので、それは横暴だ。
「パル、言ってやれ。この貧乳エルフって」
「この貧乳エルフ! お給料ください!」
「なんだとこの童貞野郎が!」
と、革袋に入った硬貨を投げつけられた。
もちろんキャッチして中身を検める。そこそこの銀貨が入っており、しばらく仕事がなくとも生きていけそうだ。
「はい、パルちゃんも。そこの童貞いくじなし野郎より多くしておいたよ。今回の一番の功労者だからね」
「わーい、ルクスちゃん大好き」
と、パルは硬貨を受け取って中身を見て、悲鳴をあげていた。
まぁ、俺より多いと考えると、その金額にビビってしまうのも無理はない。
そんなパルをルクスといっしょに苦笑しながら見つつ、さて、と話を切り替えた。
「イークエス・ドンローラについての調査はまだ途中だが、早めに決着をつけなくちゃいけないことがあるからね。学園都市には、まだイークエス一味が残ってる。拷問の準備中に連中がゲロったのは、『効果を打ち消すアーティファクト』を使っているそうだ。小さなナイフ状のアイテムらしい。その刃に姿を写した者は、あらゆる補助効果や呪いが解除されるとさ。それを利用して少女を元の大きさに戻し、再び小さくされたくなければ娼婦になって働け、ってことらしい。儲けの半分はこっちに寄越せ、とルーキー少女を使ってるようだ」
なるほど、と俺はうなづいた。
「ドンローラってのは騎士の一族だ。で、話を通してみたんだが……イークエスという息子などいないし、いっしょに居た男たちの名など聞いたこともない、という結果さ。どう考えても、ハンマーと箱もドンローラ家の家宝だが、向こうが突っぱねるのなら盗賊ギルドが回収しても文句は言われまい」
ハンマーと箱、そして瓶の中に入ったイークエスがカウンターの上に置かれる。
イークエスはぐったりとしており、すっかり意気消沈しているようだ。さすがに全裸のままだとアレなので、小さな布切れをまとっている。
他の男たちがどうなったかは、まぁ知る必要もないだろ。外道の行く末は、それこそ外道らしい最期がふさわしい。
「ふむ。ここにイークエス少年がいるってことは、まだ学園都市に向けては動いてないのか?」
「第一報は飛ばした。こいつを使って向こうの犯人をあぶり出すつもりだが――」
「俺が行く」
「師匠?」
学園都市には、ちょっとした用事がある。
いずれ訪れようと思っていたので、好都合だ。
「パルも連れてっていいだろ?」
まさかひとりで置いていくわけにもいくまい。
パルといっしょに学園都市へ行くつもりだ。
「別に構わんが……おまえさん達に任せるとなると、なんというか、わたしが贔屓してるみたいになってしまうのでちょっとなぁ」
ルクスは少しばかり難色を示した。
「そうなんですか?」
と、パルがルクスに聞く。
「言ってしまえば美味しい仕事になる。なにせイークエスを入れた瓶を学園都市まで運んで、イークエスに向こうの犯人をおびき出させる。それだけの仕事だ。向こうのギルド員も協力してくれるしな」
「それで、ひいき?」
「そ。わたしが師匠ちゃんとパルちゃんを優遇してるだろって恨まれちゃう。まぁ、実際に優遇してあげたいけどね。師匠はさておき、パルちゃんは可愛いし」
うりうり、とルクスはパルのほっぺたを突ついた。
「無理か? なんなら、事件に関与したのは俺たちなんだから最後までやらせろ、とおまえさんを脅したことにしても構わんが」
「ん~、そこまでしなくても大丈夫だろう。期待のエースってことにしておいてやるよ。文句があるなら、ふたりが遠征中に手柄を立てなボンクラども。とでも言っておけば問題ないさ」
「お~。師匠がエースだって!」
「光栄だな。できればパルもエースってことにしておいてくれ」
「パルちゃんはエースってより、エスサイズだな……ぶふっ、くくくく……」
「いや、自分で言ってウけるのは最悪だぞ」
わかってるわかってる、とゲラゲラエルフは手を振った。
「ふぅ。よし。とりあえずイークエスの処分は向こうのギルドに一任する。それと拡縮ハンマーは持って帰ってこいよ。ふたりが学園都市に行くってことで動いてやるよ。その代わり、師匠ちゃんには貸し一つだからな。それじゃぁ、頼んだぞ」
イークエスの入った瓶とハンマーをルクスはポンと叩いた。
拡縮ハンマーはベルトに装備しておくが……まぁ、出番は無いだろう。向こうではナイフが効果の打ち消しが出来るようだしな。
「ふむ……パル、瓶を持って歩いてみろ」
「ほえ?」
パルに瓶を持たせて、歩かせると――
「あ……」
瓶の中でイークエスががっくんがっくん揺れて転げまわった。
「人間っていうのは、歩くだけで相当に揺れてるもんだ。歩法のひとつを良い機会だから練習しとけ。例を見せるぞ」
俺はパルから瓶を受け取ると、歩いてみせる。中のイークエスは座ったままで転げまわることはなかった。
「おぉ、凄いです師匠!」
「コツは頭を動かさないことを意識する感じかな」
盗賊スキル『忍び足』や『影走り』に通じる基本でもある。また、歩法ひとつ取っても戦闘には重要なポイントでもあるので、練習しておいて損は無い。
本来はコップに表面張力ギリギリの水を注いで練習するのだが、イークエスでも同じような練習が出来るだろう。
せっかく運ぶのだから、腰に吊るして拷問レベルの振動を受けるよりかはマシだ。人道的な措置とも言える。
もっとも――
罰も用意してやらないと意味がないので、そのつもりではあるのだが。
「よし、準備に取り掛かるぞパル」
「はい、師匠!」
罰の内容は置いておいて。
学園都市に向かうために、いろいろと準備しようではないか。
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