~可憐! ゴブリン退治は余裕かな?~

 イークエスが受けてきた依頼は、よくある話のゴブリン退治でした。

 依頼者はジックス街の近くにある集落から。

 ゴブリンが畑を荒らすので退治して欲しい、というシンプルで分かりやすいもの。

 徒歩でいける範囲なので、野営の簡易テントとか持ち運ばなくてもいいし、乗り合い馬車で移動する資金を気にしたりする必要もない。

 歩いて行って、退治して、歩いて帰ってこれる。

 本来ならルーキーが下水道の掃除の次に受けるような依頼だ。

 それでも――


「よし、みんな問題はないな?」


 ジックス街の南門で、イークエスは改めてあたし達を見て確認する。

 その顔には少しの緊張感があって、みんなの顔も同じような感じだった。

 あたし的には、そこまで気合いを入れるような依頼じゃないのでちょっと気楽な気分でいたけれど、気を引き締める。

 そうだよね。

 ゴブリン退治で出てくるのがゴブリンだけとは限らない。

 王都を往復するだけで、師匠なんかデュラハンと出会ってしまっているのだから。

 あたし達も、とつぜん強い魔物と遭遇しちゃう可能性も多いにあるわけだ。

 なんてことを言ったら――


「……普通、街道を通ってたらデュラハンになんて出会わない」


 と、サチに言われた。


「そうなの?」

「……あまり詳しくないけど。こんな風に道がつくってある場所に強い魔物は出てこないみたい」

「へ~」


 人がいるところに魔物は発生しないってことだけど。

 街道ってことは人の往来があるから魔物が少ないってことかな。

 ぜったいとは言い切れないけど、そうじゃないと移動なんて出来なくなってたから、やっぱり道に魔物が出ないっていうのは本当かも。


「ということは、師匠はどこを移動してたんだろ?」


 イメージ的には、なんかこう、ひたすら真っ直ぐ移動してそう。道じゃなくて、森の真ん中を突っ切る、みたいな。

 そんなことを考えながら歩いていくと、やっぱり街道では人の往来は多かった。人間が一番多いけど、人間だけでなくドワーフの姿も多いのは、やっぱり工事の影響かな?

