~卑劣! 弟子が頑張ってるんだから~

 王都から帰ってきて三日が経った。

 パルは冒険者として依頼をこなし、その間に俺は色街に聞き込みをしたり、商人たちから情報を得たり、領主さまに話を伺ったり。

 と、いろいろとやってみたものの……得られた情報は少なく、有力なものも無かった。


「やはり犯人は動いてないと考えるのが一般的か」

「だろうね」


 報告と新情報が無いかと訪れた盗賊ギルドで、ルクス・ヴィリディは肩をすくめた。


「行方不明とされているルーキーで、死亡が確認されたリストが出来たぞ」


 そして差し出してきた紙を受け取り、俺は内容を検める。


「ふむ。これが最新の情報か」

「現時点でな」


 やはり、というべきか。

 だからこそ、と納得するべきか……


「男女関係なく、パーティ全員が発見されている、か」

「行方不明にバラツキが無い。男だけが発見された例が無いからな。やっぱり男もどこかで働かされてると考えるべきじゃないか。鉱山の採掘とか、力仕事だろ?」

「ドワーフを雇うほうがよっぽど効率的だと思うが……隠し鉱山でも見つけたか?」

「うーん。だったら、鉱物の流れが濁るはずだ。商人を当たってるが、大きな変化はそれこそ河川工事の恩恵ばっかり。その他に関しては、怪しい動きは無いって話だぞ」


 俺は大きく息を吐いた。


「手を挙げていいか」

「バンザイなら許すが白旗は許さん」


 うへぇ、と声を漏らしたいところだが……

 今もパルが頑張って冒険者をやっているので、師匠の俺が投げ出すわけにもいかないだろう。


「こうなったら、学園都市まで行って娼婦になった娘に話を聞きに行くのが一番早い気がするんだが?」

「発見できればいいけどな。どう考えても、そっちにも犯人の関係者がいるだろ。その娘が自主的に働いてるとは思えん」


 確かに。

 拉致られ、学園都市まで移動させられて。

 それだけで素直に働くとは思えない。

 犯人の関係者がまず間違いなく学園都市にもいる。

 もちろん、そんな情報は向こうにも行ってるはずなので、今さら伝えるべき話でもないか。

 なんにしても厄介なのは距離だ。

 情報伝達を迅速に行うには、お金が掛かり過ぎる。スクロールだって無限に手に入るわけではないし、地道に学園都市まで手紙のやり取りをするしかないと考えると……


「……まずはこっちを解決してからか」

「師匠ちゃんの言うとおり。まぁ、向こうで解決するのが早ければいいけどな」


 と、ルクスが渡してきたのは手紙だ。


「学園都市の盗賊ギルドに情報を送って、調査をしてもらっているのはもちろんだが。これは着手した、という報告だけ。以降、続報は届いていない」


 ルクスの言う通り、手紙の内容はシンプルなもの。

 もちろん、暗喩的な表現を用いられており、一見すると商売を始めた内容にも思える手紙だった。

 そして、これ以降の報告が無いという事は、学園都市でも調査は進んでいないと考えられる。

 まったくもって厄介な話だ。


「こうなってくると、弟子ちゃんが狙われるのを待つしかなさそうね」

「確かにな」


 俺は肩をすくめつつ手紙をルクスに返した。


「その場合、パルちゃんを助けられる保証はあるのかい?」

「もちろんあるぞ。いま、パルがどこにいるのかも分かる」

「どうやって?」

「高いぞ」

「いくらだ?」

「ルクス・ヴィリディの人生ひとつが買えるほど、だ」


 つまり、売るつもりは無い、という意味。

 聖骸布の存在は、それこそ盗品を明かすことになる。今でも血眼で探し回ってる光の精霊女王神殿の総本部の人間は多い。

 それを盗賊ギルドに売ってみろ。

 情報は売り買いしてこそ価値があるものだ。

 いずれ、俺の元に刺客がやってくるのも時間の問題になる。ついでに、勇者の元にも行くことに繋がる可能性があるので、ぜったいに口を割るわけにはいかない。

 そんな俺の答えに、今度はルクスが肩をすくめた。


「わたしを欲しがるとは、まったく師匠ちゃんは欲張りだな」

「盗賊だからな。欲しい物はきっちり手に入れないと我慢できない性分なんだ」


 俺のそんな言葉にルクスは、違いないね、と苦笑した。


「で、それは絶対の信頼がおける方法なのか? 例えば、パルちゃんが今この瞬間に殺されたっていうのが分かるのかい?」

「分かる。ただし、捕まったり意識を失った程度では分からない。それでも、どこに捕まっているのかは完全に分かる」

「いきなり学園都市に転移してもか?」


 俺はハッキリとうなづいた。


「未発見の遺跡で、学園都市の近くに転移させられている……みたいな話か」

「もうそれくらいじゃないと説明できないだろ」


 俺も降参したいが、ルクスもお手上げ状態と認識しているらしい。

 どうにもこうにも黒幕の動きが無さすぎるのが原因か。

 よくもまぁ学園都市で娼婦をしている娘に話が聞けたものだ。それが無ければ永遠に発覚しなかった問題だぞ。

 運が良いのか悪いのか、考え物だな。


「いきなり転移しても、分かる。正確な位置までは分からないが……それでもどこに居るのかだいたいの位置は分かるな」

「魔王の領域でもか?」

「おう」


 冗談で言ったつもりのルクスだが、俺の返答には閉口するしかなかったようだ。


「とんだ切り札をお持ちのようで」

「隠してこそジョーカーだろ」

「ジョーカーは相手に掴ませてこそ、だ」

「……なんで例えがババ抜きなんだ。普通、ポーカーとかじゃないのか……」

「いや、師匠ちゃんがカッコいいのが許せなくて」


 えぇ~。

 やっぱり俺のイメージって、そういうところがあるんだろうか?

