~卑劣! 走れ師匠、急げ師匠、間に合え師匠!~

 ジックス街を飛び出した俺は、パルの反応を追って走る。

 夜という時間帯でもあり、今は魔物の時間だ。

 できれば馬を拝借したかったが、逆に目立つ可能性もあるので自分の足に頼ることにした。


「待ってろよ」


 パルがいる場所までは、そこまで遠くない。

 充分に走っていける距離ではある。

 相当な運の悪さが無い限り、魔物に出会うこともないだろうが……!


「ちっ」


 こういう時に限って遭遇してしまうのが魔物という存在だ。

 いや、俺の生来の『運の悪さ』かもしれない。

 盗賊としては致命的だが、今から悔やんでも仕方がないし、悔いている場合じゃない。

 しかし、人間種にとって魔物とはそういう存在だ。

 急いでいる時、大切な時、出会いたくない時――魔王は人間の感情に反応して魔物を配置しているとしか思えない。


「止まってる暇なんて無いんだ」


 急がせてもらう。

 街に近いこともあって魔物はザコばかりだ。それでも集団で行動している最中らしく、まったくもって間が悪い。

 もっとも――


「街道を走ってない俺が悪いのかもしれないが」


 パルの元へ、文字通り『真っ直ぐ』向かっている。

 そこに森があろうと谷があろうとも関係ない。

 が、それ故に魔物と遭遇してしまった。


「嘆いてる暇なんて無いんだよ!」


 速度を一切落とさず、俺は魔物の群れに斬りかかった。

 この程度の魔物なら手持ちのナイフ一本で充分だ。目の前のゴブリンの首にスローイングし、倒れさせる。

 もちろん魔力糸を結んであるので回収可能だ。


「ふっ」


 と、呼吸ひとつ。

 魔力糸を引き、ナイフを首から抜く勢いで隣に迫っていたコボルトをクサリ鎌の如く操って斬り伏せると前方から矢が飛んでくる。

 弓ゴブリンか、はたまた弓フッドか。

 種族はこの際どうでもいい。それを身を屈めて避けながら弓兵に迫った。どうやらフッドだったようだ。小さく黒い魔物がわめきながら逃げていくが、それは俺の向かう方向。


「邪魔だ」


 無様に背中を見せる魔物の頭を踏みつけ、俺は加速するようにジャンプした。

 魔物の群れをそのまま飛び越し、ダッシュする。


「ぐるぁあ!」


 と、咆哮のような声がその先に聞こえた。

 前方から、つまり俺が向かう方向から聞こえる。

 どうやら群れのボス――オーガ種のようだ。詳しい種族を見分ける前に、そいつが大型の武器を振り下ろしてきた。

 武骨な鉈のような大剣。

 当たれば脳天から股下まで、まるで押しつぶされるように切断されてしまうだろう。

 力任せの一撃。

 だが――


「当たる訳にはいかないな」


 光の精霊女王ラビアンさまの聖骸布を使うまでもない。

 身につけた、赤いままで充分。

 俺はブレーキをかけつつ半身になって大剣を避けた。と、同時に針に魔力糸を通し、地面に剣を縫い付ける。

 盗賊スキル『影縫い』。

 剣に対してそれを使用した。

 もちろん、力自慢のオーガ種を縛り付けるほどの強度は無い。剣を力任せに持ちあげれば、すぐに魔力糸は切られるだろう。

 だが。

 隙はその程度で問題ない。

 まばたきをする時間があるのなら――


「裏を取れる」


 スキル『影走り』。

 相手が大型であればあるほど、スキルの成功率は上がる。

 影縫いで大剣へ意識を向かわせ、更に視線誘導のためにナイフを見せつけ、意識を左側へ向ける。

 そのまま俺はオーガの股下を潜り抜けながら、足首を切り裂いて背中へと回り込んだ。


「ふんっ!」


 無防備になった背中に蹴りを入れ、足首のダメージと相まって前へと倒れるオーガ種。

 しかし、それを見届けることなく俺はパルの元へと再び走り始めた。


「もしもパルが泣いていたら。もしもパルが嫌な目に合っていたら。後でおまえら全滅させてやるからな」


 オーガ種は死んでいないが、魔物の群れが移動する速度は落とせたはずだ。

 パルを助けた後でも充分に間に合う。

 もしもこの数秒で結果が変わってしまっていたら、あとで念入りに殺す。

 オーガ種を抜けるために一歩だけ足を止めてしまったのが悔やまれるが、反省するのは後だ。

 俺はそのまま走り続け、まばらに木が生える場所にやってきた。木々が成長しないのは、地面に岩があるからだろうか。風化したかのような白い岩の上に苔や土が重なっているような状態の場所だった。

 岩肌が見えているところや断層のようになっているのが見える。


「この下か……」


 パルの反応は俺が立っている場所よりも下――つまり、地下から感じられた。

 どこかに入口があるのかもしれないが、見渡す限りには発見できない。


「ちっ」


 あせる気持ちが舌打ちになって表れるが、俺はひとつ呼吸をして落ち着く。

 冷静に、冷静に。

 まずは痕跡を探そう。


「街道の方角は……あっちか」


 俺はそのまま街道を目指しながら注意深く人の痕跡を探す。

 夜の闇の中、かなり神経を使う探索だ。

 しかもランタンやたいまつで明かりを付けると犯人に気付かれてしまう可能性がある。

 真っ暗な中での痕跡探し。

 それでも、やらないといけない。

 探さないといけない。


「約束したからな」


 オトリになって捕まってしまえ。

 もしも、その通りになってしまった時。

 本当に犯人に捕まってしまった時。

 必ず助ける、と。

 パルと約束した。


「約束は守らないといけない」


 精神がすり減ろうとも、発見しないといけない。

 街道へ向かって一歩進むごとに地面と周囲を注視する。何も無い、というのを確かめる度に進み、それを繰り返す。

 そして――


「見つけた」


 足跡らしき痕跡を見つけた。

 正確には、草が倒れているだけなのだが……野生生物ではこんな倒れ方をしない。加えて、魔物ならばもっとハッキリと痕跡が残る。

 人間だからこそ。

 靴を履いているからこその、痕跡だ。


「方角はこっちだな……よし捉えたぞ」


 俺は、街道へ向かっていた方角とは反対……元の場所へ戻るように移動する。

 痕跡は乏しいが、それでも一度見つけてしまえば問題ない。充分に追える程度の人間特有の跡が残されているのを追うだけだ。

 加えて――


「素人だな」


 痕跡を隠そうとも偽装もしていない。

 油断しているのか、それとも別方向に誘導する罠か。


「考えても仕方がない」


 罠ならば、踏み抜いてこその状況だ。

 俺はそのまま痕跡を辿っていき、大きな岩壁へと行きついた。地面から大きく隆起しており、崖のようにもなっている。

 断層が見えており、なんらかの理由でせり上がってきたらしいが。それは遥か過去の時代の出来事であり、草が生えたりして風化しているのが分かる。


「――ッ!?」


 その一角を見た時、俺は素早く木の影へと隠れた。

 素人ならば、ただの岩肌だと気付かなかっただろう。

 だが、冒険者ならば気付ける。


「マッド……いや、ロックゴーレムか?」


 岩肌に同化するように。

 遺跡の守護者が、静かにたたずんでいた。

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