~卑劣! 事件は終わり、仕事も終わり~

 サチ、ガイス、チューズ、そして囚われていた少女を連れて。

 俺たちは冒険者ギルドに戻った。

 ルーキーたちは、ほとほと疲れた顔をしている。

 どちらかというと、精神的ダメージの方が大きそうだ。


「後始末はやっておく。もう朝も近いし、身体と心を休めとけ。結果は報告するよ」

「師匠、あたしは?」

「おまえはいっしょに来い」


 ルーキー達は休ませた方がいい。

 パルには引き続き報告してもらうために、そのまま犯人を連れて盗賊ギルドへ移動する。

 パルも疲れているだろうが、もう少しだけ頑張ってもらいたい。なにせ今回の一番の功労者なのだ。状況や手段を本人の口から説明するのが一番だろう。

 もっとも。

 まさか本当に犯人たちがオトリに引っかかるとは思ってなかったけど。


「さすが美少女」

「えへへ」


 頭を撫でてやると、嬉しそうに笑うパル。


「ふん」


 そんな俺たちを見て、瓶の中で少年が鼻を鳴らした。イークエス少年を含めて、犯人たちは小さくして瓶に入れて運んでいる。


「なるほど便利だ」


 人の大きさを変えてしまうハンマー。

 本来の使い道は、こういった人を運ぶ際に便利という点だろう。特に拘束する必要のある者を運ぶにはおそろしく便利であるし、なにより食費も掛からないっていうのは大きい。

「ひとつ難点があるとすれば、全裸になってしまうことだな」

 少女の全裸はいいが、おっさんの全裸は見ていても何も楽しくない。まぁ、裸の少女を観察するだけで悦楽に浸れるほど俺の性癖も歪んでいないので、どちらにしろ楽しくはないか。

 さっさと盗賊ギルドに引き渡してしまうのがいいだろう。

 そろそろ夜明けの近い時間帯にも関わらず盗賊ギルドの偽装店である酒屋は開いていた。


「いらっしゃい、旦那」


 さすがにこの時間はいつもの店員ではないらしい。

 すでに俺のことを盗賊と認めているような口ぶりから、警戒する必要は無さそうだ。

 それでも、いつもの符丁を合わせてテーブルの下へ潜り込む。階段を降りて、幻の壁を越えた先に、いつものカウンター席で突っ伏すように眠っているルクス・ヴィリディがいた。


「どうりで不健康そうな理由が分かった」


 ちゃんとベッドで寝てないのか、このエルフ。

 目の下のクマの理由は忙しいからか、とか思っていたのだが……この場所にずっと居るのかもしれない。


「ルクス、起きてくれ」


 俺が肩を揺すると、すぐに彼女は目を覚ました。


「ちゃんと家で寝た方がいいぞ。いくらエルフでも、身体を壊してしまう。長寿命が台無しだ」

「ん……くぁ~。家なんか無い。ほら、この裏の扉があるだろ。その先はわたしの私室だ。ベッドもあるし、問題ない」

「ちゃんと寝た方がいいよ、ルクスちゃん」


 横で聞いていたパルの言葉に、はいよ、と笑って返すルクスだが――


「ん? パルちゃんもいっしょでどうしたのさ」


 今さらパルがいることに気付いたようだ。

 寝ぼけているなぁ。

 盗賊としては致命傷だ。


「ほれ、ポーションでも飲んで目を覚ませ」

「ありがとう」


 ルクスは遠慮なくポーションを飲み干すと、ようやく覚醒したように目をパッチリ開いた。

 そのせいで、余計に危なく見えるのだが黙っておこう。

 確か、やさぐれエルフっていうと怒るんだったか。どう見ても今はガン極まりエルフだけどな。


「一連の事件の犯人を捕まえた。こいつらだ」


 と、俺はカウンターの上にガラス瓶を置く。


「……どうやらわたしはまだ眠っているようだな。ポーションをもう一本くれ」

「いやいや、起きてるよ。このアーティファクトを悪用していたらしい」


 俺はハンマーを見せつつ、聞き出した情報を簡素にまとめて説明した。


「古代遺産を利用するとは、やってくれたわね。そりゃ普通の考え方とか情報収集では引っかからないはずだわ。しかも騎士家の三男ときたら、何も出てこないのは当たり前か。叩けばホコリが出るっていうけど、犯人側がホコリだったら意味ないわね」


