~可憐! 冒険者ギルド~

 ふぅ、とあたしは息を吐く。

 ちょっと緊張していた。

 いや、ちょっとどころじゃなくてかなり緊張してる。

 なんていうか、こう、胸の中がふわふわしている感じ。

 コボルトやギルマンと戦った時とはまた違った感じがしてる。


「大丈夫だいじょうぶ」


 と、自分自身を落ち着かせるようにつぶやいた。

 そんなあたしを見て振り返る商人のおじさんの視線を振り切り、目的地へと進む。

 冒険者ギルド。

 その場所は知っていた。

 あたしが育ってきたこの街は『ジックス街』という名前らしい。最近まで自分が生まれたところが何て呼ばれているかなんて気にしなかった。気にする余裕なんて無かったから、かもしれない。

 ジックス街は大まかに区域が分かれていて、商業区側に冒険者ギルドはあった。

 路地裏で生きていた頃からその場所は知ってる。

 だって、冒険者ギルドには食堂も併設されていて、食べ残しとか残飯がたくさん捨てられることがあるから。

 あたしが手を付けられたのは、ほとんどゴミみたいな物だったけど。みんなが手を付けなかった最後に残った物だったけど。

 それでも、路地裏で生きていく上では重要な場所だった。

 でも、今度は……

 あたしは冒険者になる普通の女の子として、冒険者ギルドを訪れるんだ。


「ふぅ」


 大きく息を吐く。

 周囲に人の姿はあまり無い。

 冒険者ギルドに用事がある人なんて、そんなにいないようだ。

 入り口は門のようなデザインの両開きの扉だった。

 表から見る冒険者ギルドはちょっとした砦のようにも思えるデザインだった。きっとこれも、建築士っていう人が考えたんだろうな。なんて思った。

 その両開きの扉は開いていて、誰でも入れるようになっている。

 扉の上には共通語で冒険者ギルドと刻まれた看板プレートが設置してあった。


「……ん」


 それを見ながら、あたしは建物の中に入る。

 もうお昼だからか、中は閑散としていて人の姿はない。ギルドで働く人たちがまばらに居るだけで、冒険者たちの姿は見えなかった。


「えっと」


 どうすればいいんだろう?

 おっかなびっくり、あたしはギルドの中を進んでいく。

 右側はすぐ壁になっており、いくつか長椅子が並んでいて、その先に掲示板があった。きっと、依頼を張り出す物だと思う。

 逆の左側は広くなっていて、こちらにも長椅子がいくつか並び、その先には食堂と思われる空間につながっていた。

 食堂の隣には二階にのぼる階段もあって、たぶんだけどそこが雑魚寝が出来るっていう宿だ。ルーキーたちはそこで寝泊りをしながら冒険の日々を送るんだと思う。

 ギルドの中を見ながらあたしは入り口から真っ直ぐ進んだ先のカウンターへと向かった。

 とりあえず、なんか受付っぽい所だから……ここで合ってると思う。


「あ、あのぉ」


 そう声をかけると、カウンター奥の棚で作業していたお姉さんがにっこりと笑顔を作ってからカウンターまで来てくれた。

 ギルドで働く女性で、黒を基調とした服を着てる。別のお姉さんも同じ服装をしているので、制服っていうヤツなんだと思う。

 オシャレっていうより、清楚っていうイメージかな。


「冒険者ギルドへようこそ。冒険者への依頼でしょうか?」


 決められたセリフ。

 という感じでお姉さんは柔らかい口調で言った。


「あ、いえ。えっと、冒険者に成りたい……んですけどぉ……どうすればいいですか?」


 あたしの言葉に、あら、とお姉さんの顔が明るくなる。

 さっきの作り笑顔ではなく、本物の笑顔になった。


「それではこちらの紙に――あ、字は書けますか?」

「はい」


 まだ孤児院にいた頃に文字は覚えた。ドワーフ語とかエルフ語はぜんぜん覚えてないけど。


「では、こちらに記入をお願いします」


 そう言って渡された一枚の紙とペン。添えられたインク壺、ということは……このカウンターで書いていいみたい。


「え~っと、名前――」


 パルヴァスって、綴りはParvus……だったかな。

 年齢は十歳で、希望する職業は盗賊っと。

 仲間はいないので、空白でいいのかな?

 今までの経験?

