~可憐! 冒険者ギルドの来訪者~
冒険者の一日は、依頼を受けることから始まるんだって。
やることも、やれることもないので長椅子に座っていたらお姉さんが基本を教えてくれた。
冒険者としてのレクチャーっていうより、冒険者ギルドのレクチャー。
仕事がなくてヒマなのか、それとも新人への義務でもあるのか、お姉さんは明るく説明してくれる。
「基本的には、朝に依頼が掲示板に張り出されます。緊急の依頼はその都度、掲示板に張り出されるけど、滅多に無いです。なので、冒険者は朝に集まります」
お姉さんが示したのは、受付カウンターの近くにある掲示板。
そこに依頼内容が書かれた紙が張り出され、早い物勝ちで取っていき依頼が決定するそうだ。
「早い者勝ち……それって、ケンカにならないんですか?」
「それがね、意外とならないのよ。取り合いになったとしてもルーキーだけかなぁ」
そうなんですか、とあたしは驚く。
報酬が良くて楽な依頼は、みんなやりたいと思う。だから、その依頼が取り合いになるんじゃないか、と思ったけど違うんだ。
「ルーキーを卒業した先輩たちは、もっと報酬の良い依頼を受けたい。ベテランは更に上の依頼。そんな風にして、うまい具合に別れているの。実力が拮抗してるパーティは滅多に無いわね。得意なこと、不得意なこともパーティの構成によって変わってくるし。それこそ、一日で終わる依頼は少なくなってくるから帰ってくるのもバラついてくるわ。お休みしたいパーティもあるでしょ。だから、意外と競合しないのよね」
「ほへー」
そう言われたら納得できた。
毎日まいにち依頼がやってくるのは、身近で簡単な依頼。
逆に、危険で報酬の良い仕事は何日も掛かるような大変な仕事。
そう考えたら、あんまりかぶったりしないっていうのは分かる。
得意、不得意があるのも何となく分かった。神官がいるのといないのとでは、回復魔法が使えないから、ぜんぜん魔物との対応が違うと思う。
たぶん、そんな感じで依頼の取り合いが発生しないんだ。
「それこそ、ルーキーの仕事はたっぷりあるわよ。代表的なのは薬草採取と下水掃除ね」
「魔物退治じゃないんだ」
冒険者のイメージは、やっぱり戦うことが全てな感じがしていた。
でも、ルーキーの仕事は違うみたい。
「えぇ。魔物と戦うことだけが冒険者の仕事じゃないわ。良く言えば『何でも屋』、悪く言えば『雑用係』。お金さえ払えば何でもやってくれるのが冒険者よ。もちろん、お宝を目指して新発見された遺跡を自主的に探索するのも冒険者だけど」
くすくすとお姉さんは笑う。
「一攫千金の宝物を発見して、人生を『あがり』にした人を何人か見たわ」
あがり。
一生遊んで暮らせるお金を手に入れたってことだ。
人生でやらないといけないことを、全て終わらせたことを冒険者は『あがり』と呼んでいる。
その言葉は、英雄譚にも載ってるくらいだ。
だから、きっと誰だって知ってる言葉。
でもやっぱり――
「夢があるなぁ」
あたしは師匠を思い出した。
旅人で、宝石やお金をいっぱい持っていて、とっても強くて……それでいて、聖骸布なんていう、すっごくて、とんでもないアイテムも持っていて。
そして、遠くにいる師匠の友達がいて。
あぁ。
きっと師匠は、人生を『あがり』にしたんじゃないかな。
冒険者としてパーティを組んでたけど、人生をあがったから帰ってきたのかもしれない。
そんな風にあたしは思った。
「パルヴァスさんも、そんな夢が?」
「あたし?」
「はい。パルヴァスさんはどうして冒険者になったんです?」
え、え~っと。
「お、美味しい物が食べたくて……あはは」
ちらり、とお姉さんの視線があたしの身体に移動した。
うぅ。
師匠にいっぱい食べさせてもらって、ちょっとはマシになってきたけど……まだまだ貧相な身体なのは間違いない。
「そうですね。美味しい物、いっぱい食べられるように頑張りましょう!」
「はい!」
よ、よかった。
ごまかせたみたい。
と、そこで冒険者ギルドに誰か入ってきた。
あたしとお姉さんはそっちを見るんだけど――
「――!?」
思わず、あたしは声を出しそうになった。
けど、なんとか耐える。
良かった。
なんとか反応しなくてすんだ。
「……」
ギルドにやってきたのは師匠だった。
旅人を装っているのか、バックパックを背負ってキョロキョロと中を見渡す師匠。
どうしてか頭から水をかぶったみたいに濡れていた。
何があったんだろう。
