~可憐! 王都と問題と物乞いと~
村をいくつか経由して、乗り合い馬車を乗り換えて。もちろん途中でお泊りもしながら。
あたし達はついに、王都に到着した。
「おー!」
乗り合い馬車の窓から見えてきた王都の壁。
そこにあった巨大な門を見て、あたしは思わず声をあげた。
ジックス街も大きな壁に囲まれていて、入口になってる門は大きかったけど。
王都はそれ以上に、もっともっと大きくてびっくりした。
なにより見渡す限り壁がずっと向こうまで続いてそうなぐらい大きくて、広くて、なんていうか巨大だった。
ドワーフ国のお城があった街とは、また違った凄さを感じる。
なにより……この壁を造ったのが神さまじゃなくて、人間種っていうのがやっぱり凄い。
もちろんドワーフの力なんだけど。
でもでも、エルフもハーフリングも有翼種も獣耳種も、もちろん人間だって力を貸して造ったに決まってる。
だってこんなに大きいんだもん。
ドワーフだけでは、きっと造れない。
みんなが協力して出来た街なんだ。
「すごいね、サチ!」
「……うん」
サチも王都は初めてだって言ってた。
ジックス街の他には村とか集落とかしか知らないらしいので、驚いた顔をしている。
「お~。入るだけでも大変なんだ……」
門の前にはいろんな人たちが並んでた。商人は商人だけの列があって、それ以外の人はちょっと少なめの列だった。
やっぱり商品のチェックとかあるのかなぁ。
大変そう。
「ほら、他のお客さんの邪魔になるぞパル。大人しく座っておけ」
「はい師匠!」
乗り合い馬車の中には、あたし達の他にもお客さんがいて、あたしを見て笑ってた。
むぅ。
ちょっと恥ずかしいかも。
いっしょに乗ってきた人たちは商人風の人もいるし、有翼種で背中の翼を窮屈そうに折りたたんでいる人もいる。
さすがに旅人も冒険者もいないけど。
それでも、みんな王都に用事があるんだなぁ……なんて、思った。もしかしたら用事で王都の外に出て帰ってきたのかもしれないけど。
中に入るための列はゆっくりだけど着実に進んでいって、すぐにあたし達が乗ってる乗り合い馬車の番になった。
「失礼します」
と、後方から衛兵の人たちが馬車の扉を開けて中を確認。
ちょっと緊張するけど、なにも悪いことしてないから大丈夫……の、はず。
「問題ありませんね」
馬車の御者台の人と馬車の天井に乗せている商人さんの荷物を軽くチェックするだけで、普通に中に入れた。
もともと王都行きの乗り合い馬車に乗る前に、御者のおじさんから荷物チェックを受けた。
商人の人の荷物もきちんとチェックされてたので、だからこそ簡単な感じで終わったのかも?
「ふ~ん」
と、あたしは窓から衛兵さん達を見る。
何人か外にもいて、軽装だけど武器である剣を腰にさしてる。で、手には槍を持ってて通ってくる人をチェックしてた。
みんな強そうなのが分かる。形だけじゃなくて、なんだろう? ちゃんと訓練を受けてるって感じがした。
「ようこそ、王都へ」
と、あたしと目があった衛兵のお兄さんがにっこり笑った。
「はーい」
なので、あたしもにっこりと笑って手を振っておく。
「……やっぱりパルヴァスはどこへ行っても人気よね」
「そうかな?」
そうよ、とサチ。
「サチも笑ってみたらいいよ。ほら、笑って笑って」
「……ぜったいに嫌」
「なんでよ~」
なんでも、とサチは答えて、ちょっと困ったような笑顔を浮かべた。
「にひひ。サチってば照れ屋なんだから~、もぉ~」
ウリウリと指でサチのほっぺたを突っつこうと思ったら、思いっきり両手で指を抑え込まれてしまった。
「むぐぐ。触らせろぉ……」
「……ぜったいに、いぃやぁ」
こういうとこあるよね、サチって。
ぜったいに防御するっていうか、イジられたくない、みたいな?
