~卑劣! まずは弟子を最強にしておく~

 盗賊ギルドから出た俺たちは、ひとまず『黄金の鐘亭』まで戻ってきた。

 ひとまず、パルとこれからの行動指針を話し合うことにする。

 行き当たりばったりで行動するのも問題はない。臨機応変に対応する能力は付けておきたいものではあるが、ある程度の『設定』を決めておいた方がパルも動きやすいだろう。


「師匠、設定とは?」

「パルは冒険者ギルドに新人冒険者として入り込む。もともと新人だからそれらしい演技は必要ないが、それでも盗賊ギルドから頼まれて来ました、なんて言えないだろ?」

「そうなんですか? 冒険者ギルドからの依頼だから、大丈夫かと思ってたんですけど」


 あぁなるほど、と俺はうなづいた。


「それはあくまでギルド同士の話だな。もしかしたら冒険者ギルドも察してくれるかもしれない。だがあまり期待しない方がいい。あくまでパルは、冒険者になりにきた少女として扱われる。潜入調査で、オトリだ。それを変にチラチラとギルドの人間が構ってしまっては相手に警戒される可能性もあるだろ」


 敵をあざむくには味方から、とはどこの国の言葉だったか。

 そういう言葉もあるくらいなので、盗賊の所作はシビアでもある。


「分かりました」

「あとはパーティを組むように。ひとりで冒険者になるのは良くある話だけど、まさかルーキーがソロで活動するとは言いださないからな。誰かパーティに誘ってくれるまで待て」

「あたしなんか誘われるでしょうか……」


 パルは心配そうにつぶやくが、俺に言わせれば何も問題はない。

 腕前やレベルはともかく、見た目だけで合格だ。

 うん。

 男とはそういうものだ。

 ――とは、言わないでおこう。

 うん。

 うん。


「問題ない、大丈夫だ。盗賊職は珍しいからな」

「そうなんですか?」

「あぁ。考えてもみろ。冒険者ってのは、英雄や冒険というロマンに憧れたヤツが成る職業でもある。瞳をキラキラとさせたルーキーが選ぶ職業ってのは、だいたい剣士か戦士かサムライか騎士であり、女の子は神官か魔法使い。目指すは賢者みたいなヤツが多いだろう。わざわざ盗賊になろうってヤツはいないから、盗賊職ってだけでモテモテだ」


 まぁ、盗賊という言葉のマイナスイメージもあって、人気がないのは本当だ。

 だがしかし、遺跡探索や洞窟探索では必須とも言われてる盗賊職ではある。モテモテなのは真実だ。

 ただし、罠解除や斥候にいかされたりするので、実はめちゃくちゃ危なかったりする。とは、パルには黙っておこう。

 ルーキーはそこまでやったり求められたりしないしな。


「わかりました。えっと、それで設定って?」

「パルを仲間に誘ってきたヤツにする自己紹介だ。名前はパルヴァスでいいが、帰る場所がここだとマズイだろう。街一番の宿に帰るルーキーなんていない」

「確かに……あやしいですもんね」


 豪商の娘と名乗ってもいいが、やっぱり怪しさが出てしまうから無難にいこう。


「うむ。なので、冒険者ギルドに雑魚寝の部屋がある。安いから安心して泊まってこい。荷物には注意しろ。盗まれる可能性があるからな」

「はい。えっと……ということは、師匠とはしばらく会えないんですか?」

「安心しろ。手はある」


 その前に設定を決めてしまおう、と俺はパルへいろいろと提案する。

 それを受けて、パルは確認しながら覚えていった。


「師匠、武器はこれでいいんですか?」


 パルはシャイン・ダガーを抜いてみせる。相変わらずキラキラと輝いて目立つ刃だ。どう考えても新人が持っているわけがないが、これは餌でもあるので重要だ。


「そのまま『師匠』から貰ったことにしておけ。ただでさえ攻撃に関しては独立して動くことが多い盗賊だしな。使っておいて損はないだろう」

「はい。がんばります」


 いい子だ、と俺はパルの頭を撫でた。


「よし、そんなところだな。あとはこいつを渡して準備完了だ」

「こいつ?」


 俺は首に巻いている聖骸布の端っこを少しだけ幅を取ってナイフで切り裂いた。


「えぇー!? ななな、なにやってるんですか師匠!」


 真っ赤だった布は、切り裂かれ分離した方が真っ白になってしまう。それこそパルから見れば力を失ったように見えるだろう。

 強力なマジックアイテムが能力を消失してしまったかのように思えたかもしれない。


「それって大切なアイテムなのでは……?」

「大丈夫だ。すでに一度、切ったことがある」

「えぇ!? そ、そうなんですか……えぇ……勇気が凄い……」


 まぁ、パルが言わんとしていることは理解できる。

 超凄い布製のマジックアイテムを切れるか?

