~卑劣! 依頼概要~
「冒険者を狙う詐欺があるらしい」
ルクスはそう言ってパルを見た。
「それも新人を狙ったものだ」
なるほど。
それでパルが必要になってくるわけか。
「おとり捜査ってやつか」
「まぁ、それだな」
俺の言葉にルクスは苦い顔をしながらそう答えた。
それは、暗にパルを危険にさらす、と言っているようなものだ。
パルがベテランの盗賊ならば平気で送り出せるのだが……まだひとりで仕事もしたことがないようなひよっこ。それをおとりに差し出すのは、ルクスの良心に引っかかるものがあるらしい。
「どんな詐欺なんだ?」
「新人冒険者がピンチになったところを助ける。助けた礼をよこせ。なに払えないだと? へへへへへ、じゃぁ身体で払ってもらおうかお嬢ちゃん」
ルクスは詐欺の内容を分かりやすく演技を交えて語った。
ゲラゲラエルフな彼女だが、やはりコミカルな性格をしているのは間違いなさそうだ。なんというか、演技がマジすぎるし……
それはともかく。
気になったところがある。
「それは……ほんとに詐欺か?」
まず前提条件として新人冒険者が『ピンチ』にならなければ条件が整わない。
ピンチにも様々な物があるだろうけど、そう都合良くピンチに居合わせることができるのかどうか。
詐欺を働くにしても効率が悪い気がする。
しかし、まぁ――
それと矛盾するような話なのだが、新人冒険者たちがピンチになって救われるのは、まぁよくある話ではある。
冒険のノウハウがまだまだ整っていない新人たちは無茶や無謀な行動を起こすことが多いので、それを助けてもらうという話が多く発生するのだが……
それを助けて金品を要求するのは、正当な話だ。
命を救われているのだ。
それなりの金額を払うことになっても、文句は言えない。
あくまで自己責任……とまでは言わないが。
それでも、だ。
詐欺だと決めつけるのは、少々難しくないだろうか?
「あくまで盗賊ギルドが手に入れた情報がそこまでだ。ただ、どうにもきな臭い連中が関わっているのも事実なんだよ、師匠ちゃん」
そのあたりはすでにルクスも調べがついているようだ。
まぁ、俺たちに依頼している段階だから、当たり前といえば当たり前なのだが。
「冒険者ギルドからの情報か?」
「そこが問題だ」
ルクスは肩をすくめる。
依頼主からの情報がいまいちのようだ。
「ことの発端はこうだ。どうにも新人冒険者たちが帰ってこない。それは多々ある日常ではあるのだが、その頻度がおかしいそうだ。聞き取り調査をしたいが本人たちがいない。ようやく見つけた者は娼婦になっていた。それもまぁ多々ある話なのだが、どうにも助けられたはいいが借金を背負うことになった、と」
「男はどうなった?」
新人冒険者が失敗した場合、初期投資を取り戻すことができず終わってしまうパターンは多い。実家から飛び出してきた者も多いので、おいそれと帰るわけにもいかず……手っ取り早くお金を稼げる娼婦になって復帰を目指す少女も多数存在する。
しかし、あくまで娼婦になるのは女性ばかりだ。男娼の話はなぜか聞かない。
男性冒険者の末路は良くて路地裏生活、悪くて魔物の胃袋の中。その真ん中として夜盗か盗賊団入りか。
ともかくとして、失敗したルーキー少年たちの末路が気になるところだ。
「見つかっていない」
しかし、ルクスは一言。
そう短く告げた。
つまるところ――
「……殺されてる、と考えた方がいいか」
「普通に考えればそうだろうな。新人のピカピカの装備品を売るだけでもそれなりの価値がある。女には娼婦として稼がせ、売り上げをピンハネだろう。生かさず殺さずのバランスを取りながらずるずると堕とすつもりだろうね」
「ふぅむ」
タチの悪い連中に運悪く助けられただけ……という可能性は否定できない。
本当に事件が起こっているかどうか。
概要を聞くだけでは判断が難しいところだ。
「ルクスはどう見る。きな臭い連中は、本当に存在していると思うか?」
「個人的な意見だが、有り得る……と、思っているよ。冒険者になろうってヤツらは掃いて捨てるほどいる。騎士さまの息子や商人の次男、三男。場合によっちゃ貴族さまのご子息の過信した力の誇示。冒険者ってのは、元から金持ちさまの参入が多いのさ。だから新人にしては良い装備をしてる奴らもいるだろ?」
