~可憐! 目撃されてた師弟愛~

 うぅ――

 ――お腹が重い。

 なんて思いながら、あたしは冒険者ギルドに戻ってきた。

 夜になると、みんな寝てるから静まり返ってる。受付のお姉さん達も自分の家に帰っているので、夜の間はとっても静か。

 それでも人の気配とかがあったりして、あたしはお腹をさすりつつ受付のある入口近くの長椅子に座った。

 というのも――


「……おかえり、パルヴァス」


 入口の近くにサチがいたから。


「ただいま、サチ」


 何をしてたのか分かんないけど、サチが待っていた感じだったので、であたしはお腹をさすりつつ、長椅子に座った。

 そんなあたしの隣にサチも座る。


「……さっきのが師匠?」

「あ、見てた?」


 えへへ、とあたしはほっぺたを抑えた。

 どうやら師匠におんぶされているところを見られてたっぽい。会話は聞こえる距離じゃなかったと思うけど、ちょっと恥ずかしい。

 顔が赤くなってるかも~。

 あ、でもでも、これってチャンスかも!?

 一度でいいから話してみたかったんだよね、師匠のこと!


「ね、ね、サチも見たなら分かるよね。カッコいいでしょ、あたしの師匠!」

「……普通のおじさん」

「えぇ!?」


 あれぇ!?

 おかしいな。

 めちゃくちゃカッコいい盗賊のはずなんだけどなぁ。

 師匠は太ってないし、身体は鍛えてあるから引き締まってる。筋肉ムキムキの戦士タイプじゃなくって、ガリガリに見えるけど最低限の筋肉はある感じ。

 うーん、細マッチョって訳でもなくて……え~っと、しなやか?

 美しくてしなやかな身体!

 と、あたしは思うんだけどなぁ。


「うーん。じゃぁ、サチがカッコいいって思う人って誰?」

「…………いない」


 いつもより長く考えて。

 結局答えをはぐらかせたサチ。


「むぅ。卑怯だぞ、さっちん!」

「さっちん!?」


 あ、珍しくサチが驚いた。

 あはは!


「……さっちんって呼ばないで」

「えぇ、いいじゃんさっちん。サチっていうより呼びやすいよ?」

「……変、だもん」

「まぁ、変なのは変だよね」


 むぅ~、とサチはあたしをポクポクと叩いてきた。

 ぜんぜん痛くない。ちゃんと加減してくれてる。


「あはは、分かったよぅ。ちゃんとサチって呼ぶから。さっちんって呼ばないからぁ」

「……もう。パルヴァスのいじわる」


 くちびるを尖らせつつ、サチはぷいっと顔をそむけた。

 でも、すぐにクスクスと笑う。


「あはは。お腹叩かれたら生まれちゃうよ」

「……吐かないでね」


 大丈夫だいじょうぶ、とあたしはポンポンと自分のお腹を叩いた。ほんと、ちょっと妊娠してるっぽい。あはは。


「でも、師匠はカッコいいと思うんだけどなぁ。イークエスとかガインとか、チューズとかには無い……なんていうの、こういうの?」

「……渋さ?」

「そう、それ!」

「……もしくは、大人の色気」

「それも!」

「……ついでにお金」

「断然そこ!」

「……お金に釣られるなんて、ダメな子ねパルヴァス」

「いやん!」


 サチが冗談を言ってくれるなんて嬉しい。

 と、あたしはサチに抱き着いた。

 ちょっと迷惑そうにサチは顔をあたしから離すけど……嫌がってはいないっぽい。


「あたしは師匠が好きだけど。サチって誰か好きな人いるの?」

「……パルヴァスが好きよ?」

「ほんと?」


 コクコク、とサチはうなづいた。


「あたしもサチのこと好き!」

「……ちゅーできる?」

「できる!」


 あたしはサチにキスをしようとしたけど、思いっきり顔をつかまれて阻止された。


「なんで、させて、くれない、の!」

「……恥ずかしい、から、よ……ぶふっ!」


 思いっきり顔を抑えられたから不細工になってしまったのか。

 サチが思いっきり噴き出した。


「ちょっと、笑わないでよ。あたしのこと好きなんでしょ。不細工でも愛してよぅ」

「……パルヴァスの綺麗な顔が好きだから。さっきの不細工なパルヴァスは嫌いよ」

「えぇ~。あたしの顔だけぇ~?」

「顔だけ。ほら、もう寝ましょ。明日からまた冒険に出ないと」

「はーい」


 トイレに行くっていうサチと別れて、あたしは階段を登って雑魚寝部屋へ行こうとしたんだけど、階段の上にはイークエスがいた。


「ありゃ、イークエス? どうしたの? トイレ?」

「あ、いや。楽しそうに話してるのを聞いたら邪魔するのもどうかと思って」

「あはは。別にいいのに」


 仲間でしょ、とあたしはペシペシとイークエスの腕を叩いた。


「さっき、外を歩いて帰ってくるのを見たんだが……あれがパルヴァスの師匠か」

「え、イークエスも見てたの!? 恥ずかしいなぁ」


 見られまくりじゃないか、あたしと師匠。

 おんぶされてるってバレたから、照れちゃう。


「そのお腹――」


 イークエスがあたしのぽっこりふくらんだお腹を指さす。


「あはは。妊娠しちゃった。師匠とあたしの子だよ~。おぉ~、よちよち」


 冗談であたしはお腹をさすってみせるけど……

 イークエスは笑わなかった。


「――あんまり食べ過ぎると動きが鈍くなる。気を付けろよ」

「うっ……」


 ド正論ど真ん中のことを言われて、あたしは黙るしかなかった。

 うぅ。


「あ~う~……さすがあたし達のスバラしきリーダー。こ、これからは気を付けます……」

「いや。あぁ、うん。そうだな」


 なんとなく歯切れが悪そうなイークエスは、あたしのお腹をちらちらと見る。


「な、なぁパルヴァス。触ってもいいか?」

「ん? お腹? いいよ~」


 あたしはノンキにそう答えて、イークエスはおずおずと人差し指をお腹に伸ばしてきた。

 ぷに、と。

 イークエスの指がお腹に刺さる。

 ぷにぷに、とイークエスは何度かあたしのお腹をつっついた。


「あはは。ちょっとくすぐったい」

「……ほんと食べ過ぎだな」


 気を付けろよ、とイークエスはあたしの頭をポンポンと撫でた。

 ――あぁ、そっか。

 イークエスと師匠では、撫で方がぜんぜん違うんだなぁ。って思った。

 師匠のは優しい感じ。

 イークエスのは……なんだろう?

 ちょっと別な感じがする。

 同じパーティの仲間だと、こんな感じなのかな?


「オレは、ちょっと外に出てくる。明日の朝は寝坊するなよパルヴァス」

「分かってるよぅ。おやすみなさい、イークエス」

「おう」


 イークエスは背中越しに手をあげてから、階段を下へ降りて行った。

 そんなイークエスを見送って、あたしは雑魚寝部屋へ移動する。

 いつもの隅っこ近くの、いつもの場所で。

 まるで猫みたいに丸くなって、あたしは眠る。

 路地裏で眠るより、はるかに快適だからぜんぜん辛くない。

 これも全部、師匠のおかげだ。


「ふふ」


 師匠が王都から帰ってきてくれたし。

 もう、なんにも心配いらないや。

 なんて思いつつ――

 そういや、サチが遅いなぁ。トイレめちゃくちゃ長くない?

 なんて思いつつ。

 まどろみの中から、そのまま夢へと旅立つあたしでした。

 お腹いっぱいなので。

 朝まで熟睡しちゃった。

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