「到着しましたよ、お客さん方」
とサチと遊んでる間に乗り合い馬車は停留所に到着した。ここでお客さんを入れ替えて、また前の村と往復してるっぽい。
入れ替わりに村へ向けて移動する王都からのお客さんが、停留所でたくさん待ってた。
「んん~っ」
あたしは馬車から降りると、ぐぐぅ~っと伸びをした。サチも同じで、ちょっとお尻をさすっている。長いこと乗りっぱなしだとお尻が痛くなっちゃうのは分かる分かる。
そんなあたし達とは違って、師匠はぜんぜん平気そう。
さすがだ。
師匠は周囲を軽く見まわしてから、あたしに声をかけた。
「パル」
「あ、はい。なんですか師匠」
「問題だ。さっきの乗り合い馬車に盗賊は何人乗っていたか? ただし、俺とパルは除くものとする」
「ほへ」
「……パルヴァス、マヌケな声」
くつくつと笑うサチに、べーっと舌を出してからあたしは思考する。
師匠とあたし以外に盗賊が何人乗っていたか?
うん。
そんなこと、ぜんっぜん考えてもいなかった!
商人っていうのが分かる人はいた。でも、それって商人のフリをしている盗賊の可能性もあるし、断言できない。
あと、何をしているのか分からない人もいたから、もしかしてその人が盗賊だったのかもしれない。
でも、でも、ぜんぜん確証なんて無い!
「え~っとえ~っと、ひとり! です……?」
あたしは師匠の顔を見る。
「正解は……」
あってる?
まちがってる?
「ゼロ人だ」
「えー!?」
「あっはっは、マヌケめ。馬車の中には盗賊はいなかったよ。逆にいたとしたら、そいつはレベルが低い」
「気付かれているから、ですか?」
そうだ、と師匠はうなづいた。
「何も無い普通の移動で、ピリピリとした空気を出すのは悪手だ。それこそ商人を装うなら商人らしく、旅人ならば旅人らしい空気を出す必要がある。覚えておけよ」
分かりました、とあたしはうなづいた。
「さて、パル。おまえは気付かれなかったか?」
「え? う……た、たぶん?」
「まぁ、俺とどんな関係かを疑う視線は有ったがな。せいぜい大道芸人でも装った方がいいのかもしれないな」
師匠は肩をすくめつつ苦笑した。
あたしと師匠の関係かぁ。恋人同士でも、あたしはぜんっぜん問題ないんだけどなぁ。
でも師匠がロリコン扱いされちゃうし、すっごい目で見られると思うから、隠さないと。
ん~、でも師匠だったら大道芸でも成功しそうな気がする。
ナイフ投げとか、凄いし。あたしはアシスタントで、頭の上にリンゴを置いて、それを師匠が投げナイフで刺すっていうやつ。
「さぁ、パル。サチ。新しい街に着いたぞ。まずやることはなんだ?」
「「詐欺師の牽制」」
あたしとサチが同時に答えた。
正解、と師匠。
「ほれ狙われてるぞ。しっかりと視線を送ってやれ」
「はい!」
あたしは物陰からこっちを伺う男を見た。その視線を受けて男はこっちを睨むような視線を送ってきてから、すぐにどこかへ行ってしまった。
サチはあたしの後ろを向いてる。
きっと後ろ側で視線を送ってるに違いない。
サチは盗賊じゃないけど、それでも冒険者をやっていたので、そういった能力はそこそこ高かった。
サチもひとりで生きていくつもりだったらしいので、あたしと同じような視線感知くらいは出来るようになったのかもしれない。
「ふむ、よろしい。ふたりとも上出来だ」
と、師匠があたしの頭を撫でてくれる。サチの頭を師匠が撫でないのは、『大人になってはいけない』っていう戒律に遠慮してるのかもしれない。
でも、頭を撫でるって大人になるとは反対な感じがするけど。
大人になったら、頭を撫でてもらえない気がするし。
今のうちに、たっぷりと頭を撫でてもらいたい。気持ちいいから好きだし。
「さて、もうひとつ。大きな街になると詐欺師以外にも寄ってくる者がいる」
「なんですか? 物売り?」
「いや、その逆だ」
「逆?」
「あぁ。物乞いだ」
その言葉に、あたしはドキっとした。
「物乞い……」
それは、かつての自分の姿でもある。
あたしは路地裏で生きていて、食堂の残飯を漁って生きていたけど。それでも、街の大通りに座って、ただただ物を恵んでもらえるのを待っていたこともある。
だから――
物乞いとは、情けない生き方をさらした存在とも言えた。
あたしはもう、二度とそこには戻りたくない。
師匠は……
どうするつもりなんだろう……
「パル、おまえ無視できるか?」
物乞いを無視できるか。
その質問に、あたしは一瞬息が詰まった。
無視っていうのは、いないモノとして扱うことだ。見えているけど、見ないフリができるかどうかってことだ。
「……わ、分かりません」
正直に。
自分の言葉を口にした。
あたしは師匠に助けてもらった。
じゃぁ、あたしは同じような境遇の、路地裏で生きる子どもを助けられるのか?
