~卑劣! あいつとあの子は見ていた~

 うぅ、と背中から何とも言えないもだえる声が聞こえる。

 もちろん、背中に突然あらわれる魔物とかではなく、我が愛すべき愚かな弟子の声。


「だから食べ過ぎるなと言っただろうに」


 夕食をパルといっしょに食べたのだが……

 また加減を間違えたらしく、思いっきり食べてしまったようで。

 パルのお腹がぽっこりと膨らんでいた。

 ちょっとした犯罪的な姿だった。


「うぅ、師匠。もうちょっとゆっくり歩いてください」

「ワガママな弟子だなぁ、まったく」

「にへへ」


 苦しい、動けない~、と訴えるので仕方がなくおんぶしたのだが、どうにも嬉しそうなのが気になる。


「だって~。師匠といっしょにご飯食べるの久しぶりだから~」

「それと食べ過ぎは関係ないだろ」


 ちょっとズレてきたパルのお尻を持ち上げ、トンとジャンプする。


「おぇっ」

「ちょ!? 吐くなよ、ぜったい吐くなよ!」

「だ、大丈夫です……もったいないので」


 その理由もどうかと思うが。

 まぁ、パルにとっては食べ物のアリガタサっていうのは、俺や普通の人が感じてる倍以上を感じているのかもしれない。

 そういう意味では、注文しただけ、出された以上は全て食べてしまうのも理解できるが。

 それでもやっぱり。


「限度があるだろ」

「うぅ。美味しいですよ?」

「もしも貴族のパーティ会場に潜入する依頼が来てみろ。ドレスのお腹をふくらませた女の子をエスコートするのは俺なんだからな」

「えへへ。師匠とあたしの間に子どもが出来たみたいですね」

「分かってるんなら自重しろ」

「ふふ、笑えますよね、孤児少女が食べすぎなんて」

「そっちの自嘲じゃねーよ」


 以外と余裕あるじゃないか……もしかしたらワザとなのかもしれない。

 盗賊スキル……いや、弟子スキル『仮病』ってところか。

 使いどころは無いだろう。

 ま、おんぶしてやるくらいは全然かまわないので問題ないのだが。


「しかし、パル。おまえ、お尻が硬いな」


 おんぶするのに太ももを持っていたが、態勢を整えるためにお尻を支えた時に思った。

 お尻が硬い。

 本来、尻っていうのはやわらかいはずなんだけどなぁ。

 なんかこう、硬かった。


「ふぇ!?」

「もうちょっと肉付きが良くなればいいんだが。ま、それだけ喰ってりゃもうすぐか」


 お腹がでっぷりとしてしまう前に、お尻はマシになってくれるだろう。

 たぶん。


「むぅ~……女の子のお尻が硬いとか、師匠はレディの扱いがなってません」

「おまえさんがレディだったら、それ相応の対応をするぞ。レディは食べ過ぎて動けない、なんてミスは犯さないからな」

「ぐぬぬ」


 なにが、ぐぬぬ、だバカ弟子め。


「はぁ~……あたしがレディになって、お尻がふっくらしたら抱いてくれます?」

「おう、抱いてやる抱いてやる」

「師匠はお尻好き?」

「いや、断然貧乳派だ」

「なるほど! って、お尻がふっくらしたら胸も大きくなっちゃうじゃないですか! 今日しましょ! 今すぐやりましょ!」

「やらねーよ!」


 なんてグダグダと冗談を言いつつ、冒険者ギルドに到着した。


「ほれ、降りろ」

「えぇ~。あたし、まだ冒険者を続けるんですか?」


 嫌だ、とばかりにパルは俺の背中にしがみついた。

 しばらく会ってなかったせいか、どうにもワガママになってしまった気がするなぁ。

 いや、ワガママっていうより甘えんぼか?