 と、ルクスは瓶の中にいる犯人たちを見下しながら肩をすくめた。


「しかし、ホントにパルちゃんのオトリが成功したのね。怖かったでしょ。悪かったわね」

「大丈夫です。頑張りました!」

「えらいえらい」


 と、ルクスは身を乗り出してパルの頭を撫でた。


「それにしても、このハンマーが古代遺産、アーティファクトねぇ……。まったくもって普通の豪華なトンカチに見えるけど。ちょっと実験していい?」

「パルにやってくれ。俺は全裸になりたくない」

「確かに。パルちゃんおいで~」

「はーい」


 と、カウンターの上に乗せられたパルはポンとハンマーで叩かれると小さくなった。服とか装備品がバサリと落ち、その中からもぞもぞとパルが出てくる。

 もちろんリボンとブーツはそのまま小さくなった。


「ふーん。特殊装備か。甘やかし過ぎだろ師匠ちゃん」

「でも、このおかげでパルの位置が特定できた。悪いことじゃなかったぞ」

「そう言われちゃうと、師匠ちゃんが正解だわ。ぐうの音も出ないね」


 小さくなったパルにルクスは再びハンマーを触れさせる。すぐにパルは大きくなるが、もちろん全裸のままだ。


「だいぶ肉付きも良くなったじゃないかパルちゃん。ガリガリで心配してたのさ」

「ルクスちゃんもガリガリだよ。師匠におごってもらいましょう!」

「あはは、わたしは小食なのさ。その分、パルちゃんが食べてくれ。ほれ、きたねぇ男どもの視線があるから、早く服を着な」

「はーい」


 パルが服を着る間に、俺はもうひとつの回収しておいたアーティファクトをカウンターに置いた。

 これは箱状のアイテムで、魔物の姿を投影する物だ。

 洞窟の潜伏場所を隠すために使われていたロックゴーレムは、このアーティファクトで見せられていた幻だった。

 ついでに、これを利用して冒険者を騙し、追い立て、拉致したりハンマーで小さくして装備品を強奪していたようだ。


「なるほどな。事件の頻度が少なかったのは慎重な行動というよりも、やっぱり少数だった訳だねぇ」


 ルクスは瓶を持ち上げ、中の男たちを見る。

 ふん、と鼻を鳴らすイークエス少年を見て、ルクスもまたフンと鼻を鳴らした。


「行方不明の理由も分かったし、被害を受けたルーキーがどうなったのかも分かった。学園都市に人を運ぶ方法も分かった。なんにしても、このハンマーは便利だ。だが、もうひとつ分かってないことがある」

「そうなの?」


 パルが俺を見て聞いてきたので、俺はうなづき答えてやる。

 もうひとつの謎。

 それは――


「小さくして少女を学園都市に運ぶ。ここまではいいが、その後だ。運んだ少女をどうやって元の大きさに戻したのか? このアーティファクトでしか元に戻せないんであれば、学園都市で発見された少女は人形サイズのままだったはず。こいつらは、もうひとつ何かを隠してる。ついでに言うと、まだ仲間がいるはずだ。学園都市に」

「そういうこと」


 と、言いながらルクスは瓶を持ち上げてぐるぐると回転させた。中の男たちはもみくちゃになりながら振り回されている。


「よし、エラント、パルヴァス。ごくろうさま。ふたりのおかげで無事に解決できそうだ。特にパルちゃんにはオマケを多くしておく。師匠ちゃんは、まぁ普通だな」

「ま、仕方がない」


 俺は肩をすくめる。

 弟子が褒められているんだ。師匠は大人しく甘んじて現状を受け入れよう。


「あとはこっちで情報を吐かせるよ。充分に休んでくれ。また連絡する」


 分かった、と俺とパルは盗賊ギルドを後にして、外へと出た。


「ん、夜明けか」

「ふあ~。眠くなってきました師匠ぉ……」

「よし、久しぶりにいっしょに寝るか」

「わ~い、ふかふかのお布団は久しぶりです。やった~」


 と、喜ぶ弟子の頭を撫でつつ。

 俺とパルは、仮初の我が家『黄金の鐘亭』に戻り、お風呂にも入らずベッドに入って存分に眠るのだった。

 仕事を終えた後の睡眠っていうのは、気持ちいいものだ。

 安心して眠れる喜び。

 それをパルといっしょに眠りながら感じるのも、悪くない。

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