師匠は中をうかがいながら――あたしの姿も見たはずだけど、何の興味もないように無視して――カウンターへと向かった。
「どうしたんですか、パルヴァスさん」
「あ、いえ。雨が降っていないのに、あの人が濡れていたのが気になって……」
「あら、本当ですね。確かに……雨は降ってませんよね。なんででしょう? でも、さすが盗賊。わたし気づきませんでした」
褒められた。
ちょっと嬉しい。
そんなあたし達の会話を無視して師匠はカウンターまで移動すると、奥へ向かって声をかけた。
「すまないが、魔物の石を売りたい」
ギルドの中は誰も話していないので、師匠の声が良く通る。
「あ、はい。どうぞ」
カウンター奥から別のお姉さんがやってきて師匠の応対をするみたい。
「これだ」
師匠はそう言って、バックパックをひっくり返すようにカウンターの上へ魔物の石をバラまいた。
「わわわ。こんなにいっぱい」
「旅費が必要でね。頼む」
「分かりました。少々お待ちください」
カウンター奥のお姉さんは、あたしの隣にいたお姉さんに目を合わせ、口を静かに動かす。
て・つ・だ・って。
それぐらいはあたしにだって読み取れた。
「あらら。ごめんね、ちょっと手伝ってくる」
「あ、はい。あ、どうぞあたしのことは気にしないでください」
お姉さんと入れ替わるように師匠がこっちに歩いてくる。そのまま誰もこちらを見ていないタイミングで師匠が素早く小瓶を投げてきた。
「――!」
あたしはそれをキャッチして、素早くベルトの背中側に付けてもらっていたホルダーに小瓶を収納する。
確認しなくても分かった。
師匠はポーションを届けに来てくれたんだ。
そのままどっかりと長椅子に座った師匠は腕を組んで、ジッと待ってるフリをしている。あたしは目を合わさないようにしながらも、カウンターを見たりした。
「なぁ、嬢ちゃんは冒険者か?」
「へ?」
な、ななな、なんですか師匠!?
なんで話しかけてくるんですかー!?
「え、えと、いちおー冒険者です。でも、いまさっき成ったばっかりで」
えへへ、と笑いながら。
あたしは首から提げてたプレートを師匠に見せた。
「なんだルーキーか。ん~、それだと護衛の依頼は無理だな。すまない」
「あ、いえいえ! でもいつか、護衛をやらせてください。これでも盗賊ですから、見張りとかできますよ」
「はは、いいね。嬢ちゃんとふたり旅っていうのも悪くない。やっぱり華があると気分が違うからな」
「あはは。ぜひ、お願いします」
あたしは頭を下げて、師匠は軽く手をあげた。
よ、良かったぁ~。ちゃんと他人っぽい会話が出来たぁ~……と思う。
できてた?
大丈夫だよね?
怪しくないよね?
というか、なんで話しかけてくるんですか師匠!?
これも修行の一環なんですか!?
いきなりやめてよー!
「お待たせしました、旅人さん! 査定が終わりましたよ~。申し訳ないんですが、数のわりに安物ばっかりですね」
「俺にはギルマンとかネズミ退治ぐらいが精一杯だ。ハーピーなんか怖くてしょうがねぇ」
師匠はそう言って笑いながらカウンターで銅貨を受け取る。
「ありがとうございました。またジックス街に立ち寄られた際はよろしくお願いします」
おう、と師匠は軽く手をあげてカウンターを離れる。
「じゃぁな、嬢ちゃん。いつか護衛の仕事を頼むぜ。こいつは前払いだ」
そう言って師匠は銅貨を一枚、ピンと指で弾いた。
高くあがったそれをあたしとギルドのお姉さんたちが見上げる。その間に師匠はさっきカウンターで受け取った革袋をそのままあたしの懐に入れた。
スキル『ぬすむ』の正反対だ!
すごい!
強制的にお金を持たされた。
スリの反対って何て言うんだろう?
与える?
わたす?
まぁ、とにかく!
あたしが空中で弧を描いた銅貨をキャッチした時には、師匠はすでにギルドの入り口に向かって歩いていた。
「あ、ありがとうございます、旅人さん」
「がんばれよー」
と、そんな風に適当な挨拶をする師匠は、そのまま冒険者ギルドから出て行った。
「はぁ~……かっこいい……!」
あたしは思わずつぶやいてしまう。
だって本当にカッコいいんだもん。
さすがあたしの師匠だ!
でも。
冒険者ギルドは静かだったので、あたしの声がお姉さんたちにも聞こえてしまったらしい。
くすくす、と。
笑われてしまったのだった。
うぅ。
恥ずかしい。
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