~卑劣! 君をピンチから助けにきたんだ~
気絶した男を手近にあった服と毛布を利用して縛り付けておく。多少なりとも暴れてしまえば緩む可能性があるが、まぁ仕方がない。
しばらくは目を覚まさないだろうが、気休めのためだ。
攻撃をした際、少々の音を発したが――洞窟の壁は厚く衝撃が隣の部屋までは伝わらなかったようだ。元より音が響くはずだが、普段からあまり気にしていないのかもしれない。
もっとも――
「ソロプレイ中だったしな。確認したくもないか」
知り合いのそういう姿って見たくないしなぁ。
勇者とか、どこで処理してたんだろ?
神官や賢者に見つからないようにするのも大変だっただろうなぁ。
「おっと」
余計なことを思索してる場合ではない。
誰も確認しに来ないのは好都合とばかりに、俺は再び気配と音を消して隣の部屋の前へ移動した。
聞き耳を立て、中の様子を伺う。
部屋の前まで来て確信できたのは、パルはここではなく、最奥の部屋にいる。この部屋には、男の気配がひとつのみ。さっきの部屋と同じような構造と考えれば、突撃も容易か。
カウントダウン。
3、2、1、ゼロ。
鍵も付いていない扉を躊躇なく押し開け、俺は部屋の中へ侵入する。
「――なっ!?」
驚く男の声。
手に持っていたのはシャイン・ダガーだった。
間が悪い。
パルから奪った物を品定め中だったのだろう。男は素早く立ち上がると、ナイフを構えた。
だが、その程度。
どうと言うこともない。
「ふっ」
と、短く呼気を吐き、俺は一足飛びで男の懐へ潜り込んだ。
振り下ろしてくるシャイン・ダガーのキラキラしてる刃を避け、溝尾に拳を叩き込む。
「ぐえ」
と、よだれと胃液を吐き出す男。苦悶の声をあげながら身体を『く』の字に曲げたので、おあつらえ向きの後頭部を後ろから殴りつけた。
ぐしゃり、と倒れる男。
このまま魔力糸でひとまず拘束を――
「ん?」
と、思ったらすでに気絶していた。
想像以上に弱かったらしい。
パルを拉致できるほどの腕前だと思っていたので、この程度で意識を失うとは思ってもいなかった。
一人目の男は油断中の油断状態だったので別として。
「ふむ……」
こうなってくると、パルはワザと捕まったのかもしれないな。
オトリの役目を果たす為か、もしくは俺の命令を忠実に聞いたせいか。
「可能なら倒してしまえ、と命令すべきだったな」
反省は後回しするべきだが、男を拘束する間に終わらせておく。
シャイン・ダガーを回収するのはもちろんだが、部屋の中にあった豪奢なハンマーも回収しておいた。武器を近くに置いておく危険性を、あえて犯す必要はない。
加えて、俺は盗賊だ。
なんか高そうな装飾がしてあるし、高く売れそう。
と、思ったのも加味しておいて。
「よし」
犯人には、この程度の強さしかない、と分かった以上はパルも大丈夫だろう。
だからといってすぐに助けない道理はないが。
部屋の中を詳しく探索したいのもやまやまだが、俺は再び通路へと出る。その際に、小さく少女の声が聞こえたのだが……申し訳ないが後回しにさせてもらった。今はパルを救出するのが最優先だ。
気配を消し、足音を殺して最奥の扉の前まで来た。
聞き耳を立てると、男の声が聞こえる。
そこそこ若い雰囲気のある声に違和感を覚えつつも、パルの気配が無いことが気になった。
聖骸布はパルの位置をここだと伝えてくる。
だが、俺の長年の経験から、部屋の中にある気配はひとりだけ。しかも、声が聞こえてくるのは男の物だから、パルがいるようには思えなかった。
神さまが正しいか、俺のスキルと経験が正しいか。
分からない。
分からないが……
「オレを気持ちよくしてくれ」
聞き耳で聞こえてきた男の言葉に、嫌な予感が胸中を駆け巡る。
一瞬にしてカッと頭が熱くなるが――
目を閉じ、息を吐き、完全に冷却させた。
あせるな。
熱くなるな。
怒りを沈め、冷静になれ。
大丈夫、安心しろ。
この程度の『敵』など、いつでも殺せる。
……オーケー。
いつでもいける。
カウントダウン――ゼロ!
