~卑劣! 神さまのぱんつだって盗んでみせる~

 世の中には天才だろ、って思えるヤツがいる。

 ドワーフ王国にいた宮廷彫刻家ララ・スペークラが良い例だろうか。彫刻だけでなく、絵画も素晴らしい。

 誰に教わる訳でもなく。

 誰かを真似した訳でもなく。

 自然とそれが出来るようになっている。

 天才っていう生き物には、生まれ持った才能(タレント)が備わっていた。

 神さまから贈られた才能(ギフト)だ。

 その才能に気付けるのかどうか、それが世界を生きていく上での最大のポイントなのかもしれない。

 もしも絵画の才能があったとしても、絵を描くことが無ければ気付けない。

 もしも剣術の才能があったとしても、剣を持たなければ意味がない。

 もしも魔法の才能があったとしても、冒険に出なければ必要ない。

 もしも盗賊の才能があったとしても、卑劣に徹せなければ出番はない。

 もしも――

 もしも、それを見ていなかったら。

 賢者が荷物入れに使っていた謎の技術『亜空間』。

 それを見ていなければ、俺は永遠に気付かなかっただろう。

 神さまから与えられた才能(ギフト)に。

 もっとも――

 賢者のソレが普通の才能だったと仮定するのならば。

 俺に与えられたギフトの権利は小指の先っぽだけ。

 賢者が天才とするのならば。

 俺は泥をすすりながら這いつくばりながらも努力の末に辿りつけただけのモノ。

 そう。

 彼女の亜空間が倉庫だとすれば、俺に許されたスペースはポケットひとつ分だけだった。

 世の中には天才がいる。

 世の中には才能に溢れたヤツがいる。

 世の中には、神さまに愛されたすげぇヤツだっている。

 神さまから祝福を受け、勇者となって世界を救う旅に出た凄いヤツがいるんだ。

 でも。

 それは俺じゃない。

 天才の隣にいるだけの、ただの友達というポジションだ。

 俺は、ほんのわずかだけ。

 俺に許されたのは、才能の欠片みたいなもの。

 だが。

 それで充分だ。

 卑劣と評される俺が覚えた技の中で。

 これだけが、俺のオリジナル。

 真似できるのならしてくれて構わない。

 だけど。

 教える方法なんて無い。

 なにせ――


「亜空間を開く方法なんて、良く分からんからな」


 右手を開き、握る。

 その中に空間が発生した。

 もちろん、手を握っているので確認なんて出来ない。俺も、この状態でどうなっているのかなんて見たことがない。

 開けば消える。

 無くなってしまう。

 だから拳を握り込み、『無』を維持する。

 これはあくまで、俺の仮定だ。実際にそれが『無』なのかどうかも知らないし、興味がない。

 結果があればそれでいいんだ。


「おい、やめろ! いいのか、カーエルレゥムが死ぬぞ、に、握りつぶすぞ!」

「ぐ。ぇ」


 パルが苦しそうな声をあげた。

 少年がパルを持つ手に力を込めたらしい。

 それでも、我が愛すべき弟子は俺を信じて目を閉じている。

 まったく。

 可愛いところがあるじゃないか。


「や、やめろ! 今すぐ両手をあげて後ろを向け! いいのか、いいんだな!」

「いいわけあるか」


 俺は一言つぶやき――

 一歩目を踏み出した。

 爆ぜるように。

 踏み抜くように。

 たった一歩で最高速に達する。

 脅しに屈しない理由はふたつある。

 まず、ひとつ。

 この少年がパルにご執心ということ。

 せっかく手に入れたパルを、無残に殺すことはできない。それをやってしまっては意味がない。欲しい物を手に入れた瞬間に壊してしまうなど、それでは無意味だ。

 だから少年にパルは殺せない。

 力を込めているのも、加減が効いている。

 ましてや手の中で好きな少女を殺してしまえるほどの勇気は、この少年は持ち合わせてはいない。

 そしてもうひとつ。

