~黒幕! アーティファクト『デモニウム・ピクトルリブロ』~

 イークエス坊っちゃんと初めてお会いした時には――


「あぁ、この子はダメだ」


 と、オレは思った。

 騎士の次男として生まれた坊っちゃんの世話係として仕事にありつけたのだが、その感謝とかそういうモロモロの感情とか感想とは別にして。

 この子は、どうにもならない、何者にもなれなかったオレみたいな人生を送るんだろうな、なんて思った。

 英雄になるわけでもなく、だからといって普通の人生は歩みたくない。

 でも、何かするわけでもなく、冒険者になったわけでもない。

 ただ何となく生きて、何となく死んでいくだけ。

 それが人生で一番良い生き方になってしまうような。

 最高でも普通。

 普通でクズ。

 最低で外道。

 そんな人間であることが、初めて会った時のイークエス坊っちゃんの目を見て分かった。

 期待もしていない、期待もされていない。

 ドロリと、濁ったような瞳に。

 俺はそう思った。

 そして、それは正解だった。

 なにせ――


「こ、この事は坊っちゃん、な、なな、内密にしてもらえま、せんでしょうか?」


 イークエス坊っちゃんの妹さまが寝ているのをイイことに。

 オレは我慢できずにイタズラをしてしまった。

 人形のように可愛い寝姿を見て、我慢するなっていう方が無理な話なのだ。

 つい自分の欲望を妹さまのかわいい顔に吐き出してしまったのを、イークエス坊っちゃんは見ていた。

 見ていて、何もせず、止めもせず、ただ傍観を決め込んだのだ。

 興味本位でもなく。

 ただ、無感情だっただけ。

 すでに自分の人生なんてどうでも良かったんだと思う。

 騎士の次男といえば、長男のスペアみたいなものだ。家を継ぐのは長男の役目であり、そんな長男が世継ぎをつくる前に死亡した際の、身代わりのような存在だ。

 イークエス坊っちゃんは賢かった。

 だからこそ、その無意味さに早々に気づき、無気力になった。

 どんなに頑張って勉強したり、剣術や騎士特有の騎馬戦術を習得しても、それは意味を成さない。

 たとえ長男以上に優れていたとしても、だ。

 もっとも――

 長男さまは普通に優秀であり、そんな彼をイークエスは嫌ってもいない。

 ただただ、自分を諦めていただけ。

 結局。

 イークエス坊っちゃんは、他の騎士一族の次男や三男がそうであるように。

 冒険者になると言って、家を出た。

 オレとビッツは、イークエス坊っちゃんに色々と恩恵を受けさせてもらっていたので、いっしょに冒険者となるべく仕事をやめて、お供となった。

 潤沢な準備資金が渡されるのを知っていての選択だった。

 もちろん、真面目に冒険者なんてやるつもりはない。

 騎士ドンローラ家には、数々の遺産があった。

 過去、騎士として活躍した際に手に入れた資産が宝物庫に眠っていたのを知っている。

 だから坊っちゃんといっしょにそれを盗み出した。

 売るつもりじゃない。

 ちゃんと、活用してやるつもりで盗んだのだ。

 合計三つのアーティファクトを使って冒険者を騙し、金品をゲットする。これほど簡単で足がつかない犯罪を考えるのは、さすが頭の良いイークエス坊っちゃんだ。

 オレやビッツなら、適当に売りさばいて終わっていただろう。

 長くゆるく、無気力に。

 それがイークエス坊っちゃんの生き方だったんだろうが……


「変わっちまいましたね」


 オレはアーティファクト『デモニウム・ピクトルリブロ』を起動させながら、前を逃げていく冒険者たちの中で、イークエス坊っちゃんの姿を見る。

 無気力だった坊っちゃんは、自分が罠にハメて、それでも奮闘する最後まで諦めない冒険者ルーキーたちの姿を見て。

 ――憧れてしまったのだ。

 下見として、ルーキーたちを吟味している内に、その楽しそうな姿にあてられてしまったのだ。

 正直な話、理解できる。

 オレだって、英雄に憧れたことがない、と言えば嘘になる。