「ふッ」
短く呼気を吐き、同じように突撃する。部屋の中にいたのは男――いや、少年だった。
しかも見覚えがある。
パルのパーティメンバーのひとり。
騎士職の少年か。
「ッ!」
下半身を丸出しにした少年だったが、その行動の速さは先のふたりとは比べ物にならない程に速かった。
ただし、俺には理解不能だったが。
なにせ、目の前にある人形を持ち上げて俺に見せつけるのだから。
「パルヴァスが死ぬぞ」
その言葉と、その『人形』を確認して――
「なに?」
俺は少年へと迫る最後の踏み込みを、止めた。
まるで地面を揺らすほどの震打となってしまったのは仕方がない。洞窟の中に響き渡るように、踏み込んだブーツの靴裏が音を立てた。
パラパラと天井から岩の欠片が降ってきたが、崩れる様子はなかった。
洞窟自体が地層の柔らかい部分が雨風で浸食されて出来たものなんだろう。それゆえにモロく崩れやすい部分が残っているのかもしれない。
それよりも、だ。
人形だと思った物が、俺を見て笑顔になっているのが気になった。
「師匠!」
小さな声でも、分かる。
全裸というかブーツのみ装備した状態で、リボンのように黒い布で結ってあるポニーテールの金髪。
精巧に作られているのではなく、どうやら本物のようだ。
「パルか」
「はい!」
少年にわしづかみにされているっていうのに、パルは嬉しそうだった。
その様子を見るに、どうやら何か酷いことをされている様子は無さそうだ。というか、もう少しで酷いことをされそうだったのが、少年が下半身丸出しのせいで分かってしまうのがちょっと嫌だ。しかも上を向いてるし。危なかったギリギリじゃないか。
「動くなよ、師匠。そのまま下がれ。あんたが俺に攻撃を加えるより、俺がパルヴァスを握り潰すほうが速い」
「師匠、大丈夫です! 遠慮なく助けてください!」
少年の言葉を否定するように弟子が言うのだが……
「……難しい注文だなぁ、パル」
とりあえず、俺は少年の命令にしたがって部屋の入口まで下がった。
その間に部屋の中を見渡す。
少年にとっての武器になりそうな剣と盾が置いてあるが……この狭い部屋では使えないだろう。他に武器になりそうなものは、ランタンくらいか。投げつけられれば、油に引火して燃えてしまうので警戒する必要はある。
さて、それ以上に問題は――
「パル。おまえ、いつの間にそんなに可愛くなったんだ?」
「最初っから可愛いですよ! あたしも良く分かりません。気付いたら、あたしとサチが小さくなってました! 犯人はイークエスです!」
サチもいるのか。
いや、サチの信仰する神さまのお願いで気付けたのだから当たり前か。
ベッドの上に置いてあるガラス瓶が、おそらく檻代わりだろう。この位置からでは確認できないが、あの中にサチがいると思われた。
「カーエルレゥム、少し黙ってろ。加減が出来ないから口をふさごうとしてお前の頭を潰しかねない。それよりも、だ。師匠、あんたに聞きたい。どうやってこの位置が分かったんだ、」
「おまえに師匠と呼ばれる筋合いは無いぞ。俺の名前はエラント。気軽にエラントと呼んでくれればいい」
エラント(彼らはさまよう)だと? と、少年は表情を歪ませた。
なるほど。
こういう状況においてはこの名前は少々バカにしている雰囲気が漂ってしまうな。
気を付けないといけない。
「ふん。誤魔化すな、エラント。さまよっているのかどうかは知らないが、質問に答えろ。どうやってこの場所が分かった」
「交換条件だ。俺が答える代わりに、そっちはパルが小さくなった理由を教えてくれ」
「おまえ、カーエルレゥムが死んでいいのか?」
カーエルレゥムね。
なるほど、まるで俺への当て付けのようにパルを――パルヴァスを本名で呼ぶのか。
分かりやすい。
分かりやすいがゆえに、なんとも苦笑したくなってくる。
こいつはアレだ。
思春期特有の、ちょっとした病気みたいなものだな。
