~卑劣! 娼館の並ぶ色街~

 そこそこ大きな街ならば、必ず存在するのが冒険者ギルドだ。

 冒険者とは言ってしまえば『何でも屋』。あらゆる仕事を請け負ってくれることもあり、大きな街になればなるほど需要が生まれる。

 それとプラスして、やはり社会性を持てなかった『つまはじき者』の受け入れ先でもある。暴力大好きな人間が普通に働いては問題だらけとなるが、冒険者に限っては英雄だ。強ければ強いほどに受け入れられた。

 冒険者がいる。

 ならば、その冒険者を目当てとする商売も発展する。

 ひとつが武器・防具、アイテム類を販売する店だ。

 冒険者にとっては必要不可欠な存在であり、武器や鎧はメンテナンスも必要なので需要は留まることを知らない。

 ルーキーからベテランまで、それこそ必ず必要になってくる商売相手だ。

 では冒険者が冒険を終えて行く場所は?

 と、聞かれたら飲み屋だ。

 ギルドに併設された食堂もそうだが、豪勢に食べたければ飲み屋にくりだすのが冒険者という生き物。

 自分たちの冒険譚を語り合いながら多いに飲んで食べる。

 一般的な人と比べて、彼らは大飯喰らいの大酒飲み。どんちゃん騒ぎも日常茶飯事とあってか、冒険者を狙った飲み屋が街に並んでいく。

 では、酔っ払っていい気分になった男は何をするか?

 聞くまでもない。

 女を抱く。

 その日の稼ぎを遠慮なく解き放ち、艶やかな衣装に身を包んだ娼婦、または男娼を抱くのだ。

 なにせ冒険者の命は短い。

 今日はうまく生き延びたが、明日がそうなるとは限らない。次の冒険で命を落とすかもしれない。

 無事に帰ってこれたとしても、片腕や片足が無くなってはもう仕事を続けることも不可能になってくる。

 だから冒険者は女を抱く。

 後悔しないように。

 欲望に忠実に女を抱く。

 明日に憂いを残さないように。

 明日死んでもいいように。

 欲望に従う。

 女でさえ、男を抱いた。

 だから自然とそれは生まれる。

 そこそこ大きな街ならば。

 冒険者ギルドがあるのならば。

 必ずそれは存在してしまう。

 世界最古の商売と言われるそれは、ぜったいに無くならない。

 それが娼婦たちの在籍する館が並ぶ『通り』。

 通称『色街』。

 夕方、夜から一日が始まる特殊な空間だ。

 一日のサイクルが通常のそれとは真逆となった世界。

 なので――


「少しばかり早すぎたか」


 まだ夕方にも早いという時間帯。ジュース屋で時間をつぶしたとは言え、まだまだ人通りもなく、色街は閑散としていた。

 居住区からは遠く、商業区の奥底とも言える場所。

 大通りに面した建物の全てが娼婦や男娼が所属する建物――娼館だった。特徴的な店の名前と派手な看板で人を呼び込み、大きな窓がどの店にも大通りに面していた。

 おそらく、所属する娼婦を見せるための窓だ。

 外から選んで中で指名する。


「……と、思う」


 残念ながら、あまり良く知らない。勇者ご一行としては近づいてはいけない感じだったし、その、ほれ、なんていうか、うん。

 ちょっと俺の性癖とは合わない空間だったので。

 うん。

 あとぜったい賢者と神官にエグイ目で見られることになるのは分かってたし。あの戦士ですら近づいてなかったと思うぜ?


「ま、今となっては重要な場所か」


 人が集まるならば、情報も自然と集まる。

 娼婦が国の重要な機密を知っている、なんていうのはよくある話なわけで。良い気分になった男は、なぜか話たがるんだよなぁ。

 自己顕示欲なんだろうか?