 冒険者になって、カッコよく人々を助け、魔物を倒し、女の子にモテモテになりたかった。

 でも、そんな勇気もなかったし、ましてや実力もなかった。

 人生を捨てる覚悟すら、持てなかったのだ。

 イークエス坊っちゃんが本当に冒険者になる、と言い出した時は……


「あぁ、これで坊っちゃんもマトモな青年として育っていくんだろうなぁ」


 なんて、思ったけど。

 まぁ、人はそんな簡単に変わらないわけか。

 結局のところ、ルーキーたちを襲って装備品を奪い、女は娼婦にして金を稼がせるやり方は続けていくようだ。


「へへ」


 デモニウム・ピクトルリブロ。

 こいつは本来、ただの魔物図鑑に過ぎない。

 立体的な幻のような物を呼び出す箱。大きさは手のひらより少し大きい程度。その側面にはダイヤルのような動かせる歯車がついており、それが箱の上部に書かれた文字と連動している。

 神代文字で書かれているので解読に時間が掛かったが、手当たり次第に使いながら覚えた使い方。

 まず見たい魔物を選び、またその動きをダイヤルのようなもので合わせる。そして箱を開けると、もくもくと煙が出てきて、魔物の姿を取る。

 オレは『スレイプニル』と『走る』を設定して『走るスレイプニル』の姿を作り出した。

 あとはイークエス坊っちゃん達のパーティを追いかければいい。

 ベテランならば騙せないだろうが、ルーキーたちには抜群の効果を発揮してくれる。

 ビビって逃げて、狭い場所に隠れさせればオーケーだ。場合によってはその場で戦おうとしてくるヤツもいたが、腰が引けてる上にこちらにばかり気を取られてしまう。

 その隙を付いてイークエス坊っちゃんとビッツが襲撃してしまえば完了だ。なにせ、ハンマーで軽く叩くだけでいい。

 するすると小さくなってしまえば、あとはこっちのものだ。

 もっと簡単なのは、その場で気絶する奴もいたか。

 まぁ、全滅させないと報告されてしまうので失敗した場合は拠点を移動するしかないけど、今のところ大成功が続いている。

 なんにせよ、ルーキー共の装備とお金、なにより女が手に入るのがたまらない。


「しかも、人形みたいに小さいしよ」


 おもわず股間が大きくなってくる。

 想像しただけで、興奮してくるってものだ。

 今回は、残念ながらイークエス坊っちゃんが欲しい女がいるそうなので自重しないといけないけど。

 でも、あの神官服の女はもらえるだろうな。

 金髪の女は、それこそイークエス坊っちゃんが欲しがったのも納得の美少女っぷりだ。

 あとからでいいので、オレにも貸してもらえないか頼んでみよう。

 小さいまま、その全身を舐めてみたいよな。

 ふへへ。


「おらおら、逃げろ逃げろ」


 イークエス坊っちゃんが機転をきかせて、みんなを先導している。

 さすがですな。

 騎士として教育された結果が、充分に出ていますぜ。

 あとは予定している岩場の隙間に逃げればオーケー。

 頼んますぜ、イークエス坊っちゃん。


「おっと……」


 金髪の少女がこざかしくも妨害するように糸をはってくる。

 そのまま通り過ぎてしまうと、逆に怪しいか。


「ま、ここまでで充分だろ」


 オレは糸の手前で足を止めた。

 もう、ルーキーたちは後ろを振り返ることなく必死で逃げている。こっちを振り返る余裕すらないのだろう。

 まったく。

 腹を抱えて笑いたくなる。

 これが幻だと気付いていない。

 なにより。


「先導してるのは、仕組んだ張本人だっていうのにな」


 これを、滑稽、というのだろうか。

 ま、知ったこっちゃぁない。

 オレは、オレの仕事を終わらせたのだ。

 あとは捕まえた女でどうやって遊ぶのか、それを考えるのが先決だろう。


「なにはともあれ、まずはオレの精液の中を泳いでもらおうかな」


 あの姿は最高だ。

 神官服の少女が俺のドロドロな精子の中で溺れる様子を、まぁ楽しもうじゃないか。

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