~可憐! 小さくて人形のような女の子~ 2

 師匠に抱っこされたりおんぶされたりした事はあるけど。

 瓶の中に入れられて持ち上げられるのは、初めてだった。

 当たり前だけど。

 たぶん、あたしとサチ以外にこんな経験をした人はいないんじゃないかな。

 人類未踏の初体験だ!


「うわぁ!?」

「……ひぃ!?」


 掴まる場所なんて無いガラス瓶の内側。

 イークエスが持ち上げて、ちょっと揺れるたびにあたしとサチは瓶の中を転がりまわった。

 人間って、思った以上に揺れてるんだね。

 知らなかったよ。


「はは、さすがの盗賊も小さくなったらこのザマか」


 イークエスはそのままベッドに上に瓶を置いた。

 その衝撃で、またあたし達は転がってしまう。


「うぅ……」

「……痛い」


 あたし達が転がるのをイークエスはケラケラと笑った。


「もう! イークエスがこんな性格が悪いなんて知らなったよ!」

「そりゃそうだ。性格なんて、いくらでも隠せるだろ。いいヤツが悪いフリなんて出来ないけど、悪いヤツはいい子のフリができるんだ」

「ど、どうしてさ?」

「悪いことをするためだから」


 納得できるような……できないような?


「それよりもパルヴァス、聞きたいことがある」

「なに?」

「おまえのブーツとリボンはどういう事だ?」

「え?」


 あたしは自分のブーツを見て、髪を結んでるリボンを手でおさえた。


「おまえ達を小さくするのに使った道具は、身体だけに作用するんだ。服は小さくならない。それなのにパルヴァスのブーツとリボンは身体に合わせて小さくなった。その理由を説明しろ」


 イークエスは瓶の上から、あたし達を見下ろしながら命令した。

 あたしはサチの前に立つ。

 できるだけサチの身体が見られないようにしながら、イークエスに言い返してやった。


「お、教えて欲しかったらサチを解放して。交換条件だよ。そしたらリボンとブーツの秘密を教えてあげる」

「ダメだ」

「ダメか~……」


 交換条件としては充分だと思ったんだけどなぁ。


「……パルヴァス、もっと粘って」

「え?」

「……交渉が下手」


 サチが微妙な顔をしてる。

 そりゃそうか。逃げられるチャンスだったかもしれないのを、さっさと諦めちゃったし。あとで怒られるかも。

 あと時間を稼いだ方がいいのかも。

 ぜったい、今、師匠があたし達の元に向かってるはず!

 だから、もっともっと時間をかけた会話をした方がいいのか。


「どっちにしろ情報を漏らす訳にはいかないからな。どんな条件を出されてもおまえ達を逃がすことは無い。そうだな、完全にオレの言う事を聞く奴隷になったと証明できたら自由にさせてやってもいいぜ」


 奴隷か~。

 すぐに殺されたり、酷い事はされないみたいだ。

 とりあえずは大丈夫かな。

 あとは時間を稼いでれば師匠が助けてくれるよね。

 よし頑張ってサチを守るぞ!


「じゃ、じゃぁブーツもリボンも、なんにも教えてあげないからね!」

「別に構わん。分からなければ分からないで、どうとでもなる。なんなら無理やり脱がせてしまえばいい」

「むぅ。イークエスのすけべ!」

「はっはっは。男はみんなパルヴァスの裸が見たくてしょうがなかったのさ。へへ。知ってるか、男子部屋での話。おまえの話題で持ち切りだったんだぜ。女子は知らないが、男子はみんな仲良かったんだ。みんなパルヴァスの話を毎日してたよ」


 え、そうなの?

 なんか照れるなぁ……


「小さくて可愛いだの、隙がありそうでたまらないだの、太ももが細くていいだのってな。パーティメンバーで、毎日パルヴァスといっしょに冒険が出来るオレたちは、ちょっとした自慢だったぜ。マッサージも頼めばしてくれるしな。知ってるか、パルヴァス。チューズなんてしょっちゅうおまえで抜いてたそうだぞ。それを報告してくる意味はさっぱり分からんかったが。ガイスも絶対やってたぜ。ルーキー共は全員、おまえで抜いてたぞパルヴァス」


 え~、それはなんかちょっとなんと言うのか……

 うぅ~。

 恥ずかしいような、もにゅもにゅするような……?