 倒した魔物でも書いたらいいのかな。え~っと、コボルトとギルマン……と。

 そんな感じで記入していった。


「これでいいですか?」

「はい。それでは確認しますね」


 と、お姉さんは紙を持ち上げてしっかりと指をさして確認していく。うん、うん、とうなづいてるのを見ると、問題は無さそう。


「問題はありませんが……パルヴァスさん、でよろしいでしょうか?」


 ちょっとお姉さんの表情が曇ってる。


「あ、はい。パルヴァスです……」


 パルヴァスは『小さい』という意味の言葉だ。

 明らかに本名じゃないのは、やっぱりダメなのかな。


「あたし、孤児だったので。みんなからそう呼ばれてきたので……」

「あ、いえ大丈夫です。読み方の確認をさせてもらっただけですので」


 なんだ。

 余計なこと言っちゃったかな。

 でも師匠が、嘘にはほんの少し本当のことを混ぜるといい、って言ってた。あたしが冒険者に成りに来たのは厳密には嘘だけど、孤児っていうのは本当だ。

 嘘とちょっぴりの真実。

 それが、ウソツキのコツなんだって。

 ちゃんと嘘をつけているかなぁ。こんな感じでいいのかなぁ。

 まだまだ自信が無いや。


「それでは、座って待っててください」

「はい」


 紙を持ってお姉さんはカウンターの奥へと移動する。

 これから審査があるのかも。

 もしかして不合格とかあるんだろうか?

 どうしよう。

 もし冒険者には向いてません、不合格です、なんてことになったら。


「うぅ」


 師匠は怒らないと思うけど、ルクスさんはがっかりするだろうなぁ。きっと作戦も立て直しで迷惑をかけちゃうんだろうなぁ。

 そうならなかったらいいんだけど。

 あぁ、こんな事ならもっと普通っぽい偽名でも考えておけばよかった。

 本当の名前はぜったいに名乗りたくないから、なにかそれっぽい名前なまえナマエ――


「え~っと、アリス? んー、ルイリー? んー。ルル? ララ? リリ? リリー? ん~」


 なんかこう、しっくりこない。


「パルヴァスさん。……あれ? パルヴァスさーん。おーい、パルヴァスさーん!」

「はっ!?」


 偽名を考えていたら呼ばれていた。


「は、はい!」


 慌てて立ち上がってカウンターに向かう。


「ふふ、大丈夫ですよ。慌てなくても誰もいませんから」

「は、はぁ」


 誰もいなかったら何が大丈夫なのか良く分かんないけど、とにかく大丈夫っていうのは分かったので、落ち着こう。うん。


「それではこちらを」


 お姉さんに渡されたのは一枚の小さいプレートだった。真四角で薄い、鉄? そこにあたしの名前がへこんだ感じで刻まれていた。

 そのプレートに紐が通してあって、首から提げられるようになっている。


「こちらが冒険者の証です。ルーキーはこんな感じの安っぽいデザインですけど、ベテランになれば素材も変わって、独自の装飾をしても構いません。肌身離さず、必ず持ち歩くようにしてください。もしもパルヴァスさんが死んだ場合、仲間や他の冒険者、通りすがりの人が拾って持ち帰ってくだされば、正式に死んだことになりギルドから名前が消えます」

「……えぇ~」


 冒険者になって最初にされる説明が死んだ時の話なんだ……


「あら、大切な話なんですよ? いつまでも帰りを待つ依頼者やわたし達がいるんですからね。できれば、プレートが返ってこない方がいいんです」


 希望が持てますから、とお姉さんは作り笑顔で言った。

 そっか。って思う。

 お姉さんが作り笑顔が上手な理由が分かった気がする。


「はい。それでは歓迎します、パルヴァスさん。ようこそ冒険者ギルドへ。ようこそ冒険者の世界へ。あなたが英雄になれることを心より祈ります」

「……え、これだけでいいの?」


 はい、とお姉さんはうなづいた。


「冒険者って簡単になれるんですね。もっとこう、審査とかあるのかと」

「例え犯罪者でも、どんな凶悪な殺人鬼でも冒険者になれます。夢のある仕事ですけど、その正体は最底辺の受け皿だ、なんて言う人もいますからね~」

「そうなんだ……」

「パルヴァスさんは、良い仲間を見つけてください。決してソロで活動しようなんて思わないでください。どんなに酷い仲間でも、どんな裏切りにあおうとも、ソロよりは遥かにマシですから」

「あ、はい」


 もちろんそのつもりです。

 仲間として潜り込むために冒険者に成りに来たんだから。


「ありがとうございました」


 とりあえず、最初の目標は達成した。

 冒険者になろう――無事に完了。

 師匠!

 あたし、冒険者になれましたよ!

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