~卑劣! 拷問未遂の人命救助~
人間種には合計二十枚の爪がある。
それはドワーフでもエルフでもハーフリングでも、ましてや小さな妖精だって変わらない。
両手両足には二十本の指があり。
その先端には漏れなく爪が生えている。
「拷問の基本は、やはり二十回もチャンスがある爪を剥ぐことからだよな」
と、伝えたところ。
一枚も剥がすことなく、犯人たちは我先にと情報をしゃべりまくった。
「何もしない内から喋った情報など信用できん」
嘘が混じってる可能性があるからな。
まだ逃げるチャンスをうかがっている可能性もある。
「そんな、お願いです! 信じてください! ホントなんです! 嘘なんて付いてませんから信じてください! 靴ですか、靴を舐めればいいですか?」
と、泣きながら懇願されては仕方がない。
あと靴を舐められたくもないので、まぁ一応は信用してみることにしたが……
ハンマーで叩くと人が小さくなる?
おいそれと信じられないような情報なので、半信半疑というのが本音だ。
「試してみるか」
実験として少年をハンマーで叩いてみたところ……
「マジか」
本当に小さくなってしまったので驚いた。
元に戻す方法もハンマーで軽く叩けば良いらしく、少年がしっかりと元の大きさに戻るのを確認してから、パルとサチを元のサイズに戻してやった。
「あ、師匠。こっち見ないでください。サチが裸です」
「おっと。そういえば神官服は汚されてたな……毛布で勘弁してくれ」
少年が使っていた毛布は、まぁ、そこまで汚くはないだろう。
できるだけサチの方向は見ないようにして、毛布を渡す。
「おまえも少しは恥ずかしがったらどうなんだ、パル」
「あたしの身体は、ほら。まだ大人じゃないので。見られても恥ずかしくないです。えっちな感じにならないでしょ?」
「なる」
「え、あ、はい。さすが師匠。好き」
「ありがとう。とりあえず服とか装備を回収してくるから、こいつら小さくして瓶の中に詰めとけ」
「了解です!」
と、パルに任せて俺は前の部屋へと戻った。
そこにあった装備品の中からパルの服を見つけて回収する。ついでに神官服はもうアレな感じのアレが付いていたので、別の服をみつくろってみようと思ったが、女性用の装備品とか服とかは全てなんかガビガビになっていたので諦めた。
とんでもねぇ性癖だな……
ロリコンの俺が言っても、何の説得力というか影響力というか、そういったものが出ないけどさ。
とりあえずパルの服を抱えて真ん中の部屋の探索をしたところ、瓶の中に囚われていた少女を発見。
「もうダメかと思ってた……死にたかったけど、頑張って良かった……」
と、少女は瓶の中で泣き崩れる。
そんな彼女も、無事に元の大きさに戻してやることができた。
残念ながら他の少女は見つからなかった。明らかにさっきの部屋の中にあった少女たちの服は複数人いたことを示しているが……その亡骸すら発見できなかった。
囚われていた少女に話を聞いてみたところ――
残念ながら仲間はすでに死んでしまったらしく、再び顔を伏せて泣いていた。彼女が生き残ったのは、単なる気まぐれらしく、運が良かっただけだ。そこに差があったのかどうかも、判断できるものじゃない。
その後、急がないといけなかったのはパルの仲間だったチューズとガイスだ。
彼らは小さくされて装備品だけ回収されると放置されたらしい。
他の冒険者の男も、そんな扱いだったらしく――安否は考えるまでもない。
良くて野垂れ死に。
悪くてネズミの餌。
もしくは、誰かに踏まれて死んでいるか。
考えたくもない最期だが、せめてパルの仲間であったふたりは助けてやりたい。
ひとまずサチともう一人の少女にその場を任せて、俺とパルは逃げ込んだという岩場の割れ目に移動した。
「うわ、わ、わ、わ、し、しょう、はやい、はやい!?」
「喋るな。舌を噛むぞ」
パルの足はまだ俺よりも遅いので、おんぶしてダッシュする。この方がまだ速い。パルの記憶を頼りに移動する分を考えれば、おんぶした方が速いに決まっている。背負われている方が思い出しやすいだろう。
「師匠、そっちです」
「おう」
そんな配慮をしたつもりだが、パルは的確に案内してくれる。夜中の真っ暗な状況だっていうのに、ハッキリと方向を告げた。
う~む。
なんとなく分かっていたのだが、もしかして――
「パル。盗賊ギルドの上にある酒屋『酒の踊り子』の、店の一番手前の右端にある酒樽の銘柄はなんだ?」
「え? 『麗華美酒ビュリホ』ですけど」
間髪入れずパルは答えた。
やはり――
「……『瞬間記憶』もしくは『絶対記憶』か。俺の周囲は才能に溢れたヤツばっかりで嫌になるな」
勇者も戦士も神官も賢者も、み~んな才能に溢れていた。
必死に練習と努力と根性と運だけで付いていってた俺を誰か褒めてほしい!
