~可憐! 新たな挑戦とデュラハンの石~
「くぁ~」
と、あたしは欠伸をした。
今はイークエスが依頼を受注するために長椅子で待っている状態。他にもルーキー冒険者たちがぞろぞろと準備を整えていて、冒険者ギルドはにぎわっている。
いつもの光景だし、いつもの様子。
誰かが行方不明になった、みたいな雰囲気じゃない。
そういえば最近見てないな~、っていうルーキーはいなかった。
「……寝不足?」
「あ、うん。夜中に目が覚めた」
隣に座ってたサチが聞いてきたので嘘をついておく。
本当は師匠と女子トイレの中で会ってたせいで寝不足なんだけど。盗賊ギルドとかオトリになってるのとかを抜きにしてもぜったい言えるわけがない話だよね……
師匠の名誉が危ない。
「パルも緊張してるのか?」
「え? あぁ、うん。ガイスは大丈夫?」
「緊張していない、と言えば嘘になる」
と、ガイスは大きく息を吐いた。
「この緊張感は久しぶりだな。いや、毎回こういうのじゃないとダメなんだろうけどさ」
そういうチューズも大きく息を吐いて、自分の汗ばんだ手を見てごしごしとズボンでぬぐっている。
「そっか。そうだよね。サチも緊張してる?」
「……うん」
みんなが改めて緊張しているのは、今日から普通の依頼を受けることに決めたから。
普通の依頼っていうのはちょっと変な表現だけど。
つまり、領主さまが用意したルーキー専門のぬるい見張り巡回の依頼ではなく、本来受けるはずの一般的なルーキー用の――領主さま以外からの依頼を受けることにしたのだ。
毎日ある代表的な依頼は地下にある下水道での魔物退治。これはどっちかっていうと領主さまからの依頼になっちゃうのかな? 街の治安維持みたいな仕事。
もっと分かりやすいのは、近くの村から依頼されたゴブリン退治。
もしくは、畑を荒らす野生動物のウルフ退治。
とか、そういうの。
当たり前に受けているはずの簡単な依頼を、あたし達はもっともっと簡単な依頼を何度も何度も受けていることになってる。
生きていける。
生きては、いける。
でも、このままじゃいつまでたってもレベルアップはしてもらえない。
いずれ工事が終わった時に、もう見張りがいらないよって言われた時に、ベテランみたいな風格でそこにいたとしたら逆に恥ずかしい。
そんな感じだから。
いつまでも同じ依頼にいるのではなく、卒業もしないといけない。なにより、後から入ってきたルーキー達に席を空けるっていうのも必要だ。
と、昨日の夕食でみんなで話し合った結果。
言い出したのはイークエスだけど、ガイスもチューズも同じように思ってたらしい。サチは反対する理由もなかったって感じでうなづいた。
あたしも、もちろんオーケー。
なによりオトリっていう役目があたしにはあるので、ようやく本番が始まった、みたいな感じかな。
別の依頼でこそ、行方不明になる原因がつかめるはず!
あと、ここからもっと難しい依頼を受けられるようになると、報酬も増えたりするので、いろいろと美味しい物が食べられたりするかも?
オトリっていう仕事の最中だけど。
それでも、お金がもらえるのは嬉しい。
「あ、そういえば……」
昨日の夜。
師匠から渡された物があった。
あたしは財布を取り出して、その中から師匠に渡された魔物の石を取り出す。
「うお、なんだその石。どっから盗んできたんだパルヴァス」
と、チューズがあたしの手を覗き込む。
どう考えてもゴブリンとかコボルトと魔物の石のレベルが違うことが一目で分かる。
大きくて、深い青とも黒とも言えない色をしていた。
「ぬすんでなーい! 盗賊だからって盗むと思わないでよぅ。これは師匠にもらった物だよ。すっかり忘れてた」
「へぇ~。換金するのか? なんていう魔物の石?」
見せてみせて、というチューズに渡すとガイスとサチも石に注目する。
やっぱり冒険者だけに魔物の石には興味があるのかもしれない。
レベルの高い魔物を倒せば、それだけで証拠になるっていうし……実物を見たり触ったりするのもステータスの一種なのかも?
「デュラハンだって。レベル52だっけ?」
「……は?」
あれ、間違えた?
レベル55だったかなぁ。それとも50? 魔物図鑑には52って載ってたはず……?
もしかしたら新しい魔物図鑑だとレベルが上がったりしたのかな?
「お、おお、おまえの師匠って何者?」
「え? 盗賊だけど」
「いやいやいや……いやいやいやいやいや」
チューズはおっかなびっくりと魔物の石を返してきた。
「やっぱりパルヴァスってすげぇのか。いや、普通に凄いヤツだとは思ってたが、師匠がデュラハンを倒すレベルってやばくないか?」
「あ、あぁ。イークエスみたいな感じで、パルヴァスはどこかのお嬢様かと思ってたけど……やっぱり相当凄いみたいだな……チューズはパルヴァスの腰のナイフ、見たことあるか?」
「いや、無い。なんだ? なんかすげぇナイフなのか?」
「女子の間では、物凄いマジックアイテムだって噂が流れてるらしい……めちゃくちゃ綺麗な刀身なんだって」
「じゃ、じゃぁどうしてパルヴァスは使ってないんだ?」
「使う必要がない……ザコ魔物なんて投げナイフで充分ってことなんじゃないか?」
「使うに値しない、ってやつか……!」
むぅ。
ガイスとチューズがこっちを見ながらこそこそと何か話してる。
盗賊スキル『聞き耳』。
まだ使えないんだよね……
いや、聞き耳する場面じゃないのは分かってるんだけど。
「サチ~、男の子があたしのことチラチラ見ながらバカにしてるぅ~」
「……違うわ。パルヴァスが可愛いから噂してるのよ」
「目の前で!?」
くすくす、とサチは笑った。
というかサチも冗談とか言うんだね、知らなかった!
「依頼、受注してきたぞ……って、何やってんだ? もうちょっと緊張して待ってると思ってたんだが」
「あ、イークエス。パルヴァスがすっげぇ魔物の石持っててさ」
「魔物の石?」
依頼を受けて戻ってきたイークエスに、あたしは魔物の石を見せてあげた。
「これ。師匠からもらったヤツ」
「師匠が……すげぇな、これ。何の魔物なんだ?」
「デュラハン」
「デュラ……なるほどな」
一瞬、イークエスの視線が険しくなった。
なにかデュラハンに思い入れでもあるのかな?
それとも師匠を意識してるとか?
ふふん。
あたしの師匠、凄いでしょ!
って、イークエスに自慢したい気分だ。
「ふーん。よし、さっさと換金してこいパルヴァス。ほら、おまえらは装備点検だ。冒険の基本はここから始まってるからな」
はーい、とみんなはお互いの装備を確認し合う。
あたしはその間に受付でデュラハンの石を換金してもらった。
「うわ」
と、受付のお姉さんも驚いていたので……
やっぱり師匠って凄いんだなぁ、と思った。
「こ。こちら、換金額の銀貨七枚です。ひゃ、100アルジェンティ銀貨であることをご確認して、くだ、さい……」
魔物の石。
デュラハンの石。
師匠がポンとくれるものだから、もっと安いと思ってたのに……
700アルジェンティ……
受付さんの手も震えちゃってるけど、その気持ちすっごい分かる。
「うわぁ……」
やっぱり師匠って凄すぎるんだなぁ……って、思いました。
なんだか一気に財布が重くなった気がして。
あたしはコソコソと移動してしまうのでした。
うぅ。
あたしの小心者ぉ。
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