 まったく。


「ほれ、降りろ。せめて次の事件が起こるまで続けてくれ。パルが狙われれば明日にでも終わるぞ」

「はーい。でも、捕まったらちゃんと助けてくださいよ?」


 しがみついていたパルはジャンプするように手を離して着地した。

 その衝撃で平気ってことは、やっぱりさっきまでのは仮病か。

 まぁ、しかし……

 お腹が膨れてるのは事実であり、明らかに食べ過ぎていたのも事実なので気を付けないといけない。

 でもまぁ、注文しすぎたのは俺のミスでもあるからなぁ……

 俺も久しぶりにパルと出会って舞い上がっていたのかもしれん。

 気を引き締めないといけない。


「ぜったいぜったい助けてくださいね!」


 パルの言葉に俺は苦笑する。


「当たり前だ。俺を誰だと思ってる?」

「すっごい盗賊?」

「俺は、おまえの師匠だよ」


 パルの頭を撫でて、おやすみ、と声をかけた。


「――お、おやすみなさい……えへへ」


 一瞬だけキョトンとしたパルだが、すぐに嬉しそうに笑った。

 まぁ、パルが喜んでいるようで何よりだ。

 そんな弟子に手をあげて、俺は冒険者ギルドから離れていく。

 立ち去っていく背中にしばらくパルの視線を感じていたが、それも離れていくと感じなくなった。

 ようやくギルドの中に入ってくれたらしい。


「ふむ」


 パルの視線とは別に……

 ふたつの視線があった。

 ひとつは一階から、もうひとつは二階から。


「一階のはサチだったか」


 パルの視線が俺から離れると同時に消えた。俺を見ていたのではなく、パルを見ていたっぽいな。


「問題はもうひとつの方か」


 二階からの視線が未だに消えない。


「――ほっ」


 俺は不意打ち気味に、身体の向きを刹那に反転させた。足首をひねる勢いと、ブレる視界に一瞬の苦痛を感じるが、この程度は慣れっこだ。

 命をかけた場面でやるのとは、覚悟の時間も違う。


「ふむ」


 確認できたのは……なるほど。

 パルの仲間のリーダーだったかな。


「仲間の心配をしているのかね」


 俺は後ろ向きに歩きながら視線の主が二階の窓から消えたのを苦笑しつつ確認した。


「ま、そりゃそうか。美少女なパーティメンバーが妙なおっさんと共に帰ってきたら気が気じゃないよなぁ」


 はてさて。

 彼はパルに惚れているのかどうか。

 パーティ崩壊の理由は金と女というが……パルが抜けた後のことを考えると申し訳ない気がするなぁ。


「もっとも」


 俺の抜けたパーティは、未だに前へと進めていないようなので、それはそれで勇者が心配になっているのだが。


「さて」


 宿である『黄金の鐘亭』に戻ってもいいが、その前に――


「聖印を調べておくか」


 すっかりと夜になり、人通りは皆無に等しい。

 俺は堂々と大通りを移動し、富裕区を通り抜け、パルが言っていた外壁を見つけた。


「あれか」


 もちろん誰もいない。

 怪しい気配とか神々しい気配なんかも何も無かった。


「勘違い……では、無さそうか」


 外壁の近くまで移動し調査すると、足元に描いてある聖印を発見した。

 パルの言う通り三角形の中に紋様のような感じで描かれている。


「大神ではなく、小神か」


 そういう意味では、危険な神、ではない可能性が高いか。

 いわゆる邪神と呼ばれるタイプの神さまは、人間種の信仰により混乱を招く。

 人生のゴールを自分の力で終わらせろ、という神さまであったりね。

 つまり、自殺しろ、と。

 神が耳元で囁いてくるそうだ。

 それは、まだマシな方の邪神であり――


「毒系統では無い、よな」


 毒を司る邪神。

 蛇神アングイスと呼ばれる神さまは、毒をバラ撒き人々を巻き込むことを推奨する。

 その戒律は『他人を苦しめよ』。

 見入られた者が井戸に毒を投げ込み、ひとつの村が壊滅した話もある。

 どう考えてもヤバイ神さまなのは、間違いない。

 しかし、そんな邪神の聖印も円を基本としているので、この三角形の聖印はやっぱりメジャーではなくマイナーな神さまのようだ。


「ん?」


 なにか――

 空気が揺らいだのを感じた。

 自分の左側。

 そこに、少女が立っているのを感じたが――誰もいなかった。


「いや、いる……神さまですか?」


 答えは。

 無かった。

 でも、おそらくパルが言っていた神さまだろう。

 怖くもあるが、恐ろしくはない。

 なるほど。

 パルの感覚は間違っていない。

 それを人間種はこう名付けたのだ。

『神々しい』。

 と。

 俺はうやうやしく頭を下げる。


「夜にお騒ぎ立てて申し訳ありません。あと、我が不肖の弟子が気分を害したことも謝ります」


 俺の言葉に、果たして神は答えてくれた。

 それは、どこか子どもみたいな感じであり、それでいて優しさもある……なんというのか、幼い少女が頑張ってお姉さんを演じているような――

 そんな感想を思ってしまった。


「――あ」


 そう認識したからか。

 認識できたからか。

 見えなかった、不明瞭だった神さまに少しばかり形が見えた。

 ツインテールの少女。

 真っ黒なのは、その長くボリュームのある髪も豪奢なドレスのようなワンピースも、真っ黒だったから。

 夜の闇に溶け込みそうな程に黒い少女の姿をした神さまが。

 近くに立ち、俺を見ていた。

 静かに口を開くその声は。

 やはり、どこか子どもがお姉さんぶっているように聞こえた。


「迷惑はかけない。だから放っておいて。わたしのことも、サチのことも。誰にも、何にも悪いことはしない。だから、放っておいて」

「……分かりました」


 俺はもう一度、頭を深く下げて礼をする。

 そして、頭を上げた時にはすでに神さまの姿は無かった。


「……」


 それでも。


「ありがとうございます」


 そう声をかけて、俺はその場を後にした。

 何の神さまかは分からない。

 けれど、それでも。

 あのサチという少女を使って悪いことをさせようと企むような神さまではないだろう。

 そう確信できるくらいには。


「可愛らしい神さまだ」


 と、思う。

 弟子とどちらが可愛いか?


「悩みどころだな」


 金髪ポニーテール美少女と、黒髪ツインテール神。


「甲乙つけがたし」


 うんうん。

 と、悩みながら、納得しながら。

 俺は宿に帰るのだった。

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