そう聞かれたら、無理だ、って答える。
あたしにはまだ、誰かひとりを助ける力なんて無い。
でも。
あたしも同じ存在だったから。
あたしも情けなく、人々の同情と情けで生きていたこともあるから。
その苦しみを、嫌でも知ってるから。
知ってしまっているから。
だから、無視できない気がする……
「それでいいよ」
と、師匠はあたしの頭をちょっと強めに撫でてくれた。
「分からない、でいいんですか?」
「あぁ。それでいい」
それっきり師匠は何も言わずに歩き出した。
あたしはサチの顔を見る。
サチも少しだけ困った顔をしていた。
どうしたらいいのか悩んでいるのかもしれない。
「ただ、安心しろ。パルもサチも、今はそこまで悩まなくていい。子どもは――子どもっていう存在はな、同じ子どもになんか頼らないのさ」
前を歩きながら師匠が言う。
「子どもが物乞いしているのは大人の責任だ。もっと言ってしまえば貴族の責任でもあり、王様の責任でもある。面と向かって言う勇気は俺には無いけど」
師匠は肩をすくめた。
「人間ひとりを背負うだけの力は、俺にはある。でも、ひとりで精一杯なんだ。早い者勝ちで申し訳ないが、俺はパルしか背負ってやれない」
「……はい」
あたしは、静かにうなづいた。
前を歩く師匠には見えてないけど、でも師匠には伝わった気がした。
「まぁ、俺はパルに負けたからな。おまえは物乞いじゃない。ただただ恵みが落ちてくるのを待ってるだけの少女じゃなかった。俺へ勝負を挑むぐらいの力を持っていたんだ。パルが俺に勝ったからこそ、俺はパルを弟子にした。もしも俺が勝っていたら、今頃は他人だっただろう。それは、パルが運命に勝利した証でもある。だから、誰でも良かったわけじゃない。おまえが物乞いという立場から、路地裏から逃げ出したい気持ちがあったからだ」
だから、と師匠は続ける。
「これからの通り道。俺は物乞いの子ども達を無視する。卑劣だと言うのなら、言ってくれてもいい。もしもおまえらが今日だけでも助けてやりたいと思うなら、その子に携帯食料でも渡してやれ。お金はあまりおススメしない。買い物なんてさせてもらえないだろうし、盗んだ物だと暴力を受けるかもしれん」
師匠はそれだけを言って大通りを歩いていく。
その横には――
大通りのすみっこには――
「……」
死んだ目をした少年と、こちらを見る少女の目があった。かつてのあたしと同じようなボロボロの布をまとって、濁った瞳で膝を抱えながらあたし達を見ていた。
だから。
あたしは――
「これ、食べて」
持っていた携帯食料……干し肉を彼らにあげた。
きっと、一食分にも満たないかもしれない。
でも。
それがどんなに助かるのか、あたしは良く知っている。泥水を舐め、ゴミと変わらない物を食べていたあたしには、普通の干し肉がどんなに嬉しい物か、知っている。
「なにやってる。行くぞ、パル」
「はい」
師匠が立ち止まってこっちを見ていた。
その表情は――
ちょっと悲しそうな顔にも見えたけど。
「ちゃんと着いて来いよ。おまえは俺の弟子なんだからな」
とっても優しいものでした。
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