~黒幕! 古代遺産『ロンチッド・ガブルム』~

 何もしなくてもいい。

 というのは、すこぶる気分が良かった。

 他の連中は商売だ仕事だと汗水たらして働いている中、そんなことせずにベッドの上で寝そべっている気分は最高だった。

 怠惰だ。

 怠け者だ。

 働いてこそ人生の意味がある。

 寝てるだけでつまらなくないの?

 そう怒るヤツはいるかもしれない。

 そんなクソつまんねぇ疑問を抱くやつもいるかもしれない。

 だが待って欲しい。

 貴族さまだって何にもしてなくても金がもらえて、それでいて優雅な暮らしをしてるじゃないか。

 王族の舞踏会とかパーティに呼ばれたりして、良い物を喰ってるじゃないか。

 働きもしないで。

 と屁理屈を言えば、相手はこう返してくる。


「貴族だからいいんだよ」


 と。

 呆れて反論する気にもなれない。

 貴族が活躍したのは大昔の戦争がある時の話だ。

 今は魔物がいるせいで、国と国が戦争をしている余裕なんてなくなった。戦争なんてやってたら、横から魔王に国ごと滅ぼされてしまう。

 第三者があらわれて、ようやく世界は平和になったんだ。

 魔物のおかげで人間は足並みをそろえられたんだ。

 でも、しかし。

 殺しても殺しても湧いて出てくる魔物。それに対処するのは貴族じゃなくて冒険者だっていうのだから、ちゃんちゃらおかしな話だ。

 領民の暮らしを守るのが貴族の仕事じゃないのかねぇ。

 なんて思いながら、オレはグラスの中身を傾ける。


「はぁ、こいつも美味いなぁ……」


 酒の飲み比べ。

 贅沢な話だ。

 自分で決めた一本ではなく、いろいろと試せる余裕。

 人生が豊かになる、とはこういう事か。

 何が怠惰だ。

 素晴らしいじゃないか。

 毎日まいにち腹いっぱいに飯が食えて、いろいろな酒を飲める。

 これ以上の喜びなんて、存在しないだろ。

 くつくつと笑いながらオレはガラス瓶の中にいる少女を見た。

 酒瓶を代用にした透明な監獄だ。

 裸の少女の大きさは手のひらサイズであり、ガラス瓶の大きさはそこらで売ってる物と同じサイズ。

 つまり、ガラス瓶が大きいのではなく、少女がひたすらに小さい。

 この少女が妖精族であるのなら、さほど不思議な光景でもないのだが……ありがたいことに少女はれっきとした『人間』だ。

 ま、エルフが欲しかったんだが……今さらルーキー冒険者のエルフを探すのは、レア過ぎて見つからないか。


「何か欲しいものはあるか?」


 オレの言葉に、果たして少女は暗い顔をしたまま膝を抱えて座り込んでいる。

 答えは無い。

 すでに反論する気力も無くなったらしい。

 いや。

 反論して、オレを論破したところで何も起こらないことを理解したのか。はたまた、オレが怒ってしまうのを見越した無視か。

 なんにしても酒がまずくなる話だ。


「ほら、喰っとけよ。大丈夫だって、気にすんな。飽きたらちゃんと解放してやるから」


 解放という言葉に反応してか、少女は顔をあげた。

 そこそこの美人だ。

 まだ少女の面影が残っているが、冒険者にしておくのはもったいない。踊り子や、それこそ娼婦だったら割と良いところまでいけるだろうが、冒険者という職業ならば天井は知れている。

 だったら、男に股を開いて金を稼ぐほうがよっぽど楽だろ。

 そうオレは思うんだがなぁ。

 パンの欠片とチーズを瓶の口からポロポロと落とし入れた。

 まったくもって、安上がりだ。

 机の上に落ちたパンの欠片でさえ少女にとっては普通サイズ。拉致した人間の維持費用がここまで安いっていうのは、恐ろしいほどのメリットだよな。


「どれ、飯を食ったのなら酒も飲むか?」


 オレが下卑た笑みと共にそう言うと、少女の顔色が変わった。

 そう。

 それが見たかった。


「や、やめて! やめてください!」


 瓶の中で反響する少女の声が聞こえる。小さな小さなか細い声で、オレに懇願する姿は――まぁ、そそるものがあるよな。

 ペットのように、小さな人間やエルフがオレみたいな人間に懇願するんだぜ?

