~卑劣! 時間つぶしのジュースを一杯~

 冒険者ギルドを後にした俺はひとまず中央広場に来た。

 情報収集したいのはヤマヤマだが、残念ながら対象の活動時間は夕方から夜にかけて始まる。

 まだ日の高い内にあの場所へ行っても悪目立ちするだけなので、少しばかり時間をつぶす必要があった。

 適当に歩き回ってもいいし店の中で時間をつぶしてもいいが。

 確実な情報収集先がひとつあるので、そこを確認しておくのもひとつの手だ。


「ジュースを一杯くれ」


 というわけで、俺は盗賊ギルド所属のジュース屋のお姉さんに声をかけた。

 細い糸目の彼女は、いらっしゃいませ、とにこやかに応対してくれる。

 相変わらず表面上では作り笑顔と分からない完璧な作り笑顔に感心してしまうな。


「どれにします?」

「水で」

「おとといきやがれ」

「じゃぁ、ミックスジュースで」

「お兄さん好き」


 そんな、どうでもいい会話をしてミックスジュースを受け取る。


「何か情報でもいります?」

「逆だな。何か情報は入ったか?」


 ジュース屋の彼女は、おそらく盗賊ギルドでもそこそこ立場は上だ。基本的なギルド員の動きを把握しているに違いない。

 今回は盗賊ギルドでも敵対していると言える存在の案件だ。

 場合にもよるが、そういった相手の場合は情報は無料となる。

 ルクスからの情報を待ってもいいが、ジュース屋独自の情報があるかもしれない。

 それを聞いてみたのだが――

 彼女は答えるかわりにミックスジュースの入った素焼きのコップを渡してきた。

 つまり、新しい情報は今のところ何も無い、ということか。


「ふむ。ジュース屋としてはどう見る?」

「街の治安は悪くなってるわ。中央広場がさみしいもの。いつもだったら子どもが遊んでたりするのよ? でも今は静かな場所になっちゃったわ。まだ手遅れには成っていないけど、確実に影響はでてる。それを考えると、今まで動いてこなかった連中が動き出したとも考えられるわ。もちろんギルド員以外の連中ね。普通に考えて、ギルドを通していない仕事とは考えられないし、野良の盗賊か、もしくは不良冒険者と考えるのが普通かしらね」


 糸目の柔和な笑顔だった彼女が、素顔に戻っている。冷たい印象の美人といったところか。

 俺が聖骸布を使用する際に行う意識の切り替えのような感じかな。


「野良の盗賊か不良冒険者か。その肝心の冒険者は減っているのか?」

「えぇ。商人と同じく、この街を見限って他所に行った冒険者はそれなりにいるわ。通常に比べると多いと言える数かもしれないわね。でも、それだけじゃない減り方をしてる。理由もなく帰ってこないパーティが増えてる。特にルーキーが」

「ふむ。やはり不自然か」

「えぇ。確実に何か裏があるのは確か。何者かが動いていると思うわ。勘だけどね」


 ジュース屋もルクスと同じ意見というわけか。


「分かった。参考にさせてもらうよ。ありがとう」

「いえいえ」


 俺はジュース代の銅貨を彼女に渡し、ミックスジュースを口に運んだ。いろいろな果物の味が混ざり合って、独特な風味に変化しているのは面白い。

 なによりミックスジュースは美味しい。

 盗賊ギルドの情報員だけでなく、ジュース屋としても一流なのかもしれないな。


「――ん。あぁ、そうだ。ひとつ教えてくれないか」

「情報かしら?」

「いや、街の案内程度だ。ジュース代に含んでおいてくれ」


 仕方ないなぁ、とジュース屋は苦笑した。


「この街で一番の娼館の名前を教えてくれ」

「あら。童貞を卒業する気になったの?」


 ぶふぉぁ、と俺はミックスジュースを噴き出した。


「げほ、げほっ……! ぁああ、何をいきなり、くそ、げほっげほっ!」

「うふふ。ルクスから聞きました」

「あのゲラゲラエルフめ……」


 俺の情報を売りやがったな!