 他にも同じ冒険者や旅人なんかもいた。

 でもやっぱり、商人が馬車とか荷車を引いて移動しているのが目立つ。

 豪商になると、そこに冒険者の護衛がついていた。

 馬車を取り囲むようにして移動しているグループもいれば、馬車に乗って移動しているパーティといろいろだ。


「おぉ~」


 と、あたし達は前方からやってきて、すれ違っていく熟練冒険者の装備品を見て思わず感嘆の声をあげる。

 ボロボロだった。

 身体も傷だらけだった。

 満身創痍とも言えるような状況だった。

 どこかで魔物と遭遇して戦った後なのかもしれない。

 それでも――


「馬車に傷ひとつ無い……」


 無傷の馬車。

 もちろん、そんな馬車を引く馬も怪我ひとつ負っていないし、御者台に座る依頼主の商人も無傷だった。

 冒険者が守り通した証のようなものだよね。

 そんな素晴らしい姿を見せられては、思わず声が出てしまうのも仕方がない。

 イークエスたちの憧れみたいな心を刺激したのが分かる。


「がんばれよ、ルーキー共」


 そんな熟練冒険者がガツンとイークエスの盾を叩く。


「はい! ありがとうございます!」


 と、イークエスをはじめ男の子三人が頭を下げた。


「オレ達も頑張ろうぜ、イークエス」

「カッコいいなぁ~。ボロボロだけど、やり切ったっていう感じがカッコいいよな。イークエスもオレ達を守ってくれよ」

「……そうだな。さぁ油断せず進もう」


 なんて会話を男の子たちがしてて。

 あたしとサチは後ろで聞きながら歩いていく。

 そのまま街道を歩いていくと、何事もなくお昼ごろに目的の集落についた。

 森の手前にある感じの集落で、外壁はなく、柵だけで取り囲まれている感じ。

 ちらりと見えるのは大きな畑で、集落よりも畑の方が大きいくらい。


「これ、何を作ってるんですか?」


 ちょうど通りがかった畑で働いている男の人がいたので聞いてみた。


「ん? おぉ、嬢ちゃんは冒険者かい?」

「うんうん!」

「はっは。かわいい冒険者がいたもんだ。この畑では野菜を作ってるよ。ほれ、食ってみ」


 と、おじさんが近くの葉っぱをもいで渡してくれた。

 あたしは遠慮なく口に入れると――


「うぇ、にっがー!?」

「あははは! 嬢ちゃんにはまだ早かったか。そいつは火を通すと美味いんだが、生でも食べられるようになると大人だよ。酒のツマミに丁度いいんだ」


 と、おじさんはむしゃむしゃと平気で葉っぱを食べてみせる。


「むぅ。大人って凄い……やっぱり苦いのも平気なんだ」

「そうそう。嬢ちゃんも大人になったら、苦いのも平気になるよ。大人になったら、たっぷり味わってくれよ、ウチの野菜」

「は~い」


 なんて会話をしてたら、なにやってんだ行くぞ、とイークエスに呼ばれた。


「ゴブリン退治、頼むよ嬢ちゃん」

「まっかせといて!」


 と、おじさんに手を振ってからパーティに合流する。

 そのまま集落の一番エライ人に挨拶をして、ゴブリンの情報をもらった。

 想像通り、畑を荒らすゴブリンは森からやってくるそうだ。

 数は目撃されているだけで十匹ほど。

 弓を持った個体はおらず、ナイフや剣ばかりだったらしい。

 森からやってきては野菜を食い散らかし、また森に帰っていく。今は畑だけの被害で済んでいるが、放置してると家畜や子どもに被害が及ぶ可能性もある。

 というわけで、冒険者ギルドに依頼したんだって。


「よし、いつも通りにやるぞ。森の中では先頭はオレとパルヴァス、その後ろにガイスが続いて、チューズとサチは後方だ。なにか問題はあるか?」


 イークエスがみんなを見渡す。

 特に問題も提案もなかったので、あたし達はそのままゴブリン退治に森へと入った。

 普段は狩人の人たちが野生動物を狩るために入っているそうなので、ゴブリンの位置をおおよそ聞いてきた。

 森のあまり深くない場所に、狩りに使う休憩場所として小屋があるらしい。

 おそらく、その小屋を拠点にされたんじゃないか。

 という情報のもと、あたしは周囲を探索しつつ森の中を進んでいった。

 森に入ってすぐに複数の足跡を発見する。

 小さな子どもみたいな裸足の足跡なんて、どう考えてもゴブリンしかいない。もしくはコボルトかもしれないけど、まぁ、そんなに変わらない。

 もっと強い魔物がいるのなら、大きな足跡があるはずだし。

 ここはゴブリンだけと見て間違いなさそうだ。


「お」


 と、あたしは素早く身を屈めた。

 それに合わせてイークエスたちも足を止めて身を屈める。

 あたしが気づいたのは、少し先の小高く隆起した場所にいたゴブリン。

 運が良かったのは、ぼけ~っとあくびをしているノンキなヤツだったので、見つかることなく隠れることができた。


「いたよ。一匹。この先に」


 イークエスや後方のみんながしゃがみながら合流してきた。

 ゴブリンは木の枝にナイフを括りつけたような槍を持って座っている。

 あまりやる気は見受けられないので、不意打ちは可能だと思う。


「よし、頼んだパルヴァス」

「分かった」


 チューズの魔法だと思いっきり目立っちゃうし、サチの補助魔法も気付かれちゃう。

 ので、あたしの投げナイフでさっさと仕留めることになった。


「すぅ……はぁ……よし」


 あたしは息と足音を殺して移動する。

 ある程度の距離を気付かれずに詰めると、魔力糸を絡めた投げナイフを投擲した。


「ふっ!」


 と、静かに呼吸をしながらスローイング。


「ぐぎゃ――!?」


 ぼけ~っとしているゴブリンの喉に命中した。小さく悲鳴をあげるが、喉にナイフが刺さったせいでそれ以上の声はあげられない。

 やったね!

 と、安心する前にあたしは素早くゴブリンに近づき、トドメを刺す。喉に刺さってるナイフの柄をふんずけて、息の根を止めた。


「ふぅ」


 まずは一匹……

 と、思ったら――


「やっばい!?」


 どうやらタイミングが最悪だったらしい。

 見張り役だったゴブリンの交代役が、今まさに交代しようと移動してきたところだった!

 それも二匹!

 慌てて投げナイフをスローイングしたけど、慌てたせいで狙いがそれた。当たったのは胸のあたりで致命傷にはなっていない。

 どう考えても対処できないので、あたしは逃げ出す。


「ごめん、見つかったぁ!」

「くっ! いくぞ、みんな!」


 ここからもう大変だった。

 敵襲だとばかりに叫び声をあげる交代役ゴブリンを物理的に黙らせても手遅れ。

 次々にやってくるゴブリンをイークエスとガイスが前線で抑えつけるように戦い、サチが回復魔法と補助魔法を使い続け、あたしとチューズが援護しながら遠距離からゴブリンをやっつける流れ。

 幸いだったのが発見されたのが小屋から離れた位置だったこと。

 魔物の群れにゴブリンしかいなかったこと。

 そんなにゴブリンの数が多くなかったこと。

 一気にじゃなくて、流れるように一匹づつくらいの感じでゴブリンが襲ってきたこと。

 もしも多くのゴブリンがまとめて襲ってきてたらヤバかった。

 対処しきれなくて、イークエスとガイスがやられちゃったかもしれない。

 それでも。

 なんとかゴブリンたちを倒すことができた。

 最後の一匹を倒すころには、もう、あたし達はヘトヘトに疲れ切っていて。


「はぁ、はぁ、危なかった。初めての依頼だったら、ぜったい危なかった……!」

「う、うおお、魔力が無ぇ……死ぬかと思った! もう何の魔法も使えねぇ……!」

「はぁ、はぁ、生きてる……! うおおおおおおおああああ!」


 と、男の子は生を実感していた。


「はぁはぁ、ふぅ。ごめんね、サチ。あたしのミスで」

「はぁはぁ……だいじょうぶ。……ふぅ、ふぅ。生きてるから。だいじょうぶ」


 サチも魔力を使い切ったみたいで神官服が汚れちゃうのもおかまいなしに山の中でぺったりと座り込んでいた。

 あたしも息が切れてたし、投げナイフも全部使い切っちゃった。

 回収できたらいいけど、集落で売ってるかな?


「とにかく……ゴブリン退治できて良かったぁ~……」


 普通に依頼失敗したんじゃ、事件のオトリにも成れない。

 無事に魔物が退治できたことを。

 あたしは心底、安心した。

 まぁ、それよりも――


「あたしのミスだなぁ……」


 あとでたっぷり、師匠に怒ってもらおう。

 それが、あたしにできる精一杯の反省だ。

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