 許してください。

 やめてください。

 おねがいします。

 それも絶望顔で、だ。

 何度聞いてもゾクゾクするし、何度やっても飽きない。

 まぁ、それで潰しちまったら後始末が面倒だけど。それでもゴミ箱にでも捨てておけばいいし、なんなら生ゴミといっしょに捨ててしまってもゴブリンが喰ってくれるしな。

 ただ、補充の問題がある。

 気に入った娘がなかなか手に入らないのは問題だ。


「あんまり派手にやるなよ、って坊っちゃんは言うけど……もうふたりくらい欲しいよなぁ。こんな方法ぜったいバレないんだからよ」


 オレはそう言いながらガラス瓶の中に酒を注いでいく。

 浴びる程の酒。っていうのは、オレにとっちゃ夢のような状況なんだが。


「や、やめ! おぼれ、いやああああ!」


 瓶の中はそれどころじゃない、っていう感じで少女が絶叫していた。

 浴びるほど飲みたい。

 とは言うが、程度の話、ということか。

 ガラス瓶の中にトクトクと注がれた酒はやがて少女の足を浮かせる。酒の中で泳ぐ、なんて行為を体験できる貴重な人類の誕生だ。


「ほら、がんばって泳ぎ続けろよ」

「やめてください、っぷあ、おねが、おねがいします」

「へへへへへ。酒でマシだぜ、おまえはよ。ギャスのヤツなんか、興奮しちまって瓶の中に何度も出してるって言うじゃねーか。どんなもんなのかね、白濁液の風呂ってやつは」


 オレの言葉に少女の顔が蒼白になる。

 ま、やらねーけど。

 しかし、ギャスは鬼畜だねぇ。

 最初の少女は、それで溺死したそうだ。笑えない最期だし、悲惨だな、と思う。まぁ、俺も調子に乗って瓶を振り回して、死なせてしまったこともあるが。


「なんにしても、坊っちゃんに感謝だな」


 人間を小さくするマジックアイテムなんて、使い道など無いって思ってたんだが。

 元は戦争時に兵士を大量に輸送するための道具だったらしいが、捕虜に使ってないとはこいつの使い方がまだまだ甘い。


「おまえも活躍できてよかったな『ロンチッド・ガブルム』さんよぉ」


 テーブルの上に置いてあったハンマーを持ち上げる。そこそこの重さのある金属製のハンマーで、装飾品が付けられていた。

 一見して普通の金槌にも見えるが、こいつがマジックアイテム……いや、破格の性能を持った古代遺産、アーティファクトだとは誰も思うまい。


「へへ」


 オレは瓶の中で、あっぷあっぷと溺れそうになってる少女をテーブルの上にぶちまけた。

 酒といっしょにこぼれ出てくる小さな少女。

 げほげほ、とアルコール臭を漂わせながらせき込んでいる少女を見て、ゾクゾクと背徳感が高まっていく。

 あぁ、もう我慢できねぇ。と、オレは『ロンチッド・ガブルム』で少女を軽く叩いた。

 すると――


「げほっ、げほっ……う、うぅ」


 みるみる少女はでかくなって、テーブルから転がり落ちた。

 しこたま酒を飲んでしまったらしく、酩酊状態だ。溺れかけた原因もそれだろう。

 逃げられる心配もないし、抵抗される心配もない。

 昼間っから酒と女。


「さいっこうの生活だな」


 貴族よりも。

 王族よりも。

 皇族よりも。


「へへ」


 今のオレの生活が、確実に上をいっていると確信できた。


「よう、問題はないか?」

「お、これはこれは坊っちゃん。へへ、問題どころか幸福しかありませんぜ。学園都市からの送金でオレらの生活は充分ですぜ」


 女を抱きながらオレは答える。

 そりゃ貴族さまに比べたらショボイかもしれないが。

 オレにとってはダラダラと寝て起きて飯を食って酒を飲んで女を抱ける。

 これ以上ないってくらいに幸福だ。


「そいつは良かった。次のターゲットが決まったぞ」

「おぉ。どんな女がいるんです?」

「いや、オレがもらう」

「坊っちゃんが?」

「あぁ」


 これはこれは喜ばしい。

 坊っちゃんが女を欲しがるとは、もうそんな年になられましたか。


「いつも通り、頼むぞ。オレは参加できないから、状況は完全にそっちに任せるからな」

「へへ、任せてください。もう何度もやってるんです。オレらだけでも充分にやれますよ。ターゲットの女はひとりですかい?」

「いや、ふたりだ。ひとりはオレがもらう。もうひとりは好きにしていいぞ」

「分かりました。じゃぁ、こいつはまだキープですな」


 安易に捨てて、次が手に入らないと困る。

 大事に大事に。

 それこそ、人形のように愛でるとしようじゃないか。


「ふん」


 腰を振るオレを見て、坊っちゃんは鼻を鳴らす。

 いやいや。

 近々、坊っちゃんも。

 こちら側へ来るんですから。

 オレの気持ち、分かると思いますよ?

 ねぇ?

 イークエス坊っちゃん――

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