 そうなんだろうなぁ、たぶん。


「さて」


 そんなことを考えつつ色街に入ったのだが……

 情報収集するにも人がいない。

 大通りには人の気配がゼロだった。これでは、情報収集のやりようが無い。

 仕方がないので、とりあえず色街を一周してみることにした。


「ふむ」


 とりあえず、街一番の娼館『おひるね勇者さま』を発見。

 看板にデカデカと書かれたその文字列を見ると、やっぱり噴き出しそうになるので鉄仮面でも欲しくなる。

 なにせ色街で男がニヤニヤと娼館を眺めているのだ。誰かに見られたら誤解されてしまうのは間違いない。

 残念ながら中に人の気配はするものの入り口は閉ざされているし、大窓にはカーテンが閉まっていた。

 仕方がないので、次に行く。


「おっ、ここか」


 盗賊ギルドが運営している娼館『エクスキューティ』を発見。

 こちらは看板を見ても笑ってしまうことはない。普通の娼館だった。

 残念ながら入り口は閉まっているので、何も出来ることはない。


「へへ、旦那。旅人の旦那」

「ん?」


 と、エクスキューティと隣の娼館との間にある狭い路地から声が掛かった。

 見れば、みすぼらしい男が下卑た顔で手招きをしていた。

 頭髪が禿げ上がっているがヒゲはたっぷりとある人間の男。おそらく路地裏で生きる者だろう。あまり衛生状況はよろしくなさそうだ。


「へへ、へへへ。旦那、どこで遊ぶつもりだい? 俺ぁこのあたりには詳しいんだ。へへ、なんでも言ってくれ。ばっちり案内してやるぜ」


 俺は心の中で指をパチンと弾いた。

 動機はどうあれ、向こうから情報提供者が現れるとは幸いだ。


「おまえさんを信用したら怖いお兄さんが出てくるとか勘弁して欲しいが?」


 そういった罠には注意しないといけない。


「へへ、そいつは旦那、勘違いってもんだ。もし俺が他人とつるんでるなら、路地裏で生きてねぇよ。もっとマシな恰好をしてるはずだぜ」

「なるほどな。で、おまえさんのオススメは?」


 そいつは旦那次第だ、と男は肩をすくめる。


「俺にとって最高でも旦那にとっては最低だったりするだろ? へへ、女を抱き飽きた冒険者が醜女を探してる時もあったぜ。くくく、あれは難儀な案内だった」

「そんなもんなのか」


 わざわざ不細工な女を選ぶとは……おっと、いけない。

 女性は誰だって美人だ。うん。

 俺なんかが女性を顔で選んではいけない。そんな立場じゃぁない。心が美しければ、誰だって素晴らしい人間だ。

 うん。

 ただし! 心がブスなヤツは例外である。

 それこそ本物のシコメってやつだろうさ。

 俺の脳裏に賢者とか神官が思い浮かんだが、気のせいだ。


「旦那の好みを教えてくれよ。へへへ、ばっちり最高の女に会わせてやるさ」

「好みねぇ」


 俺は、とりあえず考えるフリをしておく。

 本当なら、小さくて可愛い女の子、と答えるところだが――


「変わった物が俺は見たいんだ。なにせ旅人なんでね。娼婦ってのはどこも同じに見える。エルフだろうが、見飽きたな。逆に……それこそ初々しい生娘が娼婦をやってるところなんて見たことない」


 と、伝えてみる。

 冒険者のルーキーが狙われたとなると、娼婦をやらざるを得なくなった者は必ず若い。生娘とは限らないが、それに近いはず。

 不自然にならないように、あと俺の名誉が傷つかないように誤魔化す上手い手と思ったが。

 果たして成功したかな?


「ほー。旦那は変わり者好き、しかも生娘みたいなのをお求めか。ちょいと難しいが、へへ、任せておけ。へへ、ひひひ」


 男はそう言って両手を合わせて揉み込むような動きを見せた。

 はいはい、要求は分かってる分かってる。


「よろしく頼むぜ」


 俺は銀貨一枚、1アルジェンティを投げてやった。

 案内料としては破格のはずだ。


「へへ、こ、こりゃ上客だ。こんなにもらっちまうと予定変更だな。ひひ、旦那。旅人の旦那、俺に任せておけよ。後悔はさせないぜ。これでも色街に住みついて長いからな。とびっきりの秘密の店に連れてってやるよ」


 当たりだ。

 男は運がイイと思ってるだろうが、俺も運がイイと思っている。これがいわゆるウィンウィンの関係ってやつだな。

 案内男が歩き出すので、俺はその後ろを付いていった。

 メインの通りではなく路地を進んでいく。さすがに色街というだけあって、路地は最高に汚い。生ごみから汚物、吐しゃ物まで不衛生で不潔な物が全てそろっていた。

 ぜったいにパルを連れてきたくないなぁ。

 なんて思いながら男の後に付いていくと建物の側面に張り付くようにして木のドアが一枚あった。

 普通に考えれば娼館の裏口にも思えるのだが……


「ここだ、旦那」

「ほう」


 おそらく、表の入り口とは別の客を迎え入れる扉だ。

 なるほど。

 色街の中でも、表向きではない商品を扱っている……ということだろうな。

 裏みたいな世界の更に裏側、という感じだ。

 これは最初から当たりを引けたかもしれない。

 借金を背負わされた冒険者ルーキーの少女が無理やり働かされている。

 そういう類の店のひとつ――の可能性が大きい。

 違ったとしても、ここから横の繋がりを探っていけば、いずれ正解が見つかるだろう。


「ひひ。ごゆっくり楽しんでいってくれよ旦那」

「ん? もう開いてるのか?」

「年中無休、オールオッケーっていうやつさ」


 最後にそう軽口のように答えて、男は足早に去っていった。

 妙にご機嫌だったのは、臨時収入があったからか、はたまた――?


「まぁいい。とりあえず入ってみるか……」


 ふぅ。

 と、俺は一息はく。

 うん。

 あぁ。

 実はめちゃくちゃ緊張しています。

 はい。

 うん。


「よし!」


 いつまでも扉の前にはいられない。

 気合いを入れて、俺は怪しい娼館の裏口の扉を開けるのだった。

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