 単純な話として、言えることがひとつあった。

 それは。

 少年がパルを握りつぶすより速く――


「完璧強奪(ペルフェクトス・ラピーナム)」


 俺のスキルが発動するからだ。

 すでに能力の範囲内。

 最高速に達している超速の世界で、俺は右手を開いた。

 どういう理由かは分からん。

 まったく分からないが、それは発動する。

 だが、とにかく俺は右手の中に生じた無を対象と定めた者へ向けて解き放った。

 そうすることで対象と俺の手のひらの間に亜空間の道が開ける。言ってしまえば、ポケットの中が繋がるようなものだ。俺の手のひらの中と、ターゲットが亜空間によって繋がる。

 ただし、スキルの対象範囲は手が届くような距離のみ。

 大きさはそれこそポケットに入るようなものだけ。

 だが、その条件さえ満たせば。

 俺に盗めない物は――無い。

 そう。

 普通に道を歩いている幼女のぱんつを盗むのは序の口。なんなら、神さまの履いてるぱんつだって盗んでみせる。

 もちろん、ゴーレムの核を抜き出すことも出来るし、悪魔の心臓だって盗んでやるぜ。

 だから勇者はこう名付けた。

 完璧強奪と。

 ペルフェクトス・ラピーナム。

 これが俺の、誰にもマネできないオリジナル技だ。


「へ?」


 と、マヌケな声を少年はあげる。

 きっと俺の姿が消えたように見えたんだろう。

 ここから先は努力の結晶だ。

 盗賊スキル『影走り』で少年の裏側へまわり、最高速度のまま壁と天井を蹴って、ベッドの上に着地。そのままサチが入っているガラス瓶を盗んで、元の位置まで戻ってきた。


「な、あれ、どうなって――!?」


 マヌケにも少年は手の中から無くなったパルを探している。

 残念ながら、パルはいま俺の右手の中にいた。


「もういいぞ、パル」

「ぷふぁ! は、はい……うわ、どうやったんですか師匠!?」

「俺は盗賊だぜ。かわいいお人形ひとつ盗むのは朝飯前。ついでに人形の友達を盗むのも簡単な話さ」

「サチ!」


 さすがに速く動き過ぎたのか、瓶の中でサチ少女はひっくり返っていた。パルが生成したであろう魔力糸の塊っぽいのが外れて丸見えになってしまっている。

 ふむ……


「師匠?」

「いや、なんでもない。サチは大丈夫か?」

「……痛い」


 あ、ごめんなさい……

 次は気を付けます……


「なんで、どうなって――き、きさまぁ! オレのカーエルレゥムを返せぇー!」


 ようやく状況が飲み込めたのか、少年が俺に向かって殴り掛かってきた。

 そう、殴り掛かってきたのだ。

 武器を持たずに。


「ふん」


 ならば、対応は簡単だ。

 その拳が届く前に足を前に出せばいい。

 あとは自分からその足に突っ込んでくれる。


「ぐぇ」


 と、彼は奇妙な声を出し、冷たい床に膝をついた。

 あとは簡単だ。


「しばらく眠ってろ」


 後頭部を投げナイフの柄で殴りつけて、気絶させておく。手に伝わる鈍い衝撃は、あまり感じたくないものだが、それでも確実に少年の意識を刈り取ったことは分かった。

 ドサリと倒れる少年を確認し、ふぅ、と俺は息を吐いた。

 ようやく、落ち着けた。


「よし。これで万事解決だ」

「やりました、師匠! かーっこいい!」

「パルもよくやったぞ。なんで小さくなってるのかさっぱり分からんが、とりあえずお前のおかげで事件は解決できそうだな」

「えへへ~。師匠がいるからですよ~。あたしじゃなくて、師匠のおかげです!」

「そうか? そう言われると嬉しいものがあるな」


 俺とパルは、あっはっは、と笑った。


「……なにこの師弟」


 そんな褒め合って笑ってる俺たちを見て、サチが何か言ったようだが……

 残念ながら小さくて聞こえなかった。

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