 優位に立つのが許せない的な?

 目立つな引っ込んでろ、みたいな?

 う~ん……?


「まぁ、いいか。それじゃ俺は色街の調査でもしてくる。他の仕事もあるだろうけど、ルクスも頑張ってくれ」

「はいはい。師匠ちゃんがわたしを欲しいって思ってくれる程度には頑張るよ」

「いや、年上のエルフはちょっと……」

「年下のエルフは貴重だぞ、このド変態が」


 と、奇妙な挨拶をして盗賊ギルドを後にした。

 そのまま色街を目指すが、相変わらず夕方以降にならないと目が覚めない場所なだけに、得られる情報も少ない。

 特に河川工事が始まって、多くの娼婦がそっちに出張しているという現状でもある。


「むしろ新人娼婦の数が減ってるね。イイことなんだろうけど、さ」


 とは、娼館エクスキューティの女主人であるドーミネさん。


「あんたのおかげでモグリの娼婦は見つかったんだけど、それ以上の情報は見つからないよ。むしろ犯人は現場から離れた場所で商売するのが普通じゃないのかい?」

「人を運ぶには労力が凄いだろ。それも誘拐っていう形なら尚更だ。そういった意味では、モグリの娼婦をやらせてる可能性も高いんだが……」

「見つからなかったねぇ。その考えは納得のいくものだけど、実際に無理やり働かされてる元冒険者の娼婦も、モグリの娼婦もいなかった。商売する場所は別じゃないのかい?」


 うーむ。

 と、俺が腕を組んで考えを巡らせるが……


「アレかねぇ」


 ドーミネさんが何か思いついたかのように、ポツリとつぶやいた。


「特殊性癖なんじゃないの?」

「特殊性癖か……」


 あまり大きく言えないが、俺のロリコンもそのひとつであるし、領主さまの娘であるルーシュカさまのショタコンも、特殊性癖と呼ばれている。


「死体愛好。ネクロフィリア」


 ポツリとつぶやくようにドーミネさんが言った。


「あぁ、なるほど。死体が見つからない理由か……」


 生かされたまま運ぶのは大変だが、死体になってしまえばそんなに困らない。

 なにせ重い荷物といっしょだ。

 暴れないし、逃げもしない。


「防腐の魔法をかけられたら死体が腐らないそうじゃないか。娼婦より商品寿命が長いよ。おっと、今のは他言無用をお願いね。みんなに怒られちゃう」

「言わないさ。そういった線でも調査してみる。ありがとう、参考になったよ」

「どういたしまして。と言いたいんだが、いい加減に遊んで行かないかい? なかなか気前が良いそうじゃないか、エラント。ウチにお金を落としていってくれよ」

「落としたいのはヤマヤマだが仕事中だ。今度、ヒマになったら遊ばせてもらう」

「ま、期待しないで待ってるよ」


 ドーミネさんの言葉に苦笑しつつ、俺は娼館を出て色街を眺める。

 そろそろ一日の終わりが近づいてきて、色街の一日が始まる頃合いだ。


「特殊性癖か……次はその方向での調査か」


 こういう人格の根源に迫るような話は、なかなか漏れてこない。ロリコンやショタコンなんて、特殊性癖界隈からすれば上澄みも上澄み。綺麗な方だ。

 ネクロフィリアなど、まだ分かりやすいかもしれない。


「無機物に情欲を抱く『対物性愛』とか。あとは人形性愛症……ピグマリオンコンプレックス。他にも妖精にしか性的興奮をおぼえないっていうのも聞いたことがあるが……ま、関係しそうなのはそれこそネクロフィリアか」


 さてさて。

 人の汚い部分を探るのが盗賊という職業でもあるのだが。

 いかんせん、見たくもない部分を暴くのは、こちらとしてもやりたくないものだ。


「パルには見せられんな」


 別々の行動にしておいて良かった。


「ん?」


 と、気づく。

 そろそろ帰ってきて良いはずのパルの反応が、まだ遠いところにあった。

 聖骸布で感じ取れるパルの位置は、街の外だ。


「依頼が長引いてるっぽいな。確か今日から別の依頼を受けるんだったか。我が愛すべき弟子も頑張ってるんだ。俺も頑張らんとダメだなぁ」


 事件が解決しないと音を上げている場合ではない。

 パルが頑張ってるのに、師匠たる俺が足を止めるわけにもいかない。


「弟子に負けないように頑張ろう」


 と。

 気合いを入れなおしたのだが……

 この時点での俺の判断は――果たして間違いだった。

 この日。

 パルたちのパーティは帰ってこなかった。

 そう。

 愛すべき我が弟子は行方不明となったのだが、それに気付いたのはまだまだ後であり、真夜中になってからだった。

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