~卑劣! どうしようもなく師匠は心配性~
何も気にする必要はない。
ただ単純に冒険者になってこい。
あとはこっちに任せとけ。
なぁに、気楽に冒険者を楽しめばいいさ。
「と、弟子を送り出したはいいものの……」
俺は宿のベッドの上で腕を組み、天井を見上げた。
なんだろうか。
こう……そわそわする。
何か忘れてるような、何かやらないといけないことを放置しているような。身近に危険が迫っているのに、それに気づけていないような……
いや、違うな。
そういうのじゃない。
うーん。
なんだろう、これ。
久しぶりに部屋の中でひとりになった感覚は、なんというか落ち着かなかった。
浮足立つ、というやつか。
「うーむ」
白状しよう。
心配だ。
はっきり言って、心配だった。
もちろん我が弟子が。
パルが心配だった。
「いや、分かってる。分かってるんだ」
誰に言い訳するでもなく、俺は首を横に振った。
心配する必要なんて何も無い。
ちゃんと盗賊の基礎は教えたし、パルもなかなかどうして頑張って練習していた。もう魔力糸は簡単に顕現できるようになっているし、投げナイフも当たるといえば当たる。
なにより聖骸布を装備しているのだ。
そんじょそこらの冒険者より遥かに強くなっている状態ではある。
そう。
それに――
ただ弟子が冒険者になってくるだけの話なのだ。
それのどこに心配する要素があるっていうんだ。
逆に懸念材料を見つける方が難しいというものだ。穴をうがった見方をしない限り、パルが失敗してしまう要素が見当たらないのは確かだ。
仮にだ。
仮に想定外が起こったことを考えてみよう。
「そう、例えば……いきなり上級冒険者に誘われるとか?」
無いない。
冒険者はそれこそ命をかけてお金を稼ぐ職業だ。
新人の盗賊に命を預けられるか、と問われればノーに決まっている。盗賊を欲しているベテラン冒険者パーティがあったとしても、パルはぜったいに誘わない。誘うわけがない。
なので大丈夫だ。
うん。
「いやしかし、パルは美少女だぞ」
その身体を目当てで、いわゆる娼婦扱いで冒険に引っ張り出し、誰も目につかないところでヤリ捨てる……とか?
「いやいやいや。いやいやいやいやいや」
美少女とは言っても十歳だ。
うん。
まさか俺じゃあるまいし、早々とロリコンなんて世の中にはいない。パルをそういう目で見るのは、同年代のルーキーしかあるまい。
うん。
大丈夫。
だいじょうぶだ。
「そう。いずれ、だ。いずれパルを勇者の元に送り込むことを考えたら、いまの状況など欠片も心配する必要がないはずだ」
天と地、月とエルダーリッチ。
それぐらいの差がある。
「……いや、でも、うーん」
まさかを考えてしまうと、やはり落ち着いていられなかった。永遠に思考が悪い方へ悪い方へと流れて行ってしまう。
やはり……心配だ。
うーん。
うーむ。
ふむ。
「あ、そうだ。そうだそうだ。そうだったそうだった。あぁ、失敗したなー。パルにポーションを渡してなかったなー。いくら新人冒険者といえどもポーションは必ず必要だ。うん。あと、もう少しお金を持たせておくべきだな」
うん。
パルの支援をしないといけないので、仕方がない。
いや~、俺としたことが失敗だったなぁ。
まさか大事なポーションを渡すのを忘れるなんて。
「なんて失態だ。弟子に会わせる顔が無いな~」
今から顔を見に行くんだけどね。
「よし」
ただ銀貨を渡すのも、あまり上策ではないよな。
できればまとまった額の銅貨を渡したいところだ。新人が持っていても疑われない程度の金額を考えると、やはり銅貨が良い。
「ならば」
一狩り行こう。
俺は聖骸布を口まで引き上げ、能力を向上させる。必要はないと思うが、それでも念には念を、だ。なにより時間の短縮になる。
宿の部屋を出ると、そのまま廊下の窓から出た。素早く路地の裏へと回るとそのまま真っ直ぐ街の外壁を目指して一直線に走る。
「ふっ!」
外壁が見えればそのまま壁へと飛びつき、二歩、三歩と垂直に駆けあがる。重力と物理の限界が来たところで三角跳びの要領で壁を蹴り、近くの屋根に飛び移る。そこから更にダッシュして外壁を駆け上がった。
「ふぅ」
無事に頂上の高さに手をかけると素早く反対側に身を乗り出す。
周囲の状況確認は、やはり高いところから見下ろすのが一番だ。
「見える範囲に魔物は――いないか」
残念。
ならば、確実に魔物が『湧く』場所にもぐるしかない。
俺は外壁から外へ飛び降りると、そのまま下水を目指した。家や食堂、はたまた工房から流れ出す汚水は街の地下を流れている。
もちろん地下には人目が無い。加えて餌となる汚物がたくさんあるとなれば、魔物が侵入していても不思議ではない。
もちろん自然発生のように湧いているはずだ。
「これこそ冒険者ルーキーの仕事なのだが」
定番の下水掃除。
薬草集めやコボルト・ゴブリン退治と並んで、毎日といって良いほどに需要のある仕事だ。おそらく、今も地下を冒険者たちが一生懸命に戦っていることだろう。
「ここだな」
下水への入り口を発見。
躊躇なく侵入し、片っ端から魔物を退治していった。
残念ながらスライムのようなレベルの高い魔物はいない。いわゆる『おおねずみ』や女性冒険者が最大に嫌悪する魔物『ジャイアント・ローチ』ばかり。
こいつらが動物ではなくて魔物というのだから、なかなかどうして魔王っていうのは人間の嫌がることを理解している。
人間たちの足元には、人間たちが最大限に嫌がる存在を配置していた。
魔王が魔王たる所以なのかもしれない。
そんな下水を適当に走り回り――もちろん、汚れるつもりは一切ない――投げナイフの一撃でねずみとゴキブリ退治を適度に済ませて地上へと戻ってきた。
「まぁ、どうしてもにおいが付くのは仕方がないか」
仕方がないので、浄化ポーションを頭からかぶっておく。すぐに乾くだろうし、においも消え去るだろう。
「贅沢な使い方だな」
苦笑しつつ、バックパックに魔物の石を詰め込み――
「さて。かわいいかわいい弟子に支援をしますか」
俺は冒険者ギルドへ旅人のフリをしながら向かうのだった。
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