「だが、そんな連中よりオレは一歩先を進んだんだ。今、オレはパルヴァスの裸を見ることができた。やっぱり胸は小さくてほとんど膨らんでないんだな。小さくて可愛いよ。くく。下の方もたいへん素晴らしいじゃねぇか。まだ生えてないのか。なぁ、そこはまだ使ってないんだろ。おまえの師匠も、そこには触れてないよな?」

「――うん。師匠はまだ、あたしを抱いてないよ。あたしが一人前になったら、きっと抱いてくれるから」


 あたしが正直に答えると、イークエスは高らかに笑った。


「そうだ、パルヴァス。それでこそオレが惚れた女だ。堂々と正直に答えてくれる。そこに嘘なんてひとつも無い。まっすぐでイイ女だぜ。なぁパルヴァス。師匠なんて捨てて、オレといっしょに生きていこうぜ。そうすりゃ一生を楽して暮らしていける。毎日まいにちダラダラとごはんを食べて、寝て、遊んで、そんでもってずっとオレが抱いてやるよ。冒険者なんて危険な仕事を続ける必要もない。欲しいものがあれば、全部オレが奪ってきてやる。どうだ、オレの物にならないか、パルヴァス」


 イークエスは、それが当たり前のように語った。

 他人の物を奪うっていうのは、どういうことか知っているくせに。

 知っている上で、あたしを誘ってきた。

 盗賊のあたしを誘ったんだ。

 盗賊の師匠を捨てて、自分の物になれ、と。

 そう誘ってきた。

 きっと、イークエスは理解していないんだろう。

 他者から奪って生きるっていうのは、どういうことか。ちょっとでも路地裏で生活をしていたら分かる。

 それは幸せなんかの正反対の位置にある生活だ。

 死と隣り合わせ。

 なにひとつ余裕のない日々が待っているだけの人生になる。

 でも。

 でも、あたしは反論しなかった。

 イークエスからの提案を飲み込んだ。

 飲み込んでしまって、何も言わずにイークエスの目を見て、そして振り返った。

 そこには、あたしの友達がいる。

 サチがいる。

 だから、イークエスに聞いた。


「サチはどうするの?」


 話を逸らせた訳じゃなくて、素直な疑問として聞いてみた。

 イークエスの目的は、あたしだ。

 恥ずかしいっていうか、なんかモチャモチャする感じがするけど、イークエスはあたしのことが好きみたい。

 だから、こんな風にしてあたしを誘拐して……

 ん?

 もしかして、行方不明になる冒険者の事件の犯人って、イークエス?

 盗賊ギルドから依頼されていた事件の黒幕って、もしかしてイークエスだったの!?


「サチはオレの仲間がお世話してくれるさ。気に入ればずっと使ってもらえるぞ」


 その言葉に、サチの顔が青くなる。

 あたしはとっさに、もうひとつ気になっていたことを聞いた。


「ガイスとチューズはどうなったの?」


 あのふたりが、仲間ってこと?

 ずっとあたしとサチを騙して、冒険者ごっこをしてたってこと?


「知らないな」

「え?」

「あの岩場でオレも意識を失ったからな。どうなったか聞いてないけど、あの岩場で小さくなってそのままだろう。今頃ネズミにでも喰われてるんじゃないか」

「……そんな!」


 あたしの後ろでサチが悲痛な声をあげた。

 やっぱりサチは優しいな。

 自分の身がこれから危うくなるけど、仲間の状況に声をあげられるのは、なんていうのかな、人間としてちゃんとしてる。

 そう思った。

 親に捨てられて、孤児院からも逃げ出したあたしとは、きっと育ち方が違うんだ。


「イークエス、ひとつお願いがあるの」

「なんだ? 腹が減ってるのなら山ほどのパンとチーズを食べさせてやるぞ」

「え、ホント?」

「ほらよ」


 と、ガラス瓶の上から大きなパンとチーズが降って来た。


「わー! すごい、夢みたーい!」


 あたしはパンに飛びつくと、思いっきりかじってみた。ちゃんとパンの味がするし、絶対に食べきれない量だ。

 小さくなるのって、もしかして夢を叶える方法なんじゃないの!?