……いや。
勇者は褒めてくれてたよなぁ。
だからこそ、追放されたんだけどさ。
「な、なんです? あたし、間違ってました?」
「いや、なんでもないよ」
もともと俺もパルも孤児なんだ。
生まれつきに優れた才能を与えられていたとしても、それは今までを取り戻せるものではない。
どんなに今が恵まれていようとも、過去の経験は塗り替えられない。
運命は同じスタートラインに立たせてくれないんだ。
補填があっても納得できない。
オマケがあっても受け入れられない。
俺も勇者もパルも。
知らない上に持っていない物がたくさんある。
例えば――
父親と母親の優しさとかな。
知りたいとも思えないし、理解もできないかもしれない。
それぐらいには、運命にデッカイ貸しがある。
だからこそ、生まれ持ったモノっていうのは大きいと言えるのかもしれない。
俺のは少ないけど。
パルにはちゃんと与えられてて良かったのかもしれない。
いや。
だからこそ。
パルみたいな盗賊こそ、あいつのパーティに……勇者パーティに加わるべきなのかもしれないな。
「師匠、あそこです!」
「分かった!」
俺は足を止めてパルを下ろした。
ここから先は慎重に行かないといけない。
なにせ探す対象は小さく人形サイズになっているんだ。
しかも今は夜。助けに来たのに踏んで殺してしまっては、もう泣くに泣けなくなってしまう。
「聞こえるか、ガイス、チューズ! おまえらを助けに来た。俺はパルの師匠だ。パルも――パルヴァスもいっしょだ! 今からそこへ向かう!」
ふたりが、できれば移動していないことを願うしかない。
もしもこの場所にいないのであれば――
もう二度と、ガイスとチューズを発見できないだろう。
「行くぞ、パル。足元に気を付けろ」
「はい」
慎重にランタンで足元を照らしながら岩の裂け目まで辿り着いた。踏まないように、蹴り飛ばさないように気を付けながら歩く。
ゆっくりと岩場の裂け目まで移動した。
もう一度、俺は叫ぶようにしてふたりの名を呼ぶ。
「ガイス、チューズ! いるのなら合図をくれ! なんでもいい、魔法は使えるか!? 音を出せるか!? 今から十秒の間、黙る。なにか合図をくれ!」
俺はその場で屈み、反応を見る。
後ろにいたパルは俺の肩に両手を乗せて前のめりで、ちょっとした洞窟になっている裂け目を覗いた。
六秒経った時――
小さな炎が天井へ向かって放たれた。
「いた!」
俺は素早く――しかし、慎重に炎の放たれた場所まで移動した。
そこは岩陰になっており、暗闇が支配している。
一見して何も見えず、何もいない。
だが――
「ガイス、チューズ?」
パルの声に、わっ、と少年がふたり泣きながらこちらへ走ってきた。もちろん全裸だが、そんなものを気にしている場合ではないだろう。
この場所に留まってくれていたのは運が良かった。
助けを求めてジックス街を目指して移動していたら、鳥に襲われていたかもしれない。ましてや辿り着くには何日も掛かってしまう。
小さいままでは食料も水も手に入れる難易度が上がってしまうので、生き残るのは不可能に近い。
もっとも――洞窟に留まったところでネズミかこうもり、もしくは大きな昆虫類に襲われて食べられてしまう運命にある。
どちらにしろ死を待つ運命。
冒険者に必須の『運の良さ』を、ふたりは持ち合わせていたようだ。