 ギルドメンバーの個人情報を簡単に売ってしまうとは、許せん!

 ちくしょう。

 あぁ、ミックスジュースが鼻に――痛い。


「まだあの子としてないんですか? ちっちゃくて可愛いのに」

「げほっ……ん、弟子だぞ。そう簡単に手を出してたまるか」

「そういうものですか?」

「そういうもんじゃないのか?」

「わたしは手を出した方がいいと思います」


 ジュース屋は確信を持つかのように言う。

 茶化した様子ではなく、真剣に語るような表情だ。

 ふむ。

 なんだろうか。

 もしかして師弟関係には男には分からない必要なことでもあるのだろうか?


「その方がぜったい面白いです」

「ぜったいにやらねぇ!」

「えー!」

「仮にやったとしても、ぜったいに言わない! 教えない! 墓まで持っていってやる!」

「いいじゃないですかぁ! あの子かわいいし、求めてるんでしょ!? 答えてあげるのが師匠の義務ですよ! ぎーむー!」

「例え義務だったとしても、ぜったいに教えないっつってんだろ!」


 ぶぅ、とジュース屋は頬を可愛らしく膨らませる。

 しかし、残念ながら今の俺にはまったく可愛く見えなかった。

 というか、パルの方が百倍かわいいからな!

 ババァが!

 言葉には出さないけど、このジュースババァが!


「いま、ぜったい失礼なこと思ってるでしょ」

「おまえが先に失礼なことを言ったからな。口から出したのはおまえが先だからな。俺の方が百倍マシだ」

「いえ、これでおあいこです。うらみっこ無しです」

「……はぁ。もういいや、それで。はいはい、オーケー。何も問題は無い」


 どんな理論でそうなるんだ、と反論したかったが俺はグッと意見を飲み込んだ。

 俺は大人なので、師匠なので我慢できるのだ。

 情けない話で言い合う大人の姿をパルには見せたくない。

 うん。


「はい、仲直りの印にオマケでもう一杯」

「ありがとう」


 コップに継ぎ足しでアップルジュースだけ注いでくれた。ミックスにする気はないようだ。


「それで、街一番の娼館を知ってるのか?」

「知ってるよ。『おひるね勇者さま』って名前の娼館」


 またしても俺は、ぶふぉぁ、とミックスジュースアップル多めを噴き出した。


「えええ!? わたし、何か変なこと言った?」

「す、すまん……恐ろしい名前だったので、つい……」


 なんつう名前を付けるんだ。今度あいつに会ったら是非とも教えてやろう。

 そんでもって、あいつにお金を渡して、是非とも娼館で遊んでいただきたい。

 是が非でも。

 うん。


「いやぁ、これは『情報』じゃなくて単なる噂なんだけどね。魔王征伐に向かった勇者さまってこの国が出身地っていうのは有名な話なんだけどさ。実はジックス街が出身だって噂があるのよ。それにあやかって、おひるね勇者さまって名前を付けたんだって。そうしたら、冒険者から勇者の名前にあやかりたい、と人気になって、あれよあれよと大繁盛したっていうのよ。何がヒットするのか分かんないわねぇ。わたしも勇者ジュースって作ろうかな」


 美味しくても売れないと思う。

 少なくとも、俺は飲みたくない。


「商売も人生も、難しいな」

「あはは。ちなみに盗賊ギルドが運営してるのは『エクスキューティ』だよ。ぜひぜひ遊んでいってね、童貞師匠」

「エクスキューティか。分かったよ、非処女のジュース屋さん」

「おう」

「素直に認めた……男らしい……」


 とりあえずジュースを飲み干して素焼きのコップを返した。


「ありがとう。時間潰しになったよ。有意義かどうかはさておいて」

「ふふ。今度は弟子ちゃんもいっしょに来てくださいね」


 ジュース屋の表情はすでに糸目の柔和なものに変わっていた。これ以上は話しても、何も出てこないだろう。盗賊ではなく、ジュース屋の顔だ。

 さてさて。

 少々痛む鼻の頭をおさえながら。

 俺は色街へと足先の方角を変えるのだった。

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