「……パルヴァス。お願いがあるんじゃないの」

「ハッ」


 しまった。

 パンとチーズの嬉しさにすっかり我を忘れてしまった。


「ズルいぞ、イークエス!」

「はは。パルヴァスが食いしん坊なのは知ってるからな。好きなだけ食べていいぞ」

「ありがとう! でも、お願いって別にあるの」

「なんだ?」

「あたし、サチが好きだから。サチといっしょがいいな!」

「ふむ」

「だから、あたしを抱くんだったらサチもいっしょに抱いてあげて!」

「……それは嫌!」

「えぇー!?」


 イークエスより先にサチが拒否しちゃった!?


「ちょっとサチ。生き残るためだから、嘘でもここは抱いてって言っとかないと!」

「……抱かれるのだけはダメなの」

「そうなの?」


 サチは少し迷うような素振りを見せたけど、すぐに頭を振ってあたしを見た。


「……本当の戒律は『子どもでいる』こと。『大人にならない』こと。それが、わたしが神さまと約束したこと。だから、抱かれるのはダメ。それ以外なら、なんでもするわ」


 異性に肌を見せてはダメっていうのは嘘だと分かってたけど。

 似たような戒律だったんだ。

 子どもでいる、ってことはつまり、え~っと、大人にならないっていう意味で、あ~っと、そういう話だから、男の子とあんまり仲良くしなかったってことかな?

 口の中を見せるのもダメっていうのとか、嫌われるように仕向けていたのかもしれない。

 あたしのせいで、いっしょに食事することが多くなってたけど。

 ガイスとチューズも、サチと仲良しになってた気がするけど。

 でも。

 サチは人間だから、いずれ大人になっちゃう。

 そうなってしまうと、あの神さまはサチを見捨てちゃうのかな……

 少しでも長く、あの神さまといっしょにいる為に。

 サチは、嘘をついていたのかもしれない。


「ふーん。それを聞くと、邪魔したくなるな」


 あたしは思わずイークエスを見上げた。


「やめて、イークエス! あたしのことが好きなんでしょ!」

「だが、サチも嫌いじゃないぜ。いっしょに戦ってきた仲間だからな。オレが女にしてやるっていうのは悪くない話だ」

「……ひっ」


 その下劣な視線を受けて、サチは後ろへ逃げようとした。

 でも、ガラス瓶が邪魔をして逃げられない。

 だから、あたしが視線の間に入る。

 サチをイークエスから守らなくちゃ!


「待って! あたしがちゃんとやるから! だから、サチは後回しにして。別に時間はたっぷりあるでしょ。せっかくだから、あたしからにした方がいいじゃん!」

「ふぅん。おまえらってそこまで仲良かったのか」

「うん。パルちゃんとさっちんって呼び合う仲だよ!」

「そうか。じゃぁ、オレにはおまえの本名を教えてくれよ。偽名だろ、パルヴァス」

「え……」

「パルヴァス(小さい)じゃない、おまえの本名はなんだ?」


 本名……

 それは――

 あたしは、もう名前を捨てた。

 もう二度と名乗らないって決めた。

 あの頃のあたしは、もう死んで、もういない。

 だけど。

 それでも。

 捨てたはずの名前を利用するっていうのなら。

 それでサチを少しでも助けられるというのなら。

 師匠が来てくれるまで、その程度のことで時間が稼げるっていうのなら。

 平気へっちゃら。

 どうってことない!


「カーエルレゥム。ファミリーネームは無いよ。孤児だったから、カーエルレゥムしか名前が無い。あたしの最初の名前はカーエルレゥムだよ」

「なるほど、カーエルレゥム(蒼)か。君の瞳の色を見て付けたんだな」


 分かった、とイークエスは笑った。


「じゃぁカーエルレゥム。最初の命令だ」

「なに?」

「オレを気持ちよくしてくれ」

「え……」


 イークエスはごそごそとベッドの上でズボンを脱いだ。


「ほら、さっきから我慢できなくてね。まずはカーエルレゥムが気持ちよくしてくれ。もちろん身体は小さいままでだ。元の大きさに戻してしまうと、君はすぐに逃げ出しそうだから。小さい身体で、全身を使って、気持ちよくしてくれよ。ほら、ちょうど君と同じサイズだ」


 くつくつ、と。

 イークエスが笑った。


「……わ、分かった」


 最初は師匠って決めていた。

 師匠に抱かれると思ってた。

 最初に師匠のを、って思ってた。

 でも。

 でも。

 でも。

 でも。

 でも……!


「あたし、頑張るから」


 サチを守るために。

 あたしは、覚悟を決めてうなづくのだった。

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