俺はふたりの少年を持ってきていたハンマーで元の大きさに戻してやった。
「うわーん、助かったよパルヴァス、ありがとうパルヴァス、死ぬかと思ったー!」
「うおお、ふぐうううう、うわあああああああ!」
少年たちは俺ではなくパルに泣きついた。
「ちょ、ちょっとちょっとふたりとも大丈夫だから。泣かないで、ね、ね? っていうか、全裸だから当たっちゃう。当たっちゃうから! いやぁ、師匠が見てるからはーなーれーてー!」
パルの声に気付いてかガイスとチューズは慌てて股間をおさえながら離れた。
まぁ、死ぬ程の目にあったのだ。
これぐらいは良しとしようじゃないか。
「ほれ、少年ども。サバイバルの基本だ。まずはその辺の草で隠せ隠せ」
はいー、とガイスとチューズは慌てて手近な葉っぱと木の皮を使って簡易的な服を作る。腰ミノのような物だが、無いよりはマシだろう。
さすがは冒険者。手慣れたものだ。
基本的な訓練として教えてくれるんだっけ? 今もちゃんと教えているようだな。
とりあえずパルの仲間を救えたし、黒幕である犯人も捕まえた。
あとは冒険者ギルドと盗賊ギルドに引き渡してしまえば、万事解決だろう。
イークエスという少年が、今後どうなるかは分からない。
どういう処分を下されるのかは、知らない。
それでも。
「あまり気分の良い話ではなかったな」
黒幕が、実は仲間だった。
今まで何人も犠牲者を出して、現在進行形で苦しんでいる人間がいる。
そんな人間と楽しく冒険者をやっていた、なんて。
「裏切られた、か」
こんな話でパーティから追放されてしまう気分を味わうこともあるんだな。
もちろん、イークエス以外のメンバーが追放された側だ。
裏切っていたのはひとり。
なんとも言えない、胸糞悪い感情がうずまいてくる。
「はぁ……」
俺は胸の奥で重くなっていく息を吐いた。
それでも――
「あはは! ガイスもチューズも横から見えてる、見えてるよぉ! あっはっは、もっとちゃんと隠してよ!」
「な!? み、見ないでくれパルヴァス」
「ちょ!? ここ、こっち見るなよ。というか、見てんじゃねーよパルヴァス! すけべ!」
「あははは!」
少年たちは笑っている。
パルも笑っていた。
「ま、笑えてるだけマシか」
嫌な気分になっていたのは、おじさんの俺だけなのかもしれない。
それとも――彼らは努めて笑顔でいるのだろうか。
心の内は分からない。
分からないけど、まぁ、泣き叫んだり怒りに我を忘れるよりかは救われる気分だな。
「ふふ」
と、俺は弟子と少年たちのやり取りを見ながら笑った。
はてさて。
今頃あいつは笑えているだろうか?
賢者と神官に迫られて、苦笑しているようならまだまだ救いがあるだろう。
「もしくは、もう手遅れか」
正妻戦争でも始まってたら笑って――笑えないよなぁ。
かわいそうに。
ババァの相手は大変だなぁ、ほんと。
その点、俺にはパルがいるからな。
幼くて可愛い美少女で、なんと俺の弟子だ。
まったくもってパーティを追放されて良かった良かった。
「ほら、おまえら。早く戻ってやらんとサチが泣くぞ」
「はーい」
真夜中の空の下。
なんとも能天気な弟子の声だけが、ちょっぴり癒しのようにも感じられるのだった。
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