 普通に考えればノーの一択だ。

 実験すらしたくない。

 でも。

 でも、やる必要があったし、やれない理由もなかった。

 いや。

 やらなくちゃいけなかったんだ。

 そしてなにより――


「切り離したからこそ、俺はここにいる」

「どういうことです……?」


 気にするな、と俺は笑っておいた。


「ほら、うしろを向け」

「はい?」


 パルは素直に背中を向ける。

 俺はパルの綺麗な金髪を束ね上げて、切り離した聖骸布の一部で結んでやった。真っ白だった布は一瞬にして真っ赤になる。

 誰にでも使わせてくれる光の精霊女王さまの優しいアイテムだ。

 完全なポニーテールというわけではないが、似合う感じにはできたかな。

 盗賊としても『っぽさ』は出た気がする。

 なにより、かわいい。

 さすが美少女だ。どんな髪型でも似合ってしまう。


「よし。これでいい」


 ポンポンと頭を撫でてやる。


「あわわわ。し、師匠……ホントにいいんですか?」


 髪を気にしながらパルはリボンと化した聖骸布を手でさわる。神となる者の遺骸を包んだ布だ。肌ざわりはどんな布よりも上質と考えてもよい。


「構わん。その布の正体は光の精霊女王ラビアンさまの遺体を包んだと言われる聖骸布だ。身体能力を限界まで引き上げてくれる」

「せいがいふ……って、ししし、師匠!? なんで、そんなのを……」

「俺は盗賊だ」

「じゃ、じゃぁ……」


 厳重に保管されているはずの物。

 おいそれと盗めるはずがないその代物を持っている理由など、ひとつしかない。


「使い方は簡単だ。心の中で『使う』と思えばいい。ランタンに火を灯すように、魔力糸を顕現させるように、心の中で願う。それだけでラビアンさまが力を貸してくれる」


 実際に俺はパルの前でやってみせる。

 口元を隠すように引き上げ、念じる。それだけで聖骸布は黒く染まり、俺の身体能力は限界まで引き上げられた。

 俺の行動はあくまで気分的なものだ。

 実質的には口元を隠さなくても効果は発動する。


「えっと……こう?」


 自信の無い感じでパルは聖骸布を発動させた。きっちり聖骸布が黒く染まり、パルの能力が上がる。


「うわ。すごい」

「できるだけそのままを維持しておけ。リボンの色がころころ変わったら怪しいからな」

「分かりました」


 パルは軽くジャンプしてみるが、トンと跳んだだけで俺の身長を超えた。加えて、俺が驚いたのはやはりブーツの性能だろうか。

 まるで羽根が着地したように音がしない。

 まったくもって恐ろしいブーツだ。


「よし問題ないな。あとひとつ、聖骸布には機能がある」

「機能……ですか」


 あぁ、と俺はうなづいた。


「聖骸布同士、離れた場所でも存在が分かる。ちょっと離れるぞ」


 パルには入り口の近くに居てもらって、俺は風呂の奥まで移動した。


「目を閉じて、感覚を研ぎ澄ませろ。そして聖骸布を通じて俺を探してみたら分かるはずだ」

「は、はい」


 パルが目を閉じる。しかし、物の数秒で『あ』と声を出した。


「分かります! 分かりました。えっと、師匠がいるのが分かります。いや、当たり前なんですけど気配じゃなくて、なんていうのかな。でも、分かります」

「感覚の物だからな。説明できないけど、なんとなく分かるだろ」


 これで別々に行動していても、お互いの場所はなんとなく理解できるだろう。


「でも――もうひとつ、とっても遠い所に誰かいるんですけど……」

「あぁ」


 俺は努めて笑顔で言った。


「それは、俺の友達だ」


 努めて笑顔で。

 俺はそう言った。

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