ひとつは恋煩い。
もうひとつには、英雄志願、とでも名付けておこうか。
もしくは、大人への憧れ、かねぇ。男として生まれた誰もが十三歳から十四歳くらいで発症してしまうアレだ。冒険者になっているのならば、尚更かもしれない。
「死なれちゃ困るな。まだまだ教えてないことがいっぱいある」
「そうかい。だけどそれも終わりだ。カーエルレゥムは諦めて、他の弟子でも見つけな。あんたが黙っていてくれれば、それなりの女は用意するぜ。カーエルレゥムみたいな美少女は手に入らないが、そこのサチくらいならおまえにも回してやるよ。なんなら、土下座して仲間になるっていうのなら、カーエルレゥムを抱かせてやってもいいぜ」
どうする師匠、と少年は笑った。
「……そいつは魅力的だな」
「ふは。さすが盗賊だ。やっぱりカーエルレゥムには卑劣な職業はあってないよ。俺が立派な女にしてやる。性奴隷だ。卑劣な盗賊なんぞ、美しいカーエルレゥムには似合わないよな」
少年は歪んだ笑顔で笑った。
あぁ――
まったくもって――
うらやましい。
この少年がどんなにパルのことを愛してるだの好きだの、抱きたいだのと言ってもさ。
ひとつもおかしいことじゃなく、ロリコンにならないんだぜ?
俺が同じことを言うと、途端に変態染みてくるっていうのにさ。
まったくもって不公平だ。
それでいて羨ましい。
俺も、こんな風に卑劣な物言いをしてみたいものだ。
どうにも悪い演技が出来ないっていうのかな。勇者がやっちゃいけないような行動を取らないとダメだった時も、俺は泥をかぶる気でいたんだけど。
ダメだったんだよなぁ。
卑劣というか冷徹というか悪役というか。
ぜんっぜん出来ませんでした。
盗賊らしい、って難しいよな。
そういう意味では、この少年は騎士らしくなく、盗賊らしいと言えなくもない。
「どうするエラント。女だけで満足するか、オレ達の仲間になって――」
「パル。ちょっと目を閉じて、息を止めてろ」
「はい、師匠!」
さっきからパルがわくわくしている目で俺を見ていたので、仕方がない。キラキラした瞳で俺を見ているので、仕方がない。
どうやら俺が凄い方法で助けてくれるっていうのを期待しているようだ。
前回、デブに人質に取られた時の助け方がよっぽど印象に残っているんだろうか。
そんなカッコいい助け方なんて、あんまり残ってないぞ。
まぁ、それでも。
信頼してもらえているっていうのは、嬉しいものだ。
助けるという選択肢がひとつしかない状況でも、その選択を堂々とできるのだから。
この人質が賢者や神官であってみろ。
俺の心に確実に迷いが生じてしまう。
拉致られて、なぜか小さくなってしまっているのがパルでほんと良かったよ。
「なっ!? 分かっているのか、エラント。カーエルレゥムはちょっと握るだけで死ぬんだぞ。全身の骨が砕けて、ぐちゃぐちゃになった弟子を見たいのかよ」
「パル。今から見せるのは、固有スキルを応用したものだ。おまえがマネできるかどうかは分からん。使える状況が少ないのが残念だが、これが俺の一番の『奥の手』だ」
そう言って、俺は聖骸布を首元から引き上げ口を覆った。
真っ赤だった布は途端に黒へと変わる。
スイッチの切り替え。
身体能力を最大限まで高めた状態になる。
レベルをマックスにまで引き上げた状態で、俺は腰を落として構える。
「お、おい! なんだ、そ、やめろ!」
「――完璧強奪(ペルフェクトス・ラピーナム)」
ちなみにこのスキル名。
俺は『強奪・改』とか『上位版強奪』とか『強奪Ⅱ』とか『完全強奪』とかでいいと思ったんだけど……
ペルフェクトス・ラピーナムとなった。
考えたのは俺じゃなくて勇者なので。
そこんところ、勘違いしないでもらいたい。
俺は思春期にこじれたりなんかしなかった。
いや、ホントに。
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