それを狙わない手はない、と盗賊らしい意見だ。
「……となると、もしかして騎士さまや商人さまに身代金の要求……じゃなくて、借金の督促があるんじゃないか? 男の使い道は実家に借金の請求をさせるとか」
ルクスはパチンと指を鳴らし、なるほど、とうなづいた。
「その点はこっちで当たってみる。本人は殺されてるだろうけど、要求はあるかもしれん。武器を奪うことにプラスして金が手に入るからやらない手はないな」
「ルクスは商人を当たってみてくれ。騎士さまはプライドが邪魔するから簡単には口を割らん。真実が出てこないのは、そのせいかもしれんぞ」
意気揚々と家を飛び出した子どもが、いきなり借金をして返せ、なんていう話。
貴族さまや騎士さまにとっては家柄が揺らぐほどの衝撃だ。
例え縁を切っていたとしても、ぜったいに表に出さない話として、内々に処理している可能性は高い。
そんな連中の話より商人の方がよっぽど話を聞き出しやすいはずだ。
なにせ、彼らは商人だ。
お金さえあれば、悪魔にだって魂を売る連中でもある。
「分かってるさ。それで、どうだパルちゃん」
「は、はい!」
急に話を振られたのでパルは驚いて返事をした。
「ちょっとばかし新人冒険者になってくれるかい?」
「はい、やります!」
いい返事だ、とルクスは笑った。
「ウチのギルドに新人っぽいのはパルちゃんだけなのさ。ごめんね、危険な仕事で。キミの師匠だと、どう考えてもベテランの風格が出ちゃってねぇ……頼むよパルちゃん」
「はい、大丈夫です。師匠に鍛えてもらってますので!」
パルは胸の前で両手の拳をにぎりしめた。
やる気はあるぞ、というポーズだ。
「実際、パルちゃんの実力ってどう?」
「新人冒険者としては通用するだろう。魔力糸の扱いはまだまだ熟練度は足りないが、コボルトとギルマンはひとりで倒してる。武器と防具は最高級を与えた。武器はことさら目立つからな。良い餌になるんじゃないか?」
「へ~、どんな武器なの?」
これです、とパルは背中のホルダーからシャイン・ダガーを引き抜いた。薄暗い空間にキラキラと輝く刀身が、まるで光源のように周囲を照らす。
「うわ、すごっ。というか師匠ちゃん、甘すぎ。本気で最高級のマジックアイテムじゃないか」
「もともと俺が使ってたんだが……恥ずかしいだろ?」
「あぁ、確かに。おっさんが持つには恥ずかしい武器だ」
ゲラゲラと笑うかと思ったが、ルクスは本気でそう思ったらしく納得してしまった。
「パルちゃんが持つと可愛いから似合うわね。これなら目立つし、良い餌になってくれるのは間違いないわ」
「決まりだな。パル、いけるか?」
「はい!」
よし。
パルの初仕事だ。俺もしっかりとバックアップしてやらんとな。
「俺は情報を集めてみる。なにか分かったら連絡するよ」
「分かった。ギルドでは商人と一応は騎士にも当たってみる。こっちも何か分かったら連絡するわ」
「え、えっと、あたしは冒険者になるだけでいいんですか?」
「あぁ。こそこそと動き回る必要はない。普通に冒険者をやってればいい。何か情報が得られればいいが、ぜったい無理はするな。むしろピンチになって助けられてしまえ。相手の情報がすぐ分かるし、早い」
「え、えぇ~……」
大丈夫だ、と俺はパルの頭を撫でる。
「おまえの後ろには盗賊ギルドが付いてる。それを忘れるな。なにより、借金を背負わされても俺が真っ先に助けてやるさ。金ならある。まぁ、危なかったらパルがひとりで逃げ出して構わんが」
「あたしにできるでしょうか?」
「相手のレベルによるな。ヤバそうな相手だったら、大人しくしとけ。下手をすれば殺される。だが相手が素人レベルだったら、容赦なく内側からかき乱してやれ」
「分かりました!」
いい返事だ、と俺はもう一度パルの頭を撫でてやる。
「頼んだよ、エラント、パルヴァス」
「おう」
「はい!」
というわけで。
盗賊ギルドから依頼を受け。
次の仕事が始まった!
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